富士山が世界文化遺産に登録され、また、7月に入って山開きが行われたりして、ここのところ、テレビなどで連日のように富士山が取りあげられています。静岡では天気がよい日には毎日でも富士山をみることができるので、なれっこになってしまっていますが、地方の呑み屋で、女将が「生きている内に一度は本物の富士山をみてみたい」などというのを聞くと、あたりまえにみているのが申し訳なくなってきます。

私は、富士山には1度だけ登ったことがあります。誰がいいだしたのか忘れましたが、「親子孫3代の富士登山をやろう」という話になりました。父は信仰の関係で、毎年のように身延の奥の七面山という高い山に登っていて足に自信があったようです。私も私の子どもたちもたまにつきあい、また、山城にはよく登っていましたので、「よし、いくか」ということになりました。父はたぶんそのとき67歳、私は38歳、息子は小学校4年、娘は2年でした。

途中、高山病なのか、頭が痛くなって大変でしたが、無事頂上にたどりつきました。頂上から静岡の町をみるのを楽しみにしていたのですが、あいにく曇りで、みえませんでしたが、雲海にポッカリ島のように浮かんだ天城山は感動的でした。

『ジパング倶楽部』 に連載中の「いざ、城へ参ろう」で二本松城を取りあげることになり、先日、取材に行ってきました。再建された箕輪門をくぐったところで、大がかりな石垣の積み直し工事が行われていました。そこは、東北大震災で崩壊したところの整備ということで、3.11のすさまじさをあらためて実感しました。

本丸石垣は、発掘調査に基づいて積み直されたもので、その本丸南面下の二の丸大石垣は穴太積の旧来の石垣です。新旧二つの石垣を比較してみることができます。

今回の一つの発見は、二合田用水が城下だけではなく、城内にも流れていたことでした。以前訪れたときには気がつきませんでした。近世初期、近世二本松城の初代藩主丹羽光重(長秀の孫)が安達太郎山から引水したというものです。

NHK大河ドラマ「八重の桜」でも二本松少年隊のことがでてきたので、平日にもかかわらず、多くの人が訪れていました。

2013年に小牧山城築城450年を迎えるということで、小牧市では、小・中学生に小牧山城のことをもっと知ってもらおうと、漫画の出版を企画しています。先日、その本の原作者・漫画家の方と私の鼎談がセットされ、久しぶりに小牧山城に登ってきました。

昨年の発掘調査のとき、「佐久間」と墨書された石垣が出土したことはニュースで知っていましたが、実物は見たことがなかったものですから、それもお目あての一つでした。幸い小牧市歴史館に展示されておりまして、たしかに「佐久間」と読めます。発掘担当者がいわれるように、佐久間信盛かどうかはわからないものの、佐久間一族が石垣積みにかかわっていたものとみてよいと思います。本曲輪斜面の二段の石垣がジオラマでも再現されていて、なかなか見ごたえがありました。