プランターの中 -16ページ目

音楽と他者

数年前、僕は池袋の小さなライブハウスにいた。
それは知り合いになった友人のバンドの最後の公演だった。

モヒカン刈りと革ジャンの良く似合う大柄の男がギターを弾き
小柄で小太りの酒やけしたがなり声がそれっぽくロックを奏でる
そんな自称パンクバンドだった。他のメンバーは記憶にない。

いかにもロックンロールでパンキッシュな演奏を皆に聴かせ、
そこにいた僕を含む数十人のテンションを上げてくれた。
ふと見ると酔っ払った前からのファンである風貌の男が
ステージ前のポールにうなだれ掛かり、泣きながら、
必死にジョニーBグットを歌ってくれ!と叫んでいるのに 目が留まる。


ジョニーBグットとは映画バックトゥザフューチャで
最初の方と最後の方にかかるゴキゲンなロックナンバーで
チャックベリーという方が作ったものだ。
今回BGMで流れているのとは別の曲。

きっと彼は昔からこのバンドのファンであるが故、
皆にバンドが奏でる最高のジョニーBグットを聴いて欲しい、
そして彼もこのバンドの最後の演奏でその曲を聴きたいと
主張していたんだろう。

その曲を聴きたいがあまりの行動かどうかはわからない。
それとも、彼は泥酔していたが為にもはやどうでも
よくなってしまったのかもしれないが、ステージによじ登り
腕を上に挙げくねくねとうごかして踊り始めた。

バンドのメンバーは、気にならなかったのか
顔見知りだからという理由で放置していたのか知らないが
気にせずに自分達のオリジナルの曲を演奏している。
彼はそれでも踊りながらジョニーBグットを要求する。

が、ステージに上がり目映い光を浴び、轟音を背にした事により
皆に見られている快感に身を委ねたくなったのか
彼は曲に合わせながら体を揺らす事に集中し始めた。
音楽が産む高揚感からだろうか、きっとサビに合わせて
自分が主役になるように踊りを披露する演出に方向性と
思考を変えていったのだろう。

音楽に合わせ体をくねらせ腰を振り自己を主張する
そんな踊りをしばらく続けたあとに、本人の意思は
分からないが、自分の筋肉を見せるべく上着を脱ぎ始めた。
きっと彼のイメージでは、曲が最高潮に達する時に
上着を脱ぎ捨て、男らしい咆哮をあげようとでも思たのだろう。
それはとてもロックっぽい行動だと思う。

曲も最後のサビに近づき、観客も興奮する。
ステージの上で踊る男も興奮するも泥酔していた為か
予想外に曲の流れが速かった為か、自分のイメージしていたよりも
上着を脱ぐタイミングを合わせられずに脱げずに焦っていた。

ステージを見守る革ジャンのパンクス達はどう思っていたのだろう。
僕は彼が披露する自己主張が失敗に終わってしまうのではないか、と
心配した。僕がA型だからなのか?まあいい。
初めて聴くそのバンドではあったが演奏は想像する限り、
踊りながら服を脱ぐ男のスピードでは彼の思い描くタイミングには
間に合わない。

必死で上着を脱ぎ捨てようとする男は、一生懸命に顎に
引っ掛かる服を持ち上げようとするものの、
楽曲のサビはまさにその瞬間ジャ-ンと鳴り響いてしまったのだ。

男はどうしようもなかったのだろう。
顎に服が引っ掛かったまま胸あたりまで
見えた裸体のままの姿で、足をがに股にして、
両の手でVサインを作り、最高潮のジャーンの場を納めた。

会場を見守っていた革ジャンのパンクス達は口々に
あそこでピースはないよな、とか言いながらも、
自己主張に失敗した男をステージから引き摺り下ろし
肩を叩きながら酒を勧めていた。

僕から見たら台無しのラストステージだったのだが
パンクス達はそんな事どうでも良かったらしく
タバコの煙が霧のように漂うライブハウスで
最低なステージ演出をしてしまい号泣する男を励ましていた。
励ますパンクスの中に、今回のバンドのメンバー達もいて
それなりに楽しそうな笑顔で、腹を殴っていたりしたものだ。

これだけ長い話で何が言いたかったかというと

イメージトレーニングは大切だ。プロスポーツ選手等は特に、
イメージと肉体の動きを一致させるべくトレーニングし
試合ではその中で勝ちを一番に意識する。
今回の男の一件はその全ての見積もりが甘く失敗に
終わってしまった。だが、敗者を受け入れてくれる土壌は
どういった場合でも存在し、この思い出はいつかは死ぬ
人生の良き一ページとなる。
それは行動を起こした者と起こさない者を
隔てる薄いながらも絶対的な壁となるのだ。と言う事だ。


29歳男性の小さな恋の思い出と現在

しばらく前に長年一緒にいた彼女と別れてしまい

傷心旅行と言うわけではないがふらりと帰省した。


いい歳した男の思い出話をブログで垂れ流すのも

気味の悪い事だとお思いの方もおられると思うが、その辺はアレとして。


高校の頃、特定の付き合いを持った女性などいなかったのだが、

部活で一緒に活動していた女の子と仲良くなった。彼女は僕が三年生の頃に

一年生として入学してきた。駅も同じだった為、部活帰りに一緒に帰ることも

しばしばあり、当時流行っていたポケベルの着信音をBGMにして音楽の話を

しながら田舎道を帰ったりしたものだ。


冬にになり、体育館に集められた際には、僕を発見するや、

僕の首に巻いてあるマフラーを奪い取り、自分の首に巻きつけは

しゃいだりしていた事から察するに彼女は少なからず僕に行為を

いだいていたんだろう、と思う。


大学進学を選んだ僕は、大学でいい娘と出会うだろうし、

年下で非常に幼く見える彼女には特別、恋愛感情を抱かなかった。

今思うと、もっとガツガツしていれば楽しい学生生活がおくれたのにと

後悔するばかりだし、しばらく前まで付き合いのあった女性と別れたから

こんな事を思い出したのだ。


で、その娘の実家は、販売のみの飲食店を経営していたのだが

今年になって、店舗内で食事が出来る老舗風の飲食店になったと知った。


この度の帰省の目的は、当時、僕のことを好いてくれていたと思われる女の子に

遇然を装い再開し、積もる話もあるだろうからと居酒屋にでも誘い出し

あわよくば、と下心丸出しの内容だったのだ。失恋したての男の行動は恐ろしい。


お店に入ると、彼女にそっくりのお母さんと思える人物が接客をしてくれた。

家族経営とは知っていたが、なんだか彼女の実家に紛れ込んだようで落ち着かない。

下心丸出しのアラウンド30の男が店内をキョロキョロ覗くのは、不審者以外の何者でもないので

そういうことは止め、静かにメニューを見ていた。


食事が運ばれてくるまでに、今まで忘れていた事を都合よくつなぎ合わせ、

僕は彼女に恋をしていた、と過去を繕う。ちょっとした恋人とに再会。いいものだ。

しかし、待てど暮らせど僕の恋人は店内には姿を現さない。


ま、その娘が現在この場所で家族と共に働いているかどうかなんて、リサーチせずに

入店したのだからしかたがない。以前この店に来た事のある僕の両親が

味はともかくとして、愛想のいい小さい女の店員がいた。と言っていた事から

勝手に妄想恋愛をかましているだけなのだ。


食事が終わる頃、店の奥から二人の子供が出てきた。長男と長女といった感じ。

誰の子供かは分からないが、厨房で調理人と遊んでいる事から、

この店の関係者だろう事は察しが付く。彼女の子供かもしれない。

高校を中退した彼女が地方都市で普通に生活をしていたら、

そのような現在を送っている事だって、日常的に考えられる事だ。


現在を眺めているのに、なんだかとてもノスタルジーな気持ちになった。

味噌汁をすすって、会計を済ませる。財布から小銭をしまっている時に

僕の名前を呼ばれたので、ドキッとしたが、どうやらそれは長男と思われる子供を

店員が呼んだようだった。


結局、彼女には逢えず仕舞いだったが、

誰の子供か分からないが、この店には僕と同じ名前の少年がいると思うと

勝手な想像を膨らまし淡い思いに浸る事ができた。


友人にこの話をしたところ、

都合よく考えるにも程がある。気持ち悪りい!と一蹴される。


長くなってしまったが何が言いたかったかというと

失恋した男は、卵から生まれてきたばかりのアヒルの子のごとく

身近にいる女性に恋をしたがるんだぜ、と言う事だ。

SとM ある深夜番組

先日、なんとなく垂れ流しておいたテレビから

人気女性モデル三人が、高級デザイナーズマンションぽい場所で

恋愛の話をしたり、甘い物を食べたり、自分の着ている服を見せ合ったりする

という、実に女性的な番組が流れていた。


自分の勤める会社が年を越せるのか、ダメなら店じまいか、という

時代の波に乗った生活とそれらの不安から生じる殺伐とした精神状態の下、

このブランド可愛いとかキャラメルアイス美味しい、だのの話題できゃっきゃ言われると

腹が立って仕方がないが、観いている僕の精神状態の問題であって

番組には何も問題はない。


入ってきてはいけない風貌の人物がふらりと入ってきてしまった

13アイスクリームの店内の違和感、とちょっとわけの分からない例えを

してしまったが、これはナシで。


話は戻るが、番組中の会話の中でちょっと気になった部分があった。


自分の性癖をSかMで例えるとどっち?


という質問に、

モデル達は「私はドMだな」「私も。わかるわかる(笑)」「私も。ぽい!ぽいよねっ(笑)」

みたいな感じで話がすすんでいた。

きっと、彼氏にのみ甘えたがりであったり、Sの場合はややワガママである程度なんだろう。

で、それをやんわりと性的にアプローチすることにより、性にも自然体な自分自身とか

性というややタブーな話をする事によって、身の回りの仲間との共有を持とうとしているのだろう。

もちろん、軽く話しているものの実は重大なカミングアウトという方向性もあるが。


まあ10年近く前からどこででも話題になるような、ありふれた話題ではあるが、

最近、この手の表現が非常に苦手になってきた。


ドMだというこの女性はマゾヒストの事がわかっているのだろうか。

では、お前にわかるのか?とマゾヒストの方々に言われれば

わかりません。出しゃばりました。と平謝りすると思うのだが。


というのも、友人にサディストの女王業を食の種にしている人物がいて

たまにマゾヒストの話を聞くと、(と言っても彼女は個人情報保護法のようなルールを守っていて、

どういう人とプレイをした。ということは教えてくれない。プロとはこういうことなのか)

概念でのマゾを教えてくれたりする。最近アダルトネタを避けているため割愛。

まあ、分からんでもないけどすごいなあ、という感想。お互いの愛あって成り立つものだと思う。

女王が愛こそ全てと信じて生きているが故の解釈なのかもしれないが。


話が盛り上がると、愛こそ全て!とファミレスでで叫んだりする。

僕は気が小さいので、こういうことはやめてほしいと思っている。


話はそれたが、そんな奥深いサドマゾを気安く話題の振り程度にで

MだSだ言わないでほしいなあ。と思ったりするのだ。しかも「ド」とかつけて。

嫁入り前なんだから。