楕円球空間 -75ページ目

夏服

なんてものはないが夏は服装に困る。


今年は諸事情でいろいろ暑いところが多いので今日から自主的に夏服(要するに短パン)。これで部屋の空調は2℃上昇した。さすがに涼しい。講義があるときは正装。今年新調したフルオーダーのスーツは見た目よりずっと涼しいので重宝しそう。フルオーダーなのにお財布に優しい値段なのはひとえにお店の皆さん(特に社長さん)のおかげ。


涼しい格好で頭も回る。今年最大の大ホームラン論文はいよいよ出撃間近。まぁ結果はどうなるかわからないがやることはやった。あとは通るだけだ。cover letterを頑張る。

暑い

論理的に長い思考ができる限界を超えてる。

節電よりも頭脳の回転優先。節電は他の方法でもう十分貢献してるので。

怖い話 II

うちの研究室で居候しているスタッフ。


20年以上半導体物性を研究しているはずなのに、「半導体材料中の熱平衡」の定義を全く理解していないことが判明。某会議で素っ頓狂な質問をして唖然とさせられた。


アンタ何年このテーマやってんの!何勉強してきたんだ!(怒)

怖い話 I

通勤の車内で見たもの。


「恋愛成就」と大書されたシャモジ型のストラップを付けた携帯電話を持つ妙齢の女性。

京大オケ・189期

後輩たちの演奏を聴きに。


マンフレッド序曲はいつもの前プロらしいモサモサした感じ。弦の音が綺麗なのはいいが音程はちょっと。トリスタンは出だしのチェロがいい音していたが、やはり20そこそこの若者には荷が重いか。若さ溢れる官能感の低い演奏(酷かったわけではない)。前半はまぁ通常公演というところか。


後半はショスタコの5番。前半でも気になった全体的な音楽のまとまりのなさ、みたいなものがやはりここでも残っていて残念。うまいところもあるし、頑張っているところも多いのだが、もう一つ統一感がない。メカニックには188期のチャイ5より進化していると思うのだが、心に迫ってくるものがない、というか・・・。これって指揮の責任?流麗な音楽作りが方向性なのか、淡白な印象が残った。


ともかく今回の結論「自分はタコ5が嫌い」。


もう死ぬまで1回も聴かなくてもいいな、と実感。ブルックナーもドヴォルザークもバルトークもそうだけど。


いよいよ次回は190期。基本、このメンバーでマラ9をやることになるんだろうがホルンはがんばれ。

ラトルのラフマニノフ

佐渡の演奏会の続きで2011年のベルリンフィル・ヨーロッパコンサートをやっていたので視聴。


今回はスペイン(マドリッド)公演なので前2曲はスペインものでメインがなぜかラフマニノフの2番。「?」と思って聴きだしたのだがあまりの圧倒的な名演に言葉を失った。家に何種類も同曲のCDがあるのだが、全部まとめて捨ててしまってもいいくらいの名演でこれ1つあれば十分、という素晴らしいレベル。


音楽の作りは大きく、その一方で彫刻は深いので、バランスが突き抜けていい演奏。細かい弦楽器のトレモロやらパッセージやらに手抜きがなく1つ1つの音が立ち上がりが明瞭で、聴いていてものすごく気分がいい。未聴の方は是非!


さらにこのあとヴァルトビューネを見た。ルネ・フレミングは相変わらず「アメリカの隣のお姉さん(もうオバサンか)」風でいまひとつ威厳とか風格とか気品がないんだが、歌はまぁうまい。演奏は意外と手抜きのない演奏でそれなりに楽しかった。

クライバーの伝記(やっと下巻)

ずいぶん出版も遅れていたようだが下巻を読み出した。

もともとは春の学会シーズンの移動時間にちょうどよいと思って買っておいたのだが、震災で学会はすべて中止になり、本も店晒しになった、というわけ。

翻訳のレベルの面で上巻は不満だらけだった。特に喜多尾某の担当したと思われる部分は正直お金をとるレベルになく激怒したものだ。下巻のほうはそれなりにレベル合わせをしたのか、ところどころベタ訳丸出しというところはあるものの、なんとか気にならずに読めるレベルに。

内容のほうは自分もオーバーラップしている時代になってきたので非常に興味深く読める。読了後に感想はあらためて。

佐渡・ベルリン・ショスタコ

NHKの放送を視聴。


選曲は佐渡の得意分野とは思えないところで来たわけだが、やはりベルリンフィルとやるとなるとロシア・ソ連ものしか無理なのだろう。


聴き終ったあとの印象をざっとまとめると

・ベルリンフィルは流石。

・ビオラやバストロが猛烈にうまいので音に厚みがでて聴き応えが違う。

・オーボエのマイヤーはやはり超一流。

・佐渡はまずまず健闘。でもやっぱりショスタコにあっていない。

・2楽章が一番よかった?あとは3楽章もか。

・最後はやっぱりあざとすぎ。

というところ。本当はチャイ4あたりのほうがよかったんじゃないかな、ということを少し思った。


で次回以降あるか、となると演奏会としては標準公演レベルだったので純粋に芸術面から考えるとちょっと微妙かも。どうしてももう一度呼びたいというカリスマ性があるかどうか?いろいろな事情が絡んでくれば再演もあるかなぁ。


少し本題から逸れるがショスタコってあと50年したら演奏されなくなるんじゃないか、と少し予感した。マルクス・レーニン主義的全体主義を見たことも聞いたこともない、知識もほとんどない聴衆相手にあの回りくどくて本音の見えずらい音楽が評価されるのか?純粋に音楽面でさほどいい曲だと思わないだけに政治性が伝わらない時代になった消え行くだけのような気がするが。

最近の私

火曜日は某財団から助成金をもらうので東京へ。


最近ことに飛行機が辛くなってきて、このままだと海外出張に行けなくなりそうで怖い。今回は新幹線。やっぱり座席も広いし前後も長いので比較的長身の私にはありがたい。


助成金の授与式は経団連ホールで。なんだか以前から改装した?随分きれいになった。式のあとは懇親会。パレスホテルがケータリングしているようで、中華はなかなか美味だった。随分食べて呑んで歓談して帰宅。統計力学や電磁気学の本をチラチラみながら。


昨日は某重要会議で2時間ほど。数学って楽しいなということを実感。今日は教授会など会議ばっか。明日は総長選挙。元祖白い巨塔、なのでどうなるのか楽しみではあるがきっと今回が最初で最後だろう。

Plastic Fantastic

2000年代初頭にあった衝撃の大論文捏造事件のルポ。


日本ではNHKが取材し、BSで放送され単行本になり何かの賞をとったはず。Lucentの若手科学者がデータを捏造しNatureやらScienceやらに論文を通しまくったお話。その事件をアメリカ人科学ジャーナリストが取材して欠いた本。おそらくNHKの取材クルーもかなり参考にしているのでは、という内容だった(重複多し)。


大学への移動時間に読んだので240ページの本を読むのに2ヶ月ほどかかったが、まぁ面白かった。基本的に知っている話も多かったが、プラスαの情報もあり参考になる。知っている人がたくさん出てくるのも面白いところか。


捏造したS氏、一度だけ学会で講演を聴いたが、物静かな好漢という感じで捏造するような人には見えなかった。見掛けによらないものだ。質疑応答の時間でUCバークレーの大物教授から随分厳しい批判が出ていたが、本にもあるように「でもこれは自分がちゃんと測定したデータだ」という常套句で逃げていた。


結局、和書・洋書ともに何故彼があんな大捏造をしたのかという動機までは踏み込めていないが、それは本人しかわからない心の闇、ということなのか。


洋書を移動中に読むのにはまってしまったので、自作はハルバースタムの"The Teammates"でも挑戦しようか、と思う。一度挫折したのだが愛するRedsoxもの、ということで。