音楽と他者 | プランターの中

音楽と他者

数年前、僕は池袋の小さなライブハウスにいた。
それは知り合いになった友人のバンドの最後の公演だった。

モヒカン刈りと革ジャンの良く似合う大柄の男がギターを弾き
小柄で小太りの酒やけしたがなり声がそれっぽくロックを奏でる
そんな自称パンクバンドだった。他のメンバーは記憶にない。

いかにもロックンロールでパンキッシュな演奏を皆に聴かせ、
そこにいた僕を含む数十人のテンションを上げてくれた。
ふと見ると酔っ払った前からのファンである風貌の男が
ステージ前のポールにうなだれ掛かり、泣きながら、
必死にジョニーBグットを歌ってくれ!と叫んでいるのに 目が留まる。


ジョニーBグットとは映画バックトゥザフューチャで
最初の方と最後の方にかかるゴキゲンなロックナンバーで
チャックベリーという方が作ったものだ。
今回BGMで流れているのとは別の曲。

きっと彼は昔からこのバンドのファンであるが故、
皆にバンドが奏でる最高のジョニーBグットを聴いて欲しい、
そして彼もこのバンドの最後の演奏でその曲を聴きたいと
主張していたんだろう。

その曲を聴きたいがあまりの行動かどうかはわからない。
それとも、彼は泥酔していたが為にもはやどうでも
よくなってしまったのかもしれないが、ステージによじ登り
腕を上に挙げくねくねとうごかして踊り始めた。

バンドのメンバーは、気にならなかったのか
顔見知りだからという理由で放置していたのか知らないが
気にせずに自分達のオリジナルの曲を演奏している。
彼はそれでも踊りながらジョニーBグットを要求する。

が、ステージに上がり目映い光を浴び、轟音を背にした事により
皆に見られている快感に身を委ねたくなったのか
彼は曲に合わせながら体を揺らす事に集中し始めた。
音楽が産む高揚感からだろうか、きっとサビに合わせて
自分が主役になるように踊りを披露する演出に方向性と
思考を変えていったのだろう。

音楽に合わせ体をくねらせ腰を振り自己を主張する
そんな踊りをしばらく続けたあとに、本人の意思は
分からないが、自分の筋肉を見せるべく上着を脱ぎ始めた。
きっと彼のイメージでは、曲が最高潮に達する時に
上着を脱ぎ捨て、男らしい咆哮をあげようとでも思たのだろう。
それはとてもロックっぽい行動だと思う。

曲も最後のサビに近づき、観客も興奮する。
ステージの上で踊る男も興奮するも泥酔していた為か
予想外に曲の流れが速かった為か、自分のイメージしていたよりも
上着を脱ぐタイミングを合わせられずに脱げずに焦っていた。

ステージを見守る革ジャンのパンクス達はどう思っていたのだろう。
僕は彼が披露する自己主張が失敗に終わってしまうのではないか、と
心配した。僕がA型だからなのか?まあいい。
初めて聴くそのバンドではあったが演奏は想像する限り、
踊りながら服を脱ぐ男のスピードでは彼の思い描くタイミングには
間に合わない。

必死で上着を脱ぎ捨てようとする男は、一生懸命に顎に
引っ掛かる服を持ち上げようとするものの、
楽曲のサビはまさにその瞬間ジャ-ンと鳴り響いてしまったのだ。

男はどうしようもなかったのだろう。
顎に服が引っ掛かったまま胸あたりまで
見えた裸体のままの姿で、足をがに股にして、
両の手でVサインを作り、最高潮のジャーンの場を納めた。

会場を見守っていた革ジャンのパンクス達は口々に
あそこでピースはないよな、とか言いながらも、
自己主張に失敗した男をステージから引き摺り下ろし
肩を叩きながら酒を勧めていた。

僕から見たら台無しのラストステージだったのだが
パンクス達はそんな事どうでも良かったらしく
タバコの煙が霧のように漂うライブハウスで
最低なステージ演出をしてしまい号泣する男を励ましていた。
励ますパンクスの中に、今回のバンドのメンバー達もいて
それなりに楽しそうな笑顔で、腹を殴っていたりしたものだ。

これだけ長い話で何が言いたかったかというと

イメージトレーニングは大切だ。プロスポーツ選手等は特に、
イメージと肉体の動きを一致させるべくトレーニングし
試合ではその中で勝ちを一番に意識する。
今回の男の一件はその全ての見積もりが甘く失敗に
終わってしまった。だが、敗者を受け入れてくれる土壌は
どういった場合でも存在し、この思い出はいつかは死ぬ
人生の良き一ページとなる。
それは行動を起こした者と起こさない者を
隔てる薄いながらも絶対的な壁となるのだ。と言う事だ。