先週発売の『文藝春秋』7月号 の特集が「父への手紙、母への手紙」で、依頼を受け、私は、「戦場からの手紙―豊臣秀吉と伊達政宗 筆まめな戦国武将」を執筆しています。秀吉から母への手紙は天正18年(1590)の小田原攻めのときのものを、伊達政宗から母への手紙は文禄2年(1593)の朝鮮出兵中のものを取りあげました。
秀吉の手紙では、「そもじさま御遊山候て、気をも慰み、若く御なり候て給ふべく候」という一文に注目し、政宗の手紙では、政宗が朝鮮木綿を母に送っているところに注目しました。2人とも、母に手紙を書いている瞬間は、戦陣にあっても心の安らぎを覚えたのではないかとまとめています。
なお、母への手紙というわけではないのですが、6月30日付「中日新聞」と「東京新聞」の「家族のことを話そう」というコーナーで、私が取りあげられる予定で、母のことを話していますので、お目にとまったら読んでみて下さい。
「全国城下町シンポジウムさぬき京極大会」が香川県の丸亀市で開催され、その特別講演として、「城郭遺産を生かす~歴史から学ぶ城下町の創造~」と題する話をしてきました。
時間を作り、「丸亀に行ったら是非に」と思っていた二つのことをやってきました。丸亀城の大手前が芝生広場になっていて、高石垣と天守がよくみえるところがあり、「そこでゆっくりお酒を呑みながら、茜色に染まる天守をながめたい」というのが一つです。近くの酒屋で酒を買い、つまみも買ってスタンバイ。酒は香川では定番の金陵(琴平町) ですが、酒屋さんで、「ほかに地酒はありますか」と聞いたら、「梅錦(四国中央市金田町) もある」と教えてもらい、それも仕入れました。夕日に映える天守をながめながら楽しめました。しめに、うどん屋さんでぶっかけうどんを食べてホテルに戻りました。
もう一つは、塩飽水軍の塩飽諸島の中心本島にある笠島城であ。こちらはちょっと期待はずれでしたが、笠島集落は、江戸時代のままが残っている感じで、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されていて感動しました。帰りがけに寄った塩飽勤番所では、信長・秀吉・秀次・家康の朱印状が展示されていて、ここを信長も秀吉も重視していた様子がわかり、収穫でした。