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OUR PACEのブログ

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さ~てさてさて、結局旅行準備に手間取り徹夜での出発となりそうです。
留学に来る前からこういうところは全く変わってません。
学べよ。って感じですね。

stockholm行きのバスで6時間揺られるので爆睡します。
バスの運転手さんに起こされないよう気を付けます。

中途半端に時間が余ってしまいました。
何か書きたい気分です。何を書こうか。

また、要らない話ですが自分なりに推敲した「人間学」の中の一説をここで紹介したいと思います。
ここ何年か、いつからかもう分からないのですが、自分の生きている生活の中で「人間」に焦点を当ててきました。もう少し詳しく言うと、「人間の成り立ち」という部分についてですね。この人は、なんでこんな事考えどうしてこのような行動をするんだろう。何が原因になっているんだろう。環境か、遺伝子か。小さい頃に出会った経験か。最近起こった出来事が原因か。一つ一つ、見逃せないのです。別に研究したくてテーマ立てたわけじゃありません。今振り返ったら、いつからかこんなことばかり興味もってこだわり持って捉えようとしていたようで、自分の悩みや家族との関係や幼いころからの経験をよく振り返るようになったのも、この事が原因なようです。もっと大きく話を広げてしまうと、先に教師になりたいと思ったのも恐らくこの事が原因だと思います。人間がどんな事を口走り、どんなふうに感じ、どんなことを考え、どんな成り立ちをしてるのかが、もう私にとってはめっちゃ面白いんです。これじっくりみるの!!

まぁバカの前節はここら辺でもう良いと思います。

そしてバカのそれらの独自研究から導き出したある一つの説をここからご紹介します。もうすでに疲れた人はここら辺でこの文章を見るのをやめた方が良いかもしれませんm(_ _)m

私は、2日程前のブログで「強い女性がタイプだ」と言いました。
この「強い」という言葉、皆さんはどう捉えますか?

私にとっては「我」が強いという意味ももちろん含んでいるのですが、もっと大きな意味合いがこの「強い」には含まれています。それは、

素直さからくる人間の強さ

です。
人間って、わりと(ここからいう私の「わりと」はあくまで私が出会ってきた人間の中での割合の高さを示している物で、全く根拠のない個人的主観ですので、信用性はありません。)多くの人が「意地」持ってますよね?それって、時にものすごく人の魅力的な部分になり得て、時にものすごく人の強さを邪魔する部分だと思うんです。特に私の言っている「意地」は、自分の中で自分で認められない自分の性格/部分を、吐き出せない、「意地」です。これって、いつまでも持ってると、人は自分の事をいつまでも認められないままになる。いつかは、その弱さを思い知り、悩み、もがき、しかしその時期を何となく過ぎてしまうと、いつしか、自分が自分のどこの部分を認められないでいるのかを、気付けなくなってしまう。忘れてしまう。で、何となく自分を好きになれない。何となく認められない。ようになる。

これ、打ち勝つ方法知ってますか?

ここからも続いてさらに悪魔で私の意見です。
色んな人を見てきて、自分自身の悩みに付け込んでわざと彫りこんで自分いじめてみた自分が今思うのは、そういう人がその点に克服するのに唯一対抗出来る武器は、

「素直さ」

なんです。

めっちゃ、しゃべりで、うざいなって周りに思われても気づいてないくらい、自分の事話す人っていますよね?
しかも、内容がもうざっくばらんで、「そんなことも言っちゃいますか」的な、自分の事吐きさらすの上手い人、たまに見かけませんか?

もう、しんどい~。めっちゃ怖かった~。面倒くさい~。寂しい;;

わりと時には空気読まないようなことさへ言えちゃう人。

こう言う人、弱音めっちゃ吐いたり、醜態さらすわりに、私から言わしてみれば、人間の根っこが、めちゃくちゃ強いです。

結局、何がそうするかって、自分の認められない部分を口に出してしまう事で、自分でわりとその部分を自覚出来て、ひょっとタイミングがあったり、その気になれば、じゃあ次はどうすれば良い?に移れたりするんですよね。だから、根っこも強いし、先に変わって行ける希望も持ってる。

かんなり強いです、こういう人。未来があります。

逆に、いつまでも意地張って、「自分は大丈夫!」みたいな、少し前の、そして今もわりとそこから抜けきれない意地を張る私みたいな人間が、本当の芯の部分でもろかったりするんですよね。

一つ例をあげさせて頂くと、こちらに来て、私は最強の友達に出会いました。
むっちゃ控え目で、私は何も出来ないです。。。でも何とか頑張ります。。。ってしょっちゅう言う人。

ほぉ。って思って見てました。みんなが料理上達していく中で、いつまでたっても包丁持つ手が震えています。大根の皮をむく事を覚えません。笑笑

ほぉ。って思って見てました。

はっきり話し始めました。「本当は、やる気無いんじゃないの?」って。
そしたらお互い話してる中で、分かって来ました。
本当に、やる気無いんです。料理する気も、部屋掃除する気も。ね。

だって、その人にはもっともっと、その人の中で、その人にしか分からない価値観で、他に価値のあるものがあったんです。その人知ってる人は、もうそれが何か分かりますよね?

その後、時々話したりしながらだんだんと時間が経つ中で、その人の価値あるものへの傾倒は一向に激しくなり、部屋にはついに蜘蛛の巣が張るようになったらしいです。キッチンは焦げ付いたそうです。

もぉ~~~~~~~~~~~最高ですね!!

私はその人大好きです!!
今日も、話してる途中、その価値あるものの事で涙を流し始めました。
私には、気持ちをなんとなく理解する事が出来ても、やっぱり意味分かりません!!

まぁそれで良いのですが。

その人は強いなと思います。いや、正確に言うと強くなっていってるなって思います。
そして何よりのその原因は、
「本当は、やる気無いんじゃないの?」
って私が訪ねた時にその人が答えた答えが、強がりの
「そんなことないです!」じゃなく、
素直な、迷いながらの、「ん~そうなのかなぁ」からスタートしたことだと思います。その人自身の人間の素質ですよね。

何となく分かりましたか?
私の言う「強い人間」がどういった人を差すか。

もし何か変に自分に納得のいかない時があれば、是非一度、「素直さ」を取り戻すことを試されてみて下さい。私のようなばかみたいに、自分の認められない部分が多すぎて訳分からなくなって、どぶにそのままずぶずぶはまって抜けなくなる事は、わりと珍しいと思うので。ただ、もしこれを試されてうまくいく場合、人の価値観から見られるものでなく、自分から見た自分の良さが、次々発見されるようになると思います。そして、その反対に悪さも。そして挙句の果てに、「あぁ、これが自分だ。まぁしゃぁない。誰でもない自分だ」と、あっけらかんとなれるかも、しれません。

一つ最後に、わりと世の中、完璧な良い人間もいなければ、完璧にダメな人間もいないですよね?
そしたらわりとほとんどの人間が、その人にしかない素晴らしい部分や、その人にしかないあり得ないような最悪な部分、持ってたりするんじゃないでしょうか?
それで良いって、そのままで良いって、私は思います。
そして私がこれまでに述べた「素直さ」にもし目覚める事が出来たなら、その先へ足を踏み出す勇気が出たのなら、人間どこからだってスタート切れるんじゃないかって、今は思っています。

time upです。
走って行かねば!

ではでは、皆さま!
har det bra!!


久々の、夜更かしをしています。
なぜなら、明日からベルギーに旅行しに行くから。
間違えました。明日は明後日早朝のフライトのための移動日としてストックホルム泊でした。
もう何がなんだか。 とりあえず荷物を早く詰めないと。

楽しみです。
コンクールのファイナリストの演奏が聴ける!
そして、恐いです。
殺人やすりの起きる治安の悪い場所を通らねばならないようです。

気のせいか胃が痛くなってまいりました。。

生きて、帰って来たいです。

あ、みなさま、6月の演奏会のポスターが刷り上がりました!
画像載せます。

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友達に、「えらい、ロックな感じやなぁ」と言われました。

へへ笑
どうなる事やら。

ほなほな皆さままたぁ!


前記述において、大事な事を書き忘れました。

「この何年間で得た大きな事」に関して、大切なものを忘れてる事に気付きました。
この何年間で得た事は、自分の内面において学習した分野おいてだけではなかったです。

母国語に加え、新たな3言語に通じました。
言語を通じその先にいる、今まで出会った事のないたくさんの人との出会いがありました。
目にした事のない、景色をたくさん目にしました。
新たな、人との関係性がありました。
触れた事のない、心にたくさん出会いました。

この記述して尚、この幾年かで出会った大事な様々なものたちを見落としている気がします。が、それを言い始めたらきりがないので、この事に関してはこの記述を持って最後にします。

多分、以上のものたちを含めた「この何年間で得た大きなことたち」は、自分の人生において、どんな価値あるものとも比べようもない、交換しようのない、忘れることの出来ない、宝物たちであると思います。


今日は街のある一角の建物でピアノを弾いてきました。
来月12日演奏する建物と同じホール、同じピアノでです。

そのピアノは元々はピアノの先生の所有物だったそうで、リハーサルと練習する許可を頂きました。
生誕100年にもなるピアノだそう。さすがに、ペダルの効きが鈍くなっていたのですが、音が・・・音が・・・それこそ、excellent恋の矢でした。一音一音が幸せをくれました。木のぬくもりを感じれる優しいくぐもった音。

たぶん、こういった良い楽器に出会う度、生きてて良かったな。ってこの先も思えるんだと思います。

静寂の空間に音を落とす瞬間は、それこそ、大変申し訳なく感じます。

「・・・すみませんっ!」

そんな感じで。何か間違えてやしないか。音の大きさ。質感。リズム。テンポ。

「え、ぃぃぃい~今ので良かったの??」
「えっと次はどんな音落とせば良い??」

演奏中は、わりとそんな感じです。
良い空間。良い音が対象であればあるほど、そんな感じです。
誰に対して謝っているんだろう?誰に対して問うてるのだろう?
変な話、自分にでは無い気がします。
恐らく、訳のわからぬ「全て」に対してですね。

こんな演奏する時には、めちゃくちゃ神経使います。で、どっと疲れます、演奏した後。今日も頭痛が残りました。
ましてや演奏会後なんて、いつも半分倒れてます。この時ばかりは家族はいつも総出でサポートしてくれました。
ほぼ、帰り際はぼんやり夢の中にいて、家に着けば、爆睡です。

まぁそうは言って、私なんかが生みだせるものなんてたかが知れてるんですが。
だからこそ、また申し訳ない。

演奏してるものがどんなこと考えながら演奏してるかなんて書くの、変に思いますよね?
変だと思いながら、書きました。

そこにある空気と戯れてる感じなんです。

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あと、ここ数日ちょっと落ち着いて時間持ってみて見えてきた事がありました。
これが留学記後半のレポートになるのでしょうか?そこまではまだ分からないのですが。

大学時代のほぼ全てをかけて、1年延ばしてもらってもみて、色んな経験して、色んなものに触れて、自分の皮剥いて皮剥いて皮剥いて、体現をその度に待ってみて、よく、見えてきました。自分がどんな人間か。

もうみなさんご存知かもしれないですが、とどのつまり、私は、自己中とか、自分の事見えてないとか、そういう問題はもう通り越して、ただ、ものすご~く「我」の強い人間なようです。

だからよく、人の好みの面でも、整列させられた列に並ぶ人よりも、列の上で踊っているような少し普通からずれた人、自分の世界持った人に惹かれます。特に気が付けば、周りにいる女の人を見渡せばみんな強者だらけで、自分を持った強い女の人は、どんな性格であれ、母から始まり、尊敬する人や尊敬する友達に至るまで、私のめっちゃタイプであり、憧れる存在であるようです。これ読んで失礼に感じる人がいたらごめんなさいね。でも私の知人でこの文読んでる人は、男女も問わず皆私からして、最大級の褒め言葉で、「変」ですよ。

「我」が強く育ったのは、姉と7歳も離れていて、ほぼ一人っ子状態で甘やかされて育ったからだと思います。家の状況と言えば、下手すれば一人っ子の人より甘やかされてきたかもしれません。だから、遠慮しあったり、我慢して誰かに寄り添ったりということにあまり慣れてきませんでした。私の社会性の無さは、そこから来たようです。

何だか今思えば、こんな結果。悩んで迷ってひたすら歩いて、一周して、最終的に元に戻ってきただけのような気がして、少し悔しいです。

すっごく頑張ったのに。色々と。。

でも恐らく次の事は、この何年間で得た大きな事なのでないかと、自分で振り返ります。
色々悩んで、こんな事に長年悩んで、自分は、とんだ「我」の強い「バカ」だと分かりました。
ただのやっかいな「バカ」だと分かりました。
でもバカだから、だから人から、ものすごく学びます。
人のすごさを自分が「ばか」になる度感じます。
ほぉ。ほぉ~!そんな事あるんですかってな具合に。

で、思いました。

「貫くぞ!」って。

「バカ」に生まれたのなら、この「バカ」さ加減貫くぞっ!て。
どれだけ人に笑われても、「子どもやん」って思われても、「変に大人やん」って思われても、陰口叩かれても、嫌な顔されても、構わないから、「バカ」の自分が思ったように、考えたように、動きながら、人の叱責をその度に受け、聴く時は聴き、はねのける時ははねのけながら、「バカ」なりに頭打ちながら、生きていこうって、思いました。今は恥を、もっともっと捨てて生きていきたいですね。尊敬する人たち見習って。学ばせてくれる人たちに学んで。そして、相変わらず人からすごさを感じ続けていきたいって思います。どれだけしんどくても、これは、やめられないです。

そして、何か小さな事でも私を見ていて変わったなって思う事があったら、そこには絶対人がいるんだって、思って下さい。
この能天気で、一人でいても音楽さえあればすぐ幸せになれてしまう「我」の強い「バカ」が、いつもと違う真剣な表情見せるとして、しんどいしんどい言いながらも固まったようにテコでも離れない頑なな表情見せるとして、そこにいるのは、必ず人間なようなので。

愛情のこもった、Most Stupid賞を本日めでたく受賞しました、角田 萌でした。

あ、あと最後に。2度目となる、Swedenに、夏が来ましたよ~!!






Skypeを通して、今日日本の家族からメッセージが入ってました。
母からでした。

こういったメッセージでした。

「日曜日に識字の人達と社会見学として奈良の国立博物館へ行ってきました。遣唐使1300年祭ををやっていました。中国の唐へ向けて命がけで海を渡った師達は、日本の文化を高めることだけを必死に願っていた・・・その姿の純粋さに心打たれるものがありました。今の日本人たちは何を願っているのか全く見えてこないですね・・・?どのようなことにでもいいのですが、真剣に考え取り組み生きている人が少なくなったと思います。自分が何のために何を求めて生きていくのか?問うて生きている人が特に若い人にこれから日本を支えるb若い人に少ないことが、今の日本の一番危険な状態だと思います。もう少し、自分の人生大きな目でみて大事にしてほしいです。後、残りの日々大切に過ごしてください。母は、いつも一生懸命生きていますよ・・・・」

私の母は素敵な人です。
私の倍以上の「生」を送って、まだ生きるエネルギーが燃えてる。
最近は目に見えてその活力が大きくなってきました。私が二十歳を迎えるか迎えないかの頃から。

みなさんは、こんな訴えを自分の倍以上の歳を重ねた大人から受けたらどう思いますか。
私は今考えうれる答えでメッセージを打ち、先に生きる一歩で母に返事を返していくつもりです。

母の身体の方が心配なのですが。
これでいて幸せそうにしてるから、私も何も言えません。
逆にエンジンがキレた時がものすごく恐いです。

まだまだ若い人たちからエネルギーもらうのが好きみたいですよ。
私にもその矛先が向いてきて、うざったいったらありゃしません。
誰か肩替りするよって人がいたら、家に訪ねてきてあげて下さいね。

もうすぐ母は信じられないような歳を重ねる誕生日を迎えます。
私は母の好物の料理をご馳走することも、身体をほぐすマッサージをする事も出来ない。

距離というのは時に安息を与え、時にもどかしさを与えてくれるようです。

それではこの辺りで失礼します。