静岡古城研究会の1泊見学会で信州川中島周辺の武田方山城に登ってきました。1日目の寺尾城および金井山城は、それこそ道のない斜面を木の枝をつかみながら登る形で、何度もすべりそうになり、ようやく本曲輪に到達しました。
2日目、まず、象山山頂に築かれた竹山城に登りました。ここは「コミュニティの森」として公園化されていて、遊歩道ができていて楽でした。そこから眼下に海津城、さらに川中島古戦場が俯瞰できて、川中島の戦いを考える上で、いい場所を案内してもらったと思いました。
そこからが大変でした。標高798m、比高(麓からの高さ)450mの鞍骨城に向かったわけですが、最近、比高300mを超す山城は敬遠してきており、自信がありませんでした。道があるようでない道を登ること約2時間、何とか頂上にたどりつきました。そこは上杉謙信が本陣を置いたという妻女山の背後になります。伝えられるように、武田の別働隊が妻女山の背後にまわったとすると、夜、灯りがない状態で、「本当に1万2000の別働隊がこの山道を歩いたのかな」と疑問になりました。そのあと、山の尾根を縦走する形で天城城と鷲尾城をみて帰途につきました。

1日目の夜は小布施町の地酒、松葉屋本店の「本吉乃川」を呑み、帰りは諏訪の地酒で定番の「真澄」を呑んで帰りました。
NHKの「歴史秘話ヒストリア」が今川義元を取りあげてくれることになりました。放映は6月に入ってからの予定だそうです。今まで脇役としては出てきていますが、義元を主役とするのははじめてだと思います。
その番組作りに協力する過程で、私もいい機会だったので、桶狭間の戦いに関する最近の研究を摂取しようと思い、戦いにふれた著書・論文を集中的に読みました。私自身、1989年に、学研から『戦国ドキュメント③桶狭間の戦い』を出し、その時点までの研究史についてはほとんど目を通しましたが、刊行後に出版された本については、まじめに読んできませんでしたので、研究史をふり返るいい機会になりました。何人もの人が桶狭間の戦いの謎に挑戦しています。
最近の研究状況と到達点、それにまだ解明されていない謎を整理し、その上で、現在の私自身の研究の到達点については、私が会長をつとめている静岡県地域史研究会の5月例会で報告させていただく予定です。5月23日(土)午後2時から、場所は静岡市葵区の静岡県教育会館(新静岡セノバの前)です。資料代として100円いただきますが、ご興味がございましたら、お越しください。
先日の「京都の古田織部美術館」の記述のうち、「擁翠軒」としていた小堀遠州好の茶室は、正しくは「擁翠亭」(ようすいてい)でした(日本一窓の数の多い「十三窓席」)。失礼いたしました。ブログの方は修正済です。対談の記事は、6月5日発売予定の『歴史人』(KKベストセラーズ)7月号に掲載されますので、ご覧いただければと思います。