ヤマザキナビスコカップ Cグループ ジュビロ磐田×横浜FC
凍えるわ。
内容的にも凍えそうです。
これは、あれ、「リーグ戦に集中!」というメッセージか何かでしょうか?
なんて言ってたらこっちもか。
今年も決勝でお菓子は貰えそうもありません。
もっとも、最後に決勝に行ったの2001年なので
今もお菓子をくれるのかどうかすら定かではないのですが。
くれる?
『恋愛寫眞-もうひとつの物語』
その名の通り、美しい写真をただ連ねたような小説です。
主人公・誠人はひょんな事から同じ大学に通う
少し風変わりな女の子・静流と出会う。
友人のみゆきに淡い憧れを抱きなも、誠人は静流との
友情とも恋ともつかない、信頼関係を気付き上げてゆく。
しかし静流は実は…、というストーリー。
さて、この話、透きとおるような現実感のない美しさで日々が描かれ、
全体としては綺麗なお話だとは思うのですが、
読後に何か釈然としない感じが残ります。
物語を全体としてを見た時の一体感がまるで感じられない。
ただ思いついた綺麗な情景を描いていっただけなのではないか?
というのが正直な感想です。しっくりこないのです。
静流の「恋をすると死んでしまう病」というのは、イメージとしては
とても美しく哀しく、これだけで物語が成り立つ程のインパクトを
持っていると思うのですが、それほど重大な要素であるにもかかわらず、
この「病」が全体に及ぼす影響がほとんどない。
物語において静流が「恋をすると死んでしまう病」である必要がない。
もっと言ってしまえば、死ぬ必要すらない。
折角、誠人と静流の距離感や、臆病な優しさ、
日常の美しい情景が魅力的に描かれているのに、
最後に取ってつけたような「恋をすると死んでしまう病」という
ワンアイデアに飲まれてしまうのは勿体無い感じがします。
最初から
「正体不明の男達に妙な薬カ嗅がされたら、子供の体になっちゃいました」
なんて始まり方なら、どんなファンタスティクなオチも
受け入れ易いんですけどね。
ヤマザキナビスコカップ Bグループ 清水エスパルス×横浜Fマリノス
ナビスコのグループリーグで天気が微妙だったりすると、
試合開始30分前くらいにスタジアムにぼんやり到着しても
Aゾーンの前の方に座れて、試合の迫力を満喫できるので、
おすすめなのです!是非如何でしょうか!?
…客、少なすぎだ。
まあ、試合と言えば、あまり観戦をオススメできる内容では
なかったのですが、戦術が浸透してなくても、怪我人多数でも、
代表に招集されても、早くもファウルトラブル発生でも、
まだ見た事がない選手を見られるかも、とか楽しみな事は多いのです。
楽しんどけ!
あと、山瀬兄弟がそっくりで驚きました。なんか形が似てる。
顔はさほど似てないのに、兄弟って不思議ね。
J1リーグ 第2節 ジュビロ磐田×大分トリニータ
大分の皆さん…遠いとは思いますが、もう少し頑張ってください。
菊地も大井も客が居た事を喜んでくれていますが、
あの試合 の後では、客が10人くらいでも仕方ない、
とでも思っていたんでしょうか…?
連携が上手く行かないんなら、一人でぶっちぎるという手もあったね!
とファブリのゴールを見ながらしみじみ。
あと西川くんは素晴らしいな。
代表もGKは今後15年安泰だとすら思った。
ただ「良いキーパー」なだけじゃ敵わない。謙弥、頑張れ。
エスパの方は、ただの贔屓を口にしたら実現 してて吃驚です。
しかしそれだと浩太が出てなかったりして、色々難しいな!
にっこは、やんちゃにもほどがありますよ!もう大人なんだから!
ところで新しいボールはちょっと病気に感染したっぽくて気持ち悪いです。
J1リーグ 第1節 清水エスパルス×ヴィッセル神戸
前半6分には「今日は青山のハットトリックか?」と
妙な夢も見ましたが、早めに目が覚めてよかったです。
いいのいいの。初戦なんて勝てば。
(―とジュビロの結果 を見てつくづく思います。)
個人的な贔屓だと承知の上で言うんですが、
枝村と兵働を何とか最初から使えないのだろうか…?
『ダ・ヴィンチ・コード』 ダン・ブラウン
今更ながら読んでみました。歴史にも宗教にも疎い上、
ダ・ヴィンチの絵も薄ぼんやり思い出せる程度なので、
もっと読み辛いかと思いましたが、スラスラ読めて吃驚です。
登場する絵画や教会の写真もちゃんと付いていて、とっても親切。
うっかり読む前に確認すると話の行き先が分かってしまうのが
難点ですが、予備知識は不要です。
…そうでもなければ、こんなに売れないか。
あやふやな事柄を、きっぱりと断言してくれるのも
読みやすさの要因かもしれません。
例えば、ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』に隠されたメッセージを
読み解く場面で「この人物は疑いもなく…女性だ」と言われている人物は
女性と言われれば見えなくもなくもないかもしれないけど、程度だし、
「絵の中央に鮮やかに現れたのは、見間違えようもない巨大なMの字だった」
という箇所も、どう見てもアルファベットの『M』には見えませんが、
言い切ってくれるおかげで迷いが生じません。
一事が万事そんな調子なので、ミステリーを推理しながら読む人には
不満が残りそうですが、流されるままに読む人には気楽でしょう。
一方的な悪役も出てこないので、読後の不快感がありません。
それぞれにはそれぞれの理由がある。
当初完全な悪役に見えるオプス・デイの司教と修道僧のシラスの
信仰に根ざす最期のシーンは、とても美しく心に残ります。
シラスが利用されていただけではなくて、本当に良かった。
あと、読んでいる間は特に気にならなかったのですが、
読み終わってからよくよ考えると、
やはりソニエール館長の死に様はいささかやりすぎです。
いまわの際にいくらなんでもあなた…
暗号好きにも程があります。
それもこれも、宗教に造詣が深ければ納得いくのでしょうか。
『野ブタ。をプロデュース』 白岩玄
今更ながら、読んでみました。
簡単に読み終わるのですが、「読みにくい」という印象。
ひとつの行動をするのに、文章的な手間がかかりすぎる。例えば、
「食卓の上に置かれた、マーガリンを塗ってもらえなくて
寂しそうにしている食パンに目を移した。」
いいから食え、という感じです。
この、物や風景を「悲しげな」とか「やる気がなさそうに」とか、
いちいち自分の気持ちと重ね合わせて描写する方法は、
極まると『うたかたの日々』 になるのでしょうか。
よく見かける手法で、別に気にならない作品の方が多いと思うのですが、
今回はイヤにつっかかってしましました。
内容は、薄っぺらで感じの良い自分を作り上げることで
周囲からの人気を保ってきた主人公・桐谷修二が、ひょんな事から、
いじめられっ子の転校生(野ブタ。)を人気者に仕立て上げる事になり…
というようなもの。
修二は自分の思惑通りの反応を示す周囲を見下すのと同時に、
本来の自分はこうではない、という違和感を抱き続けています。
しかし、まあ、「本当の自分」なんていうのはほんの幻想なので、
「偽りの自分」を過度に意識するのは無意味です。
より続いた方が真実。これでOK。
いずれにしろ明らかに旬のある小説なので読むのならお早めに。
既に遅い?



