~ こんな普通の営みが出来なくなっているのが今の日本だと思います ~ 対話をしましょう
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*この記事は、2022年10月頃からシリーズで配信したものに多少の修正を加えたものです。
~ 批判したり議論を戦わせる必要なんてありませんよ! ~ 対話をしましょう
のつづきです。
様々な人の考えを聞き、その時の表情や息遣い、
細かな身振り、手振りなどを一緒に感じれば、
自分なりの考えが、きっと見えてくるはずです。
ここで言っている「対話」は、言い換えれば
「世間話」「噂話」
という言葉が最もピッタリくるかもしれません。
あいさつ程度の単なる会話より、ちょっと踏み込んで。
でも、議論やディベートでは決してない。
人間が生きて行くために、太古の昔から当たり前に
やってきた、
こんな普通の営みが
出来なくなっているのが
今の日本だと思います
これは本当に不幸なことです。
つづく-> ~ 少しだけ他人の陰口などを言い合ってみるのも良いでしょう ~ 対話をしましょう
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対話無き日々 ここまでをまとめ読み その25
想いやりトークチャンネル【五感を使って対話しよう 味覚と聴覚】
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のつづきです。
近年は、テレビ、動画サイト、SNSなどを使って、自分の考えと合わない人を
攻撃する行為を“称賛する”ような風潮が広がっている。
このような
マウンティング的な言論を
売りにしている有名人も多い
相手にはほとんど喋らせないで、機関銃のように相手に言葉を浴びせかける。
相手が話している途中で、言葉を覆いかぶせて黙らせ、自分の考えを一方的に
まくしたてる。
相手が知らなそうな知識をひけらかし、実際に相手がそれを知らない様子を見せ
ると、
勉強不足
社会を知らない
経済を知らない
科学を知らない
などと言って、
冷笑的に、一方的に攻め立てる。
相手の意見から何かをくみ取ろうとか、学ぼうという姿勢は全く見られず、その
意見の欠点や矛盾点を素早く見つけてひたすら攻撃する。
私は個人的に、こういった人物たちを“マウンター”と呼んでいる。
私自身は不愉快なので、有名人マウンターが出ているテレビ番組や動画、SNSは
見ないのだが、こういった人物たちが多くの人から支持を得ているのも事実である。
支持を得る理由は明確である。
我々の生活から
対面対話
音声コミュニケーションが
激減したからである
普段から心穏やかに、時にはクスクスと笑いながら噂話や罪のない陰口を言い
合ったりする。
そんな普通の営みが失われてきているので、一方的に、攻撃的に喋り続け、
(表面上だけは)相手を論破したように見える有名人マウンターが支持を得るの
であろう。
格闘技のKOシーンに爽快感を感じるのと同じ感覚である。
ああいった有名人たちは対話や議論に優れた“論客”ではなく、他者を言い負かし
てお金を稼いでいるプロ格闘家だと考えるべきであって、そうなのであれば、画面
の隅にでも
良い子は決して真似してはいけません
とのテロップを表示すべきであろう。
その場だけの爽快感、勝利感と引き換えに、人間として生きて行くために最も
大切な、「穏やかな対話」を放棄しているのだから。
人間にとって、他者との対話はご飯を食べるのと同じくらい大切な営みである。
攻撃的に、一方的に食事をしても、幸せで健康的な生活は送れないのである。
近年の多くの人々(私の感覚では若者に多い)は、
あれが対話、議論だと
勘違いしてしまっている
そして、「あんなん、自分にはとても無理!」「あんな知識も無いし、あんなにベラ
ベラ話せないし、とてもじゃないが、他人と本音で語り合うなんてムリムリ!」と
なってしまっている
穏やかに対話しようと意見を求めると、あわてて手を振りながら
私は知識も無いし、意見も無いし、
喋るのも下手だから、
良く分からないし、
ムリです
という学生を何人も見てきた。
学生同士で意見交換(グループディスカッション)をさせようとしたら、「私には
相手を言い負かしたりするのはムリなんですけど・・・」と言ってきた学生もいた。
テレビや動画サイトに出てくるプロ格闘家のごとき有名人マウンターたちが、
穏やかで善良な人々に議論を格闘技だと勘違いさせた結果として、人々から
対話が失われ、対話への恐怖心を根付かせてしまった。
以前に述べたように、当ブログでは対話と議論を明確に区別しているが、これは、
マウンティングを議論と
勘違いしてしまった多くの人々
に、ご飯を食べるのと同じように、穏やかな対話から始めて欲しいからである。
------------- 長屋の対話民主主義余禄 -------------
「冗談じゃねえですよ。長屋に十人の人がいりゃあ、十通りの騒ぎが起こる。その騒ぎに十人が首を突っ込むんですから、騒動は果てしなく広がるってわけで。でもね、騒動が丸く収まりゃ、十人で喜べる。しくじったら、悔しさや悲しみを十人で分けりゃいいんで。そんなもんでさあ」
畠山健二:本所おけら長屋(九), PHP文芸文庫,2017 より
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つづく-> 対話無き日々 ここまでをまとめ読み その26
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