僕が死ぬ日・・生まれる日 -55ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

私の目の前に何時もと変わらない光景が写っていた。


私の前に妻が座っていてその横に娘の葵が座っている。


娘の葵は美味しそうに口の周りに真っ赤なケチャップをベタベタとくっ付けながらハンバーグを頬張っていてそれを妻の友美と私は楽しげに見つめている。



幸せな家族


そんな光景がきっと、私が昔から思い浮かべていた光景だったに違いない。


今、私はその世界を手に入れた。


私の名前は坂本誠と言う。


年は36歳で妻の友美とは職場結婚である。大学を卒業してある大手のディスカウント屋に就職した私は就職して3年後に友美と出会った。


本社の社長の秘書をしていた友美に私は一目ぼれをした。


その当時の私にはまるで友美が天使に見えたなんて表現が一番、合っているのかもしれない。


何度目かのアタックの後に友美から食事の誘いのOKをもらい有頂天になった事を昨日の様に思い出す事が出来る。


「僕は今まで誰とも付き合ったことが無いんだ。」


その食事の時に私が友美に言った言葉。


今、考えると何ともうそ臭いその言葉も実はまんざら嘘ではない。


友美と出会う前にそれなりに付き合っていた女は居た。


そしてそれなりにセックスも経験していたしそれなりに修羅場も潜って来たつもりである。


ただ、当時の私にとってそれらの多くの女性達はただの道具でしかなかったのだ。


そう・・心の隙間を埋めるための道具でしかなかった。


愛仕方が解らない。いや、そもそも相手を愛すると言う行為自体の意味が私には理解できて居なかった。


ただ、心の中にある孤独と言う隙間を埋めてくれる道具。


だから、別に結婚など考えた事などなく・・


まして家庭など築ける人間だとも自分の事を思っても居なかった。


そんな私の言葉に友美は少しだけ赤い顔をして呟いた。


「私も同じよ・・」と


私達は付き合う事になった。そして自分の意思に反しドンドン結婚の話が進んで行った。


当時の友美がどんな考えで私と結婚を望んでいたのかは今でも正直、わからない。


でも、その結婚と言う行動の中に愛があったかと聞かれると素直に「はい」と言える自信は無い。


何時の間にか友美の両親と会い。


何時の間にか友美のお腹に子供が宿り・・


そして何時の間にか私は何とも似合わないタキシードを着せられ式場のひな壇に座らされていた。


式の最後に私の両親が私からの花束に涙を流していた。


そんな両親を見ながらさほどの感動も無く冷めた目で2人を見ていた事だけ今でも覚えている。


次の年に娘の葵が生まれ新婚生活なんて甘い時間すらない状態で私達の生活は始まった。


それから6年・・・


私はその時、思っていたある愚かな考えを何時も悔やんでいる。


結婚と言う行為をすれば自分がもしかしたら普通の人間になれるのでは??


家族を持ては夫婦愛とか家族愛の意味が理解できるのでは??そんなくだらない妄想・・


変わるはずであった。結婚と言う行為によって・・


変わるはずであった。子供が生まれると言う出来事によって・・


私の人生は・・


しかし、そんなに世の中は甘くない。結婚して6年経った今でも私はさ迷っい叫んでいる。


私はなぜに生まれたのか?私は何をするために生きてる。


結婚して消えるはずだった私を常に包んでいた孤独と言う世界は消えず・・


ただ、自由と言う名の世界が消え、家族と言う鎖に縛られただけだった気がする。


楽しい食卓・・


それは私が昔から夢見ていた世界。


しかし、私は何時もそんな時間の中で私の目の前に楽しそうに食事をしてる女を見ながら心中で呟く。


お前はいったい誰なんだ?と


お前は何で俺の前に座っている?俺は何でお前と一緒に暮らしてる?


お前は俺に何を求める為に俺を縛りつけているのか?と


無理して愛想笑いを浮かべながら必死で守っている夫婦と言う世界や家族と言う世界。


私がこの二つの世界を必死に守る意味が自分には解らない。


ただ、失うことが怖かった。理由などわからないが・・失うことが怖かった。


だから、私は何時も愛想笑いを浮かべながら幸せな自分を演じているのかも知れない。


お前は誰だ?何で俺を何時も縛りつけ俺の自由を奪うんだ!


そんな戯言を呟きながら・・


事件が起こったのはそんな普通の何気無い夕食の後であった。


妻と娘が食事の後にお風呂に向う。


新婚当時は何とも色っぽい下着やネグリジェを愛用していた妻も今はジャージである。


ファッション性よりも機能性とでも言いたげに私の前を娘を重そうに抱っこして歩く妻が見える。


2人が風呂場に向かいしばらくするといきなり携帯電話の音がリビングに響き渡る。


何気にテーブルの上を見ると無造作に妻の携帯電話がバイブの微妙な振動で揺れている。


私はいけないと思いながらも妻の携帯電話を手に取った。


メールの着信有。


そんな表示が携帯のディスプレイに表示されている。私は何の迷いもなくメールボックスを開く・・


そこには一通のメール。今の携帯はメールを開かなくても内容が読めるようだ。


未開封のままメールの内容が読める。


「会いたい・・今すぐに君に・・」


一瞬、私は凍りつく。そして直ぐにその全身を凍りつかせた呪縛は鳥肌と震えに変わる。


私の携帯を持つ手は微妙な感じで小刻みに震えだし持つ腕には鳥肌が溢れ出す。


私は後悔をした。自分の軽率な行動に・・・


知らなければよい事もある。幸せな世界を維持するには知らなくて・・


いや・・知ってはいけない事が沢山あるのだ。そんな事は十分に解っているはずなのに。


コトン・・・


私は静かにテーブルの上に妻の携帯電話を置いた。


風呂場から妻と娘が楽しそうに歌を歌っている声が聞こえる。


それが全ての始まりであった。苦しみの・・・


「私・・あなたに何処かでお会いした事ありますか?」


そう私が加藤に尋ねると加藤は少し困惑をしたような顔をした。


「いいえ・・あなたとは初対面だと思いますよ・・

私はテレビや雑誌であなたのお顔は何度も拝見した事がありますけどね・・

今を時めく大作家の先生ですから・・あなたは・・」


私はこの男を知っている・・


絶対に・・


しかし、それが何時?何処で会ったのかと聞かれたらまったく覚えていなかった。


ただ、根拠無い自信があった。絶対に私はこの男を知っている。


「ほら!大学時代に純子・・覚えている??」


「ああ・・同好会に居た!純子だろ・・」


「そう・・彼ね!彼女のお兄さんなのよ!

そして何を隠そう・・私の会社の上司でもあり私の小説の先生なの!

ほら、純子が1度、「扉」の一次を通過したじゃない!

あの時、どうしてそんなに文章が上手くなったの?って彼女に聞いたのよ!

そうしたら、私の小説の師匠は天才だから!なんて言っていて・・

凄く天才師匠が気になっていたのよ!

そうしたらなんと、彼だって言うじゃない!

そして純子のお兄さんだって言われて二度ビックリよ!」


今日子はそう笑いながら興奮して言った・・


「そう言えば・・純子って今、何をやってるの??」


「ああ・・純子は今、出版社で編集の仕事をしてるのよ!

何時か、きっと、誠にもお声がかかると想うわ!

どう?うちの社から本を出しませんか?なんてね!」


純子・・・


ふと、私はあの時の純子の不気味な微笑を思い出した・・・


忘れようとしていた・・あの微笑を・・・


「処で誠はどうなのよ??付き合っている人は居るの??」


「あ~ボチボチね!」


私がそう渋い顔をしながら今日子に呟くと今日子は笑いながら・・


「あんたは・・何時もボチボチね!」と言った。


「それでは新郎新婦のご入場です!

皆様!盛大な拍手を!!」


そんな司会者の言葉の後にドアが開き新郎新婦が入場してくる。


「素敵ね!友美・・やはり美人は違うわ!」


私の周りの席の人間が口々にそう呟いていた・・


笑っていた・・


何年ぶりだろう・・笑った友美の顔を見たのは・・


何年ぶりだろう・・・あんな幸せそうな友美を見たのは・・


あ~そうだ・・俺たちの結婚式以来だな・・


私は1人、そう呟くとグラスのビールを一気に飲み干した。




私は漫画の原案を書く事にした。


ふと・・そう決めた瞬間、私は思った。


木村の未来はどうなるのか??と・・


私は自分の事ばかり考えて他人の未来を消し去り多くの人間を不幸にしているのでは無いのかと・・


木村はこれからどうやって暮らして行くのだろう??


漫画の原案の仕事があったから木村は10年もの下積みに耐えられたのだ。


静香と言う女が木村を支えて来たと言っても言い過ぎではない。


「友美が援助してくれるってさ~」


木村は笑いながらそう言っていた・・


しかし、木村はまだ、友美と言う女をまったく理解していない。


いや・・それが当たり前なのかもしれない。


それは、長年、夫婦として一緒に生きて来た私だけ知ってる事なのかもしれない。


私達が大学を卒業して3ヵ月後に静香は華々しくデビューした。


これは私が知っている過去と一緒である。


そして、漫画の内容も一緒だ。


ただ、違うのはそれを書いているのが木村ではなく私であると言う事である。


静香は一年後には一流漫画家と呼ばれる女になっていた。


そして、私もその後、一冊の本を出した。


その本もベストセラーになり私の地位も不動のものとなる。


天才・・・


私と静香はそう世間から呼ばれるようになった。


3年の月日が流れた。


ある夜、木村から私の携帯電話に電話が入る・・


「誠・・俺、結婚しょうと思うんだ・・」


「だ・・誰と??」


思わず私はそう聞きなおしてしまった。


「えっ・・友美に決まってるだろ!」と木村は笑いながら言った。


「良いのか??お前・・」


悪気があった訳ではない・・それは自然に出た言葉であった。


「ああ・・俺さ・・小説家になる夢は捨てないよ!

でも、友美との関係もはっきりしないとな!

もう・・俺たちだって26歳なんだから・・

来てくれるだろ!大作家先生・・俺たちを祝福に・・」


「ああ・・招待状を送ってくれよ!」


私のこの心に溢れる不安な気持ちは何なのだろう???


これは・・小さな嫉妬だったのかもしれない。


式は盛大に行われた。


友美の実家は裕福である。


それはこの世界でも変わらないようであった。


「あら・・大先生!お久しぶりね!」


私の前の席にそう呟きながら座る一人の女・・・


今日子・・・また、一段と美しく・・大人の女になったな・・


「よう・・久しぶり!元気か??」


「う・・ん!まぁ~ボチボチかな・・」


ふと私は自分が大切な事を忘れていた事に気がつく・・


あ~そうだ、私は別に一流の作家になりたいと思っていたのでは無いのだ・・


私はこの女に・・・言えなかった想いを伝える為に人生をリセットしたのだと・・


今日子の横に見知らぬ男が1人・・・


「こちらは??」


そう私が今日子に尋ねると今日子は笑いながら言った。


「今・・お付き合いしてる加藤さんよ!」と


加藤??


確か今日子が結婚した男は須藤では無かっただろうか???


そうだ!確かに須藤だ・・・


加藤???


こいつはいったい誰なんだ・・


人生は辛すぎて私の手には負えない。