今年の体文協(静岡県社会人体育文化協会)の恒例の旅行は伊勢・伊賀の城めぐりでした。鈴鹿市の神戸城、伊賀市の伊賀上野城、津市の北畠氏館と玉城町の田丸城です。

神戸城の天守台に転用石があるというのを聞いていて、以前、一人で行ったときには見つけられなかったのですが、今回は30人ほどで探した結果、梵字が刻まれた石を発見しました。

北畠氏館では、「新・津市誕生十周年記念」ということで、茶会・雅楽演奏・薪能が催されていて、地元白山高等学校茶道部の女子生徒のお点前で、抹茶のサービスを受けながら、ゆっくり庭園を眺めることができました。

田丸城では「小和田哲男お手植えの桜」の生育ぶりを目にすることができました。4年前、玉城町で講演があった際、50~60cmほどの苗を植えたのですが、もう自分の背丈以上になっていました。もうすぐ花を咲かせるかもしれません。本丸天守台のすぐ横ですので、行かれた方は見てみてください。

 

泊まりは榊原温泉で、そこで、津市にある寒紅梅酒造(株)が源泉を使用して特別に醸造した「榊の雫」を吞みました。

富山県黒部市で講演があり、前泊して、以前から行きたかった天神山城に行ってきました。天神山城という名の城は全国にいくつもありますが、富山県魚津市の天神山城は、私にとって、「一度は行ってみたい」と思っていた城です。

ご記憶の方もあるかもしれませんが、2009年、NHKの大河ドラマ「天地人」の時代考証のとき、「是非、入れてほしい」とお願いしたシーンがありました。上杉方の対織田最前線の城だった魚津城を柴田勝家が攻めるというものです。天正10年5月、上杉景勝・直江兼続らがそれを救うため、出てきたのが天神山城です。いわゆる後詰です。

結局、信長の方が策略的には上で、織田軍が上杉の本拠春日山城を攻めるそぶりをしたため、景勝・兼続らは泣く泣く、魚津城を見捨てることになりました。そのとき、魚津城の城将12名が、自分の耳に穴をあけ、自分の名を書きつけた札をつけて自害していきました。

天神山城から魚津城がどのように見えるのかたしかめたかったのと、天神山城がどういう縄張だったかを見たくて行ったわけですが、あいにくの雨で、また、本丸は木が繁っていて見晴らしがきかず、魚津城の場所を確認することは残念ながらできませんでした。

「景勝・兼続の泣雨かもしれないな」と思いつつ、山を下りました。

 

富山で私の好きな酒は「立山」「銀盤」です。前に富山で「立山」を吞みましたので、今回は「銀盤」にしました。

9月17日から11月3日までの会期で、静岡県立美術館において、開館30周年記念「徳川の平和」が開催されています。開催期間中、何回か、美術館主催の講演会などが組まれていて、そのトップバッターとして、先日、私と芳賀徹館長との対談「〈徳川の平和〉の諸条件」を行ってきました。

当日は、美術館講堂が満席で入場できなかった方が多数おりました。顔見知りの人から声をかけられましたが、わざわざおいでいただいたのに入れず、申しわけなく思っています。
江戸時代を代表する狩野派の絵がこれほど集められたのを私は見たことがありませんでした。滅多に見られない重要文化財も多数展示されていて見ごたえがありました。