僕が死ぬ日・・生まれる日 -51ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

店に入るとなんとも軽やかなジャズの音色が流れていた。


案内された店は私が今まで来た事も無いような洒落たバーであった。


店の奥の二人用の席に座ると直ぐにボーイが注文を取りに来る。


今日子は私が聞いた事も無いような酒の名前を呟く。


私は慌ててメニューを開く。


「ビールもあるから・・」


そんな私を気遣うように今日子がそう呟く。


「ジンライムを・・・」


私は唯一、知っているカクテルの名前をボーイに告げた。


帰りたいな~~正直な気持ち。


私はこんな店が苦手であった。


出来れば大衆居酒屋で気軽にから揚げかなんかをつまみにビールを飲む方が気軽で良い。


「よく来るんですか?このお店・・」


「えっ?」


そんな私の言葉に今日子は少し動揺したように言った


「ええ・・たまにね!私、どうも居酒屋って苦手で・・

どうせお酒を飲むのならこんな洒落た空間で飲みたいから・・」と


次の言葉が見つからない。


私はいきなり鞄から数冊のパンフレットを取り出した。


「僕のお勧めはですね!」


そんな私を驚いたように今日子は見つめた。そして・・


「あなた・・不器用ね・・」と私を小ばかにしたように言い笑った。


私は不器用である。


女性慣れしている木村とはまったく違う。


若い頃は女性と気軽に話せる木村を随分と羨ましいと思っていた。


私だって・・あいつみたいに気軽に可愛い女と話したい・・


しかし、それは無理な話であった。


なぜなら、私は基本的に女性の気持ちがわからないからだ・・


相手が興味のある話も・・・


面白がる話も・・


まったく解らない。


木村みたいに相手の性格を瞬間的に見破り、相手に合った自分を演出する事など無理であった。


「これで良いわ!」


何にも説明も聞かずに今日子が指差したテレビは私が一番、売れたいテレビであった。


この女に・・木村と同じ匂いを感じた・・・なんとも危険な・・匂いを・・


「それではお買いになる時に声をかけてください!」


私はそう営業口調に今日子は少し不機嫌そうな顔をする。


「坂本さんの店で買ったら設置もしてくれるの??」


「ええ・・もちろんです!配送代と設置代はサービスさせて頂きます!

ご契約頂いて早くて翌日にはうちのスタッフがお届けにあがりますから・・」


「あら・・・あなたが持って来てくれるんじゃないのね・・」


そう切れ長の何とも言えない妖艶な目つきで今日子は私を見つめて言った。


「えっ・・そうですね・・配達は専用のスタッフがおりますので・・

それにこのクラスだと一人で運ぶのは無理なので・・」


そう私が言うと


「なら、止めようかな~~買うの!

私、あなたに取り付けに来てもらいたいな~~~

どうしようかな~~別に急いでる訳じゃないしな~~」


なら・・わざわざ俺を呼びつけるなよ!


私はそう心の中で呟く少しだけ渋い顔をした・・


「あっ!今、私のこと・・面倒な女だと思ったでしょ!」


「えっ!」


私は自分の心を見透かされたような今日子の言葉に驚きの声を上げた。


そしてその場をとり作るように苦笑いを浮かべる。


「わかりました!私の休日の日でよろしければ私がお運びいたします。」


そう私が言うと今日子は嬉しそうに笑った。


私は何をしてるのか??


本当はこんな事をしてる場合ではないのに・・


こんな女と会っている間にも・・


きっと、妻の友美はあの男に連絡をしてるに違いないのに・・


ただ・・なんとなく・・そう思っただけなのかもしれないけど・・


今日子と会って話してる自分は少しだけ何かから解放されているような気がした。


少しだけ・・・

今日子の店に行った数日後、私の携帯電話が突然に鳴った。


見慣れない電話番号・・


基本的に私はそんな番号の電話には出ない。


見知らぬ人間からの電話は大体、ろくな結果を生まないからだ。


ただ、なんとなくその電話番号に見覚えのあった私は不覚にもその電話に出てしまった。


「わかる??誰か??」


いきなりそう言われてたが私にはその声の主がわかっていた。


「ああ・・今日子さんだろ?」


そんな私の言葉に今日子は嫌味っぽく言う


「あら光栄ね覚えて居て頂いて・・」と


ただなんとなく特徴のある甘い声に・・私はもしかしたら引かれていたのかもしれない。


「こんな美人がわざわざプライベートの番号を教えたのにかけて来ないなんて失礼ね!」


少し不機嫌そうに・・いや私をからかうように今日子がそう言った。


「い・・いや・・そうではなく・・」


なぜか私はそんな彼女に言い訳をする・・


きっと、心の何処かで今日子と言う女との関わりを求めていたのかもしれない・・


「ほら!テレビを選んでくれる約束!覚えてる??」


そう言われたが私にはそんな記憶は無かった。


「ああ・・悪い!忙しくってね!それで・・」


そう言いかけると私の言葉をさえぎるように今日子が言った。


「今夜、アルタ前に9時でどうかしら?

その時にお勧めのテレビのカタログも持って来てね!」


私は何も言えずにその強引な今日子の申し出を承諾させられた。


電話を取り妻に電話をする。


「悪い!急に木村と飲む事になって・・・」


そんな私の言葉に妻は少し怒ったように言った


「あなた・・最近、木村さんとよく飲むわね!」と


「ああ・・なんとなくな!今夜は帰るけど少し遅くなると思う・・」


「そう!もう若くないんだから・・あまり飲みすぎないでね!

それと・・・」


「それと??なんだい??」


「えっ・・良いわ!また今度・・話すから・・」


なんとなく気になる言い方だった・・


その事に対し「話せよ!」なんて私は言えなかった・・・


もしかしたら・・それが別れの話かもしれないからだ・・


だから・・聞かなかった。


そして私は直ぐに木村にメールを送った。


「狼が家に来ます」


昔からの私達の秘密の暗号・・・


今夜、お前と会っている事になっているから・・頼む!


そんな意味の・・暗号を・・


「2番目の子豚の家は木造らしいぞ!」


そしてそれがOKのサイン・・


そのメールは私がメールを流して直ぐに返信されて来た。


仕事が終わり私はそのまま新宿に向かった。


夜9時だと言うのに新宿の街は人で溢れている。


眠らない街とは上手いことを言ったものだと思う。


しばらくすると駅の方から一人の女が歩いてくる。


そして何とも表現できない妖艶な微笑を私に向けてした。


「お待たせ・・行きましょう!」


私は今日子に引きずられるように強引に腕を捕まれ夜の歌舞伎町に向かうのだった。


行ってはいけない!この女は・・危険だ・・・


そんな言葉を心の中で何度も何度も繰り返しながら・・


そしてその度に・・


この女の甘い香りと時々、私の腕に伝わる胸の感触がその言葉を打ち砕くのであった。


この女は・・危険だ・・でも・・逃げられない・・と


人生は辛すぎて私の手には負えない。




今日子に出会った数日後、私は店で品出しをしていた。


ふと、背後に人の気配を感じる。


振り返ると見た事も無いような長い髪の女が私を見つめていた。


私は商品を取ろうとしてる客だと思い一礼をして手を休めその場から立ち去ろうとした。


「あれ?気づかないの?結構・・ショック!」


私を呼び止めるようにその女性は私に言った。


私は驚いたように彼女の顔を見つめる・・・


今日子さん??


そんな時にどう言葉を返せば良いのか生憎、私には適当な気の利いた言葉を持ち合わせていない。


私は仕方が無いの素直に言った・・


「あっ!これは気がつきませんで・・確か佐藤さんでしたよね!

この辺にお住まいなのですか?」と


今日子はそんな私にそんな言葉しか言えないのかと不機嫌そうに見つめる。


「ええ・・駅の側のマンションに住んでいるんですよ!」


「でも、ここからだと勤め先まで時間がかかるでしょ?」


「でも、家族と住んでいますから・・実家なんです!」


「そうですか!私、この店で働いているんです!

これからも買いに来てくださいよ!サービスしますから・・」


そんな営業トークに今日子は笑いながら言った。


「なら、今度、私の店にも飲みに来てくださいよ!」と


「そうですね!木村に聞いてみます・・」


私はそう今日子に言うと忙しさを装い逃げるようにその場を離れた。


私は客と仲良くなり痛い目にあった人間を沢山、見てきている。


まして好きになったり下心なんか持ったらもっと厄介な事になる事も知っている。


そんな人間を今まで何人も首にして来たからだ。


女は怖い・・・だから私は近づかない。


それが自分を守る一番の方法だと思うから。


木村から電話が来たのは今日子と店で会ってから数日後の事であった。


「よう!誠・・今日子と会ったんだってな!

なんか、しつこく電話が来るんだ!

店に来てくれって!飲み屋も不景気なのかもしれない・・

俺の面子もあるから・・

お前があの手の店が嫌いなのは解ってるんだけど・・

一度、付き合ってくれないか?」


そう木村に言われ断る理由も見つからず私は流されるように木村の願いに承諾をした。


蒲田駅の西口に今日子が勤める飲み屋はあった。


昔から私達の活動範囲は東口だったのでどうも西口は居心地が悪い。


木村に引きずられるように案内をされたのは駅から程近い雑居ビルの2階であった。


「いらっしゃいませ!」


店のドアを開くとまるで打ち合わせでもしていたかのように入り口に今日子が立っていた。


「おう!約束は守ったからな!今日子・・」


木村はそう呟くとさらっと、今日子のお尻をなでてニャつ笑った。


テーブルに案内をされると直ぐに今日子が私達のテーブルに座る。


今日子が座るとボーイが木村のボトルを持ってくる。


「坂本さん!今後のよろしくお願いします!」


今日子は自分の水割りを作り終わると笑顔でそう呟いた。


何を話したのか正直、覚えていない。


表現できないほど、私は緊張していた事だけは覚えている。


なんか、テレビがどうだとかなんだとか・・そんな話に相づちを打った記憶だけかすかに残っていた。


ふと時計を見るといつの間にか12時を回っていた


「そろそろ帰るから!」


そんな木村の言葉に少しだけ安堵の表情を浮かべる。


今日子は私が帰る時に名刺を私の手に無理やりに握らせた。


あとで見ると携帯番号が手書きで記入されとぃた。