~会話、対話、議論(ディベート)~ 対話無き日々
想いやりトークチャンネル【稲穂のような加齢性難聴】
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のつづきです。
本稿の目的は、人々の間に対話という習慣を広げて行くことにある。
哲学カフェのような場所に行かなくても、日常の生活や学校、職場などで、
様々なテーマについて、誰もが自然に対話できる社会を実現したいと考えている。
ここで、人とのやり取りには、会話、議論、ディベートなどの種類があるが、
それぞれについて簡単に定義してみる。
会話:話をすること。挨拶や、差し障りの無い世間話など。
議論:意見交換と言っても良いかもしれない。何かの話題について、人の意見を
聞いたり、自分の意見を言ったりすること。多くの場合は異なる意見を
持つ者の間で行われる。
ディベート:ある話題について、同じ意見の人同士がグループになって、反対
意見のグループと議論すること。
ちなみに、哲学対話では、会話は対話に含まれないが、議論とディベートは
対話に含まれることになる。
ところで、近年は、議論への参加を極端に恐れる人が急増している。
目立つこと、物事を決めることを嫌い、「自分のせいにされたら、どうしよう」と
考えて、意見を述べたり、意思決定プロセスに参加することを避ける若者も多い。
こういった人たちにも対話の習慣を広げて行くためには、
対話では、議論やディベートのように、自分の意見を
明確に持って、それを流暢に話さなければいけないと
いうことはないし、言い勝つ、言い負かされるといった
評価尺度もない
というメッセージを明確に発信する必要がある。
よって、本稿では、会話、対話、議論(ディベート)を以下のように分類する
こととする。
若者も年寄りも、男性も女性も、知識のある人も無い人も、対話ならできるであろう。
会話:話をすること。挨拶や、差し障りの無い世間話など。
対話:相手の話しを聞くこと。自分の考えが相手に伝わるように話すこと。
自分が知識を持っていなければ意見などいう必要はなく、質問して教えて
もらえば良い。あくまで穏やかに、伝わるように話し、相手の話しを聞く。
最終的な同意や結論は求めない。対面で行うこと。
議論(ディベートを含む):考えや意見に相違がある場合の意見交換。
最終的に何らかの同意や結論に至ることが望ましい。
つづく-> ~ここまでの参考文献~ 対話無き日々
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