SBS学苑恒例の宿泊研修で、今年は能登・加賀に行ってきました。城ではありませんが、せっかく来たのだからと、上時国家を案内しました。下時国家の方は、あいにく、その日はお宅の方が留守で見学できませんでした。

今回の旅行のメインは七尾城で、私自身は久しぶりだったのですが、整備が進んでいて、歩きやすくなっていたとの印象をもちました。そのあと、七尾湾に近い小丸山城も案内しました。

金沢城は「石垣の博物館」などともいわれていますので、多様な石垣の積み方がよくわかる場所を見てまわり、玉泉院丸庭園の「色紙短冊積石垣」には、これまで何度も金沢城を訪れたという人も興味深く思った様子でした。

また、今回、ふだん一人では行かないような場所もコースに入れてもらいました。俱利伽羅峠古戦場と手取川古戦場です。参加者に好評だったのが、昨年「続日本100名城」に選ばれた鳥越城でした。加賀一向一揆の最後の一揆側の拠点となった城で、城門などが復元され、戦国時代にタイムスリップした感じがよかったようです。麓の道の駅「一向一揆の里」に白山市立鳥越一向一揆歴史館ができていて、私は今回はじめて入りました。

1泊目の和倉温泉で、羽咋郡の見砂酒造(株)の「朱鷺の里」をいただきました。2泊目の金沢のホテルでは白山市の(株)吉田酒造店の「手取川」を注文しました。

先日、山形県米沢市で講演会があり、講演後の懇親会にもお招きいただいたため、米沢に1泊し、翌日、以前から訪れたいと思っていた市内の館山城に行ってきました。市街地から車で10分ほどのところで、城址の一部は発電所になっていましたが、曲輪はよく残っていました。「伊達政宗誕生の地」という看板があり、政宗は米沢城で生まれたとばかり思っていたのでびっくりしました。

ちなみに、政宗は、輝宗から家督を譲られたあと、館山城を本拠の城にするべく本格的な築城工事にかかっていますが、天正18年(1590)、秀吉の命令で岩出山城に移っていったため、築城途中で放棄しています。

懇親会のとき、参加者のお一人から遠藤英著『直江兼続がつくったまち米沢を歩く』という本をいただき、ホテルにもどって読んでいましたら、館山城の近世三の丸の土塁の一部が市街地に残っていると書かれていて、それも見てきました。これまで米沢には何度も来ていましたが気がつきませんでした。まだまだ知られていない遺構があるものだと思いました。

懇親会では主催者の中に造り酒屋の方がいらしたので、香坂酒造株式会社の「香梅」をいただきました。

 

ふつう、桜が城に植えられるのは明治維新以後、つまり、城が廃城になってからといわれています。ところが、北海道の松前城の桜は、藩政時代、本州から渡ってきた人びとが、遠く離れた故郷や江戸をなつかしんで植えたといわれています。城下だけなのか、城内の桜もそうなのか、伝承だけではわからないところもありますが、ほかの城とは少し事情がちがうようです。

現在、松前城とその周辺には250種、1万本の桜が植えられているともいわれ、「さくら名所100選」に選ばれています。毎年、桜の時期にあわせ歴史研修の場として城を訪ねている公益財団法人北野生涯教育振興会では、満を持し、今年は松前城に行ってきました。

桜には、「早咲き」「中咲き」「遅咲き」があるようで、今年は桜の開花が例年より早く、「遅咲き」にかろうじて間にあいました。ただ、残念ながら、もう1ヵ所の五稜郭の方はほとんど散ってしまっていました。

函館市の湯川温泉に泊まり、北海道では、これまで「男山」とか「国士無双」を呑んできましたが、その旅館で出されたのは日本清酒株式会社の「千歳鶴」という札幌のお酒でした。