【以下ニュースソース引用】

古典の教養と想像力で広がる和菓子の楽しみ

ARTS & CULTURE

 

夏向きの生菓子(上生菓子)。透明感のある素材を用いた、涼し気な意匠の菓子が多い 虎屋文庫提供
相田文三

相田文三

 虎屋文庫・研究主査

入社以来、虎屋文庫にて和菓子の調査・研究に励む。4年間の京都勤務を経て、2021年に虎屋文庫に復 …

 

和菓子の世界に一歩踏み込んで、のぞいてみませんか――。

 

和菓子は江戸時代、老若男女を問わず楽しまれた身近な存在でした。

 

和菓子は今も進化を続け、移り変わる季節を表現する「五感の芸術」としても親しまれています。

 

案内役は虎屋の資料室「虎屋文庫」の相田文三さん。「和菓子の教科書」では、設立50周年を迎えた虎屋文庫の資料などをもとに、奥深くて楽しい和菓子の世界をご紹介します。

 

前回に続き、上生菓子のルーツに当たる上菓子の芸術性についてもう少し詳しく解説したいと思います。

 

現在の私たちの感覚では、上生菓子は、桜がモチーフであれば春(3~4月)、紅葉の意匠は秋(10~11月)の印象が強く、今の季節は、葛(くず)や寒天を使った透明感のあるデザインが、涼し気で好まれます。

かつては季節にこだわらなかった?

ところが、江戸時代の上菓子の注文記録を見ていくと、春に紅葉、秋に梅や桜の菓子といった例があり、一つの注文のなかで、菖蒲(5月)と菊(9~11月)と雪(12~1月)などを取り合わせることも珍しくありません。

 

注文主の好みや色どりのバランスなどもあったかもしれませんが、これには上菓子の特徴ともいえる芸術性が関わっているのではないかと私は考えています。

 

上菓子の特徴をおさらいすると、四季折々の風物を写した意匠(デザイン)、そして古典文学にちなんだ名前、「菓銘」を持つことが挙げられます。

 

桜をかたどった「桜餅」、紅葉と山を配したデザインの「紅葉山」など、意匠と菓銘の関係がすぐわかるものもありますが、実は上菓子の真骨頂はもう少し深いところにあります。

教養によって育まれた高度な芸術性

次の画像は、前回の冒頭でご紹介した、1695(元禄8)年の虎屋の菓子見本帳「御菓子之畫圖(おかしのえず)」に載っている、「井出の里(いでのさと)」という菓子です。

 

古典の教養と想像力で広がる和菓子の楽しみ
「井出里(いでのさと)」の菓銘が添えられている 虎屋文庫提供

 

黄色一色の棹物(ようかんのように棹状に作る菓子)ですが、これだけでは菓銘との関係がわかりません。

 

「井出」というのは、現在の京都府綴喜(つづき)郡井手町のあたりのことで、古くからの山吹の名所。

 

和歌など多くの古典文学の題材として、山吹との組み合わせで用いられてきました。

 

そうした知識を持っている人にとっては、山吹の花の色「黄色」だけで、「井出の里」という菓銘と結びつくのです。

 

同じようなことが、紅葉と「龍(立)田」(「龍田羹」「龍田流し」など)、桜と「吉野」(「吉野巻」「吉野川」など。

 

地名はいずれも奈良県)、といった取り合わせでも成立しており、同じ水準の知識、すなわち教養を持った人々の間で楽しまれてきたことで、上菓子はこうした高度な芸術性を帯びたと言えるでしょう。

 

日頃から日本の古典文学に親しんでいなくても、百人一首などを思い出していただければ少しイメージができるのではないかと思います。

まるで謎解き? 奥深い上菓子の意匠

さて、次はもう少し複雑な思考の道筋を辿る「唐衣(からごろも)」をご紹介しましょう。

 

古典の教養と想像力で広がる和菓子の楽しみ
「唐衣」。つくね芋(山芋)をすりおろして、上新粉(うるち米の粉)と砂糖を加えた生地で作る薯蕷饅頭。
江戸時代の注文記録の絵図と同じ意匠で作られている 虎屋文庫提供

 

みなさん、この薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)がどうして「唐衣」という名前なのかわかりますか?

 

私は初めて見たときに全くわかりませんでした。

 

では順番に解き明かしていきましょう。

 

まずは見た目から考えてみると、紫と緑が半分ずつ(染め分け)になっています。組み合わせからすれば、紫の花を咲かせる草花、例えば紫陽花(あじさい)、藤、あやめや杜若(かきつばた)などが想起されます。

 

次に「唐衣」という言葉の意味ですが、これは「唐(から)」つまり中国風の衣装(「衣」)を指します。

 

とすると紫と緑の組み合わせは衣の色味のことだったのでしょうか……。

 

この解釈でもなんとか成立しそうですが、もう少し考えてみましょう。

 

「唐衣」は、「中国風の衣装」のほかに、そこから転じて、「着る」「裁(た)つ」「袖(そで)」「裾(すそ)」など、衣服に関わる語にかかる枕詞(まくらことば)としても使われました。

 

枕詞といえば、先ほども触れた百人一首を思い出す方も多いのではないでしょうか。

 

今回は百人一首ではありませんが、やはり「唐衣」から始まる和歌が鍵を握っています。

 

それは平安時代の歌物語、『伊勢物語』9段に見える次の和歌です。

 

ら衣 つつなれにし ましあれば るばるきぬる 旅(び)をしぞ思ふ」

 

『伊勢物語』の主人公のモデルは、貴族で歌人の在原業平(ありわらのなりひら)。

 

京の都を追われて東国へ下る「東下り」の途中、三河の国八橋(やつはし・愛知県)に立ち寄った際に、咲き誇る杜若を前に詠んだのが先の和歌です。

 

内容としては、都に残してきた妻を偲ぶ心情を詠んだものですが、それぞれの句の頭一文字を取ってつなげると「かきつはた(杜若)」になっています。

 

このように物の名前など五字の言葉を、各句の頭に一字ずつ詠み入れる技法を「折句」といいます。

 

古典の教養と想像力で広がる和菓子の楽しみ
大正時代の虎屋の菓子見本帳に見える「八橋」。木型に米の粉と砂糖などを混ぜた生地を詰め、
打ち出して作る押物(おしもの)。杜若と橋が配され、八橋の情景とわかる 虎屋文庫提供

 

さて、ようやく点と点がつながってきたでしょうか。

 

饅頭は杜若に見立てた意匠で、紫と緑はその花と葉。

 

菓銘の「唐衣」から「伊勢物語」→「八橋」→「杜若」と、連想ゲームのように辿ると、染め分けの意匠が杜若の咲く八橋の情景と結びつく、という仕掛けなのです。

 

ここまでくるとまるで謎解きのようですが、逆に言えば、前提となる教養があれば、菓子一つから、平安の昔の貴公子の物語や、滅多に行くことのできない名所の美しい情景を思い描くことができたのです。

 

こうした知的な遊戯が成立する人々の間で、必ずしも現実の季節に合わせて菓子が選ばれなかったとしても驚くには値しません。

 

そして、写真や動画がない分、上菓子を通じて、現在の私たちより自由に想像を膨らませて楽しむことができたのかもしれませんね。

 

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