1つ疑問
ラグビーのルール(ないしルールの精神)に詳しい方が読者でどれくらいおられるか不明ですが、1つ疑問が。
件の伏見工業-京都成章のロスタイム。点差が3点で成章のキックオフ。深く蹴って伏見を押し込んで・・・と思ったら、なんと!キックオフのボールをわざとタッチに蹴りだしてそこでタイムアップ。これってルール上、いいのでしょうか?確か故意にボールをキルするのは反則のはずで、時間稼ぎなどでボールを持ったランナーがタッチにわざと出たりすると反則になるはず。これを適応すると、キックオフのボールを時間稼ぎで(つまりそちらのほうが通常は自軍に損なはずなのにあえて)蹴りだすのはルールの精神からすると反則なんじゃないでしょうかね・・・?
どうもこのカード、毎年微妙な判定が(伏見に不利に)出される気がしてならない・・・。
研究会と会食
東京で某委員会での招待講演。50分講演20分議論のはずが、予想以上に盛り上がり議論も50分、合計100分とこの手の講演としては異例の長丁場となりました。終演後はへとへとで、委員会の 議論にオブザーバー参加したものの集中できず。夢は多く語られるこの分野ですが、具体的な応用を強く意識するといろいろと難しい側面もあり、同時にメンバーの総力を結集するテーマ設定の難しさも感じました。
夕方に開放され、親友T.Y.氏と銀座へ。7丁目にある「クロ・ド・ミャン」というワインバーでしっかり呑み、しっかり食べました。本店は大阪の北新地にあるそうで、力のあるワインバーという評判でしたが、評判に違わず料理がしっかりとしていて好感をもてました。ワインは乾杯がシャンパン、白を2杯(Ch. Nuef du Papeとトスカーナ(名前失念))、赤(Cote du Rhone)をボトルといろいろためしながら料理を4品、あとチーズ。場所柄なのか食べすぎなのか、はたまた呑みすぎなので会計は2人で28500円とやや予算オーバー(講演料が吹き飛びました)でしたが、十分に満足いくものでした。オススメします。
最終の新幹線で帰宅しちょっと仕事をして就寝。ようやく体調ももとにもどってきて元気になってきました。一方学生で元気のないのが1人いるのでこれは頭痛の種。
Kempinski Vierjahreszeiten
Kempinski Vierjahreszeiten (Muenchen, Germany)
http://www.kempinski-vierjahreszeiten.de/en/hotel/index.htm?folding=1
第1回は自分が海外のホテルの素晴らしさに目覚めたホテルです。
初めて宿泊したのは97年の年末。留学中でちょうどクリスマス休暇に入ったこともありミュンヘンに移動して「Der Rosenkavalier」と「Die Fledermaus」を楽しもう、というなかなか気合の入ったプランで利用しました。ミュンヘンのホテルはいろいろと利用したこともあり、どこもそれぞれのレベルで楽しめるのですが、せっかくの年越しだし、ということで奮発した、と。
最初に驚いたのがレセプションの品のよさ。ホテルのレセプション臭さがあまりなく、ゆっくり寛げる空間です。次に驚いたのが廊下が広い(笑い、でも当時の実感はそうでした)。普通のホテルの部屋くらいある(爆笑)。3番目に驚いたのが部屋が広い。当時はマルクが非常に強く1マルク=60円しないくらいだったので、555マルクのジュニアスイートが安く感じたわけです。で、当然広い。控えの間があってリビングがあって寝室がある。100m2くらいありそう。洗面台は2つあるし、シャワーとバスは別々にあるし、welcomeフルーツとドリンクと花もあるし、で凄かった。
これ以来、それこそ7,8回は宿泊しています。ある意味定宿。予算に応じて普通の部屋にももちろん宿泊しますが、いろいろとキャンペーンもあってKempinski Sektがサービスされたり、ホテルの歴史をまとめた立派な本がもらえたり、と特典も多いです。部屋の広さはタイプによっていろいろで、新館のほうがビジネス仕様がやや狭いですが、それでも居心地は素晴らしいと思います。控えめでかつきめ細かなサービスを享受できます(山本益博風に)。
もう1つ特筆すべきは、朝食の素晴らしさ。安くはないですが、ここほど多様でおいしい朝食はなかなかなかったです。Baden-BadenのBrenner's Parkくらいか?ぜひ朝食も楽しんでください。Maxmilian Str.沿いの席が個人的には好みです。最近ロシアの新興成金が客層で増えてきて、若干荒れ気味でもあるのですが、それでもオススメします。
巻頭言
日々雑感ばかりのブログっていうのも面白くないような気がしたので、シリーズもので連載を始めます。
「1人で泊まれる世界のホテル」というタイトルにしたのには理由があります。海外で一人旅をすると、宿泊で結構困ります。困るのは別に言葉とか、ホテル探しじゃなくて、悪い部屋に通されることがあるという意味で、です。別に一人旅じゃなくても(二人でも)ちゃんと予約しておかずに飛び込みで探すと確実に悪い部屋になりますが・・・・。正直、そこには人種差別もあります。予約なしのアジア人だし、たいてい英語や現地語は不自由なので悪い部屋でも文句を言いにくいだろう、とか。もちろん悪い部屋をなんとか埋めて稼働率を上げる経営努力の一環として正当性はあるのですが。ただ、酷いケースでは予約していても悪い部屋になる場合もあるのです。そういう時はすぐに文句を言うに限りますが。
ま、それはともかく、自分がいろいろなところで泊まったホテルでそういういやな目に会わなかった(会いそうに無い)ホテルをいろいろと紹介して、宿泊にまつわる思い出なども書くことで備忘録にしてしまおう、というたくらみが1つ。もう1つは、自分がこ れから泊まりたいホテルをここらでリストにしておこうというたくらみがもう1つ、です。時には感じの悪かったホテルも紹介しようと思います。
読者のお役にたてば光栄です。
その後のこと
予想通り、というか風邪は長期化し、土曜に漸く沈静化。今回はとにかく咳がひどく、土曜までは夜中に何度も起きてしまうか、ひどいときは明け方まで眠れない、という末期的な状況。一晩ゆっくり眠れる、ということがどんなに素晴らしいことか実感しました。
結局2日のソフトボール大会には欠席。主力抜きで(笑い)3位入賞だったそうで立派の一言。宴会も盛り上がったようです。3日はドイツから友人が来日したので昼食・散歩・夕食など。駅まで迎えに行く係が誰なのか、で行き違いあり、危うく友人を3連休で1部屋もない京都に放り出すところだった・・・。やはり体調不良で集中力がないのかだめですね・・・。
4日はテニスも休んでひたすら休養。ほとんど寝てすごすことに。
5日はドイツ人の友人の希望もあって久々にオケの練習に参加。Mahlerの1番をやれるというので1年半ぶりくらいに楽器を取り出し、ひぃひぃ言いながら初見大会(笑い)。やっぱりいい曲ですね、若干Vnは虐げられているとはいえ・・・。と、オケの練習に出たこともあってラグビーの決勝は観戦せず。
その決勝。予想が悪いほうに当たってしまって伏見工業、完敗です。成章の8メンラグビー(もはや10メンですらなかった)にペースをつかめず、決勝で受けてたってしまう悪癖をモロにさらけ出し、いいところなしでした。あのFBがところどころ大器ぶりを発揮したのが救いか?さらに予想があたってしまったことの1つに、キッカーの不調(実力?)。成章はコンバージョンを含め4/5だったのに対し、最後のトライまでに1/3だったのが響いた・・・。はずした2本(どちらもさほど難しくはなさそうな角度)のうちどちらかでも入れていれば、最後のトライの後のコンバージョンを蹴れば逆転だったのに・・・・・(もう愚痴ばっか)。
しかし、花園では大型FWを苦も無くあしらえるのに、なんで宝ヶ池では成章程度のFWを蹴散らせないのか・・?花園、興味が減ったなぁ。
「南奔北走」の一日
相変わらず声が出ず、議論できないストレスを抱えたまま午前中は研究会に出席。タイトルは非常に魅力的だった講演でしたが、結局「泰山鳴動」的なものと、完全にエンジニアリングに徹したものの2つでいまひとつ消化不良感が残ったまま帰宅。
テニスを1時間半やるほどの体力はまだないのでなんとなく電車になり高校ラグビーの準決勝を見に宝が池へ。
京都成章48-0洛北(前半15-0)
伏見工業60-0同志社(前半36-0)
共に完封ゲームで、さらに言えば共に持ち味が出た試合でした。成章はいつものFWを押し出したゴリゴリのラグビー。洛北は特にBKのディフェンスでアップアップしてしまい前半こそなんとか凌いでいたものの後半はワンサイドに。同志社は9月の対戦で19-26と1本差の接戦を伏見と演じたようなので期待していたのですが(とはいえ伏見の熱狂的ファンの私は伏見応援でしたが)、始まってみるとすべての面で伏見が圧倒。特にBKは凄味がありました。15番の2年生は大器。高校ジャパン間違いなしでしょう。横に流れず、縦をついて相手BKの動きを止めてパスやフェイントを自在に繰り出しており、伏見BKのキーマンじゃないでしょうか。
決勝はもう5年か6年連続で同じカードだと思いますが、実力なら伏見有利でしょう。あのFBのライン参加をとめるのは成章BKには至難か?ただ伏見はなぜか京都の決勝になると奔放さが消える悪癖があるので、成章の10メン(もっと言えば8メン)ラグビーにはまってしまうとFWは成章も相当に強いのでまずいかも。あとはキッカー。成章のキッカーは非常にうまいが、伏見のそれはどちらかというと下手(苦笑)。僅差の終盤になると利いてくるかもしれません。伏見は前半で3本くらい取って勢いに乗りたいところですが、そううまくいくかどうか・・・・?ともかくここを突破すれば今年も相当上まで伏見は行くでしょう。去年のチームの10月末現在よりも上のような気がします。
そして風邪をひく
徐々に体調が悪化し、「そろそろ・・?」と危惧していましたがやはり風邪をひきました。
大学に移ってから最悪といってもいい風邪。しかしそういうときに限って休めない・・・。特許の打ち合わせ、論文の修正の打ち合わせなどなど。とにかく水曜日の9時からの論文修正会議がつらかった・・・・。声も出ない状況のなか、なんとか修正を終えて倒れこむように帰宅。木曜は丸々睡眠・・・・。しかし「人間、こんなに汗をかくのか!?」と思うほどの発汗で消耗しました。今日から復帰しましたが、今度は声が枯れてコミュニケーションできず。
すみません、貧乏臭い話で。皆様くれぐれもお気をつけて。
休養中はひたすらバロック音楽鑑賞。モンテヴェルディ、クレマン・ジャヌカン・アンサンブル、ヴィヴァルディなどなど・・・。読書は進みませんでした。
あ、日ハム、おめでとう!新庄、かっこよすぎます。こうやって幸運は偏在するのですね。
ミュンヘン・トリビア
ミュンヘンにまつわるトリビアを2つほど。
1.旅行記の最終日で掲載した写真に大きな教会が映っていますが、この教会(ペテルス・キルヒェ)がミュンヘン発祥の地。8世紀に初代の教会(というか修道院)が建設され、ここからミュンヘンが拓けた。
2.ルードヴィヒII世の叔父でルードヴィヒI世の子のオットーが、トルコから独立したギリシャの初代国王になったが、ギリシャ国旗の青と白は、バイエルンの色の青と白にちなんで選ばれた。
現在読んでいる「ドイツものしり紀行」(紅山雪夫)に書いてありました。まだまだ知らないことがあります(当たり前ですが)。論文2本と講演3件を抱えてウンウンいいながら空いた時間に(現実逃避で)読んでいます。
旅行記(その6・ラスト)
6日目。
相変わらず雨のザルツブルグを出て一路ミュンヘンにもどります。ドイツに入ったところで雨もやみ、渋滞も少々ありながらも11時前にはミュンヘン空港に無事到着。車を返却し、電車でホテルへ。ちょうどオクトーバーフェスト期間中なのでどこのホテルも倍程度の値段に跳ね上がっております。宿泊したのは9年前にも来たホテル。Isartorのすぐ近くでホーフブロイハウスまで3分という好立地ながら非常に静かで、かつ安いよいホテルです。以前は星3つだったのですが、今は4つになっていました。あれ?
到着後はすぐにミュンヘン大学の白バラ記念館に向かいました。大学の建物の中らしくすぐに発見できなかったのですが、映画「白バラの祈り」で反ナチビラをまくシーンでも登場するホールで理知的で紳士的な学生に尋ねると、そのホールの横の半地下のようなところにあることを親切に教えてくれました。
展示はやはりドイツらしい徹底したもの。メンバー全員のbiographyがきっちりと展示されています。ドイツ語のみなので完全に理解したわけではないですが、様々な資料で様々な角度から検証されている印象でした。おまけに死刑判決を下した裁判官まで詳細に紹介されていました。あまりにつらくなって写真をとる気持ちにはなれませんでした。
ところで映画でその裁判官役をやった役者さん(ドイツ人)。なかなかの名優です。実物は映画で見たとおりの雰囲気でした。それだけならまだしも、実はその役者さん、ブルーノ・ガンツがヒトラーをやった「ヒトラー最後の12日間」という映画でそのときはゲッベルス役だったのです(なんだか損な役ばっか)。で、そのゲッベルスが似てる・・・(笑い)。名優ですね。
さて、重い気持ちでU-Bahnでもどりました。元気を出そうと今度は文具店で手帳を購入。20ユーロ。これがもっとも高額なお土産です(苦笑)。そのあと市庁舎の最上階に上ってミュンヘン市内を一望。
これは南西側。
これは南東側。
このあと、アザム兄弟教会(ここはオススメ!いい写真がないのでアップしませんが中は過剰なまでのバロック建築です)、フラウエン教会と教会めぐり。で、最後にKreuzkammでお約束(そして夢だった)Baumkuchenを食べて大満足。
ただそろそろ移動続きでくたびれてきて体力も限界・・・・。ホテルで睡眠。19時前になんとか起きて、いざ!Oktoberfestへ!!
ここも9年ぶり。でも何もかわらないですね。いいことです。それはともかくドイツ人が戦争に強いのがここにくるとよくわかります(なんのこっちゃ)。あれだけの人数が音楽にノリノリで全員が盛り上がる団結力。スイスにいた人に聞くと、スイス人は絶対にこういうふうに団体ではもりあがらないのだそうです。一方ドイツでは1人だけイスに座って冷静にしようとしていると、周りの親切な皆さんに「何で踊らないの!?一緒に踊ろうよ!」と満面の笑顔で誘われます(笑い)。
今回も立ち席しかなく2人で立ってみていたら、ミュンヘンHPのみなさんが「ここ空いてるからいいよ!」とイスを譲ってくれて、1時間ほどドイツ民謡やらRolling Stonesやらで大合唱&大Dancing。21時ごろに疲れて撤収。帰りは家族は射的を喜んでやっておりました。
これで旅行も全日程終了。次の日にミュンヘンからフランクフルト経由で帰国。あ~楽しかった。また来年!
旅行記(その5)
そろそろ終了させましょう。
5日目。

これは宿泊したアイプ湖のホテル。車で出発し、インスブルック方面に向かったあと、東へそれてイザール河の源流付近の裏道をコツコツと進みます。アッヘン湖に向かう峠で休憩し、既に12時近くだったのでアッヘン湖をあきらめテーゲルン湖を横目を未ながらアウトバーン8号線にもどって一路ザルツブルグへ。途中、事故を目撃したり(実はアウトバーンに乗る直前で休憩しなければ巻き込まれていたかもしれないくらいきわどいタイミングでした)しながら15時過ぎにザルツブルグ到着。
さすがにRegensburgとあだ名をもらうくらい雨の多いザルツブルグ。豪雨です・・・。雷もガンガン。宿に飛び込んで雨が小止みになるのを待って観光。ゲトライデガッセからお城の下までのんびり散歩。ちょうどビール祭りをやっていてStiegl(地元の有名なビール)が大きなテントをだしていました。
これはお城。
ただ、正直ザルツブルグは堕落していました。完全に商業主義。モーツァルトの生まれた家も大改装してしまい味も素っ気もない。9年前に訪れた素晴らしいオーストリア料理店も別資本に入ってしまい風情なし。カフェ・トマゼリも愛想なし(ここも9年前は素晴らしかった)。音楽祭以外でもう一度訪れるか、というとかなり否定的です。旅行中唯一暗い気持ちで眠りました。


