今年の静鉄観光サービス「名城の旅」は月山富田城・松江城・備中高松城の3城で、1泊2日の日程で行ってきました。私自身はここのところ毎年のように月山富田城は訪れているのですが、今回、何十年ぶりかで訪れたという方は、その変貌ぶりにびっくりしておりました。たしかに七曲りの剣路がきれいに舗装され、手すりもつけられていましたので、おどろいたと思います。

樹木が伐られ、戦国時代の姿を髣髴させる整備が進められているので、最近は遠くからでも山城部分の塁段がみられ、気に入っています。また、麓の方の吉川広家時代の石垣も発掘調査の結果出てきて、尼子時代・吉川時代・堀尾時代の城史の流れもよくわかるようになりました。

城下の吉田酒造株式会社に立ち寄り、「月山」を試飲させてもらいました。もちろん、その夜は「月山」で乾杯です。次の日、松江城では地元のボランティアガイドの方にも同行していただき、私自身、これまで気がつかなかった「階段のところを閉じるために滑車がついていること」を教えられ、写真に撮りました。

備中高松城はあいにくの雨でしたが、「水攻めの雰囲気を味わっていただきたい」などといいながら、城址の部分と蛙ヶ鼻の築堤址を案内しました。

昨年5月2日に74歳で亡くなられた下山治久氏の1周忌の法要が鎌倉の東慶寺で営まれました。駆け込み寺・縁切寺として有名な東慶寺には、何度か訪れていますが、本堂に入ったのははじめてです。法要の前に奥の墓地にある天秀尼(豊臣秀頼の娘)のお墓にもお参りしました。

下山さんは私の早稲田大学大学院の1年先輩で、大学院生時代から世話になり、戦国大名後北条氏研究に取り組んだのも、下山さんの誘いがあったからでした。

ところが、昨年の葬儀の日、私はどうしてもはずせない仕事が入っていて、参列できませんでしたので、この1年、そのことがずっと重荷になっていました。

法要のあとの食事会で、加代子夫人から「献盃の発声を」といわれ、下山さんが大好きだった日本酒(しかも〆張鶴)で献盃させていただき、肩の荷が降りた気持ちになりました。下山さんの遺影を前に、数人の研究者仲間と思い出話をして、いい供養になったと思います。

数年前、広島県で記録的豪雨により土砂災害が発生したことは記憶に新しいところですが、その広島県で、昨年、航空機を使った測量調査が行われました。危険箇所を調べるものです。地表にレーザー光線をあて、地形を読み取る最新の「航空レーザー測量」を行ったところ、これまで樹木におおわれ、上からではわからなかった山の地形がわかるようになりました。

この測量調査によって、これまで誰も気がつかなかった山城がいくつも発見されました。位置関係から、それらは天文9年(1540)の郡山合戦のとき、尼子方の築いた付城群だと思われます。

今度、NHK-BSプレミアム「英雄たちの選択」で、この尼子方の付城群を題材に毛利元就の戦略を扱い、その中で「航空レーザー測量」の効果について、奈良大学教授の千田嘉博さんたちと討論します。放送は5月17日(木)20時からの予定です。