最近の自分3
10月末にちょっと大きな賞をもらった。
授賞式は仰々しくてあまり個人的には好きになれない感じだが、名誉なことなのでありがたく頂戴した。学生も何人か来てくれた。閉口したのは家人も呼ばれたこと。もちろん無理なのでお断り。
もらって思ったのは、自分は(少なくても仕事の上では)過ぎたことは過ぎたこととして、未来しか興味がないんだな、ということ。褒めてもらった研究内容はもちろん思い入れもあるし好きな成果ではあるけど、懐古的に振り返って反芻する趣味はないみたい。これからのことを考えるほうがずっと楽しい。そういう性格なのかも。
今週は一緒に研究したみんなを招待してパーティ。これは楽しみだなぁ。
最近の自分2
頸を痛めて以来、あまり長時間&頻繁に楽器が弾けない。
でも3月には高校の先輩で某大の先生をしている名ピアニストが退職&最終講義ということで、その最終講義の補足説明(!流行りのやつだ!)にヴァイオリンで参加した。
その余波(?)で、10月末につくばの某研究所で同じメンバーでレクチャーコンサート。先輩は本当に博学&企画上手で、最終講義の補足説明は素晴らしかったんだが、今回はそれをベースにほぼ同じプログラムにちょっと味付け。自分は
J.シュトラウス:「美しく青きドナウ」(Vn/Pf編曲版)
A.ボロディン:弦楽四重奏曲第3楽章(ノクターン)(Vn/Pf編曲版)
W.A.モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタKv304
アンコールピース V.モンティ:チャールダッシュ
を弾いた。今回は学生時代にレッスンについていた某交響楽団のVn奏者の先生に25年ぶりにレッスンお願いして鍛えてもらって、かなり練習して(その代償にちょっと頸おかしくなって)臨んだ。やっぱりプロってすごいのね&俺って音楽の才能ねぇな、という感想は置いておいて、ともかく本番。聴衆は暖かく、雰囲気はよく、大変やりやすかった。ホスト役のK研T先生には感謝。演奏のほうは何箇所ミスはあったけど、まぁ自分としてはこんなもんかな、という出来。3月より演奏はよかったんじゃないかな。でもつくばは遠くて移動で疲れて、最後のほうは集中力が続くかどうかギリギリの戦いだった。先輩も大分おつかれだったみたい。
またやりたいような、大変だからもうやめたいような。演奏会終わるといつも同じ感想になる。
最近の自分1
人間ドックを絶賛終了。
即日出るデータ上は問題なし。昨年12月のチェックでひっかかった部分も問題なし。結果は2-3週間後に全部でるがクリアすればまた1年楽しく研究して食事して運動して酒呑める。
担当の先生に「ビールとワインは血糖的にはジュースと一緒です!」と言われて、やや凹む。
もう一冊
「「砂漠の狐」回顧録」(Erwin Rommel著)
有名なドイツ陸軍の名将、砂漠の狐、ことロンメル元帥の、主にアフリカ戦線の回顧録。もっと読み物的な書物を予想していたが、事実に即しつつ主観は抑えて、冷静かつ簡潔な筆致で、淡々とリビア・エジプト・チュニジアでの経験を時系列でまとめていた。ほとんど論文、と言ってもいい ような本で、そのためもあるのか読みやすい本ではない。天才、と言われていたが、常識にとらわれず常に今目の前にある現実に対する最適解を考える、という意味では確かに天才で、多分どの世界でも成功できた、と実感。じゃぁなんで天才なのに負けたのか、っていうと周囲の凡人と愚人がぜんぜんついていけずに足引っ張ったからで(補給の大切さや機敏な行動の大事さや俯瞰的視野の重要さなどを、ほんとーに全く周りは理解してないし、理解する気もないし、時代遅れないし狂った持論を振り回すだけ)、これもどの世界でもあること。
人間って同じ歴史を繰り返してきたってことがよくわかる。
出張中に読んだ本
「春宵十話」(岡潔)
奇矯な数学者、というイメージだった岡潔。確かに同意しかねる部分もあるけど、一方で非常に繊細な感覚で研究や人生を捉える筆致は魅力的。そこかしこに名言あ散りばめられていた、という印象。
「静かなる炎」(フィリップ・カー)
私立探偵ベルンハルト・グンターシリーズ第5作。海外出張中は時差もあってきちんと論理を追う本がよみにくいのでミステリーが多くなる。著者のカーが初夏に(ま だ60代前半で)亡くなったのは衝撃だった。ドイツミステリーの服はまとっているけど、ドイツ人はあんなに饒舌でも皮肉屋でもないような気もする(名前を伏せたらどう見てもイギリス人という感じ)。このシリーズ、そこかしこにナチの大物がフィクション形式で登場するので面白い反面、作り物感もあって、そこは毀誉褒貶相半ばするのかな。結末が苦いにも英国人作家らしい、と思う。
ワルシャワ
国際会議で。
今は成田から直行便があるので挑戦。行きは30分、帰りは1時間遅れた。どうも遅れるのは常態化してるみたい。機材も787なのに微妙に古めかしくエンターテイメント関係の電源はかなり弱っている(行きは途中で故障、帰りは修理でdelay)。びっくりしたのはCAさんに日本語が超ペラペラの人がいるってこと。理由は後にわかった。
行きは同じ分野の理論の文字通り大家の先生が隣でビビりつつも、持ち前の明るさと屈託の無さを発揮して思い切り話し込む&議論する。すっかり仲良くなって到着(まぁ元から可愛がってはもらったいたので)。同乗の士とタクシーでホテル。到着遅れたのでどうしようかなぁ、と思ったが予定通りオペラ(!)に。ワルシャワ国立歌劇場、といえばいいのか、そこでナブッコがあるので挑戦。
到着してみると外見はそれなりに立派な建物(ホワイエまでは)。チケットは最後の1枚を残り10分まで粘ってゲット。チケット余った成金風のオッサンや、酒臭いのに「チケットいるかぁ」と来るダフ屋まがいのオッサンをクリアしつつ、窓口の超英語ができなくて超いい人のオバサンと仲良くなって譲ってもらった。中に入ると、驚愕の○○市文化会館レベルのシャビィな近代建築。不安はよぎるが、オケはドイツの地方都市のオケレベルはあり、歌手は結構歌えたので、相対的には大満足。だってチケット代5000円しないのに前から4列目だし・・・。
会議は自分の招待講演はいつもどおりクリアしつつ、ライバルのフランス人の無理筋のビーンボール質問を休憩時間に打ち返して、ミッションクリア。あとは市内観光がメインで、結構楽しめた。一番素晴らしかったのはワルシャワ蜂起博物館。まぁここに限らずそこかしこにソ連とドイツと戦った歴史をこれでもか!と展示・教育しているので、そりゃ右翼的な国になるのも宜なるかな、と。第二次大戦で街は完全に破壊されたので、正直都市のしての魅力は欠けるんだが(旧市街は張りぼて感あって、友人のフランス人にテーマパークみたいだ、と言ったら同意されて、人工的過ぎて好きになれないね、と返された)、ショパン博物館もあるしキュリー夫人の生家もあるし、歴史の宝庫。街そのものと美女遭遇率ではクラクフに劣るけど、ワルシャワはワルシャワで魅力ある。
アンドレア・シェニエ for カウフマン
コヴェントガーデンのアンドレア・シェニエがBSで放送されたので視聴。タイトルロールはもちろんカウフマンだ。
ミュンヘンでカウフマン・ハルテロスの黄金ペアで見たのはもう2年前?大変そうな曲もあるんだけど、歌手の人にとって費用対効果の高いオペラじゃないんじゃないか?当時も書いたと思うけど(https://ameblo.jp/oval217/entry-12260199312.html)、72-73点くらいの旋律が延々2時間続くだけのオペラで、終わったときに何も残らない。筋書きはほぼトスカと一緒だし、それなら曲の圧倒的素晴らしさでトスカを聴いた&歌ったほうがずっといい、と思う。
今回も何も残らなかったが、カウフマンが超絶うまくてカッコいいことだけは残った。相手役はオバサン過ぎてビジュアルとしてバツ。ちょうどPhysical Review Lettersのeditorが来てセミナーをしてくれたのでランチしながら物理の話をしたんだが、そのeditorでオペラの大ファンで今はヤナーチェクに凝っているという上級者(その前はワーグナーらしい)。ヤナーチェク、たしかに利口な女狐の物語とかいいよなぁ、ということがわかってきた自分は少しは精神的に成熟したのか、とか思いながら話していたんだけど、ハイビジョンのおかげで歌手は歌えて演技できてスタイルとルックスがよいことがすべて求められるようになって、大変な時代だよね、という話で共鳴した。カウフマンはそういう意味で21世紀のスターだね(editor曰く、カウフマン・ガランチャ・あと1人がそれに相当する、と。同意。)。
ローエングリン@バイロイト〜驚愕?のエンディング〜
BSでやっていたので視聴。今年の新演出なのかな。
音楽そのものはティーレマンの悪癖であるケレン味のありすぎる演奏ではなくわりにあっさりしたもので、多少金管が鳴りすぎて弦楽器が可愛そうな部分はあるが、ローエングリンという曲の良さが十分に伝わるよい演奏。タンホイザーってちょっとおどろおどろしかったりあまりに陶酔的過ぎたりして最近食傷気味なんだが、それに比べるとローエングリンって透明感があっていいね(あくまで当社比)。
問題は演出で、もー何がなんだかさっぱりわからない。なんでみんな虫なの?なんでローエングリンだけ電気技師(!)なの?(明和電機みたい)なんで最後に出てくるゴットフリート王子は緑色(!!)なの?特に最後に「白鳥に変えられた王子は魔法が解けて帰ってきます!」という感動的なシーンであの緑色の物体が出たときはテレビ画面の前で大笑いしてしまった。劇場でも失笑した人多数だったのでは?とにかく、なんでこういう解釈が可能で意義があるのか、がさっぱり理解できず、ひどい演出だった、と総括せざるを得ない。これは初演時大ブーイングだったんだろうなぁ。
来年はハルテロスの出演を削って、大盛り定食屋の女将、ネトレプコが出るそうだ。ドイツ語、ちゃんとできるのか?音楽祭の意義とかどうなってるんだろうか?
甲子園・第100回 エピローグ
今は完全に燃え尽き状態。
決勝の結果は残念だったものの、大会としては素晴らしい大会だったんじゃないか?好ゲームも多かった。自分が観戦したものだけでも
金足農ー大垣日大/横浜/近江/日大三
日大三ー平安/下関国際
報徳ー聖光学院/済美
済美ー高知商
花咲徳栄ー鳴門
など。一応注釈しておくと、ボコボコ点が入ったり、投手が四球連発で縺れる、などは好ゲームとカテゴライズしないので、済美ー星稜、横浜ー花咲徳栄、下関国際ー創志学園はここには入らない。
大会で印象に残った選手は直接見た中では、吉田(金足農)・藤原&根尾&山田(大阪桐蔭)・小園(報徳)・井上&金子(日大三)小寺(平安)・北村&林(近江)・斉藤(横浜)・政吉(済美)・奥川(星稜)・小野寺(大垣日大)・渡邉(浦和学院)・鶴田&濱松&甲山(下関国際)・柳本(名電)・西村(高知商)・根本(木更津総合)など。リストにない中では柿木はもっといい球投げられると思うので(去年のほうがすごかった)将来を期待。
相当数の試合を甲子園で見た感じたのは高校野球も変わってきた、ということ。ノーアウト1塁でも単純にはバントしない場合が増えた。理由は打力の向上だろう。日本のプロ野球よりもむしろメジャーの野球に(強豪校の野球は)近くなった感じがする。金属バットをもう一度木製バットにするか、せめて反発係数の小さい金属バットの導入をするなど工夫もいりそう。打球が速いので投手やサードなど怪我しそうで怖かった。その一方でやはりここぞの場面でのバントの巧拙は変わらず重要であることも再認識。上位のチームはやっぱりバントがうまい。そして下手なチームは接戦で負ける。
あとは投手。タイブレーク制の導入は結局よかった、との印象だが、球数制限とか回数制限には反対の立場。理由は巷間の議論でさんざん尽くされているがそうなると強豪私立しか勝てなくなるから。ルールを作れば必ずそれに対応した最適化された行動が決定できるので絶対にそうなる。もし導入するなら越境入学とか選手集めを禁止して戦力均衡を図るルールを同時に導入しないとおかしくなる。当然、そんなことできない(自分も選手集めを好ましいとは思っていないが、職業選択の自由と同様、学生側の選択の自由は保証されるべきと思っているのでルールで禁止はできない、という立場)ので球数制限や回数制限は反対。むしろ、全国大会の出場校の数を減らして決勝まで4試合にする、とかしたほうがいいのでは?昔の地区代表制度に近くなるけど、地区代表の決定戦を7月中旬から下旬に甲子園でやって、しばらく間をおいて8月中旬から本大会を甲子園でやれば、甲子園で野球をする機会は減らさずに連戦連投の可能性も減らせるように思う。
ということで第100回大会レポこれにて終了。何年か経って振り返ると第100回大会ってこんな大会、ということになるだろう。
「第100回の夏の大会って金足農業が大旋風を巻き起こした凄い記念大会だったよね。あ、そういえば大阪桐蔭が春夏連覇したのもこの大会だったっけ・・?」
甲子園・第100回 vol.16
金足農ー大阪桐蔭
教育としての野球と職業訓練としての野球の対決は、結果は大方の、そして自分が前に書いた予想のようになってしまったが、勝負を超越した大事なものを自分は再確認できた決勝だった。勝敗のポイントは特になかった。仮に初回をゼロで抑えていても、0-3の2回でスクイズ(ないしはダブルスチール)が決まって1-3になって、その後2-3としても金足農は勝てなかった。吉田には苦労をかけすぎた。5回の連打されて2度めの守備のタイムがかかったときに内野スタンドから次々と「よしだ〜!がんばれ〜!」と声がかかったのを忘れない。自分も一(元)野球部員として思わず声かけた。5回で降りたものの、そして12失点したものの、今大会最高の投手の称号は彼のためのものだ。
金足農の監督さん、選手、それを取り巻く人々のもつ純朴さと純粋さと一途に没頭する姿は、自分も含めて多くの人を魅了したことは間違いない。エース1人が予選から投げぬき、レギュラー9人で戦う。全員が地元出身でみんなで示し合わせて甲子園に行く。懐古趣味と言われても、この高校野球の原点のようなチームが好感度極大であることは間違いない。さらにシンプルに野球が好きで無心で勝利を目指す、という心根がビシビシ伝わってきた。これは普遍的に価値のあるメンタリティだ。勝って名を上げようとか褒めてもらおうとかいう邪念がないのがいい。対極が大阪桐蔭という学校とあの監督なわけで、コメントの端々に出てくる近視眼的な必死さが哀れを誘うくらい滑稽だった。でも誤解しないで。大阪桐蔭の選手は立派だった。あれだけ練習をクリアしてここまで野球がうまくなる、というプロセスがいかに大変か、そしてそれを達成した彼らは、普通ののんべんだらりとしてぼーっと人生を送っている凡人よりずっと素晴らしい。中川・根尾のマナーの良さも素晴らしかった。号泣する吉田を最後にやさしく抱擁した根尾、忘れないぞ。決勝にベンチ入りした36人の輝かしい将来を願う。