ひそかにUPしてみます。
KUROです。
皆様いかがおすごしでしょうかね ?
こちら栃木は暑いし、やけに雷多いです!
でもテニスしたり、バスケしたり、バンドしたり楽しみながらすごしてます。
8月はライブがふたつあります。練習間に合わないー
お盆は帰るので飲みましょー
誰か見てたら・・・笑。
くろだ
今日大学に行くと、後輩や友達、事務の渡航先にてメールでのやり取りを通じお世話になっていた方とまで再会を果たし、少しづつ見慣れた景色や顔等に出会っていくと、その度、元気を、生きる根源のようなものを、もらって、
「わぁ~o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪!!!!!!!!!!!!!!!」
って、やっぱなりました、私(^▽^;)
そうなるのが必至な自分を分かっているからこそ、「試験前やし・・・」とか思って必死で隠れようとしている自分が、ちょっと笑えたりしますした。
もぉ~だって普通にテンション上がるやんっо(ж>▽<)y ☆
はい、それは少し置いておいて。
少し、有り難い事に私のブログを読んでくれている人たちから気になる声を聞いてます。
「コメントのあげ方が分からない。」
ごめんなさい。私が留学途中でこのブログのデザインを勝手に変えたため、かえって分かりづらくしてしまいましたo(_ _*)o
もう記事を書くのも残り少ない事かと思うのですが一応、載せ方を簡単に説明させて頂くと、
一つ一つの記事の下の方に、「comments」というbottunがあって、それを押して頂くと、記事の下にコメントを書くスペースが表れます。そこに現れる「Publish Your Comment」のボタンを押して頂くと、コメントを記載できるようになります。
これでも出来なければ、角田まで個人的に連絡下さい(´0ノ`*)
ではでは。帰国直前に訪れた、Swedenのmidsummer festivalへ行った際の大量の写真たちと共に、今日はお別れです。
皆さま今日も良い一日をお過ごしください☆
萌
「わぁ~o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪!!!!!!!!!!!!!!!」
って、やっぱなりました、私(^▽^;)
そうなるのが必至な自分を分かっているからこそ、「試験前やし・・・」とか思って必死で隠れようとしている自分が、ちょっと笑えたりしますした。
もぉ~だって普通にテンション上がるやんっо(ж>▽<)y ☆
はい、それは少し置いておいて。
少し、有り難い事に私のブログを読んでくれている人たちから気になる声を聞いてます。
「コメントのあげ方が分からない。」
ごめんなさい。私が留学途中でこのブログのデザインを勝手に変えたため、かえって分かりづらくしてしまいましたo(_ _*)o
もう記事を書くのも残り少ない事かと思うのですが一応、載せ方を簡単に説明させて頂くと、
一つ一つの記事の下の方に、「comments」というbottunがあって、それを押して頂くと、記事の下にコメントを書くスペースが表れます。そこに現れる「Publish Your Comment」のボタンを押して頂くと、コメントを記載できるようになります。
これでも出来なければ、角田まで個人的に連絡下さい(´0ノ`*)
ではでは。帰国直前に訪れた、Swedenのmidsummer festivalへ行った際の大量の写真たちと共に、今日はお別れです。
皆さま今日も良い一日をお過ごしください☆
萌
帰国して早1週間。
事情があって人に会う事を自ら制限しており、何だかまだ日本に自分がいるという感覚が上手く掴めてない時を過ごしてます。
そもそも、日本に自分がいるなどという感覚など、あったものじゃないのかもしれません。が、それでも人と会って行けば感覚が出て来るんじゃないかなと、密かに期待したりもしています。
でも呆けてるばかりじゃないんですよ!
帰国しての驚きは、小さなところから採りためています。
例えば、空港の次に降り立った、高校時代に通った街で最初に受けた衝撃。
「うわっ!何この平和な国!」
夜22時過ぎ、仕事帰りの大人たちに混ざって、ガラスと対面しながらダンスの振り付けを考える少女たち。駅で、塾帰りの恰好をした小学生たち。
これは、私がここ10カ月訪ねた国では決して見られなかった光景。
そして、携帯触ってる人多っ!
わぁ、人から感じ取れる攻撃心少なっ!
ん~、街並みには私が以前に思ってたより昔ながらの風景が残ってるんやなぁ。なんか歩き心地良い。落ち着く。
日本の緑ってなんかもこもこしてて可愛らしいなぁ。
ネオン綺麗やなぁ。
お店の店員さん、人権失ってまいそうなほど、腰低いなぁ。
逆に商品を売る店では、あんまり向こうに比べるとこちらの立場に立ってくれる説明等は少ないかなぁ。ほなしっかり自分から情報集めて向こうに聞いていかなあかんなぁ。
などなど。
今はまだ行動範囲が狭いから、こんなところでしょうか。
相変わらず楽しい日々です。
さて、まぁ帰国後初のブログで突然ですが、アメバブログさんのページで面白い記事を見つけましたので載せてみます。題名は「ゆとり世代のどこが悪いの!?」という題。
(*以下は、掲載記事を参照しながらの自筆です。)
今日本には、政府が週6日あった授業を週5日制へ変える等して、教育方針をそれ以前のカリキュラムよりゆるやかなものへと移行させ た1995年以降に小学生時代を過ごした、22~24歳の世代を、「ゆとり世代」と呼び、その世代について意見を言う現象が存在するようですね。
批判する立場から見た人の思うその世代の特徴は、
○言われたことしかやらない。
○マニュアルや答えをすぐ求める。
○上司との酒をきっぱり断る。
○自ら考えることが苦手で指示待ち。
○自分の成長に繋がるとおもえないことはやらない。
○注意されるとすぐめげる。
らしく、
別の批判の立場の人からの見方では、
○政府に養ってもらうことが当たり前だと思っている。
○日本語を知らない。
○携帯に依存しすぎ
○柔らかいもの喰いすぎで、咀嚼筋が弱い。
○視野が狭い。
○小物が多い。
○礼儀、礼節を知らない。
○体力がない。
○自傷他害の恐れあり。
など挙げておられました。
そして、批判とも擁護とも言えない中立の立場の人の挙げる見方としては、
○ある意味のマイペース感が優れている。
等。
なぜにこの記事をここで取り上げたかって、単純です( ̄▽ ̄)この記事で取り上げられている世代にちょうど自分が当てはまっており、そしてなんとこのブログでそれぞれの近況をupしているバンドの名前が、mypaceが6人集まって「ourpace」なんて名前を持っているから。ちょっと遠くに投げやりとなって放っておけないタイムリーな話題だなって思ったのです。
皆さん、これを読んで何か感じる所はありますか?
私はこの記事を見て、ある意味自分は教育に純粋な影響を受けてきたんかなと思いました。それはあまりにこの方たちの挙げられている項目の中に自分に当て嵌まる項目が多かったので。(正直記事を見て笑いが止まりませんでした( ̄▽+ ̄*))またその考えのすぐ後で、ただ、その異世代の言う特徴がここのサイト上で挙がる根本を作ったのは、ほんまに教育だけなんやろか?なんて思ったりもしました。
また感想だけではなく意見を、この記事に対して掲載した者の取る私なりの責任として載せてみると、統計的に出ているものとして、この記事の内容は事実である部分をどこかに含んでいるのであろうし(何かしらの変化が、このような記事の上がる現象を起こしたという点で)、かといって、またこのことが完全に現代の22~24歳の人々の特徴に当てはまるかといえば、それは無いとも思います。(私の触れてきた人たちを思い返してみて。)また、決してここではこの記事で挙げられているレッテルに基づき、そのレッテルの貼られた対象世代についてどうだこうだ言いたい訳ではなく、個人的に人間形成に迫るこの話題に興味を持ち、また身近なものとして取りあげやすかったので掲載してみた、という筆者の掲載動機も載せさせて頂くと共に、個人的なレベルでのみ、この掲載内容でレッテルの貼られた対象の先にいる世代の一人として、またここで3人の方々が挙げられた特徴に多くあてはまった私自身について述べさせて頂くと、他の人から特徴としてあげられるほどの特徴を持っているのであれば、個人として他に対するあらゆる良い意味での可能性を私自身は恐らく持っているのだろうし、それと同時に同じ理由で、他との摩擦やずれなどで衝突を引き起こしてしまう可能性も持っているのであろうし(一般的な言い方で言うと、「人に迷惑をかける可能性」という言い方となるのでしょうか?)、そして何より、そうであるのなら、他に対して聞く耳をなるべく持ち、自他双方から学び続けていける器をこの先も忘れず自分に携えていって欲しいなと願うばかりです。
また、別の新聞記事での話題ですが、現在の20代より下の世代が、割と若い時期からネットが生活に大きく流れ込んだ時代をその上の世代より多く過ごしてきていることを指摘し、またその記事と同じ記事の中で、ネットが人間に与える影響を研究している方が、ネットで討論し慣れてる人間の特徴として、「他人を信用し易い」という研究結果が出たことを明らかにしてました。
この方がどのような研究方法を用いてこの研究結果を出されたのかにも興味がありますが、もしこの研究結果がどこかの点で真を突いているものであるとすれば、私は何となく全く逆の現象を頭に思っていたので、この方の導き出した研究結果に、小さな驚きを覚えます。
まぁ何はともあれ、世の中~面白いですね(☆_☆)!
あ、あともう一つこの記事を読む皆様にお知らせが。
兵庫県某市で中学の社会の教師をしている韓国マニアの私の母方の叔父が、今週土曜日(7月10日)朝昼晩と3度に渡って市内の施設で、広島原爆にて被爆した在日朝鮮人をドキュメントした映画を上映するとのお知らせを頂きました。「私の友達にも声かけて見たらどうや」と言われています。もし興味のある方は、私までPCでも携帯でも個人的に連絡下さい。より詳しい情報お伝え致します。
決して大規模な催しではないですが、上映と共に叔父特製のカレーが振る舞われるそうです。私自身が行けるかは全くhopelessな意味合いを含め不明なのですが、叔父は、本当に誰でもWeicomeで誰とでも話せる話しやすい人柄を持った人なので、向かわれる際は私無しでも、あまり心配要素を持たれなくて大丈夫だと太鼓判を押しておきます。若い方々の来場心待ちにしてると思いますよ^^お時間と心の余裕があれば是非是非♪
ほなほな、角田でした☆
皆さま、良い一日、良い夢と共に過ごされてますよう。
事情があって人に会う事を自ら制限しており、何だかまだ日本に自分がいるという感覚が上手く掴めてない時を過ごしてます。
そもそも、日本に自分がいるなどという感覚など、あったものじゃないのかもしれません。が、それでも人と会って行けば感覚が出て来るんじゃないかなと、密かに期待したりもしています。
でも呆けてるばかりじゃないんですよ!
帰国しての驚きは、小さなところから採りためています。
例えば、空港の次に降り立った、高校時代に通った街で最初に受けた衝撃。
「うわっ!何この平和な国!」
夜22時過ぎ、仕事帰りの大人たちに混ざって、ガラスと対面しながらダンスの振り付けを考える少女たち。駅で、塾帰りの恰好をした小学生たち。
これは、私がここ10カ月訪ねた国では決して見られなかった光景。
そして、携帯触ってる人多っ!
わぁ、人から感じ取れる攻撃心少なっ!
ん~、街並みには私が以前に思ってたより昔ながらの風景が残ってるんやなぁ。なんか歩き心地良い。落ち着く。
日本の緑ってなんかもこもこしてて可愛らしいなぁ。
ネオン綺麗やなぁ。
お店の店員さん、人権失ってまいそうなほど、腰低いなぁ。
逆に商品を売る店では、あんまり向こうに比べるとこちらの立場に立ってくれる説明等は少ないかなぁ。ほなしっかり自分から情報集めて向こうに聞いていかなあかんなぁ。
などなど。
今はまだ行動範囲が狭いから、こんなところでしょうか。
相変わらず楽しい日々です。
さて、まぁ帰国後初のブログで突然ですが、アメバブログさんのページで面白い記事を見つけましたので載せてみます。題名は「ゆとり世代のどこが悪いの!?」という題。
(*以下は、掲載記事を参照しながらの自筆です。)
今日本には、政府が週6日あった授業を週5日制へ変える等して、教育方針をそれ以前のカリキュラムよりゆるやかなものへと移行させ た1995年以降に小学生時代を過ごした、22~24歳の世代を、「ゆとり世代」と呼び、その世代について意見を言う現象が存在するようですね。
批判する立場から見た人の思うその世代の特徴は、
○言われたことしかやらない。
○マニュアルや答えをすぐ求める。
○上司との酒をきっぱり断る。
○自ら考えることが苦手で指示待ち。
○自分の成長に繋がるとおもえないことはやらない。
○注意されるとすぐめげる。
らしく、
別の批判の立場の人からの見方では、
○政府に養ってもらうことが当たり前だと思っている。
○日本語を知らない。
○携帯に依存しすぎ
○柔らかいもの喰いすぎで、咀嚼筋が弱い。
○視野が狭い。
○小物が多い。
○礼儀、礼節を知らない。
○体力がない。
○自傷他害の恐れあり。
など挙げておられました。
そして、批判とも擁護とも言えない中立の立場の人の挙げる見方としては、
○ある意味のマイペース感が優れている。
等。
なぜにこの記事をここで取り上げたかって、単純です( ̄▽ ̄)この記事で取り上げられている世代にちょうど自分が当てはまっており、そしてなんとこのブログでそれぞれの近況をupしているバンドの名前が、mypaceが6人集まって「ourpace」なんて名前を持っているから。ちょっと遠くに投げやりとなって放っておけないタイムリーな話題だなって思ったのです。
皆さん、これを読んで何か感じる所はありますか?
私はこの記事を見て、ある意味自分は教育に純粋な影響を受けてきたんかなと思いました。それはあまりにこの方たちの挙げられている項目の中に自分に当て嵌まる項目が多かったので。(正直記事を見て笑いが止まりませんでした( ̄▽+ ̄*))またその考えのすぐ後で、ただ、その異世代の言う特徴がここのサイト上で挙がる根本を作ったのは、ほんまに教育だけなんやろか?なんて思ったりもしました。
また感想だけではなく意見を、この記事に対して掲載した者の取る私なりの責任として載せてみると、統計的に出ているものとして、この記事の内容は事実である部分をどこかに含んでいるのであろうし(何かしらの変化が、このような記事の上がる現象を起こしたという点で)、かといって、またこのことが完全に現代の22~24歳の人々の特徴に当てはまるかといえば、それは無いとも思います。(私の触れてきた人たちを思い返してみて。)また、決してここではこの記事で挙げられているレッテルに基づき、そのレッテルの貼られた対象世代についてどうだこうだ言いたい訳ではなく、個人的に人間形成に迫るこの話題に興味を持ち、また身近なものとして取りあげやすかったので掲載してみた、という筆者の掲載動機も載せさせて頂くと共に、個人的なレベルでのみ、この掲載内容でレッテルの貼られた対象の先にいる世代の一人として、またここで3人の方々が挙げられた特徴に多くあてはまった私自身について述べさせて頂くと、他の人から特徴としてあげられるほどの特徴を持っているのであれば、個人として他に対するあらゆる良い意味での可能性を私自身は恐らく持っているのだろうし、それと同時に同じ理由で、他との摩擦やずれなどで衝突を引き起こしてしまう可能性も持っているのであろうし(一般的な言い方で言うと、「人に迷惑をかける可能性」という言い方となるのでしょうか?)、そして何より、そうであるのなら、他に対して聞く耳をなるべく持ち、自他双方から学び続けていける器をこの先も忘れず自分に携えていって欲しいなと願うばかりです。
また、別の新聞記事での話題ですが、現在の20代より下の世代が、割と若い時期からネットが生活に大きく流れ込んだ時代をその上の世代より多く過ごしてきていることを指摘し、またその記事と同じ記事の中で、ネットが人間に与える影響を研究している方が、ネットで討論し慣れてる人間の特徴として、「他人を信用し易い」という研究結果が出たことを明らかにしてました。
この方がどのような研究方法を用いてこの研究結果を出されたのかにも興味がありますが、もしこの研究結果がどこかの点で真を突いているものであるとすれば、私は何となく全く逆の現象を頭に思っていたので、この方の導き出した研究結果に、小さな驚きを覚えます。
まぁ何はともあれ、世の中~面白いですね(☆_☆)!
あ、あともう一つこの記事を読む皆様にお知らせが。
兵庫県某市で中学の社会の教師をしている韓国マニアの私の母方の叔父が、今週土曜日(7月10日)朝昼晩と3度に渡って市内の施設で、広島原爆にて被爆した在日朝鮮人をドキュメントした映画を上映するとのお知らせを頂きました。「私の友達にも声かけて見たらどうや」と言われています。もし興味のある方は、私までPCでも携帯でも個人的に連絡下さい。より詳しい情報お伝え致します。
決して大規模な催しではないですが、上映と共に叔父特製のカレーが振る舞われるそうです。私自身が行けるかは全くhopelessな意味合いを含め不明なのですが、叔父は、本当に誰でもWeicomeで誰とでも話せる話しやすい人柄を持った人なので、向かわれる際は私無しでも、あまり心配要素を持たれなくて大丈夫だと太鼓判を押しておきます。若い方々の来場心待ちにしてると思いますよ^^お時間と心の余裕があれば是非是非♪
ほなほな、角田でした☆
皆さま、良い一日、良い夢と共に過ごされてますよう。
Swedenより、最後の書き込みです。
暮らしていた部屋を含め、この地での生活をほとんど全て、引き払ってきました。
一緒にいたかった人たちとは、最後の最後、街を発つ一歩の瞬間まで、一緒に過ごせました。
たったの10カ月でした。
長い人生の中の、ほんの一瞬。
その一瞬の間に、この国は、私が失いかけていたもの、来る際、持ち得ていなかった大事な事を、教えてくれました。
この国の人たちは、ただ、自分の日々の生活を、大きく言えば人生を、楽しもうとしている。
そのことに、ものすごい価値を置いている。
挙げればきりがないですが、そんな国民性を感じました。
そして、それだからか、多くの人の心に、余裕がある。
求めすぎず、走りすぎず。
「お金持ちが逃げていく国。」
そりゃあそうだと思います。ここにいれば、よく分かる。きっと働いて自分で生活立てて見れば、もっとよく分かる。
この地で目にしたのは、私の理想の生き方です。
「こういう自分でありたい。」
/でも結局、色んな要素含め、この国との完全一致は有り得ない。きっとどこの国ともない。きっと誰ともない。
そのことが、生まれた国と違う地で暮らし、多くの様々な文化を背負った人たちと出会ったことで、学んだ事。
それが身に沁みて分っただけで、私、随分学んだな。って、思うんです。
自分一人では、なかなか求める自分への肉付けが出来なかった。
だから、必要なもののある場所へ行き、体を浸からせてみた。
求める要素がたくさんある地へ、出かけてみた。
20歳から21歳への時期の私が、その時の自分に必要な国として、選んだのがここだった。
アメリカ大陸でもない、Asiaでもない、Africaでもない、中央ヨーロッパでもない、他のどこでもない、地球儀回したら日本のほぼ反対側、北の端っこ、Sweden。
あの時の私が選んだ国。
小さい時から後ろを振りかえることが嫌いな子どもだったけれど、気付いたら、自分に対しても人に対しても、過去を見ることが大好きな人間になってました。
今、大事な反省として自分の大きな選択を振りかえるとして、
よくぞ、あの頃しっかり自分を見ていたね。って、少しばかり、褒めてあげたいです。
さぁ、まだまだ終わらない。
これから、またいつものように、新たな日々が待ちうけています。
先の一時的なもの含め、反省は、尽きる事はないでしょう。生きてる限り。
そして、「これからどうなる?どうする?」
未来は、楽しみながら、ただ作っていくだけですね。
/今晩からの約一日をかけるFrightが、これまで22歳の私がほとんどを過ごしてきた約10か月のある地での生活を、これ以前21年間過ごしてきた場所 へと、Frightさせます。
何が自分の身に起こるだろう。
大きな不安と、薄々感じる楽しみと。
いくら想像をしてみても、現実は私の小さな想像力をあざ笑うかのようにはるかに超えて対峙してくるだろうことは、もうこの歳になっては、百も承知のことで す。
だから覚悟して、でも、覚悟し過ぎない。
起こる事は起こるのだから。
ある作家さんが書いた小説の中で、登場人物が発する言葉に、とても好きなフレーズがあります。
世の中には、いくら地団駄踏んでもどうしようもない事が、ある。
絶対ある。
それが起こった時にどう対処するかが、その人の価値を決めるんじゃないかな?
*このフレーズには「」付けをしません。
すみませんが、本が手元にあらず、正確なセリフとして起こせないため。
この考え、決して他の人に当て嵌めたくないですね。
いえ、正確に言えば、一時的な目で持って当て嵌めたくない。
ただ、自分にはいつもしっかり刻んでおきたい。
「さぁ、どうする?」
って。
決して、厳し過ぎない目を持って。
/「こういう自分でありたい。」
生きてる事が楽しいと、歳を重ねるごとにより実感する、そんな一生であれば、それは私にとっての、何よりの幸せだと思います。
/最後に一言。
お互い選んだわけでもないのに、ずっとそばにいてくれた人、きっと出会いは偶然で、そして選んで歩んできた中で、そばにいてくれた人、今も私の心の中にいる人。
ただただ、ありがとう。
私が変わってあなたが変わっても、
あなたが変わって私が変わらなくても、
私が変わってあなたが変わらなくても、
お互い、変わらなくても、
ここに置く気持ちを、きっと私自身がどこかでずっと忘れないだろうことは、
未来の自分に「ずっと」をおくのが大嫌いな自分だからこそ、意味を持ってここに記しておきます。
この数カ月間、大変にお世話になりました。
そしてこれからも、先に出会っていく人たち、そばにいて欲しいと思っていく人たち含め、どうぞ、よろしくお願い致します。
2010/07/01 Stockholm、Swedenにて 角田 萌
暮らしていた部屋を含め、この地での生活をほとんど全て、引き払ってきました。
一緒にいたかった人たちとは、最後の最後、街を発つ一歩の瞬間まで、一緒に過ごせました。
たったの10カ月でした。
長い人生の中の、ほんの一瞬。
その一瞬の間に、この国は、私が失いかけていたもの、来る際、持ち得ていなかった大事な事を、教えてくれました。
この国の人たちは、ただ、自分の日々の生活を、大きく言えば人生を、楽しもうとしている。
そのことに、ものすごい価値を置いている。
挙げればきりがないですが、そんな国民性を感じました。
そして、それだからか、多くの人の心に、余裕がある。
求めすぎず、走りすぎず。
「お金持ちが逃げていく国。」
そりゃあそうだと思います。ここにいれば、よく分かる。きっと働いて自分で生活立てて見れば、もっとよく分かる。
この地で目にしたのは、私の理想の生き方です。
「こういう自分でありたい。」
/でも結局、色んな要素含め、この国との完全一致は有り得ない。きっとどこの国ともない。きっと誰ともない。
そのことが、生まれた国と違う地で暮らし、多くの様々な文化を背負った人たちと出会ったことで、学んだ事。
それが身に沁みて分っただけで、私、随分学んだな。って、思うんです。
自分一人では、なかなか求める自分への肉付けが出来なかった。
だから、必要なもののある場所へ行き、体を浸からせてみた。
求める要素がたくさんある地へ、出かけてみた。
20歳から21歳への時期の私が、その時の自分に必要な国として、選んだのがここだった。
アメリカ大陸でもない、Asiaでもない、Africaでもない、中央ヨーロッパでもない、他のどこでもない、地球儀回したら日本のほぼ反対側、北の端っこ、Sweden。
あの時の私が選んだ国。
小さい時から後ろを振りかえることが嫌いな子どもだったけれど、気付いたら、自分に対しても人に対しても、過去を見ることが大好きな人間になってました。
今、大事な反省として自分の大きな選択を振りかえるとして、
よくぞ、あの頃しっかり自分を見ていたね。って、少しばかり、褒めてあげたいです。
さぁ、まだまだ終わらない。
これから、またいつものように、新たな日々が待ちうけています。
先の一時的なもの含め、反省は、尽きる事はないでしょう。生きてる限り。
そして、「これからどうなる?どうする?」
未来は、楽しみながら、ただ作っていくだけですね。
/今晩からの約一日をかけるFrightが、これまで22歳の私がほとんどを過ごしてきた約10か月のある地での生活を、これ以前21年間過ごしてきた場所 へと、Frightさせます。
何が自分の身に起こるだろう。
大きな不安と、薄々感じる楽しみと。
いくら想像をしてみても、現実は私の小さな想像力をあざ笑うかのようにはるかに超えて対峙してくるだろうことは、もうこの歳になっては、百も承知のことで す。
だから覚悟して、でも、覚悟し過ぎない。
起こる事は起こるのだから。
ある作家さんが書いた小説の中で、登場人物が発する言葉に、とても好きなフレーズがあります。
世の中には、いくら地団駄踏んでもどうしようもない事が、ある。
絶対ある。
それが起こった時にどう対処するかが、その人の価値を決めるんじゃないかな?
*このフレーズには「」付けをしません。
すみませんが、本が手元にあらず、正確なセリフとして起こせないため。
この考え、決して他の人に当て嵌めたくないですね。
いえ、正確に言えば、一時的な目で持って当て嵌めたくない。
ただ、自分にはいつもしっかり刻んでおきたい。
「さぁ、どうする?」
って。
決して、厳し過ぎない目を持って。
/「こういう自分でありたい。」
生きてる事が楽しいと、歳を重ねるごとにより実感する、そんな一生であれば、それは私にとっての、何よりの幸せだと思います。
/最後に一言。
お互い選んだわけでもないのに、ずっとそばにいてくれた人、きっと出会いは偶然で、そして選んで歩んできた中で、そばにいてくれた人、今も私の心の中にいる人。
ただただ、ありがとう。
私が変わってあなたが変わっても、
あなたが変わって私が変わらなくても、
私が変わってあなたが変わらなくても、
お互い、変わらなくても、
ここに置く気持ちを、きっと私自身がどこかでずっと忘れないだろうことは、
未来の自分に「ずっと」をおくのが大嫌いな自分だからこそ、意味を持ってここに記しておきます。
この数カ月間、大変にお世話になりました。
そしてこれからも、先に出会っていく人たち、そばにいて欲しいと思っていく人たち含め、どうぞ、よろしくお願い致します。
2010/07/01 Stockholm、Swedenにて 角田 萌


































