最近読んだ本から
1月はあまり読書できなかったが、徐々に通常のペースに。
1.「ハイスクール1968」(四方田犬彦)
親友に薦められて読んでみた。読後感はなかなかいいものに。四方田さんと波長が合うのか?本の内容については「衒学的だ」とか「四方田ばかりカッコ良く書かれていて事実に即していない」とかいろいろ毀誉褒貶あるようだが、自分はとにかく楽しんで読んだんだから文句なし。
2.「それでも日本人は戦争を選んだ」(加藤陽子)
興味を持って読んでみたのだが(内容は高校での自主ゼミとしてはかなり高度だとも思うのだが)、結局「それでも」というタイトルへの疑問を解消できなかった。日清戦争からのコンテクストで太平洋戦争を分析するという視点を得たことは面白かったが、どうしても「日本人が『それでも』戦争しかない」と思った、という部分の説得力には乏しいように思えて仕方ない。膨張主義で夜郎自大の陸軍に引っ張りまわされた、という認識を改めるほどではないかなぁ。
3.「カチンの森」(V.ザスラフスキー)
アンジェイ・ワイダの同名の映画を見損なったので先にこちらを。非常な力作で社会科学の本として秀逸かと思う。
4.「狙われたキツネ」(ハンナ・ミュラー)
2年ほど前のノーベル文学賞受賞者の作。新聞の書評では結構辛辣な評だったが自分はもっと高く評価している。まだ3/4ほどしか読んでいないが、平々凡々とした日常(のように思える日々)を淡々と描いていた序盤から、徐々に狂気が支配するドス黒い独裁社会が顔を覗かせる重いタッチがよい。あまり期待せずに読み出したが、気づくと先が気になって仕方ない、というタイプの小説。
2月終了・・・
なんと3日から更新していなかった・・・。
2月は卒業前ということでいろいろ大変なフラッグポイントが多い。忙殺されて、かつ花粉もぼちぼち飛び始めたのでその薬のせいで眠い、ということもあってすっかりご無沙汰に。
再開1回目のネタはやっぱり「京大入試でカンニング」(苦笑)。まぁいつかはあるかな、と思っていたが予想では私立大で起こるであろう、もっと何年かかかるだろう、と思ったが早かった(そして京大・・・)。でも経験上、あの監視の中で、あの長文を打って発信し、回答をチェックし、というのは可能なのか?試験監督が寝てたのか、法学部の大講義室で監視がゆるかったのか?通常の講義室ではほぼ不可能と思うのだが。ともかくおかげで自分が担当する後期日程の試験監督のマニュアルがさらに面倒になることは間違いない。
問題を見ての感想だが、
1.これができないようでは京大はムリでしょ
2.ベストアンサーとかになっている解答では点あげられないよ(酷すぎる。あと付記するなら、自分の大学の入試英語の採点をしたことがあるが、正直英作文は酷すぎてマトモにつけるとほとんど全員0点になる、というのが自分の印象。これで日本で3-4番目の大学なのか、と。)
2.についてはなんだか喜劇性を帯びていてトホホな感じだ。
メーリケ・シュトゥッツガルト・モーツァルト
昨日の続き。
97年にStuttgartに滞在当時、プレミエだったのが「後宮からの逃走」。隣の部屋にマックス=プランクで博士課程をやっている学生が住んでいたのだが、クラシック好きだったので共同のキッチンで料理しながらいろいろとオペラの話などで盛り上がっていたときに彼が「あのプロダクションはすばらしい!」と絶賛していた。残念ながら見る機会がなかったのだが、2002年くらいに日本でDVDが発売されたのですぐに買って見てみた。
演出はノイエンフェルスのなので過激なわけだが、相対的にはおとなしく知的。出演者は歌手と、さらに同じ衣装をつけた役者。ジングシュピールなのでセリフも多いのだが、そのセリフに役者用のセリフを加えて、本来の登場人物の内面をセリフで補ってさらにストーリーを重層的にしている。これが非常に効果的。もう1つのポイントは、本来憎まれ役のトルコのパシャが、実は度量の大きい偉大な人物であると解釈されていること(原作にもそれはいくばくか書かれている)。フィナーレの演出でそれは非常に強調されている。極大点は演奏が終わった後にパシャは役者で歌がないこと、歌手の影として役者を登用する演出の反映として、パシャ役が
「自分は歌うことができないが、素晴らしい音楽の中で何か自分らしい表現をしてみたい。許してもらえるなら短い詩を朗読することでその表現としたい」
と言ってメーリケの詩を朗読する。
当初、なぜメーリケなのか、この詩がなぜ選ばれたのか分からず当惑した。そのナゾが解けた。
メーリケの「旅の日のモーツァルト」はたしか小塩節先生の本で賞賛されていたので一度読みたかったのだがようやく再販になって落手した。その小説の最後で出てくる詩は、モーツァルトが早逝することを予感させる象徴(そしてモーツァルトが短い一生をいかに燃焼しつくしたか、という象徴)として扱われている。まさにこの詩が「後宮からの逃走」の最後で朗読された詩だった。しかもメーリケはシュトゥッツガルト近郊のルードヴィッヒスブルグという自分の親友の故郷の出身だった。
つまり演出家としては
1.聴衆はもちろんメーリケが地元の出身であることを知っている。
2.同じくもちろんメーリケの傑作といわれる「旅の日の・・」も読んだことがあり内容を熟知している
3.それを前提にパシャに詩を朗読させ、パシャの偉大な理性と知性を強調しつつ、モーツァルトの人生の短さと儚さを聴衆に喚起し、さらにこの演出でオペラの上演をStuttgartでやることの意義を伝えている
という重層的な狙いがあったのだ、ということをやっと理解した。そして深く感動した。
週末にじっくりDVDを見直してみるか。
メーリケ「旅の日のモーツァルト」
以前から読みたかったのだが文庫をやっと入手して読了。
訳の古さは気になるが、読後感はよい。
以前のある体験と濃厚にこの小説が結びつくことを認識して深く感動している。長くなるので後日。ドイツの文化というのは奥深いものだ。
なんだか
ゼンゼン更新できず。
学生は卒論&修論で追われている。いつもより居室は圧倒的に静か。M1はなんだかだれ気味(いつものこと?)。実質的に1期生の4回生がやっぱり一番ちゃんとしてる(っていうかこれまでの研究室内の躾はどうなってたんだ?)。
ゼミはM2が抜けてレベルが落ちるかと思ったがそうでもなかった。4回生が頑張ってる。いい傾向。新4回生向けの説明会後の噂ではうちは人気があるらしい。相当に戦略をたててプレゼンしたのが効いた?まぁ明後日の試験で評価が落ちちゃうかもしれないが。簡単にはしたけどなぁ。
明日は某研究プロジェクトの終了報告を書かないと。締め切りはすでに過ぎているらしい(ことを今日知った。3月だと思ってた)。
悩み・・・
研究室運営で思うようにいかない面が出てきて悩み・・・。
金曜はあまり研究が手につかず、秘書さんや一緒にやっている人にひとしきりグチった。危機感がなく、現状に不満だけあり、変化を受け入れられない人約1名の相手をするのは大変だ・・・・。
演奏の違いについて
タイトルほどたいした内容じゃないんだけど。
火曜から木曜まで某研究プロジェクト群の成果報告みたいなものに行ってきた。なんだか事務方の組織防衛の手伝いをさせられただけみたいであまり感じはよくない。
移動の最中に手放せなくなったのがiPod。帰りに新幹線でバーンスタインとムラヴィンスキーのチャイ4を聴き比べたのだが、その差は歴然。バーンスタインの演奏も好きなのだが、こうも直接的に比較してしまうと皮下脂肪成分の多さがムラヴィンスキーのそれに比べて目立ちすぎる。ムラヴィンスキーの演奏は彼岸の演奏、という感じで音の出だしもバチっと揃うし音色が蒼い。透明の一歩前の怖いような蒼さ。これにはかなわないな、というのが実感。
家ではバッハのカンタータをずっと聴いている。多分今年はこれでもうCDは買わないんじゃないか、と思っていたら、バッハの無伴奏チェロでいい演奏をたまたま耳にしたのでフルニエのCDを注文。今までマ、ビルスマと聴いてきて、どうもいまひとつ自分に合わない感じだったのだが、これはいいかも、と直感が働いた。ロストロの演奏はテレビで見て感銘をうけたがCDはどうなんだろう?
2011年のスタート
音楽面での2011年は
1.バッハ「カンタータ」全曲の購入
2.京大オケ第188回定期演奏会
でスタート。
1だがいろいろ調べて、演奏面・価格面で比較。価格も定価で買うと10万とかするのもあるみたいでここは重要。演奏面はバロック的なキレのある演奏が好みなのでその時点でコープマンは外れ。できればアーノンクールで、ということで探してやっと見つけた!3万円を切る価格なので即注文で入手。早速聴いているが、やっぱりバッハは真に偉大!
2だが、1年前に世紀の駄演(マーラー1番)を聴かされて絶望したので大いなる不安をかかえてシンフォニーホールへ。先輩方に挨拶しつつ暑くて湿っぽいホールに驚く(あんなでしたか?)。曲目は「古風なメヌエット」「コッペリア」&チャイ5。1曲目の「古風なメヌエット」はいつものモサモサした感じの演奏だったが、「コッペリア」の途中から急にオケが鳴り出して(ヴァイオリンが鳴り出して)、急速に良くなってきた(ちなみにコッペリアの出だしのホルンがバチ!と合ったのも大きい。お!と思って集中できた)。チャイ5はまぁ普通に演奏すれば盛り上がりまくるわけだが、自分の標準はメンゲルベルグ・アムステルダムとムラヴィンスキー・レニングラードなのでそれなりに敷居は高い(笑い)。とはいえ木管トップは大いに改善され、中低弦も奮闘し、ホルンもやや危なかったが(2楽章のソロは丁寧に行き過ぎて逆にダメ)健闘し、金管はバカ吹き(笑い)。大問題だったヴァイオリンもかなり改善されてそれなりにダイナミクスもニュアンスをついて全体としてかなりの力演。キズもあるしいまひとつのところもあるが、聴き終えた瞬間の印象は「いい演奏会だった」というものだった。
振り返ってみると、ホールの響きのよさに助けられたこと(今でも風呂場の鳴りなんですね。23年前に初めてあそこで弾いて、隣の人の音もかき消される残響に驚愕したんだが今も基本は変わらず)、指揮者の三河さんとの相性がかなりよかったことなどが勝因か。三河さんは15年前にバッハのドッペルのソロを弾いた時に指揮してもらったが、アマ相手にも見下さず丁寧にかつ情熱的に振ってくれて自分としては好きなタイプの人。久々に見たが指揮ぶりもかわらず(相変わらずガニ股で振っている)、懐かしかった。
ちょうどNature級の大成果が出た直後、ということもあってなんだか幸せな1日。
決勝後記
帝京は見事に2連覇。よく辛抱した。
全般にレフリーは「スレスレ」をよくジャッジしてくれた、という印象。特にモールの崩し方を初期にちゃんと反則とってくれたので「なんでもあり」にならずによかった。
もちろんボールゲームとしてあまりに動きの少ない試合を帝京はしたのでワクワク感とか躍動感はないわけだが、早稲田相手にあれだけ接点でボールを失わない動きができることはすばらしい(これができないから他のチームは負ける)。むしろターンオーバーもいくつも奪って主導権を握ったことが大きかった。勝つことを重視しすぎてラグビーの面白さをスポイルした、という意見もありそうだが「勝つ」ために伝統の軽量FW横展開を放棄して露骨なリクルーティングで高校ジャパンをごっそり持っていく早稲田に文句をいう資格はあるまい。帝京のやり方は来年度以降の打倒早稲田の参考になるのでは?即ち
1.早稲田に負けないBKを整備して高速展開で勝つ
2.早稲田BKを機能させないくらいのFWを揃えて接点で早稲田FWを圧倒して機能不全にさせる
のどちらかだと思うんだが、現状1は難しく、鍛えればなんとかなるFWで勝負、というのは勝つためには近道かと思う。あ、あと重要なのはBKだけでラックを確保できる筋力(走力ではない)のあるBKを持つこと。帝京BKはほとんどFLのような扱いなんだな、と感じた。
で、来年だ。早稲田は・・・?FWの大ゴマがごっそり抜ける上にHB団も卒業、BKも中鶴と井口(決勝での豪脚・大器ぶりを遺憾なく発揮してさすが!彼だけ応援してるぞ!)しか残らない。布巻が入るが、これで大丈夫?来年の主将はきっとFLの山下なんだろうが(なんだかずっと東福岡OBがキャプテンになりそうだ)、キャプテンシー次第?ともかく戦力的にはかなりダウンのはず。東海もこれまた大ゴマ卒業で戦力ダウンとみた。明治は早稲田戦の大敗で迷走せずにまずFW、時間があれば(テクニックはいらないので)接点で強いBKを育成できれば来年は早稲田に対抗できそう。慶應は毎年のことだが小粒、という問題をどう解決するか?あとは関東の復活はあるのか、天理はさらに上に行けるのか、というところに注目。で、帝京だが、3連覇濃厚、と見た。これは行ける。80%くらいの確率。
ということで自分のラグビーシーズンはこれで終了。今年も楽しめた。
決勝
2日はあまりに見事な予想の外れっぷりに予想屋稼業の廃業を決意。
東海はまだあまりにナイーヴすぎた。これは優勝までは時間がかかるかも。まぁ関東も帝京も相当に苦労して優勝したんだから仕方ないか。帝京はもう完全に別のチームに変貌した。
明治は6分で終わってしまった。衛藤の怪我で終了。これもまぁ仕方ない。BKの才能は早稲田のほうが上だから・・。ただいくらなんでもゲームプランとして、あれはどうなんだろう。
今日の決勝。帝京は早稲田の「スレスレ」のプレーに切れずに辛抱することが条件か、と。勢いは早稲田かな。