山梨県では、「国民文化祭・やまなし2013」 が開催中で、その記念事業として、甲斐善光寺 の秘仏である峯薬師が特別公開されていて、先日、拝観してきました。

周知の通り、甲斐善光寺は、川中島の戦いのとき、戦火で焼失するのを恐れた武田信玄が本尊などを「奉遷」したものですが、この峯薬師はそのときのものではありません。実は、元来、三河の鳳来寺の本尊だったものです。

寺伝によると、信玄が元亀2年(1571)に三河に出陣したとき、鳳来寺に登山し、そこの本尊だった峯薬師を甲斐に「奉遷」したものとのことです。甲斐善光寺側では「奉遷」としていますが、鳳来寺側からすれば、本尊を持っていかれたということになります。いかにも戦国時代らしい仏像の移動といってよいでしょう。

実は、この峯薬師は、三河岡崎の松平広忠・於大の方夫妻が、この峯薬師に男子誕生の願かけをし、その結果生まれたのが竹千代、すなわち、のちの徳川家康だという由緒も伝えられています。特別公開は今年の11月10日までとのことです。

先日、滋賀県長浜市で、長浜城再興30周年、長浜出世まつり30周年記念事業として、「戦国歴史アワードIN長浜」が開かれました。講演会としては、堺屋太一氏の「歴史を使った地域活性化と街づくり」と、私の「羽柴秀吉~長浜からふくらむ天下統一の夢~」の2本でした。ほかに、戦国料理PR、戦国武将ライブなど、いくつかのイベントがあり、多くの人が訪れていました。

私は、長浜市長浜城博物館の開館準備の段階からかかわってきていまして、30周年という節目に、長浜と秀吉の話ができてよかったと思っています。ちょうど、直前に、同館が買入した羽柴秀吉書状のことも紹介することができました。

この秀吉書状は、弟秀長宛で、賤ヶ岳の戦いに関する数少ない史料として注目されるものです。『黒田家譜』によって、黒田官兵衛が賤ヶ岳の戦いに参戦したことはわかっていましたが、新出史料によって、官兵衛が具体的に何をしていたかを知ることができました。

これまでの文部科学省所管の財団法人日本城郭協会が、このたび総務省所管の公益財団法人日本城郭協会 へと移行することになり、私が、その新しい財団の理事長に就任することになりました。

日本城郭協会に入会したのは私が大学に入学した1962年ですので、もう半世紀以上のつきあいになります。入会早々、学生だけで行動する日本城郭協会学生研究会をたちあげ、そこから、現在の城郭研究をリードするメンバーが何人も輩出しています。

「城の自由研究コンテスト」「日本100名城スタンプラリー」などいくつかの事業も行っていますので、ご参加いただければ幸いです。