楕円球空間 -34ページ目

祖国敗退

あ〜〜〜〜。負けた・・・・・。

 

ツール・ド・フランスに集中しようっと。

高校野球第100回

ということで通し券、買っちゃった。今年は通うぞ!

音楽2題

NHK-BSで視聴。

 

ザルツブルク・イースター音楽祭/プッチーニ「トスカ」

HarterosがToscaを歌って、Antonenkoがカヴァラドッシ、ティーレマン(ますます恰幅がよくなって親衛隊中佐から少将に昇任した感じ)指揮のドレスデン国立歌劇場オケ。Harterosも大分大きく(苦笑)なって、11年前に自分を落涙させた可憐なミミはもう無理だなぁ、と時の移ろいの残酷さを思う。でも歌は素晴らしい!さすが。Antonenkoは、特に強音での音程に不安があって、もう一つの出来。ティーレマンの指揮はいつもどおりの大見得切りまくりで、昨年のカヴァレリア・ルスティカーナ&道化師のほうが出来はよかった。最悪なのは演出で、冒頭に「お!」と思わせるも、結局バラバラのアイディアが融合されることなくただバラバラのまま提示されただけで、最後にトスカのダイヴもなくカタルシスもなし。歌手にまぎれてカーテンコールに出てきたのでさほどブーイングはなかったが個人的には大ブーイング。

 

エリーザベト・レオンスカヤ/シューベルト全曲演奏会

放送されたのは最後のD900のソナタとアンコール。このD900の(21番)のソナタは本当に名曲でシューベルトの中でも最高傑作の1つ、と思う。内田光子の演奏もアンスネスの演奏も素晴らしいけど、レオンスカヤの枯淡の境地もまた佳し。ミスタッチなどもあるんだけど傷が気にならない演奏。アンコールのD899の即興曲第3番は、曲の美しさとタッチの柔らかさが相俟って正に典雅の極み。素晴らしい、品のいい、演奏会だった。東京の人はこういう演奏会に気楽に行けるので羨ましい。

最近の音楽会(備忘録的に)

Wiener Staatsoper "Rigoletto"(Marco Armiliato指揮/ F.D. Florez, A. Garifullina)

Volksoper Wien "Die Fledermaus"(Alexander Joel指揮)

Teatro alla Scala "Aida" (Daniel Oren指揮/ Stoyanova, Sartori, Urmana)

 

RiglettoでGildaを歌ったAida GarifullinaがW杯開会式で歌うとは・・・。30歳のヴィジュアル系はトクなのだ。Die Fledermausを指揮したJoelさん、なんとBilly Joelの弟さん(異母弟)だそうだ。そういえば似てる(って兄のほうの顔を知らなかったのでネットで検索してそう思っただけ)。AidaはZeffilelliの95歳の誕生日を記念しての企画だそうで、演出も彼のもの。正に古色蒼然、大艦巨砲主義、豪華絢爛の極みで、21世紀には絶対無理な演出。これだけで古典的価値がある。まるで歌舞伎のような古典芸能を見た!という印象。Aidaは客層が(世界のどこでも)悪いのであまり見たくないのだが、曲はよく出来てる。できれば1人で見たい。ルードヴィッヒ2世となら一緒に見てもいいかもしれないけど。

 

 

最近読んだ本(備忘録的に)

「レッド・プラトーン」(クリントン・ロメシャ)

「ワイマール憲法とヒトラー」(池田浩士)

「知性は死なない〜平成の鬱を超えて〜」(與那覇潤)

「職業としての学問」(マックス・ウェーバー)

「TRANSIT 39号 今こそキューバ」

「若き数学者のアメリカ」(藤原正彦)

 

本 その2

「ドイツの大学」(潮木守一)

将来に備えて過去を知る。昔のドイツの大学については断片的にしかもちろん知らずにいたわけだが、この本で随分と知識は増えた。昔(といってプロイセンの頃だから1800年くらい)は、学生は勉強しないし毎日大騒ぎしてるし不祥事は続くし、なんだか戦後の日本の大学生とおんなじだった(特に60年安保闘争の後)。共通する理由は明らかで、大学生の政治参加⇒弾圧⇒ノンポリ化、という流れなんだそうだ。今のドイツの大学は、研究レベルでも教育・研究に投資される予算の大きさでも世界トップレベルなので、日本も100年くらいおくれてそうなるか、と言えばそうはならないことは間違いない。PhDの価値とか、学問そのものの社会的位置づけとかが違いすぎるし、もう日本にそんな予算も気概もないし・・・。日本とドイツは(そして日本人とドイツ人は)似てる、って紋切り型で言われるが、自分の実感としては全然違う、と思う。

 

「百年の散歩」(多和田葉子)

多和田女史の作品は好きで、そこそこ読んでいる。今回も書評で評判が良かったので購入。ベルリンのある10の通りを舞台にした、小説なのかエッセイなのか空想なのか・・・。通りの名前からスタートして、その人物の逸話や作品と主人公(=著者?)の人生や思想や周辺がうまーくシンクロして発展していく、なんとも独特な風合いの小説なのかエッセイなのか空想なのか。リヒャルト・ワーグナー通り、ではワーグナーのオペラに通暁していないとわからない筆致が展開された。自分のよくしらない人(マヤコフスキーとかトゥホルスキーとかレネ・シンテニスとか)の名前の通りや広場を題材にした作品も、もっとその人物に詳しければ楽しめるのだろう。驚いたのはカント通りで舞台になるカフェが3月のベルリン行きでイタリア人の大親友と朝食を摂ったカフェ(Schwarzes Cafe)だったこと。2時間半待ち人来たらず、の状態のまま店内を観察していく作品で、言葉遊びも多い。読了して気づいたが、待ち人来ず、というのは超人的に時間に正確だったと言われるエマニュエル・カントのアンチテーゼなんだね・・・。

最近読んだ本

出張の季節は読書の季節〜〜。

 

「世界一考えさせる入試問題」(ジョン・ファーンドン)

OxBridgeの学部入試には面接があって、そこで出題された名作傑作迷作を集めた本。著者というか編者の作った解答らしきものはあるが、もとより模範解答がありそうな問題は出されていないので、あくまでも編者の好みで参考程度。自分ならどう答えるか、を考えるプロセスを楽しみたい人向け。つまり早く答えが知りたい&答えは1つだと信じている、昨今の学生のような方にはまったく受けない本でもある。自分はすごく楽しめた。必ずしも良問だけとは思わないが、それでも考えるのが楽しい、という人向け。

 

「穢れた風」(ネレ・ノイハウス)

和訳されれば必ず買う、ドイツミステリーのシリーズ第5作。このシリーズがいいのは、行間からドイツの(しかも都会周辺の田舎の)雰囲気が立ち上ってくることや、登場人物がスーパーマンじゃなく普通の市民で、それぞれの人間像の彫刻が深いこと。人間を単純化しない、という意味で極めてドイツ的。早く次作の翻訳を!まだ原書じゃ読めないよ!

 

「黒い本」(オルハン・パムク)

実は読了できず・・・。オルハン・パムクの本は立ち上がりがややまどろっこしい一方、中盤以降、それまでのエピソードが一気にまとまって奔流のようなストーリーテリングに圧倒される、というパターンを感じるのだが、それが素晴らしいと毎回思うのだが、なぜか今回はまどろっこしいまま中盤になってしまい、あまりのバラバラな挿話の数々と主人公の兄(腹違い)の新聞記事(エッセイ)の奇矯さについて行きかねて、遂に脱落した・・・。もっと時間や心にゆとりがあるときに再読すればいいのかな?

最近の自分

2ヶ月も更新しなかったとは・・・。

 

2月は卒業・修了関係でいつも忙しく、3月は学会で忙しい。3/12から京都・ベルリン・京都・千葉と学会行脚でさすがに消耗。でもベルリンでは「サロメ」を見られたし、旧友にも会えたし、共同研究の話も進んだし、いいことばっかりだった。ついでに「ドイツ抵抗博物館」にも行けた(Staufenberg伯爵のオフィスと銃殺された中庭も見学)。この博物館は必見。

 

頸を痛めてから音楽からは離れているが、2月に高校の大先輩兼前任校の大教授の退職関連事業があり、最終講義の補足説明、というところでVnを弾かせてもらった(先輩はピアノの名手)。

 

モーツァルト ヴァイオリンとピアノのためのソナタKV304

ボロディン 弦楽四重奏曲第3楽章(VnとPfのための編曲版)

モンティ チャールダッシュ

 

大先輩はショパンのソナタ3番(1楽章と4楽章)、ハーシェルのソナタなど八面六臂の大活躍だった。本当に多彩多才な人。3月出張の合間に会社員時代にやっていたオケにも訪問させてもらい、懐かしい人々と歓談。本当の仲間とはどういう人か、ということを学習するいい機会でもあったが・・・。おまけにVnまで飛び入りで弾かせてもらい、ブラームスのVnコンと宗教改革を弾いた。一人大初見大会は大変だったけど楽しかった。

1月に読んだ本

順不同で。

1. 「リヒャルト・シュトラウスとホフマンスタール」(三宅新三)

2. 「応仁の乱」(呉座勇一)

3. 「重力波は歌う」(ジャンナ・レヴィン)

 

1は2人の往復書簡を元に、彼らの偉大な合作である薔薇の騎士以降のオペラの成立史を紐解いたもの。2人ともワーグナーを超える傑作をどうしても作りたいのに(特にホフマンスタールはアンチワーグナーなので)、どうしても名作はワーグナーに似た音響のものになり、モーツァルト的に頑張って作った「ナクソス島のアリアドネ」は原典版がさっぱり人気がなくてやむなく改編しないといけなくなり・・・、という苦闘の歴史がよくわかる。全般に、はやく原稿(いいネタ)が欲しいシュトラウスと、打倒ワーグナーに燃えて慎重に傑作を書きたがるホフマンスタール、という対比が明瞭にされている印象。音楽史上最高のコンビ、とかいわれるが、自分の印象ではシュトラウスはどれくらいホフマンスタールの意図を正しく理解していたかはちょっと疑問。

 

丁度何年か前にザルツブルグ音楽祭で「ナクソス島のアリアドネ」の原典版が上演され(ハーディング指揮・ウィーンフィル)、BSで放送されたのを録画していたので観てみたが、演出は現行版をウィーンで上演したもの(自分もウィーンで観た)は同じだが、内容は全く違う。で、原典版のほうが芸術としてずっとずっと上。はっきり言えば史上に残る傑作、と思った。一方で、彼らが人気が出ない理由として理解した通り、演劇に興味がある人はオペラに興味がなく、オペラに興味がある人は演劇に興味がないことが普通であろうこと、上演時間が長めであること、当時は彼らの要求水準でこの演劇とオペラを同時にできる団体はほとんどなかったこと、などもよく理解できた。現代では最後の問題はクリアできそう。上演時間もまぁpassable。問題は最初の課題だが、自分はそれだからこそ、これは傑作だ、と思うんだけどなぁ・・・。

 

2はもう40万部も売れている大ヒット作。いまごろ読んだ。教科書的にしか知らない応仁の乱だが、背景は単純な将軍家の家督争い+管領家の家督争い、という図式ではないようで、古くは興福寺の奈良支配(しかも幕府にべったりで)に遠因があるように根深い筋書きであること、さらに昔も今も人間は欲得と利害でしか動かないこと(本当に登場人物が全員、清々しいまでの「自分ファースト」「一族ファースト」で、どこぞのバカ大統領も特異な種ではないことを実感できる)、などなど笑っちゃうくらいに冴えない大バトルだ、ということがよく理解できた。

 

3は冬休みに宇宙物理学・宇宙論の本を読んで(福江純「現代の宇宙論」)、今学生だったら絶対宇宙論やるなあ・・、と一気に気持ちが高まったので、生協で15%オフというのにつられて買った。これも結構凄まじい人間ドラマで、人格者で研究一途の人やら、実験の天才だけど性格異常の人から、ザ・政治家&暴君で墓穴を掘るひとから、まぁ周囲で類型をよく観る方々のドラマ。キップ・ソーンとライナー・ワイスがノーベル賞を貰うのはいいとして、バリー・バリッシュが3人目なのはなぜか、と思っていたが、謎は解けた。ロビー・ヴォートは本当に残念なことをしたが、これも身から出たサビ。ロナルド・ドレーヴァ―は、個人的には非常に同情しちゃうキャラ。もっとも一緒に働きたいとは全くこれっぽっちも思わないけど・・・。でも宇宙論って夢があっていいなぁ。物性物理より格調高い・・・・。

京都大学交響楽団第202回定期演奏会

昨年の200期に向けて急速に上手くなった。今回は以下の曲目。

 

J・シュトラウス「美しき青きドナウ」

エルガー「南国より」

サン・サーンス「交響曲第3番」(オルガン付き)

 

指揮は藤岡幸夫。179期も振ったらしいけど、覚えていない・・・。聴きに行ったのかな・・・?

 

で、演奏は大変素晴らしい。弦はややチェロが弱かったがそれでも必死に健闘していた。他のパートは正直上手い。木管は標準的だが、ホルンは粒ぞろいでトロンボーン・チューバは出色の出来。エルガーではバチッと和音が決まるところが頻発して、なかなかのカタルシス。「ドナウ」は世界一練習したドナウ、という感じで、もちろんアマの演奏としては相当に上手だが、ウィンナーワルツとしてみるとまだ改善できそう。「南国より」はR・シュトラウスとプロコフィエフを足して2.5くらいで割った曲かなぁ。エルガーにしてはかなりいい曲、という印象(5回くらい聴いたら飽きそうだが)。しかしビオラのどソロ(しかも長時間)には驚いた。何が起こったのか、と思った・・・。サン・サーンスは、まぁド派手な曲だなぁ。何回か聴いたはずだが、本当に断片的にしか頭に残ってない。で、残っていた部分は前後の関係が間違ってた・・・。ピアノの出て来るところなんて、別の曲だと思ってたくらい・・。オルガンは品のいい音色で奏者の貢献大かな(美貌だし)。

 

ということで満足して帰宅。会場では自分の上下数年の先輩・後輩が大量に来ていて、プチ同窓会の趣き。