僕が死ぬ日・・生まれる日 -81ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

どんよりと曇った重いねずみ色の空・・


その日は朝から各家に備え付けてある町内放送用のスピーカーから途切れる事無く放送が繰り返されていた。


「大型の台風が接近中です。」


そんな役所の人間の言葉に義明が住む長屋の人間達も怯えていた。


彼らが住む長屋は狩野川の堤防のすぐそばに立てられていた。


今まで一度も堤防は崩壊をした事は無かったが堤防が壊れて水が溢れたら一貫の終わりであった。


「義明さん!今日は店を休んだ方が良いよ!

大きな台風が来ているらしいから・・」


そんな長屋の女の言葉に・・


「何を言ってるんだ!皆が休んで居る時がチャンスじゃないか!」


そんな言葉通りに彼の店には足りない商品を探してあちらこちらから問い合わせの電話がかかって来た。


義明が荷物をリアカーに積み終わる頃には少しずつ雨が降り始めて来ていた・・


「そんなに酷くならなければ良いのだが・・」


そう呟く彼の横で晃が父に向かい言った・・


「今日は早めに帰って来た方が良いと思う!

なんか嫌な気がするから・・」


小僧が偉そうに!


義明はそんな大人びた言葉を呟く晃を見ながら楽しそうに笑った。


義明はバイクのエンジンを勢い良くかけると小降りの雨の中を消えて行った・・・


それを待っていたのかのように小降りの雨は大雨に変わり始めた。


「こいつはヤバイな!」


整備されていない細い農道を走りながら義明はそう呟く。


義明が店に戻って来たのは午後の4時をまわっていた。


ずぶ濡れになりながら浮かない表情で彼は店の中に入って来た。


「こいつはマジでやばいな!狩野川の水位がどんどん上げっている気がする・・

明日は休む事にするから・・お得意さんに連絡をしてくれ!」


義明は店番をしていた小雪にそう呟いて集金のお金の集計を始めた。


雨は止む事は無かった・・


その日の晩も強風を伴いながらまるで弓矢のように振りそそいだ・・


「男性の方が堤防に集まって下さい!」


そんな緊急の放送が流れたのは明け方の5時を少し過ぎた頃であった。


「召集がかかるとは・・堤防がやばいのか??」


義明は小雪に連絡をしてまだ、眠っている晃を残し堤防に向った・・


「何だ!これは・・・」


堤防のギリギリまで川の水が押し寄せようとしていた。


「急げ!土を積むんだ!崩壊するぞ!急げ!」


そんな叫び声があちらこちらから聞こえる・・・


「いや!間に合わん!逃げるんだ!

長屋の奴は家に戻れ!大事な物だけ持って源氏山に逃げ込め!」


町の消防団の隊長がそう叫んだ!


「やばいぞ!急げ!逃げろ!」


「崩壊したぞ!土砂を積め!」


「ま・・間に合わない!無理だ!」


町の男たちのそんなわめき声がドシャブリの雨の中響き渡る・・・


「た・助けてくれ!」


そんな叫び声の後に・・・



ドドドドッド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ツ!!


崩れ落ちた堤防から大量の水が町に流れはじめる・・・


「逃げろ!逃げるんだ!急げ!死ぬぞ!」


狩野川の周りには山田屋を始めて多くの旅館が立ち並んでいた。


宿泊客も泊まっている・・


中でも山田屋は運が悪い事にその日200人の団体客を泊めていた・・


「お客様を安全な場所に誘導しろ!急げ!」


真吾の叫び声が館内に響き渡る・・・


まるで蟻が大i移動するように各旅館から源氏山に向かい観光客が寝巻きのまま移動しはじめる!


「急げ!こっちの堤防もやばいぞ!」


そう真吾が叫んだ直後、妻の小百合が悲痛な顔で現れる・・


「あ・・あなた!真子が・・真子が居ないの!」


「な・・何!貴様は何をやっていたんだ!探せ!探すんだ!」


館内はパニックになった観光客で修羅場であった。


そんな中、妻の小百合は必死に娘の真子を探した・・・


「ダメだ!堤防が崩壊する!」


そんな叫び声が上がったのは幸いにも宿泊客を全て移動させた後であった・・


もの凄い量の水が一気に崩壊した堤防から流れ込む・・・


「大丈夫か!俺たちも逃げるぞ!急げ!」


真吾は従業員にそう叫んだ!


「あ・・あなた!真子が・・真子が・・・」


「まだ見つからないのか!もしかしたら誰かが連れて逃げたかもしれない!

とりあえずお前は逃げろ!俺は少し探して向うから!!」



ドドドドッド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


まさに・・修羅場であった・・・


それと同じ時刻に小雪が到着をする前に晃は起きてしまった・・・


激しい雨の音と荒れる狩野川の波の音に晃は怖くなり外に逃げ出した!


「晃!位牌を持って来い!悦子の位牌を持って来い!」


外に出ると丁度、義明が戻って来た所であった。


風呂敷に丁寧に悦子の位牌をくるむと義明は晃の背中にきつく風呂敷を縛り付けた。


「いいか!晃、俺はもう一度、堤防に戻る!お前はこのまま源氏山に走れ!

行けるよな!大丈夫だよな!俺の息子だもんな!

気をつけて行くんだぞ!ほれ!急げ!走れ!!」


義明はそう急かすように晃を押し出した・・


晃は半べそをかきながら・・源氏山への道を急いだ・・・


そして・・それから数分後・・運命の偶然が晃に訪れようとしていた・・


「やはり貴様か!真子は何も言わないけど俺にはわかっていた!」


真吾はそう呟きと入り口に目配せをした。


すると数人の強面の男達が宴会場に入ってきた。


「佐藤組の人間か!」


義明は少しだけうろたえながらそう呟いた。


伊豆長岡の町は昔から佐藤組と言うテキヤが仕切っていた。


そこの若い衆である。


「とりあえず!義明を押さえつけろ!」


真吾のそんな言葉を合図に彼らは義明を押さえつけた。


「いいか!ガキども!山田屋の人間に手を出したらどうなるか!

大人も子供も関係無いからな!

よく見ておけよ!」


そう真吾は言うと晃のお尻めがけて何度も平手打ちをした!


晃は我慢強い子供であった。普通の子供なら根を上げる事でも我慢した。


「なんだ!親に似て強情なガキだな!これならどうだ!」


そう真吾は叫びながら竹刀を手に取り勢いよく晃の尻を数回叩いた!


「い・・痛い!」


これにはさすがの晃も悲痛な声を上げる!


「い・・痛い!!止めておくれよ!」


そんな彼を見ながら真子をいじめていた子供達は涙を流した・・


そして、自分の子供の身代わりになり拷問を受けている晃を見て・・


そんな子供の親達も涙した・・


「ふざけんな!息子は関係ない!痛めるなら俺をやれ!」


義明がそう叫ぶと・・


「あたり前だろ!お前もやるよ!」


そんな真吾の言葉を合図に佐藤組の若い衆達が義明を殴り始める・・・


まさに地獄であった・・


大きな宴会場に晃と義明の叫び声と集められた子供と親の泣き声だけが響いていた。


晃がそんな拷問に耐えられたのは・・・


リーダーになる人間とはどんな人間か知っていたからだ。


人間をまとめる力とは・・・


腕力でも金でもない・・


そんな物で得た信頼など弱い物なのだ・・


真のリーダーとは・・・


「お前らを俺を守ってやる!」と見せること・・


彼らの心に植えつける事・・・


晃は子供ながらにそう思っていた・・・


どの位の時間が過ぎただろう・・


血まみれの義明・・


そして、お尻が3倍くらい腫れ上がった晃・・・


そんな二人を見ながら真吾が言った・・・


「わかったな!これが山田屋の力だ!」と・・・


そう呟くと彼はその場を立ち去った・・


大人達は義明と晃を丁寧に自宅まで送り届けた・・


「すまない!ありがとう・・」


そんな言葉を何度も何度も繰り返しながら・・・


義明と晃はそれから3日ばかり身動きが出来ないほどの傷を負った・・


そして、その場に居た多くの人間の心に・・


浅田親子への尊敬と山田屋に対する憎悪の念が残ったのである。


それから数ヵ月後、義明は2号店を三島の町にオープンさせた。


事業は順調であった。自分でも信じられないほど順調であった・・


あの事件以来、晃は幼稚園でボスになった。


それは誰が決めた訳でない・・自然の流れであった。


真子は何時も幼稚園で一人ぼっちであった。


何時も皆が楽しそうに遊んでいる横で寂しそうに1人でブランコに乗っていた。


大人とは無情である・・


真吾が娘の為にととった行動はより真子を苦しめる結果になる。


そして、利害関係で繋がっていない子供の世界の関係に大人の理屈は通じない・・


全ての子供が真子を無視するのである。


そんなある日の夕方・・・


偶然に山田屋の番頭の迎えが送れた・・


次々と親達が迎えに来る中、真子一人がポツンと運動場に残されていた。


「お前!何時も悲しそうな目をしているな!」


そんな彼女に話しかけたのは晃であった。


「ええ・・でも、私、お友達居ないから・・」


真子はそう呟く・・


「皆と一緒に遊べば良いだろ!

俺が皆に言ってやるから・・」


真子は意外だと言う顔をした・・


自分の父親があんなに酷い事をしたのに・・


「でも、私、体が弱いから走れないの・・」


「そうか!なら、何時でも遊びたい時は俺に言えよ!

俺が遊んでやるから・・」


そんな晃の言葉が真子には凄く嬉しかった・・


「うん!そうする・・」


そう呟くと真子は嬉しそうに微笑んだ・・


晃の心の中には悪魔が住んでいる・・・


幼い頃から住み続けている憎しみと言う名の悪魔が・・・


晃もそんな真子に微笑みながら言った・・


「この事は内緒だぞ!」と・・


そして数日後、こんな幼い二人に新たな偶然が訪れようとしていた・・

義明は悦子が死んで1つだけわかった事があった。


悦子が死んだ当時、彼は最愛の妻を失った事に気が狂うほど悲しんだ・・


しかし、それは悦子を失った事への悲しみでは無かったのだと最近、気がついた。


孤独になる恐怖・・・


悦子と言う家族を失い孤独になる悲しさが自分自身に悲しみを与えていた。


悦子を愛していなかった訳ではない・・


しかし、パートナーを失い自分自身がこの世で1人になってしまった怖さが義明に恐怖を与えた。


1人は怖いんだ・・


孤独になる事が・・怖いんだ・・・


全てを失う事は怖くなかった・・・


でも・・孤独になる事が怖かった・・


晃はとても賢い子供であった。


同い年の子供と比較するとまったく成長の速度が違う。


歩き出すのも、言葉を話し始めるのも誰よりも早かった。


しかし、一番違ったのは記憶力であった。


1度、見たり聞いたりした事は幼い子供には珍しく殆ど覚えている。


そんな晃を近所の大人達はもてはやしたが、義明はあまり気にもしていなかった。


晃が4歳になると少し、経済的にも余裕が生まれたので彼に柔道を習わせる。


「男は別に学が立たなくても良いんだ!力さえあれば・・」


それが義明の教育方針であった。


4歳になった春に晃は幼稚園に入園する事になる。


近所の女達がそんな事を自分達の事のように喜んだ。


丁度、その頃、山田屋では大騒動になっていた。


娘の真子は近所の幼稚園には行かずに私立の付属幼稚園に入園をさせるつもりであった。


しかし、早産が影響しているのか真子は生まれた時が体が弱かった。


何度も季節の変わり目にはぜん息のような状態が続く・・


幼稚園の試験の3日前に真子は熱を出し倒れてしまった・・・


「なんとしても試験だけは受けさせないと!」


そう真子を励ましながら一家は真子の状態を見守ったが結局、試験を受ける事が出来なかった。


4月7日


狩野川のほとりの桜の木が綺麗な花を咲かせ始めた頃・・・


同じ幼稚園に晃と真子は入園をした。


それが二つ目の偶然であった。


子供に大人の世界は関係が無い!


なぜならば子供には子供の世界のルールがあるのだから・・


入園して晃と真子は同じ「みかん組」になった。


入園式の日、幼稚園の教室で4年ぶりに義明と真吾が再会をした。


義明はただ何も言わず真吾と妻の小百合を睨みつけていた。


そんな義明をまるで汚い野良犬でも見るかのように小百合が見つめ言った・・


「だから、こんな幼稚園には来たくなかったのよ!まったく・・」と


義明の店は順調に売上を伸ばしていた。


今年の夏には三島に2号店を出す計画まであった。


どうしょうもない男であったがお酒さえ飲まなければ優秀な男であった。


義明はめきめきと商売の頭角を現し始めた。


そんな中でも毎晩の晃への言葉は変わらなかった。


おやすみ!の代わりに・・


何度も「復讐」と言う言葉を晃に教え込んだ。


晃は賢い子供でちゃんと大人の事情を子供なりに理解をしていた。


そして、同じクラスの真子と言う女の親が自分の母親を殺した事も知っていた。


ただ、晃は賢い!決して表には出ないタイプであった。


自分がやらなくても、真子のようなタイプの子供は自然にいじめられる事を知っていたのだ。


案の定、真子はクラスの悪ガキの格好のいじめの対象になっていた。


そして、気の弱い真子はそれを親に言う事が出来なかった。


しかし、毎日、体にアザを作ってくる娘の状態に気がつかないほど真子の親は間抜けでは無い!


ある日、幼稚園の全ての親が山田屋の宴会場に子供を連れて集められた!


真吾は低いドスのきいた声で言った・・


「うちの娘がいじめられているらしいのだが・・

どこのガキだ!」と・・・


子供は親と正反対に無邪気に笑っていた・・


その反面、横で子供の両親の顔は恐怖で引きつっていた・・


「誰だと言ってるんだよ!誰も居ないとは言わせないぞ!」

ドン!


真吾がテーブルを叩く!


そんな音にさすがの子供達も恐怖を覚えたのか泣き始めた。


子供は子供なりに自分達がしでかした事の重大さを感じた・・


「誰だと言っているんだ!」


鬼のような形相の真吾の怒鳴り声だけが大きな宴会場に響き渡る・・


「俺だ!俺の家の息子!晃がやったんだ!」


そんな声に全員の親が振り返る・・


そこには義明と晃が立っていた。


「よ・・義明!貴様の馬鹿息子か!」


真吾は手を震わせながらそう叫んだ・・・


「ああ・・そうだ!俺が息子に言ってお前の娘をいじめさせたんだ!」


義明は知っていた・・


商売をする上で一番、大切な事を・・


それはお金でも才能でもない・・


それは信用である。


今、まさに義明はこの場にい居る全ての大人の信用をえようとしていた。


そして、信用をどのようにしたら得られるのか・・


義明も晃も十分過ぎるほど知っていたのだ!


「おじさん!ごめんさい!」


晃は泣きながら真吾にそう謝罪をした・・・


浅田晃・・


この子供・・只者ではない・・