去る5月27日(水)の「歴史秘話ヒストリア」は新聞のテレビ欄の紹介文は「戦国一の“やられ役”今川義元・真実の物語 オレは戦国大名になる 師・雪斎との絆」と長い文章でした。見た方も多かったようで、その後、「見たよ」と声をかけてくれる人が何人かいました。
今川義元を正面から取りあげるということで、私としても全面的に協力し、少しは義元の復権に貢献したかなと思っています。
ただ、思い通りにいかなかった点もありました。織田信長の父信秀の死を天文20年(1551)で放送したのはその一つです。以前は20年説が主流でしたが、最近は21年説で、そのあたりのチェックができなかったのは残念でした。

今いくよさんの訃報を知りました。今いくよ・くるよさんのお二人とは、NHK-BSの収録で琵琶湖畔を旅したことがあります。カメラがまわっていないときも、おもしろい話をしてくれて、なごやかな雰囲気で撮影できた思い出があります。謹んでご冥福をお祈り致します。
私が月1回の割で講師をつとめているSBS学苑の「日本史探訪」受講生を対象に年1回、1泊2日の研修旅行をやっています。今年は家康400回忌にちなみ、関ケ原とその周辺を選びました。
西軍、石田三成関係では、笹尾山はもちろん、三成の出生地および修行をしていて羽柴秀吉に見出されたといわれる大原観音寺にも足をのばしました。あと、西軍の陣地では、島津義弘・小西行長の陣所に行きました。
東軍、徳川家康関係では、最初の陣地桃配山、最後の陣地陣馬野のほか、井伊直政の陣地、東首塚などを案内しました。
関ケ原には団体が泊まれる施設がないので、宿泊は彦根の彦根キャッスルでした。その2階大浴場から天守・天秤櫓・佐和口多聞櫓が真正面に見えたのにはびっくりしました。お風呂に入りながら彦根城を見たのははじめてです。
彦根では佐和山城の麓、三成時代 妻子の屋敷、島左近屋敷の伝承がある清涼寺を拝観させていただきました。背後の井伊家歴代墓所(国史跡)もお参りさせていただきましたが、そこに、大久保忠隣の供養塔があることは今回、はじめて知りました。
なお、「大関ヶ原展」の江戸東京博物館のは終了しましたが、6月2日から京都文化博物館での展示になります。島左近と平塚為広の肖像画は私もはじめて目にしました。
現存12天守の一つ松江城天守が、先日の文化審議会の答申で国宝に指定されることになりました。地元松江市で、藤岡大拙氏を会長とする「松江城を国宝にする市民の会」が発足し、機運を盛りあげてきたわけですが、ようやく実を結びます。天守の国宝指定は63年ぶりです。
何年か前、私も同会に招かれ、「松江城天守は国宝の価値あり」といった内容の講演をしていましたので、よけいうれしさがあります。築城者堀尾吉晴は、関ケ原の戦いまで遠江の浜松城主だったので、松江城天守は、浜松城天守を考える上でも注目されます。
秀吉の家臣だった堀尾吉晴なので、まさに秀吉好みの「黒い城」になっていて、重厚感があり、私の好きな城の一つです。