おたるつ

おたるつ

モノホンのおたくにジャンルは関係ねえはずだ!
ってわけで、おたくのるつぼ。略しておたるつ


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私が勝手に「福祉メシ」と名付け、食べ歩いているジャンルのランチがあります。

残念ながら具体的な地名、店名を出すと速攻身バレするので、ぼんやり、ぼんやり紹介します。

 

福祉メシとは、障害者施設や支援団体などが運営する店舗で食べられるランチなどのこと。

知的障害や精神障害の方が多いかな。

福祉メシが食べられるお店では、健常者の職員さんや管理栄養士さん、看護師さんたちと一緒に障害がある人が働いて食事を提供しているんです。

私が仕事のテリトリーとしている地域で見つけた福祉メシは全部で6店。

カフェのみの店舗がもう2店。探せばどこの街にも1店か2店はあるんじゃないかな。

 

なぜ福祉メシを食べ歩くようになったのかというと、理由はシンプル。

うまい、安い、雰囲気が良い。

確かに多少は社会貢献になると思いますが、そんなもん二の次ですよ、うまくて安い、これだけで十分行く価値がある。

しかも行くとなんだかほっこりする。

障害のある人が作るご飯て、なんやかんや偏見あると思いますが、それ絶対損してるから! 

これから福祉メシのおすすめポイントを書いていくので、ぜひあなたの街の福祉メシに出会ってください。

 

※今回はいろんな考え方がある中で「障害」と表記します。

 

●障害のある人が働くお店ってどうゆうこと?

 

私も福祉メシに興味を持つようになってから知ったんですが、障害者就労支援事業っていう国の制度があります。

障害があるといっても程度も状態もさまざま。

普通の雇用は難しいけど働く機会を持ってもらって日々の生活に役立ててもらおう! みたいな主旨のもと、その人ができる働き方ができます。

 

障害のある人が働いているよっていうのがわりと分かりやすいお店もあれば、言われても全然分からないところもあります。

調理に携わってホールにあんまり出てこない店もあれば、接客はするけど調理は健常者の調理スタッフがやるところもあって、本当にいろいろです。

とりあえず、障害のある人が作ってるから、何か変なモンが入ってるかもしれないっていうのだけは完全に誤解です。

障害のある人が調理に携わっているところだと、まあ盛り付けが多少、隣のテーブルより個性があったりするかな。

輪切りのゆで卵が上向いてたり下向いてたり。そんな程度。

あとはデザートで必ずつくシフォンケーキとか、あんまり変更のないものを作っていることもある。

食べ物として何か問題あるかというと、本当に全然何にもない。

 

●福祉メシはうまい!

 

うまいんすよ。

しかもただうまいんじゃない。おなかに優しくて毎日食べたくなる。

だいたい通所施設(障害者が昼間通う所)がお店をやっていることが多いです。

なので、お店に出てない利用者(障害者)の方も同じもの食べているらしい。

給食みたいな感じかな。そこはちょっと見たことないのでどうでしょう。

働いている人もそこの利用者の場合が多いみたい。

 

同じ人が毎日食べる前提だからなのか、メニューは日替わりランチがメイン。

日替わりランチオンリーのところもあって、メニューが少ないです。

でも日替わりランチしかないと、今日の昼何食べようかな~どこで食べようかな~とか考えなくて良くて、毎日外食マンとしては地味にありがたいです。

それでいて医療スタッフとも連携しているから、だいたい看護師さんや管理栄養士さんがいます。

そのせいなのか、普通の外食を提供する飲食店より、味が優しい。刺激が少ない。そして副菜が多い。

なんか体に良い気がする。

量も多すぎず、四方八方からお腹に優しい。どこへ行っても福祉メシはおいしくて優しい。

これは特徴として上げられると思います。

●福祉メシは安い!

まずは最近お気に入りの福祉メシを。

もいっちょ。

ここ某地方自治体の障害者支援センターの中にあるんですけど、だいたいメインにスープ、サラダ、副菜が2品くらいとデザートがつきます。

なのに! なんとワンコイン。

ウソでしょ。500円ですよ。税込みですよ。

これもお店によりますけど、普通の飲食店よりかなり安いです。

福祉メシで800円払ったら相当豪華なランチプレートが食べられますよ。

野菜20品目くらい採れてるんじゃないかと思うような、手の込んだ料理が食べられます。

私のお気に入りの福祉メシ店では!

この味と値段で「社会貢献にもなるし~」なんて気持ちは吹っ飛びますよ。ただただありがたい。

あと違うお店のはこんな感じ。

 

●ほっこりした雰囲気に癒やされる

 

驚きのワンコインランチでお気付きでしょうが、商売っ気が薄い。

障害に合わせて自分のペースで働くことが大切なので、誰も急かしたりしない。

お客さんとコミュニケーションすることも、おそらく働く彼らにとっては重要なことなのかな、とも思います。常連さんと世間話したり、スタッフ同士で談笑している空間がわりと当たり前に存在します。

 

私もお気に入りの福祉メシ店に推しがいます。

その店は見てすぐ分かるくらいの障害の人も働いていて、ときどきバックヤードから鳥の鳴き声みたいなのが聞こえてきます。

最初はちょっとビックリしたけど、だんだん今日も元気だな~ここはジャングルか? ぐらいに思えてきます。

福祉メシ通になると、これくらいディープなほうがいっそ楽しい。

私の推し店員さんはたぶん知的障害。

Aちゃんと呼ばれていて、思ったことが全部言葉になって出てきます。

気分が優れないときは泣いたり怒ったりしていますが、ご機嫌の日は本当にかわいい。

「お姉さん来た~!」と出迎えてくれ、お肉か魚か選べるランチを副菜まで全部説明してくれます。

Aちゃんはもう食べた後なので「これがおいしかったよ~」と教えてくれます。

注文すると職員さんに伝えにいくのですが、バックヤードから「お姉さんかわいかった!」と大声で報告しているのが丸聞こえだったりすると、もういとおしくっていとおしくって抱きしめたくなります。

一度、明らかに不機嫌だったので「どうしたの?さっき泣いてたでしょ。心配したよ」と言うと、それだけで顔がパアアッと明るくなり、ピュッと逃げてしまいました。

その後、照れているのか職員さんの後ろから私が食べ終わるまで見守ってくれました。

他にも一方的に天気予報を教えてくれる人や、話す言葉が「ごごごごごご注文をどうぞ」みたいなDJのスクラッチみたいな人がいたりして、なかなか愉快です。

障害があることがまったく分からない人も多いですが、私は明らかに障害があると分かる人だと逆に接しやすいな~とも思います。

 

●わずかばかりの心遣い

 

こんなにおいしい福祉メシをお値打ちにいただくのですから、何かお返しができたら…と思い、勝手に実践していること、というか私が気を付けていることがあります。

 

○急かさない

注文を聞きに来てくれるまで待ちます。

なるべくはっきり、ゆっくり、目を見るまでいかないですが、顔を向けて、分かりやすく伝えるように心掛けています。

レジも待ちます。いくらでも待つから練習台にしてくれ! という気持ちでいます。

イレギュラーが苦手な人もいるかなと思って、レシートはいらなくても受け取るようにしています。

 

○言葉にして伝える

料理を持ってきてくれたら「ありがとう」とか「おいしそう」とか言います。

お皿を下げに来てくれたら「ごちそうさま」とか「おいしかったです」とか伝えるようにしています。

無反応の人もいますが、ニコッとしてくれる人もいます。

レジでお金のやり取りをするときも、いちいち「ありがとう」と言うようにして、最後に「ごちそうさまでした」と言って帰ります。

あるお店にいる方なんですが、お冷の減り具合に関係なく、水を注ぎに来てくれます。

正解は分かりませんが、私はなるべく注いでもらうようにして「ありがとう」を言う派です。

通っているとシフォンケーキ担当が誰とか分かってくるので具体的に感想を伝えたりしています。

「今日のシフォンケーキすごくふわふわでおいしかった!」とか。

うれしそうにしてくれるとこっちもニコニコしてしまいます。

 

でもあるとき気付いたんですよね。

これ別に相手に障害がなくてもやればいいじゃんと。

「ありがとう」って言葉にするようにしたり、ほんの少し相手のペースに合わせたり。

本当に出来の悪い人間なもので、それが当たり前にできてない自分に結構ハッとしたんですよね。

おいしくてお安いご飯食べさせてもらって、優しい気持ちになれて、大切なことにも気づかせてくれるなんて、素晴らしすぎるだろ福祉メシ!! 

はあ、ありがてえ福祉メシ。これはもう行くべきでしょ、福祉メシ食べに!

 

○探そう、あなたの街の福祉メシ

 

個人的に福祉メシの話をすると、だいたいの人が興味を持ってくれます。

うちの地元にもあるかな~と言ってくれます。

ネットで検索して探すなら、街の名前と障害者、ランチ、カフェ、就労支援あたりを組み合わせて検索すると出てきます。

障害者支援をしているNPOを検索して事業項目にあるか見てみてもいいと思います。

ランチやってなくてカフェだけとか、お菓子だけ売っているとこもあります。

 

障害がある人が働いているからといって、何か高尚な志を持って福祉メシチャレンジしなくていいと思うんですよ。

うまくて安いからでいいと思うんですよね。

店員さんとコミュニケーション取るのは楽しいけど、べつに話さなくてもいいと思うし。

ただ、こんなにうまくて安いランチがあるのに偏見があったり知らなくて行かないのもったいないと思って。なんかライトに楽しめたらいいな~ってな。

最後に私が本日食した福祉メシの画像を貼っておきます。

500円!!!

 

 

 

 

 


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【瞬間の流レ星】
総監督・製作・総指揮:源田泰章
監督:菅原達郎/脚本:中村元樹
キャスト
増田有華、勇翔、坂井良多、生田佳那、渋江譲二
作品データ 2018年 日本 上映時間:75分

◆ストーリー◆
妹の演劇祭を見るために6年ぶりに地元に戻ってきた香澄。

OGでもある香澄は劇中で使う小道具を届けるように頼まれるが、目を離したすきに盗まれてしまう。

犯人に翻弄されながら小道具を追ううち、演劇部時代の仲間と再会。

犯人が出す指示は、香澄を過去のある出来事へ向き合わせようとしていた。
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なんかよくわからん映画です。
長野県を舞台にした「信州諏訪ご当地映画」の第2弾とのこと。長野県でロケ撮影をしているんですが、いわゆる地域住民を巻き込んだ市民映画ってわけでもなさそう。

主人公は元AKB48の増田有華ちゃんが演じていて、その他BOYS AND MENの勇翔くんはじめメインキャスト4人は長野県出身者で固める、といった構図。
 

物語は小道具の仮面を盗まれ、犯人の奇妙な指示に従いながら県内の各地を転々とする。

なんの巡り合せか高校時代のメンバーと再会し、楽しかった思い出などが蘇ってくる。

主人公の香澄は高校時代のある事件がトラウマになって卒業後、逃げるように上京する。

しかし、より臆病になってしまい、東京でもうまくいかず。故郷の家族との関係もぎこちないままに…という背景がある。

楽しかった思い出に浸ったり、犯人からの司令をクリアーしていく中で徐々に香澄のメンタルは回復していく。

最終的にはトラウマに向き合って乗り越え、どんな過去だって今の私をかたちづくる大切なもんだ! 考え方ひとつでどうにでもなるぜイエ~イ! みんなありがとう! 私のためにありがとう! と、ほぼ全文これでもかというほどセリフで伝えてくれ、一歩未来へ進む、締め。


実は奇妙な司令や同級生との再会は、ある人物に仕組まれていた。

普通に見ていればあまりにも不自然なので、すぐ分かると思います。

それだけに、気付いているのかいないのか煮え切らない態度の主人公・香澄にもやもや。

しかもその手の込みようが半端ない。

演劇部っていう理由付けがあるにしても、あまりにもお膳立てがすぎやしないかと首を傾げる。

この女の一体どこにこれだけお膳立てしてもらう価値があるのだ。

お膳立てされすぎて共感したり応援したくなる気持ちが失せると、あとはただひたすら、この女の一体どこに…(以下略)となる。

すべての仕掛け人だった男の思いが半端ないお膳立てにつながっているんだけど、約6年(?)も直接働きかけるわけでもなく、この仕掛けを考えていたの…? 18歳から24歳まで…? 

え、キモい男だな? 

余命幾ばくもなく、計画の実現は死と引き換え…ウッ重すぎる。そんなんあるか? 

それと渋江譲二さんの高校生無理あるな…。好きな役者さんだけど…。
 

ここまで書いた腑に落ちない気持ちの原因は、この壮大な茶番で妹が犠牲になっている件がある。

妹がどこまで仕掛け人の1人なのかよくわからないけど、あまりにもかわいそう。

高校最後の演劇祭の日に大事な仮を盗まれる(仕掛け)、姉と姉の同級生が茶番劇を繰り広げたため、小道具の到着が本番に間に合わない(それまで焦ったり心配するシーンがあってよりかわいそう)、本番中に足を捻挫、仮面の到着と同時に姉が姉妹だし仮面付けるしいっか! とばかりに舞台に上がり、アドリブかましまくりの演技でトラウマ克服。

幕。
 

妹の高校3年間なんだったんだ! 

トラウマ克服のために新たなトラウマ生んでない!?
 

でも妹が犠牲にならなかったら、映画全体の雰囲気は結構好きでした。

田舎の薄雲った感じとか青春時代のキラキラした思い出とか、この規模ならではの「いいなあ~」という感じが映像に表れていました。

お膳立てうんぬんについては「あの花」が日本にもたらしたビョーキだと思っているので、香澄が白いワンピースで登場しなかっただけ御の字だな~。

一周回ってあの花っぽいものが嫌いになってくるやつ。
 

さて、なぜこの映画見たのかというと、ご贔屓の映画館でかかっていて、出演しているボイメン研究生の北川せつらくんの舞台挨拶も予定されていたんです。もう終わったけど。

映画館がある場所がせつらくんの地元ということもあって、ほほ~どんなもんじゃいと舞台挨拶と全然関係ない日に見てきました。
 

いや~思った以上にチョイ役だった。

この出演時間で地元で舞台挨拶するの、相当プレッシャーだっただろうな…。

私はそのプレッシャーを思って吐きそうになりながら映画を見たし、

なんなら舞台挨拶の前の日にせつらくんの不安そうなブログを読んで寝たら舞台挨拶ガラガラの夢を見て胃が痛くなって飛び起き、そのまま朝を迎えました。明け方でよかった。

いや、ちょっと見たことあるアイドルが映画出てるの見ただけで、謎の感情移入しすぎだろ…。

でもまあ、こうゆう機会がないとなかなか見ない映画だと思うので、上映してくれてありがとうという気持ちです。
 

 

 

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3,316円
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2年以上ぶりの映画レビューを書きます。

正直この2年、ほとんど映画を見ることができませんでした。

時間、精神、金銭―すべての面で余裕がありませんでした。

映画だけではありません。

話したい誰かに会いに出掛けたり、誰かとおいしいものを食べに行ったり、読みたかった本を読んだり、何か美しいものを心惹かれるままに見に行ったり。

そうゆうことを切り捨てていました。

とても恥ずかしいことです。でも、優先したい大切なものがあったのです。

 

映画を見ない日々に慣れていきながら、どこかでずっと焦っていました。

こんな生活をしていていいのか。少なからずアウトプットを生業とする人間が、これほどインプットに貧しくなってしまっていいのか。

一歩、自分の世界から出たときに感じる、知識や話題の乏しさ、興味のなさ。

なんてつまらない人間になってしまったんだろうと、実はなかなか絶望していました。

それが優先しているもので満たされなかった時に、マイナスな気持ちを増長させる一因になっていることも頭では分かっていて、もう悪循環としか言いようがありませんでした。


今やっと、そこから抜け出していろんなものを取り戻したいと思えるようになりました。

そんなタイミングで「SUNNY」が公開され、リスタートの1歩目にふさわしいじゃないかと、会員カードすら変わってしまったホームの映画館へ向かったのです。
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【SUNNY 強い気持ち・強い愛】

監督/監督:大根仁 企画:川村元気
キャスト
篠原涼子:奈美 / 広瀬すず:奈美(高校生時代)
小池栄子:裕子 / ともさかりえ:心 / 渡辺直美:梅 / 池田エライザ:奈々

山本舞香:芹香(高校生時代) / 野田美桜:裕子(高校生時代)
田辺桃子:心(高校生時代) / 富田望生:梅(高校生時代)
三浦春馬:藤井渉
作品データ
2018年 日本
配給:東宝
上映時間:119分
PG12

◆ストーリー◆
専業主婦として夫と高校生の娘を支えてきた40代の主婦・奈美は病院で高校時代の親友・芹香と再会。余命1カ月と診断された芹香はかつての仲良しグループ「サニー」の仲間たちに会いたいと奈美に頼んだ。
それぞれの人生を歩んでいたサニーのメンバーは、再会によって”あの頃の自分”を取り戻していく。

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2011年に韓国で製作された「サニー 永遠の仲間たち」のリメイク。

韓国版は劇場公開には間に合わず。評判を聞いて、あとからブルーレイで見ました。

噂に違わずめちゃめちゃいい。大まかなストーリーは日本版と同じですが、サニーのメンバーが自分を取り戻していく過程と青春の酸っぱさにグッスングッスン泣きました。
しかし、100点満点マイベストだったかというと、乗り切れない部分が大きく2つあった。

まず主人公の女子高生時代を演じている子がかわいくない。

それと、青春時代の文化や社会背景に私の実感が伴わない。ここが今一歩だった。
 

サニーが日本でリメイクされると聞いてざっくり情報を見たとき、韓国版で乗り切れなかった部分が解消されるのでは、と興奮した。

かわいくないと思ったナミの高校時代を演じるのが広瀬すずちゃん。

コギャル全盛期の90年代を大根監督がJ―POPで彩る。

音楽は小室哲哉。しかも公開されるのは安室奈美恵が引退する今年、平成最後の夏、8月31日ときた。

間違いなく大正解な座組に加えて、時代が味方している。

小室哲哉が歌詞に書いてそうだけどこれ、時代が味方してますよ。

ちなみにスタイリスト伊賀大介さんで企画が川村元気さんですからね。

攻撃力守備力ともに頂点ですわ。おもしろくないわけがない。

予想通り最高におもしろく、かなり冒頭からボロボロに泣きました。

見ているときは確信が持てなかったので、次の日に韓国版を見直しました。

やっぱり。冒頭の奈美が起きて支度をするシーン、カットから演技まで完全に再現されている。

リスペクトがすごいのは、原作が好きであればあるほど分かるでしょう。

変えずにいけるところのそのまんま具合は称賛だと思います。


逆にバッサリ変えたところもかなりあって、しっかり日本版サニーのメッセージを伝えていると思います。
韓国版見直して納得したんだけどサニーの人数がまず違うんですよ。

日本版のが1人少ない。でもまあいなくても全然成立するし、人数減らしたことで1人ひとりがより浮かび上がってこりゃなるほどなと。

日本版だと浮気する夫に報復しに行くシーンがあるけど、韓国版にあった娘をいじめているグループを襲うシーンはない。

足したとこ、引いたとこ、置き換えたとこ、見つければ見つけるほど奥深さに唸るばかりだ。


韓国版で腑に落ちなかったのが、民主化運動が活発する80年代後半の韓国という社会背景がピンとこなかった。

日本版だって20代以下の人は実感としてないかもしれない。

私もコギャル全盛期はテレビでしか見たことない遠い世界だった。

それでも漠然としたコギャル文化への憧れみたいなものはあった世代で、地下鉄サリン事件や阪神淡路大震災というとんでもないことがあって、不況で、なんとなく将来が不安で…

「とりあえずサラリーマンかな」っていうなんとなく暗い雰囲気は、韓国版よりずっと実感がある。

奈美が転校してきて方言を笑われるシーン。

淡路島というワードが出た瞬間、ああ、震災で東京に出て来ざるを得なかった事情がある女の子なのか…って瞬時に思って、それだけで私の中にある断片がブワっとリンクして涙が出た。

韓国版でぴんと来なかったのは私の不勉強が原因ではあるが、日本に生まれてある時代を過ごしたからこそ、実感できる何かがある。

そうゆう下地を持ってサニーの日本版が見られたのが幸福だなあと思った。

と同時に、見る人間がいつどこで生まれ育ったかで受容できるものが違うかと思うと、時代を閉じ込めることができる映画という手法についてグルグル考えることになった。

日本版サニーは、安室奈美恵が引退する平成最後の夏に日本に育った人が見ることに意味がある映画だと思う。

20年後にアメリカの少年が見ても、心に同じものはきっと沸き上がらないのだ。

というわけで見てください。

映画の中身についてもう少し。

なんといっても配役最高でしょう。よくそれぞれ韓国版のサニーからの6人とそのコギャル時代、それぞれ似ていてイケてる人を見つけたよね。

加えてコギャルのルックが完成されていて惚れ惚れする。

冒頭、奈美の回想らしく見える演出からコギャル時代へシーンが移るところ、久保田利伸の「LA・LA・LA LOVE SONG」に合わせてものすごい数のコギャルがミュージカルみたいに群舞する。

コギャルの様相や持ち物を映しながら、それはそれは楽しそうに踊る。

もう1回見たら絶対確認しようと思うのだが、1カットがかなり長かったと思う。

ミュージックビデオ的に撮られている。ここだけでももう1回見たい。

初見では心奪われすぎてカメラワークやカット割まで気が回らなかった。


そのままコギャル時代パートの話をすると、広瀬すずがコメディエンヌとして爆発している。

みんな、このシーンの広瀬すずがコメディエンヌとしてヤバイ!という話がしたいだろうから、ここ!というタイミングで各々がタンバリンか何かを叩く「広瀬すずコメディエンヌ大賞上映」みたいなのが企画されてもおかしくない。
芹香を演じた山本舞香ちゃん。

彼女を知ったのは「サイタマノラッパー」のドラマシリーズだったのだけど、あの…

めっちゃかわいいですよね。

なんかこう、学年で一番かわいい子なんだけど、カースト上位感を伴っていて、いわゆる「学年で一番かわいい子」とちょっと違う。

簡単に言うとカツアゲしてきそうである。

そこがいい。

山本舞香ちゃんのギャルみが大好きなので、若いうちにいっぱいギャルの役をやってください。

お願いします。
他のメンバーも書き出したらキリがないけど、全員最高に良いです。

 

90年代のJ-POPがふんだんに使われているのはもちろんだけど、

「伊東家の食卓」とか絶妙な懐かしネタがこれでもかというほど放り込まれている。

劇場で吹き出して若者に白けた視線を向けられてほしい。


大人パートでいえば、主役の篠原涼子。

篠原涼子という人自体が、この役をやることにもう意味ができちゃってる。

安室奈美恵の引退報道を見入る姿、気持ちよさそうに「Don't wanna cry」を歌い踊るシーンは、

篠原涼子その人の人生も重ねてしまってそれだけでちょっと泣きそうなほど清々しい。


その意味多重感がマックスになるのがラスト。

大人になったサニーのメンバーが芹香の祭壇の前で踊るシーンだ。

篠原涼子とともさかりえが一緒に踊るってこれとんでもなくない? 

さらにそこに小池栄子と渡辺直美いんだよ? 

ちょっと生きてて良かったなって気すらしてくる。
 

久々なものでまとまりなく長々と書いてしまいましたが、サニーの物語が良いのは当たり前なんです。

その物語の良さを創り上げている幾多の要素を楽しんでほしい。

そして実感してほしい。

映画の中に見つけた良さの粒は、全部自分の中にあるものだということ。

自分の中に見つけた何かキラキラしているものは、映画の中でサニーたちが自分を取り戻していくように、ほんの少し、何かの軌道を変えてくれる気がする。

 

 

▼韓国版サニー。アマゾンプライムビデオで無料で見られました(2018.09)

▼サントラ。LINE MUSICでも聴けます。TKサウンド~って感じでイイです

 

 

 


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 4年ぶりにW杯の季節がやってきて、終わった。

 日本が力を尽くして敗退するまで、テレビをつけてもTwitterを開いても、みんながサッカーの話をしていた。

 今ではすっかりアイドルオタクになって、スタジアムに足を運ぶことはなくなってしまったけど、まだプロになるかならないかの頃によく試合を見ていた選手が今の日本代表にはいる。

深夜ひとり、テレビの画面越しに思い入れを持って試合を見守った。

かつてサッカー少年だった彼ら。今、あの頃夢見たでろう舞台に立っている。

 

 「夢は諦めなければ必ず叶う」。よく聞くフレーズだが、聞く度に胸の奥のほうがザワッとする。

自分自身も脱落者のひとりだけど、諦めなければ夢が叶うのは結果論で、現実的に夢は叶わないこともある。その残酷な現実に対して、「必ず叶う」という言葉の無知、無責任さ。

 目標へ続く階段は、高いところを目指すほど、上からの重力と下からの引力との戦いだと思う。

夢中で上っているうちはいいが、ふと立ち止まって重力を感じたとき、次の一歩は今まできっとより重い。

迷えばあっという間に引力に負けて転げ落ちる。

ゆっくり降りられればいいが、想像以上のダメージを負うこともある。

 だから辞めろというわけではない。ただ、ある人の存在を思い出してしまう。

そして、「夢は叶う」と聞く度にザワッとしたものにかき立てられ、老婆心というか、余計なお世話というか、「だめ、もっと頑張らなきゃ、そこから堕ちてしまう! そしたら…」と叫びたくなる。

 

 夢の階段を転がり落ちていった男の子。

もう全部書いてもいいだろうというくらい時が流れた。

まあ、何度も記憶を反芻するうちに事実とズレていった部分もあるだろうから、目を通していただけるなら半分フィクションだと思ってください。

 

 サッカーをよく見に行っていた高校生の頃、サポーター仲間のGさんに「ユースの試合がおもしろいよ」と誘われた。

Gさんとは親以上に歳が離れていて、おじいちゃんとまではいかないけれど、仲間内では“愛すべきオヤジ”だった。

家が厳しかった私が延長戦までスタジアムにいられるように、母親にかけあってくれた人だ。

 

 ユースというのは高校生のチームで、高校の部活とは別にクラブチームが組織している。

高校サッカーよりスマートだけど、プロより若さと荒々しさがある。がむしゃらな感じや敵味方未熟ゆえのスーパープレーがあってワクワクしたし、試合が単純に分かりやすくておもしろかった。

 

 練習場はトップチーム(プロ)の練習場から少し奥に入ったところにある。

立派な芝生のピッチで、選手は親元を離れて寮住まいの人も多かった。

試合や練習が終わると、それぞれ泥よけのところにマジックで名前を書いた銀色のママチャリを、ギコギコ漕いで帰っていく。

 Gさんが「紹介したい」とママチャリを呼び止めた。

それがMくんだった。

目が細くて面長で、ものすごいイケメンではなかったけど、さっきまでピッチでボールを蹴っていた人が目の前にいて不思議な感じがした。

Gさんに言われるがままにケータイ番号とアドレスを交換した。   

 

 毎日メールをするようになっていろんなことを知った。

同い年、中学までは他の県に住んでいたこと、お父さんは漁師をしていること、

今は寮に住んでいること、練習場と同じ市にある私立の学校に通っていること、

少し前に彼女と別れたこと―。

 GさんとMくんと3人でご飯に行った。緊張して全然喉を通らなくて心配された。

帰りの車でMくんは何度も「地元の魚のほうがうまい」と言っていた。

掘りたてのイモみたいな田舎の女子高生だった私は、後部座席でふいに手を繋がれて今度は喉から心臓が出そうだった。

Gさんは運転しながら世間話を続けている。

あとから思い出すととんでもない男だなと思うのだが、Mくんは人差し指を自分の唇にあててシーッとやった。

17歳だぞ。それは惚れてまうやろ。

ほどなく告白してもらい、付き合うことになった。

 

 Mくんは順風満帆に見えた。

サテライト(2軍)とはいえ、プロ選手と一緒に試合に出ていたし、海外クラブのユースチームが集まる大会でドイツの強豪クラブ相手に超ロングシュートを決めていた。

 私はその試合と部活の大会が被っていて行けなくて、ずっと後になってからビデオで見せてもらったのだけど、あまりにもきれいで力強い完璧な超ロングシュートで、感動して涙が出るほどだった。

 ときどき海外遠征にも行っていた。

今と違って海外でケータイが使えなかったから、遠征に出かけてしまうとしばらくメールもできなかった。

けど、そんなにキラキラしたことばかりじゃないことも少しずつわかってきた。

 

 ある試合を見に行ったとき、Mくんはスタメンじゃなかった。

後半の途中で交代して出場した。

単純にサッカーをする姿が見られてうれしかったけど、Mくんはそうじゃないみたいだった。

試合が終わって共通の友人や選手たちと別れて2人になると、「時間稼ぎに使われた」と漏らした。

不満そうな声を覚えている。

 

 Mくんの置かれている立場が少しずつ分かってきた。

180cm近くあったと思うけど、身長が止まってしまって、このままではディフェンダーとしてやっていけないかもしれないと話していた。

 スタメンは後輩に奪われつつあった。

同郷の後輩で、弟みたいにかわいがっていた。髪をくしゃくしゃになでると嫌がるのがかわいいと言っていた。

 その後輩は2年後プロになり、定着することなく、2年くらいで戦力外通告を受けた。

 

 Mくんは「おれプはロになれないと思う」と言っていた。

チームにいた同い年のHくんは、アンダー世代の代表に毎回呼ばれていた。

誰もがトップに上がるだろうと思っていた。

ポジションは違えど、プロになる選手と自分との差を突きつけられる毎日は、どんなものだったろう。

「みんな上がれるわけじゃないから。みんなライバルだから」

そう表現したチームメイトとひとつ屋根の下で暮らすプレッシャーは、どれほどのものだったろう。

 

 Mくんが寮で先輩と派手にケンカしたと、チームで仲が良かったKくんから連絡があった。

お酒を飲んで帰ったMくんに先輩のYくんが激しく怒ったらしかった。

Yくんはとっても真面目な人で、責任感も強くて、彼もやっぱりプロになる。

 

 Mくんが自暴自棄になりつつあったのは、たぶんこの頃だと思う。

電話の声がおかしくて、酔ってるなと思うことがあった。

 

 そして、カンニングとタバコが見つかって停学になった。

 停学はこれで二度目らしかった。

 

 私はMくんがタバコを吸っていることを知っていた。2人でいるときも吸っていたから。

でも何も言わなかった。

だから、停学したことに責任みたいなものを感じていた。

Mくんみたいな不良は今まで身近にいなかったから、停学を聞いてどう接していいか分からなかった。

さすがにバツが悪かったのか、停学中はおとなしくしていたみたいで、会おうとも言われなかった。

 

 あんまり連絡もなくて不安になっていたら、チームメイトのKくんが間に入って何くれと世話を焼いてくれた。

たぶんやさぐれて周りは全員敵モードだった(想像)Mくんはそれが気に入らなかったみたいで、停学があけてしばらくして「別れたい」と言われた。

繋ぎ止める方法が分からなかった。

 

 試合はもちろん行かなくなった。

トップチームの試合に顔を出すと、なんとなく察してくれている大人たちが優しかった。

 

 どれくらい時間が経ってからのことだったか忘れてしまったけど、Mくんが退学になったことをGさんから聞いた。

再三の注意も響かず、またカンニングが見つかったという。

三度目の停学、そして退学。

私が知ったときにはもう、チームも退団して地元に帰ったあとだった。

 

 ショックだったが、どこかで、帰れてよかったね、とも思った。

想像にすぎないけど、Mくんはもう疲れ果てていて、家族や友達のもとに帰りたかったんじゃないかな。

高校卒業してからでもよかったのに。なんであと少し我慢できなかったんだろう。バカだね、バカだよ。

 Gさんには子どもがいなかった。だからMくんを息子みたいにかわいがっていた。

そのGさんがもうMくんの話はしたくないと言うほど、怒っていた。

寂しそうな背中に掛ける言葉がなかった。

 

 タバコもお酒もカンニングも、私は知っていた。

知っていたけど何も言わなかった。言えなかった。

嫌われるのが怖かったし、だいたいなんと言う。

自分に限界を感じて焦りや不安でパンパンになったMくんに「タバコなんてやめなよ。Mくんにはサッカーがあるじゃない」なんて針を刺すようなことがどうして言えよう。

ベターな言葉が見つかったとして、私の声が届いただろうか。

 

 Mくんが夢への階段の途中で立ち止まり、最初の一歩を踏み外したとき、

きっと一番近くにいたのは私だった。

何もできなかった無力感は、新しい彼氏ができてもずっと心に残り続けた。

 

 私は東京で大学生活を送りつつ、サッカー観戦も続けていた。そこでまたユースの試合に誘われた。

全国区の大会で勝ち上がっていて、関東で試合があったからだ。

もうあのころを知る選手もいない。再びユースの試合を見に行くようになった。

 

 そのときチームにいたのが吉田麻也だった。

今でこそ麻也は日本を代表する選手だが、当時は一番のスターではなかった。

U世代の代表選手は他にいて、試合の後プレゼントを持った女の子に囲まれていたのは麻也ではなかった。

トップに上がってからもケガ人が続いて、転がり込むように麻也にチャンスが回ってきた。

というかもう麻也しかいないくらいケガ人が出た、そのときは。

そりゃもうケチョンケチョンにやられて見てられなかった。でも着実にチームの要になっていった。

代表に初めて呼ばれたときだって、ケガ人が続いたからだし、試合では失点の原因になっていた。

それでも進み続けてチャンスを掴む。だから麻也はすごい。

 

 話を戻す。

 また試合に通うようになると、サポ仲間がMくんの近況を教えてくれた。

漁師の父親を頼って港で働いているとは聞いていたが、現実は少し違ったらしい。

「サッカー選手に」と田舎から送り出し、仕送りしていたMくんの両親は、退学して帰ってきた息子に厳しかった。

Mくんもまさかと思ったんじゃないかな。

夢破れて帰ってきた息子にもう少し温かいと、甘えていたんじゃないかな。

 

 Mくんは勘当されてしまった。

 

聞いたとき、平成の世に勘当なんてあるのかと驚いた。

それでも魚の仲買人として働いていたらしかったから、お父さんの口利きが絶対あったわけで、なんかもう「バカだな…」としか言葉が出てこなかった。

 

 結局Mくんの学年からはU世代の代表だったHくんをはじめ確か3人くらいトップに上がった。

Hくんも何年かして戦力外通告を受けたけど、分野を変えてまた日の丸を背負った。

進学して大学サッカーで活躍した選手もいたし、海外へ渡ってアジアの小さなリーグでプロになった選手もいた。

社会人リーグで懐かしい名前を見たこともあった。

Mくんにだってサッカーで暮らしていく道は十分にあったと思う。

 

 ときどき思い出したように、もう会うこともないMくんの名前を検索した。

今何しているか知りたいわけじゃない。きっと早々にデキ婚でもしたに違いないと思っていた。

インターネットにはいつまでも古い試合結果が漂い続けている。

出場者にMくんの名前。得点者にMくんの名前。

サッカーが一番だったころのMくんがそこにはいる。

確かに存在していたことをときどき確かめたくなって、検索窓に名前を打ち込んだ。

 

 あるとき、その中に新しい検索結果を見つけた。

 

女子高生にわいせつ行為 逮捕

 

 嘘でしょ。

 

 恐る恐るニュースサイトを開く。

名前、年齢、住所、すべてが一致している。

間違いない。Mくんだ。

 

 嘘でしょ、と思う反面、それは間違いなくMくんだわ…と妙に納得してしまう。

いろんな感情がいったりきたりして渦を巻き、どうしようもなく落ち込んだ。

夢を叶えられなかったサッカー選手の卵は、中卒の前科者になってしまった。

 

 ショックだった。

なんでこんなところまで堕ちなきゃいけなかったの。

 記事に書かれたMくんの職業は「友人の家業手伝い」。まともに働いていると思えなかった。

退学になってから5年以上経っているのに。

したってどうしようもない後悔に揺さぶられた。

 

 あのときだったらまだ止められたんじゃないか、なんでなんにもできなかったんだろう。

もっと人生経験がある私だったらよかった。

私が私でなかったらよかった。

もっと誰か他の、Mくんを助けてあげられる人だったらよかった。

退学になったとき連絡すればよかった。

したってどうしようもなかったと思うけど、それでも連絡すればよかった。

離れていく、堕ちていくのをただ黙って見ていただけ。

 

 でも記憶の中で何度タイムリープしてみても、何歳の私が会いに行ってもMくんを救う方法は見つからない。

 そうしてずっと、たった数ヶ月を過ごしただけの人にずっと、ずっととらわれ続けている。

 

 大人になって考えれば考えるほど、つくづくなんて大馬鹿野郎なんだろうと思う。

でも、MくんにはMくんの辛さがあった。

 いつのタイミングだったか忘れたけど、「おれ、真面目になるから」と言っていた。

考えてみれば運営とツーカーのサポーターの紹介で、なんのおもしろみもないイモ高校生の私と付き合って面倒くさくないことなんてなかっただろう。

結果的にどうだったかは別として、「ファンに手出したって言われちゃうといけないから」と、大切にしようとしてくれていたと思う。

 

 ただそれまで夢に続く階段を、真っ直ぐ真っ直ぐ、一生懸命上ってきたから、立ち止まったときに重力に負けてしまった。

夢の階段は一度下りたらもうそれ以上高いところには上がれない。

だから階段の途中で生半可な気持ちで立ち止まると危ない。

「今と違う普通の生活」なんてどこにもない。

下手して落ちたらどこまで堕ちるか分からないから、やっぱり私は今その途中の人に対しても

「頑張れ、頑張れ、立ち止まるな、堕ちるな」って祈ってしまう。

 

 そうそう、このブログを書くにあたって、久しぶりにMくんの名前を検索してみた。

あのネットニュースはもう消えていて、転載されたものだけが残っている。

古い試合結果に紛れて、小さな小さな写真付きの記事がヒットした。

 

 日付はあの事件よりずっと後。

写真には、子どもたちを前に白い長靴にエプロン姿で、大きな魚をさばいて見せる魚屋さんの後ろ姿があった。

 

 夢は叶わなくても人生は終わりじゃない。

でもできるなら、その階段を上りきってほしい。足を踏み外して苦しんでほしくはない。

 

 お守りみたいに使ってるネックレスがあって、数字の5のオーナメントがついている。

いつだったか友人に「5」の意味を聞かれた。

そのときGOROくんというアイドルのファンだったのでGOROくんの5だと思ったらしい。

「違うよ、私5月生まれなんだ」と答える。

でも「5」にはもうひとつ意味がある。

 

あの、少しなで肩の背中にあった数字。

5月25日生まれの背番号5。

 

 数字を選ぶときはなんとなく5。

私にとって「5」は幸せを願う数字になった。

 

 この記事を書き始めたとき、W杯は始まったばかりだったので冒頭を何度か書き直した。

ある意志を持って今書かないとと思う気持ちと、やっぱり書かなくていいんじゃないかと思う気持ちは未だに両方同じくらいあって、途中で放置していた。

 偶然にも他の記事が、ある意外な人に届いたと人づてに聞き、思い直してここまで書いた。

何かを追いかける人が、Mくんのように夢に負けないでほしい。

悪魔がささやく隙を与えないほど、前だけ見ていてほしい。

私は、季節が違っても同じ5を持つきみの幸せをずっと祈っている。


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 なんと1年3ヶ月ぶりの更新。まさか再びブログを書くことがあるとは。

 本日は2016年のおた活まとめブログで触れたことがある「ボイメンワールド」という催しのことを書く。私はこのボイメンワールド、略してボイワに、悲喜こもごもさまざまな思いを抱きながら約1年8ヶ月通ってきた。その結果、今、とても晴れ晴れとした気持ちで「もうこれ行かなくていいな」と感じている。

 それまで通い続けた理由を意地だと言われればそうだ。意地と、それ以上に、そりゃ何度も打ち砕かれたけど、今日は楽しいかもしれない、という期待だった。

 これまでボイワがどのように変化してきたか、私なりにこだわって通い続けてきたボイワに「さよなら」する気になった経過を、まとめてみようと思う。

 

 ボイワが始まったのは2016年9月。映画館の新しい可能性を模索し、アイドルが定期イベントをできる箱としてスタートした。夜19時台から火曜日にハロプロ、水曜日にボイメン(1期生)、木曜日に研究生が出演し、名古屋にあるミッドランドスクエアシネマ2の第8スクリーンを使って、ライブのみならず映像を使ったイベントを行ってきた。チケットは有料で2500円(公演によって違う。1期生は3000円)、公演時間は約1時間。現在も3グループによる公演は継続中で、いつからか男性グループSOLIDEMOも定期公演をしていて、順調さがうかがえる。

 ボイメン研究生と昨年、研究生から選抜されたグループ「祭nine.」の出演回は2018年5月末で全79回に及ぶ(数え間違えてなければ)。そのうち推しが出演したのが47回。私が足を運んだのが39回。昨年4月からは全通している。

 39回が多いか少ないか分かりにくいと思うが、参考までに神田陸人くんの出演回数(代打含む)はちょうど同数の39回だ。

 これほど通ってきたが、最初からボイワが好きなわけではなかった。

 

【第1話ボウリング部時代~2016.9―11】

 2016年9月のスタート時、ボイワは芝居、映像、ライブで構成されていた。13人の研究生から5人が出演した。

 芝居の内容は、桜ヶ谷高校ボウリング部の部員と生徒会長・梅子が繰り広げるコメディ寄りのストーリー。第1話は「ボウリング部の危機」と題して、生徒会長の梅子から言い渡された廃部を撤回するため、梅子の幼なじみでもある熱血漢・智也がハンデありのボウリング対決に挑むというもの。

 他の登場人物は部長の修治、ボンボンな部員・辰己、ライバル校の健吾。毎回配役が変わるのと、梅子役の女装が見どころだった。

 

 映像は前後編があり、各回交互に上映された。ボウリング場で13人がボウリングをするという内容。ライブは今と変わらず3曲程度を歌う。

 この時代の良かったポイントは、芝居をする姿が見られるのが単純に新鮮だったこと、メンバーの女装がマジだったこと、当時はまだ本格的なリリイベもなく学ラン以外の衣装で特典会が行われるのが珍しかった。

 しかし、脚本自体がおもしろいわけではなく、「マイナー部活モノに女装入れときゃいいっしょ」というホワタイの既視感が気に入らなかった。

 加えて、ワイヤレスマイクが入ってないことが度々、ときには終演までオフったままのこともあった。逆に始まる前からオンになっていて、メンバーが舞台袖でワチャワチャしている声が客席に丸聞こえだったり、照明が異様に暗かったり、とにかく同じような凡ミスがなくならない。メンバーの演技に対するスタンス、温度差もバラバラだなあという印象を受けた。

 

 ボウリング対決の映像はまあ普通。今でこそ、ちゃんと場所借りて衣装着てプロが撮影して編集した映像を見せてくれたことに破格の待遇を感じるが、当時はスクリーンで流す内容とクオリティか?と感じており、You Tubeで十分なのでは、と思っていた。前後編あるとはいえ、複数回通えば何度も同じ映像を見ることになった。

 ライブは今もそう変わらないが、あまり盛り上がらない。これは映画館という空間が、席と席の間に余裕があり、なおかつファンの声援をめちゃくちゃ吸って消してしまう。隣によっぽど声出してくれる人がいないと、コールする気分はソロパートだ。盛り上がりづらい。主に不満は外堀にあった。

 

 この頃、ファンクラブ先行でチケットを取ると、だいたいF列くらいまでが取れた。開演ギリギリに当日券を買ってもH~Jで後ろ半分はガラ空き。私は「推しが演技をしているだけでありがたい」タイプではないので、前方でこめかみに手を当てながら見る姿を確認されるより、当日券を買っておまいつ数人で連番して後方で見る方に楽しみを見出した。

 後列といってもそこまで遠くない。同じように最後列を狙ってギリギリまで当日券売り場をうかがうグループや、自分の取った席を離れて売れ残っている後ろの席にわざわざ行き、メンバーが回ってくるハイタッチをモノにしようとするファンもいて「逆ドリーム」と呼んであまりよく思ってなかった。

 

 今は祭nine.とBMKで分かれているので体感2回だが、当時は毎週あった。推しは高校卒業していることもあり、ほぼ毎週、だいたい月3回出演していた。毎週、公演に間に合うように定時退社するのは、なかなかの努力を要した。

 月が変わっても芝居が1話から2話に進むことはなく、映像も変わらなかった。結局、同じ内容で3ヶ月強続いた。

 グループとしての活動は、「ドドンコdon’t worry」のリリースイベントが9月下旬から始まった。リリイベは週の半分はあった。私はこんなに数の多いリリイベを走るのは初めてで、金銭的なペースが分からなかった。今思えば全然行けたけど、もう本当にボイワがつまらなかったので11月頃からリリイベを理由に有料イベントのボイワを干すようになった。推しが出演した47回のうち、行ってない8公演はこのリリイベ期間にさぼった分と、ボイワを休める精神状態になったので、2話もすぐマンネリになり、月の半分行けばいいかな、という気持ちで行かなかった。

 

【第2話ボウリング部時代~2016.12―2017.3】

 12月に入り、突如2話が始まった。2話は梅子がボウリング部の練習に参加し、恋がかなうジンクスのあるレーンで投球を行うが、偶然現れたスゴ腕のギャル・沙羅に邪魔されるというストーリー。女装枠が増えた。1話よりかなりギャグに振っており、SEの演出が増えた。著作権を心配するようなSEがふんだんに使われ、権利主義にとらわれた大人は笑っていいのか分からなかった。

 映像はボウリング対決で総当たり戦を展開。最下位の罰ゲームはこれから…というところで終わり、今のところ闇に葬られている。

 

 2話時代の良かったところは、慣れてきてシナリオがどうとかどうでもよくなってきたことが大きい。メンバーが毎回、与えられた役をどう演じるか、どんな小ネタやアドリブを放り込んでくるかに注目できて、おもしろかった。

 いつからかだったか記憶にないのだが、梅子役をやったメンバーがライブで小林豊くんの「Seven colors love」をセンターで歌う風習ができた。これも良かった。研究生は赤と黄色とその他大勢制になることが多く、スポットが当たりにくいメンバーも多い。歌声をしっかり聞いたことがないメンバーが、女装のチークを残しながら、一生懸命練習したことを全身に漂わせて緊張気味に歌う姿は、推しでなくても応援したい気持ちでいっぱいになる。

 人一倍、この「Seven colors love」に工夫を凝らしていたのが神田陸人くんだった。彼はいきなり間奏に語りを入れ出した。恋のポエムのようなものだったり、季節感たっぷりに春の別れを詠んでみたり。演技することにこだわりがあるのが、どんな役でも伝わってきた。それをライブにも持ち込んで、自分の味を出してきたことに感動した。

 

 この「2話時代」で記憶に残るのは12月15日の公演だ。ドドンコの発売日を1週間後に控え、メンバーが体調不良で次々に倒れた。前日に中原聡太くんの休演と、代打で神田陸人くんが出演することが発表された。そして当日、寺坂頼我くん、野々田奏くんも体調不良で休演することが伝えられた。

 何かがパンデミックしている。残るは陸人くんの他、清水天規くん、北川せつらくんの3人。彼らが3人でやると聞いたのは、当日の13時30分だったと言う。ボイワの公演は19時15分から。3人でいつもの芝居はできない。私はトークで乗り切るかと思ったが、3人はなんとライブで乗り切った。

 この頃はまだ変則的な人数でステージに立つことは多かったにしても一応13人のグループだ。3人で舞台に立つと知ってからたった数時間で、どれだけ考えて合わせて必死に準備したことだろう。私はこの日のボイワは忘れられない。必死に舞台に立つ姿、終わった後の特典会で心底ほっとした様子で本番までのことを話してくれた声、私があげられるものは全部あげて、力になりたいと思った。

 

 この頃もまだまだ空席はあるものの、リリイベ中でも特典会の時間が比較的長いことなどもあって、集客が落ちた印象はなかった。私も少し干したことで気持ちに余裕ができて、まあ半分行けばいいかなくらいで先行に申し込んでいた。

 抽選で前方の席が取れなくなってくるとFC先行と一般を分けた。FC先行は友達とそれぞれ連番で申し込むことが多く、重複当選してそのまま流す人もいる。まだ売り切れる規模ではないので、一般で取ったほうが入金流れの良い席が出る。

 席が埋まるようになってくると後方席にメリットはない。この頃はまだ物販が終演後のみで前方席から誘導が始まっていた。後方だと帰るのが遅くなるし、物販が終わると特典会の剥がしスタッフが増え、接触時間が短くなる。

 私はホイホイ現場に来ているが、実は名古屋から家が遠い。終わった後に友達と世間話でもしようものなら、家に着く頃日付が変わる。もちろん交通費もそれなりにかかるわけで、途中まで車で来て電車賃を節約しても、1回のボイワのコストはチケットや特典会代含めて1万円を超える。それが多いときで週3回。コストがかかる分、どうしても良パフォーマンスを期待してしまっていた。

 

 推しの女装のクオリティがどんどん上がっていった。配役が事前に発表されるのは女装する梅子と沙羅だけ。要は、このメンバーの女装が見られますよ、と宣伝しているわけだ。人気メンバーが女装したほうが集客が見込めるということか。集計していないので分からないが、体感的に推しが女装する日が多かった。特に女装に魅力を感じる嗜好はないが、集客アップを見込んで女装多めなら行かなければと思った。チクショウ、また私の推しを客寄せパンダに女装させやがって! と思いながら女装の日ばっかり行っていたので、女装好きみたいになって少し心外だった。

 

 慣れてきて脚本が気にならなくなったこと、私なりに楽しみ方も見つけ、なおかつ全通もやめたことで、楽しく思えるようになった。

 3月9日、1ヶ月ぶりにボイワに来て、とてもおもしろかった。残念ながらはっきりと覚えていないので、その日のツイートを引用する。

「少しのミスも気にせずカバーしつつ、誰か飛び出るでもなくバランスが良かった。じゅっきーとみかちゃんが並んでるときの立ち姿の美しさよ。陸人くんとせつらくんの真摯さが伝わる」

「たかくん泥棒芸と暴走以外はMCに回ったりみんなをたてようと頑張る分、頑張れば頑張るほどもともとの自由で天真爛漫な良さが出ないのをもどかしく思ってたけど、今日のメンツだとそれがない。次やれよって嬉しそうに1人1人の背中押して前に出してまわるたかくん思い出すと泣きそう。本当良かった」

 この日、初めて特典会で「楽しかった」と言えた。ボイワが始まって半年。やっと「楽しかった」と伝えられたことが何よりうれしかった。

 桜ヶ谷高校ボウリング部が上演された最後の日だった。

 

【新ボイワ時代~BMK~2017.3―8】

 3月16日にボイワはグアム帰りのメンバーによるトークを挟み(行ってない)、2017年3月30日から現行の投稿動画やゲームをメインとした企画が始まった。

 現在のボイワと大きく違うのは企画動画があったことだ。最初はお部屋紹介。メンバーが自宅を撮影してくるというもので、毎回1本ずつ上映されるのだが、いつ誰の動画が来るか分からない。推しの動画が絶対見たい私は再び全通せざるを得なくなり、いつしか意地になり、結局今に至るまで全通している。

 

 最初のうちはボイワで公開した画像をその日のブログでアップしてしまうなど、「てめー有料イベントの意味分かってんのか」と思うこともあったが、次第にそれもなくなり、レアリティーは守られた。

 企画動画はどのメンバーも個性が出ていておもしろかった(部屋を映したくないとかふざけたことを言って部屋を映さなかった浦上拓也くんを除く)。

 

 お部屋紹介がひと通り終わると、荷物チェックがあった。持ち主のメンバーに内緒で他のメンバーがカバンの中身をあらわにする。カバンの持ち主はそこで初めて自分の番だと知るため、リアクションもおもしろい。これは荷物の中身もさることながら、チェック担当のやり方でおもしろさが跳ね上がる。

 印象に残っているのは三隅一輝くんが高崎寿希也くんの荷物チェックをした回。それまで何人かの動画がすでに紹介されており、みかちゃんはどうしたらおもしろくなるか考え、撮影の前にまず中身をチェックしたという。特におもしろいものが入ってないと判断したみかちゃんは、カメラが回ると同時にじゅっきーのリュックを滝壺に落とすがごとく、ものすごい勢いで中身を床に撒き散らした。それがめちゃめちゃおもしろかった。あとでそれがよく考えられた演出だと知ったときは驚いたし、その心意気がうれしかった。

 

 その後、メンバーの私服を勝手に着るという企画動画があり、そしていつのまにか消滅した。

 ゲームコーナーはジェスチャーゲームから始まり、後にランキング4が追加された。これはメンバーによっておもしろい日とイライラするだけの日の差が大きかった。

 

 前後するが、3月20日、テレビ塔で祭nine.の結成とメンバーが発表された。少し前から薄々分かっていたが、この後はリリイベも始まり、ますます祭nine.とBMKで分かれて出演することが多くなった。

 この時期で印象に残っているのは5月18日の公演。出演者は野々田奏くん、清水天規くん、浦上拓也くん、 中原聡太くん、北川せつらくん。少し前まで当たり前だったことなのに、同い年のたかくん、聡太くん、せつらくんが揃うのは久しぶりだった。祭nine.のメンバーといるときには見られない、嬉しそうに大はしゃぎ大騒ぎするたかくんを見て、もう見られなくなったしまった幸せな空間に、いろんな思いがこみ上げてきて、腹を抱えて笑いながら少し泣いた。

 

【ボイワ一般先着時代~2017.8―12】

 8月24日の公演で初の満員御礼を迎えた。

 7月に祭nine.のFCが発足したが、まだボイワは祭nine.とBMKの両メンバーが出演する回があった。このため、2つのFC先行を同時に行うことができず、9月公演分からFC先行がなくなった。すべては一発勝負の一般先着になった。

 先着の問題点は2つ。発売日の発売時間にチケ発勝負ができる体勢でいられるか、行きたい公演が2つ以上あった場合に誰かに助けてもらえるか、ということだった。協力できる友人がいれば、かなり高い確率で良席が手に入る。ボイワ一般先着時代はチケ発職人の友人たちのおかげで楽しく過ごすことができた。

 

 この頃になると祭nine.のデビューシングル「嗚呼、夢神輿」のリリイベで新たに増えたファンも多く、その人たちにとってはボイワはBMKを見る貴重な機会になっていた。満員御礼になる日も増え、その日は写真のプレゼントがあった。確か2018年の3月まではあったんじゃないかな。

 

 相変わらず、聡太くんやせつらくんがいるときのたかくんは輝いてた。

 逆にじゅっきーとみかちゃんが一緒になったとき、BMKで鍛えられ出したみかちゃんがグイグイ来るのに対して、今日は立ってるだけだったと感じる日もあるじゅっきーとは、ずいぶん差がついてしまったなと悲しく思うこともあった。

 この時期はずっと楽しく通えていたけど、11月22日の公演はよく覚えている。この日の出演者は清水天くん、 中原聡太くん、米谷恭輔くん、三隅一輝くん、佐藤匠くん。祭nine.のメンバーはたかくん一人なうえ、こめちゃん、匠くんと、しゃべれるメンツが揃っている。聡太くんとみかちゃんが予想できない動きをしそうで、たかくんがどう振る舞うのか結構楽しみにしていた。

 フタを開けると、そこにはBMKメンバーと全然うまく絡めないたかくんがいた。みかちゃんが進化しすぎているし、BMKがチームとして出来上がってきていることがよくわかった。たかくんだけ時計が止まっている気がした。

 それはBMKメンバーを久々に見る私も同じだった。ああ、一緒に過ごしてない時間はこうも積み重なってしまったんだなあと、良い悪いではない、時間が経ったんだなあと痛感した。その日のたかくんの特典列は長く、並んでも並んでも順番が来なかった。確か特典券なくなったのこのあたりだと思うんだけど、もうBMKと一緒にやるのは難しいだろうなと思ってしまった。

 

 予想は当たり、11月を最後に祭nine.とBMKが同じボイワのステージに立つことはなかった。

 12月から祭nine.が出演するボイワのチケットは発売直後に完売するようになった。一般発売さえちゃんと参加していれば取れないことはなかったが、良席を引き当てるには入金流れが復活するタイミングを研究しなければならなかった。

 

【ボイワFC先行復活時代2018.1―現在】

 2018年1月からボイメンファミリー(BMKのFC)、ハッピ会(祭nine.のFC)両方でFC先行が復活した。もう2つのグループが一緒に出演することはないということだ。

 FC先行復活には懸念を抱いていた。できれば復活しないでくれと思っていた。抽選の方が良席が来る確率が落ちることもそうだが、下手したらチケットが手に入らなくなるからだ。

 

 チケットは連番で申し込める。友達同士で誘い合い、お互いに申し込む。キャパに見合った集客でも、全員が連番で申し込んだ場合、抽選の時点で単純に半分が落選する。重複当選チケットを発券し、良い方の席を自分たちのものにしても、需要が高い今なら悪い席でも譲り先は見つかる。チケットは必ず余るが、ファンから買わねばならないというめんどくさい状況になる。

 さらに連番相手がいない、いろんな事情があって単番派の人は自分が落選したときに連番相手の当選ワンチャンがないため、状況は厳しくなる。

 一般発売に回る入金流れはわずかで、2月の一般発売はサイトにつながらないまま数分で完売した。

 

 チケットの入手難易度と相反して、ボイワのマンネリ化は止まらなかった。

 もともと東京在住メンバーはめったにボイワに出ない。加えて祭nine.とBMKで公演が分かれたため、出演者の組み合わせのバリエーションが激減した。

 さらに頼我くんと奏くんが高校を卒業して平日の夜にあるボイワに支障がなくなった。祭nine.のボイワは人気上位の頼我くん、奏くん、たかくんの3人に横山統威くん以外の3人から2人のローテーション。3人から誰が出ても、らいかなたかがいる限り誰が出てもあまり変わらない。出演者によって雰囲気が変わるというボイワの良さは完全に失せた。

 

 ボウリング部が終わってからもう1年以上が経つ。ボイワでやってほしい企画を郵送で事務所に送ってほしいと度々言う。誰か送っているのか知らないが、送ってこないから1年以上同じなのだろうか。それって客が考えることなのかな。

 

 もともとマンネリ化していたライブのセトリは何週も続けて同じだったこともある。「ドドンコ(定番のアゲ曲)さえやっときゃ盛り上がるっしょ」という感じがして、リリイベを頑張った思い出すら白々しく思えるときがある。

 それでも4月5日は、おもしろかったというメモが残っているから一概に下降の一途というわけではない。歴代でもトップ5に入るおもしろさだったと書いてある。それ以上残ってなくて、なにか下ネタで盛り上がったことは覚えている。でもきっと偶発的なものなんだと思う。

 

 ここからは、ものすごく個人的に感情が動いっていった出来事を書く。オキラとか干されとか言えてうれしくて笑う人もいるだろう。そうゆう人が最早うらやましくすらあるし、私だって毎週頭に花咲かせて「うれしい! たのしい! だいすき!」のドリカム状態で帰りたい(古い)。

 いつものようにFC先行でチケットを確保しつつ、ダメ元で一般先着にも挑戦した。B列。何ヶ月かぶりの最前が取れた。小躍りするほどうれしかった。FC抽選が始まってからは初めての最前。うれしかった。指折り数えるほど、この日のボイワを心待ちにした。

 

 そのボイワで事件が起きた。私の席は最初のトークコーナーでメンバーが座る一番上手のイスの真ん前だった。上手から出てきて、だいたい出てきた順に下手から座る。4人が出てきてイスの前に立ち、残るは目の前の一つのみ。推しはまだ出てきてない。このまま目の前のイスに座れば前半はかなり近くで見られる。

 久しぶりの最前でゼロズレは単純にうれしかった。ワクワクして推しの登場を待った。舞台袖から出てきた推しは客席を一瞥しながらイスの前を通り過ぎ、下手まで歩いていった。あれ?

 

 「おれ、あのイス座りたくない」

 

 私の目の前にあるイスを指差してそう言い放った。

 特に理由を言うわけでなく、子供のように嫌だ嫌だと言い続け、メンバーも困惑したようすだった。結局、無理やりメンバーをどけて他のイスに座り、あぶれたメンバーが私の前のイスに座った。

 

 私の前に座りたくないと言われたようだった。

 なんで? どうして? 私が視界に入るのがそんなに嫌なんだ…。怒りや戸惑いより、ストレートにショックだった。さすがに傷ついてしまった。泣きたかった。すぐに席を立って帰りたかった。でも目の前に他のメンバーが座っていたから我慢した。ここで立って帰ったらそのメンバーは「あれ?」と思うだろうし、さすがに顔くらいは見覚えがあるだろうし、「なんかしたかな」と思わせたら申し訳ない。

 

 トークもゲームもなんにも頭に入ってこない。悲しい。帰りたい。早く終わってほしい。あまりにもなんにも考えられなくて、結局最後のライブまでいた。あんなに自然に地蔵しかできないライブは初めてだった。

 この日は客席に降りてハイタッチがあった。推しは少し離れたところから真っ直ぐ降りてきて、一番最初にハイタッチした。意味がわからなかった。さっき、私の前に座りたくないって言ったやんけ。

 終わったらすぐ帰った。ボイワで初めて、特典会に行かずに帰った。

 

 タイミングが悪かった。

 辞めるにしても、普通なら気持ちが落ち着くまでイベントに行かないだろう。けれど、その週末には抽選で当たった人だけがチケットを買えるゆるい選民ライブがあって、当選者の私が行かないと同行者の友達が入れない。さらにその次のイベントはプレミアム特典会という、CDの発売前に予約して後日ちょっと変わったテーマ性のある特典会が受けられる、結構ファン側がお金をかけるイベントがあった。

 このままプレミアム特典会に行きたくない。お金もかかっているし、楽しみに服なども準備していた。無駄にしたくなかった。

 

 あれこれ考えたけど、選民ライブに行った。ライブそのものは楽しかったので、特典会でイス座りたくない事件について話した。

 そうゆうことされるとさすがに傷つくよ、と。真面目になんのことか聞かれたので改めて説明した。ほんとに自覚がなかったらしく、「それは違う」という話を聞いて、まあいつものごとくふざけた感じで笑って終わった。

 でもこの件について考えると、私が嫌で前に座りたくないほうが良かったなとも思う。もしあの日、誰があの席に座っていても「あのイス座りたくない」と言ったのなら、なお悪い。誰を推してる子だって言われたらめちゃくちゃ傷つくだろうし、ファンになって数ヶ月の一番楽しい時期の若い子だったら、その場で泣き崩れると思うし、きっと二度と行かないと思う。推しに、そんなことで無自覚にファンを傷付けるような人間であってほしくなかった。それだったら、私がうざいから視界に入れたくないほうが100倍マシだ。うざい自覚はあるからしょうがない。

 

 そしてまた次のボイワがやってくる。

 今日はもしかしたら楽しいかもしれない、おもしろかったらいいな、と経験から何も学ばない私は期待を抱いてミッドランドシネマへ向かった。

 5月16日。その数日前にオリコン主催のライブにゲスト出演していて、これが年間ベストに入りそうなアツいパフォーマンスだった。あのアツいライブをやった同じグループとは思えないほど、この日のボイワはつまらなかった。

 投稿コーナーは全員動画。尺も長く、出てくるのは出演してないメンバーばかり。ゲームはグダグダ。ライブはシングルカット3曲。100回見た再放送。

 そんな日に限って特典会で楽しかったか聞かれた。こんなとき、大嘘でも「楽しかった~♡」と答えられないのが私の悪いところで、「うううううう~~~んんんんん~~~」としか言えなかった。

 冷静に考えると、あの内容でよく楽しかったか聞けるなあと思う。全然おもしろくないんだけど、そんな自覚ないから聞けるんだろうなあ。もやもやしながら帰路に着き、もやもやしすぎてあれこれ考えていたら、駐車場で愛車を擦った。

 もう散々だ! オーマイゴッド!

 

 直接的な言葉で伝えたわけではないが、つまんないと言ったようなもの。言ってしまったからには、ちゃんと伝えよう。長々とブログにコメントした。

 とはいえ、ボイワに来て「今日も楽しかった!」と言って帰る人をたくさん見る。なんで私は楽しくないんだろう。同じものを見ているのだから、楽しくない原因は私にあるのではないか。そんなふうに考えるようになっていった。

 次のボイワはめでたくもなんともないが、私の誕生日当日だった。めでたくもなんともないので、推しに覚えていて祝ってほしいとか(伝えたことないので知るわけがない)、何か特別なことを言ってほしいとか、そうゆうことは一切なかった。

 だけど、ここ2回のボイワのことを考えると憂鬱だった。めでたくもなんともない自分の誕生日くらい、せめて笑顔で帰りたかった。

 

 めでたくもなんともない日のボイワは、初っ端から異様なテンションの高さで張り切る推しがいた。

 この日も投稿コーナーは全部動画だったが、短かったのでテンポよく見られた。トークもゲームコーナーも、ものすごく頑張っていた。

 推しが頑張っている姿を見るのはうれしい。笑う場面も多々あった。

 頑張ってる、頑張ってるなあと思いながら、ああ、ボイワ、飽きたなあ、と心の底から思った。

 

 こんなに推しが頑張っているのに、私の積もりに積もった「飽きた」は超えられない。それをつまらないからといって、推しを責めてしまうのは違う。彼はとってもとっても頑張っている。

 飽きたのは私なのだ。

 もうやめよう、一生懸命チケットを取って、一生懸命仕事を終わらせて、駅のトイレでダッシュで着替えて、一生懸命ボイワに来るのはやめよう。

 腹を立てるでもなく、悲しむでも呆れるでもなく、爽やかに「もうええわ」と思うことができた。

 意地が解けた。ああ、スッキリ。

 帰ろうとして、久しぶりにボイワに来た友達に会った。「ねえ、ボイワっていつからこんなにグダグダになったの?」と言われた。

 救われた。ああ、私だけじゃなかったんだ。異国で日本人に出会った気分だった。

 

 手元にあった6月公演のチケットを手放した。抽選に落ちてしまい、余っている人を探してやっと手に入れたチケットは、あっさり手元からなくなった。

 あと1枚。まだ手放さないのは、それでもどこか期待しているのだろうか。

 

 このブログを書くために今までの公演日程と出演者を拾い出すとこから始めて、今までの自分のメモやツイートを探したり、メンバーの昔のブログを読み返したりした。

 ふと「ボイワ 稽古」で検索をかけてみたりした。今のボイワって稽古することあるのかな。企画動画はいつの間にか終わってしまったし、もしかして打ち合わせとどの画像や動画を出すか、スマホのフォルダだけ確認すればできちゃうんじゃないかな。

 ボウリング部の頃は確かに稽古していた。いつのまにかボイワは、その日のために準備してくるイベントではなくなったようだ。

 推しは確かに頑張っているが、その場で頑張っているのであって、この日のために頑張ってきたわけではないのだろう。

 彼らの今頑張っていることは、ファンがまだ知らされていない何か少し先のことで、私が楽しみにしている“次”のボイワや今週末や来週末のイベントではない。

 

 ボイワが何かおもしろくなったらいいのかな、と考えた。しかし、放って置いてもチケットが完売するボイワのようなイベントに、今さら時間や労力をかけるとは思えない。

 こだわって通い続けてきたボイワは、いつのまにかクソイベ現金回収ボックスになってしまった。

 土台、今さらテコ入れしておもしろくなってもらっても困る。

 チケットはファンの間で多少ダブついたり、販売済みの空席がポツポツあるものの、おもしろくなったらきっともう頑張ってもチケットが取れない。おもしろくても見られないなら、今のボイワが楽しい人たちが見られる、今のボイワのままでいいのではないだろうか。

 

 もしボイワがこの先何か変わるのなら、まず出演者を減らしてほしい。

 完売しない日もあるかもしれないけど、出演者の組み合わせによるおもしろさは復活するかもしれない。3人がいいな。

 以前、3人ライブというのがあって、誰かが中心になって企画やセトリを考えていた。これも何回か見に行った。グダグダな日もあったが、メンバーそれぞれの個性が出ていたし、メンバーが考えてきたものにどう向き合うかという一面も見られて興味深かった。3人ならチケットの心配もだいぶ解消されそう。

 

 あとまだボウリング部をやっていた頃、別ジャンルのオタクの友人とボイワで何をやったらおもしろいか真剣に考えたことがある。

 今、ワッショイダーがあるのが「あのとき話してたやつじゃん!」とも思うのだが、私と友人がなんの生産性もなく勝手に真剣に考えたボイワはこうだ。

 毎回共通の特撮ヒーロー戦隊モノの映像を流す。ヒーローが集まって敵を倒すというオーソドックスな映像で、芝居でそのエピソードゼロをやるというものだ。

 ヒーローが敵の前に立ち、戦うことを選ぶまでに何があったかを、毎回違うヒーローが変身前の状態で生の芝居で表現する。芝居の後が共通の映像につながる仕組み。というか、今なら普通にワッショイダー第2章的なことでも良さそう。そんな手間のかかることやってくれたら、まあないだろうけど、考えてるだけでワクワクする。

 

 投稿コーナーは今まで一番おもしろかったのが、じゅっきーのお母さんが投稿してきた「催眠術の動画を見ながら催眠術がかかるか試しているじゅっきー」だったので、メンバー以外から恥ずかしい画像とか投稿したらおもしろいのかな。でもスタッフとかだと身内ウケっぽくなってしらけるかな。

 

 ファンとはいえ、ただのいちファンなのにアホみたいにあれこれ考えてしまった。実際アホだと思う。これから推敲するとはいえ、このブログ現時点で13000文字くらい書いてるからアホ以外の何者でもない。

 おかげで自分が何に不満を感じがちなのか分かってきた。

 今の祭nine.は自分たちが頑張りたいと思われるイベントしか前もってしっかり準備してこない。あとは消化試合。いつも一緒。

 1つ1つのイベントは毎回それ1回しかないのに、そのたった1回にその1回にしかない意味を見出して見せてくれない。どんなイベントなのか、どんな場所にあるどんなステージなのか、どんなお客さんがいるのか、今日のこのステージにどんな意味があるのか。出てきてからハッとして考えてるように見えることもある。遅い。そのまま終わることも多い。

 だからオリコンライブは気合いが入ってるけど、ボイワはグダグダなのだ。全部グダグダならそれでいい。それが実力だから。でもそうじゃない。ちょっとゆるい感じで楽しめる日があってもいい。そんな雰囲気が合っているイベントなら。でもそうじゃない。

 だんだんボイワはそういった怠慢の象徴みたいな日が多くなって、それとチケット事情が相反するものだから、ただの無料ライブより不満を感じてしまう。

 ボイワは何か新しいことをやる場ではなかったのか。2016年8月、一番最初の告知にはこう書いてあった。

「ライブと芝居!新しいことにチャレンジします!進化する研究生を是非、ご覧ください!」

 今できることの先に、挑戦する姿がもう一度見たい。


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先日、初めて大便を片付けた。
 
以前、働いていた勤め先で、上司がホカホカの人糞を踏んだことに気づかずご出勤され、
職場の床がまんべんなく汚染されたのを掃除したことはあったが、
こんなに本格的な大便を片付けたのは初めてだ。
 
大便の主は80半ばの祖母。ここんとこ生きる気力が一層失せたのか、
以前よりトイレの失敗が増えた。
その度、母が対応していることは知っていたが、祖母にもプライドがあるだろうから、
私は知らないふりを続けてきた。
 
大便チャンスがまわってきたのは、水曜の朝。
母は仕事に出ていて、たまたま休日出勤の代休で家にいた私を祖母が呼んだ。
2階から降りると、においですぐに何が起こったか把握できた。
まだそのときはなんとか歩けたので、トイレまで自力で歩いてもらい、
その間にマスクを付けて家中の窓を開け放った。
 
「ごめんね、ごめんね」と言う祖母のオムツを慎重に脱がせてビニール袋に入れ、
何をどうしていいのかわからなかったのでウォシュレットでなんとかしてもらって着替えさせた。
どうやら飲んではいけないと言われていた便秘の薬を飲んだようで、
ズッシリしたオムツから、さぞや腸内はスッキリしているだろうと予想された。
私はにおいとやるせなさで涙ぐみながら片付けを終えた。
 
それから数日、祖母はみるみるうちに弱り、今はもう自力で起き上がることすらままならない。
他人の体のことは分からんが、体が弱くなっているというより本人にやる気がないところが大きいように見える。
それ以上に夜中何度も起こされてヘトヘトになっているのが母。
 
母は厳しく、父性的な人だ。
小中学校の教員を勤めて一旦退職し、今は常勤講師として働いている。
30年以上、教え、励まし、頑張れば伸びる子どもとしか触れ合ってきてない母は、
向上が期待できない祖母との向き合い方が分からない。
実の母ならなおさら、やりきれない感情が邪魔をする。
 
私は夜中、祖母を責める母の声で何度も目が覚める。
ときどき声を掛けに行く。
私が起きてしまうことを母と祖母が申し訳なく思うので、私は寝たふりをする。
 
とんでもなく父性的な母親が、女系家族の中心で絶対的正しさを振るう。
そういう家庭で、私も他人に厳しい人間に育った。
何かができないのは自分も他人も努力が足りないからだと思ったし、できるまでやるのが当たり前だと思っていた。
その上、小学生からスパルタな部活に入ってしまったため、「できる」と言うのは
100回やって100回できるまでやるのが「できる」だと信じていた。
だから部活でできない後輩を泣くまで居残り練習させたし、泣いても止めなかった。
相手を思っていれば大丈夫だと思っていた。他人に対して優しい人間でなかったのは確かだと思う。

働き出したとき、同じ職場に営業成績の良い先輩がいた。
彼女は“いい子”だった。人当たりが良く、自然にお客さんに共感したり、寄り添ったりできる。
売ってやろう、という気持ちは強い人だったが、彼女から商品を買ったお客さんは
「売られた!」とは感じないだろう。感じの良い人に勧められたから買ったのだ。
彼女の持っている天然の優しさは武器だった。私は、これは私にはできないな、と思った。
天然の優しさは私にはない。でも、売れるなら真似したかった。
だって彼女を抜かないと、営業成績1位にはなれないから。
 
私はビジネススキルとしての「優しさ」を磨くために、まず、相手の話を聞くことから始めた。
相づちの打ち方や聞いてますよというリアクション、話は絶対遮らず、最後まで話してもらう。
自分の感情を優先すると共感することは難しいが、どんな意見も「一理あるな」と思うようにした。
その人がそう思ったのは事実なのだから。
相手に「あなたの言うことは一理あるね」と伝えてからこちらの考えを話せば、要望は案外通りやすい。
そうか、話すことより話させることが大事なのか。
愚痴、自慢、昔話…決しておもしろくも仕事と関係もないが、
お客さんの話を聞いて共感してあげると商品はポンポン売れた。
後日、新たなお客さんを連れてきてくれてまた売れた。
 
ビジネススキルだったはずなのに、いつのまにかプライベートでもやるようになった。
相手の話を聞いていると人となりがよく分かる。
「この人こうゆう人だったらいいな」と思うより前に「この人こうゆうとこあるんだな」と受け入れてしまうと、
相手が何か失敗してもあまり腹が立たなくなる。
悪くいえば、人に期待しない。
もともとがビジネススキルなので、自分の欲求を優先しなくても平気でいられる。
そんなことができるようになった頃から、他人から「優しい」と評価してもらえることが増えた気がする。

「優しい」とはなんなのか。
自分の話を否定せず聞いてくれたり、失敗を許してくれたり、
タイミング良くかけて欲しい言葉をくれる人は優しいのだろうか。
それなら「ビジネス優しい」でもできる。
自分の話をせず、人に期待せず、よく観察すればいい。
人としてそれでいいのかと聞かれたら分からない。
 
階下から聞こえる叫びのような母の声。
もうあきらめてしまえばいいのに。あきらめて優しくなってしまえばいいのに。
私がさほど嫌な思いをせずに祖母の大便を片付けられたのは、たぶんビジネス優しいからだ。
変えることが難しい現実の前で、誰かを責めるのは不毛だ。
でも「優しい」はきっとつくれる。そう思えるのは希望的じゃないんだろうか。
優しくなることはできなくても、優しくすることならきっとできる。
いつの日か「なんでもっと優しくしなかったんだろう」と自分の優しくなさを後悔するなら、
今つくりものの優しさで包んであげたっていいではないか、お母さん。
 

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年末に11月まで書いてあまりのしんどさに放置していた1年分の日記、最終回を書き上げました。
淡々とわたくしの2016年を振り返っているんですが、赤の他人様は一体どんな心境でこの記事を読んでいるんでしょう。アクセス数を見ながら首を傾げています。

〈9月〉
カスタマイZ解散。
手元にあった「ボイメンワールド」のチケットだけが、9月の自分を想像できる唯一の存在だった。
ボイメンワールドというのは9月から始まったミッドランドシネマ2とサンデーフォークの企画で、映画館を使ってアイドルが定期イベントを行うというものだった。
毎週火曜がハロプロ、水曜がボイメン1期生、木曜に研究生が割り当てられた。
私はもともと映画おたくなので、映画館という空間を使って新しいことをする、というコンセプトだけで非常にワクワクした。
ミッドランドシネマ2は全面改装したばかり。設備も充実しているし、期待値が高かった。
 
が、それが良くなかった。
 
ボイメンワールド、略してボイワの内容は、芝居、映像、ライブの3パートを約1時間で見せるというもの。
そういうととてもおもしろそうだが、これが1つ1つ全部良くない。
ここでボイワのダメなところを書き出すとまた9月だけで記事をアップするはめになるので、どうしても知りたい方は私のポッドキャストの過去配信を探してください。
とはいえ、ざっくり言っておくと、芝居はメンバーの演技うんぬんより脚本がしんどい。
ボウリング部の部員を描いた設定なのだが、マイナー部活モノに女装入れときゃウケんじゃね? という考えが透けて見える。つーかその骨組み5月に見た(ミュージカル)。
主人公が解決すべき問題が途中ですり替えられてしまって解決しない。
一体この物語を見せられて、私は何を学べばいいのか、最後まで分からなかった。
というか途中まで全通してたんだけど、あまりにしんどいので考えることを放棄し、慣れていった。
 
映像パートはメンバーがボウリングに挑戦するという内容。
これは内容じゃない部分がもやっとした。
撮影場所がコロナワールドというシネコンを持つ複合施設で、いやいや、そもそもミッドランドシネマ(シネコン)でやる公演でコロナワールド(ライバルのシネコン)で撮ってくるのもどうかしてるし、それでコロナワールドをメンバーに宣伝させるのも胸クソ悪い。
シネコンのスクリーンの大きさがまったく考慮されてない画角で撮影されていて見づらく、YouTubeに上げ直してくんねーかな、と100回は思った。
 
唯一、いつもの感じで楽しめそうなライブは映画館慣れしてないせいもあり、おたくの声が散って全然盛り上がってない印象を受けやすい。
さらに驚くべきは「第一話」と銘打った芝居パートを出演者と配役とちょっとしたアドリブを変えながら、なんと9月から12月中旬まで毎週(休演日もあったが)上演し続けた。
今年の大ヒット映画「シン・ゴジラ」もオーマイガッのロングラン公演である。
と、まあ、罵っといてなんだけど、回数を重ねるごとにそれなりに楽しみ方を見出したり、改善された部分もあるので、今書いたことはあくまで9月時点で私が不満だったことです。
それでもしばらく良席続きだったので、顔にしんどさが出ないように表情をつくるだけで辛かった。出てたと思うけど…。
そして不機嫌なまま特典会に行き、墓穴を掘った。
 
その他のトピックスとしては写真集が発売された。サイン会があり、今振り返ればゆっくり話せる最後の機会だった。

9月19日、テレビ塔のフリーイベント。
夏ツアーでの人気投票の最終結果発表と同時に、12月にメジャー流通シングルとして発売する新曲のお披露目があった。
最終結果発表の瞬間はメンバーと共有したかったな。
もうこの時点で衣装でもできてるし新曲も練習してあるわけで、なんとなく置いてけぼり感があった。
 
たかくんの最終順位は3位で無事選抜入り。
いつのまにか人気メンバーになっていた。
この日もなんだかなあと思うことがあって、新曲の予約が始まったのだがオリコン順位には反映されないという。
これはオリコンが9月に集計方法を変更した影響で、発売3ヶ月前という縛りが設けられたためだ。
さらに予約イベントなどでの複数買いが精査(勝手に減らされる)されることになった。
接触商法がメインのアイドルには厳しいもので、なんだかよく分からない、漠然とした不安を抱えたまま12月の発売に向けてリリースイベントが走り出した。
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〈10月〉
新曲が発表されれば当然、その話がしたい。
ボイメン研究生がメジャー流通シングルとして発売することになった「ドドンコDon’t worry」がラジオでオンエアされたので録音して聴き込み、特典会で話題を振った。
推しは歌には自信があるだけに、どんなドヤ話が聞けるかと思いきや、意外にも歯切れが悪い。何度かそんなやり取りがあったので思い切って聞いてみた。
「思うように歌えなかったの?」
当たり前だがはぐらかされた。
 
この頃もまだ、勝手にボイワに毎週通って勝手にストレスを蓄積させていた。
そのうえ短期間に「あっ、やっぱなんでもない!」と何か言いかけてやめる接触が続き、
「この前から何言おうとしてるの」と聞いてまたはぐらかされ、
情けないことに10代のアイドル相手にイラ立ちを膨らませてしまった。
相手はアイドルなのでどうしようもなく、もやっとしたことは全部闇に葬り去って忘れることにした。
接触の多いアイドル難しいな、と若干悩んだ。
 
リリイベは下手すると週5の勢いで乱発され、もう物理的にどう頑張っても行けないイベントが多くなってきた。
ライブのない特典会だけのイベントに行くことも抵抗があったし、そもそも積むことにもあまり執着がない。
いつ発表されたか忘れたけど、オリコンデイリー3位以内、ウィークリー5位以内を目標に掲げたのも、
集計方法が変わった今、目標のたて方としてどうなのかとか、もやっとした。
オリコンにどうしても入れてあげたいという気持ちにもなれず、
自分が楽しめると思った分だけ遊べばいいやと口に出しながらも、
先に新集計方法と戦う他現場の数字を追って精査の内容を予想した。
接触のレギュレーションを調べ、そこのヲタさんから事情を聞き、予想枚数と反映された数字を比べて、
分からないけど、きっと、たぶん、できるだけ多くの予約用紙があったほうがいいんだろうなと考えた。
できるだけたくさんのイベントへ行って、予約用紙はなるべくまとめないようにしたほうがいいのかな。おたくたちなりに、手探りで答えの分からない精査と戦う方法を考えていた。
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〈11月〉
ついにボイワに行かなくなった。
というのも開演時間が早まったので仕事が長引くと間に合わないこともあり、これはいい口実ができたとばかりに行くのをやめた。
仕事が忙しくなってきたこともあるし、12月のリリース週に向けて意識的に現場数を減らした。
といっても遠征もしてるし平日行ったイベントもあった。
 
思い出せばリリイベ中盤くらいからとにかくめちゃくちゃ嫌だったのが、スタッフがちゃんと写真を撮ってくれないことだった。
私ができる、設定をいじったりとか、できる限りやったけど、今までいろんな現場に同じカメラで同じ設定で持って行って、
手ブレやピンボケ、メンバーの体が切れてるなんてことは一度もなかったので、どうしていいか分からなかった。
1回、何度撮り直してもらってもダメで「今度はカメラ変えてきてもらいますから」と言われ、
なんでこんなに嫌な思いしなきゃなんないんだろうと相当落ち込み、もう本当に行きたくなかった。
もうスタッフと関わること自体がものすごく苦痛だったので11月の2ショットは、私が全然笑ってない。
こんなつまんなそうな写真お金払って撮って、何しに行ってるんだろうと思った。
そんな笑えもしない特典会で楽しく話せるはずもなかった。
 
その後どうにか気持ちが盛り返せたのは、この頃、同じく写真の写りにこだわる友達ができたことだった。
会場ごとに設定を相談したり、RAWデータ撮影に切り替えて撮影が下手でも少しでもリカバリできるようにしたりできるようになったのが良かった。
何より、なんでちゃんと撮れん!って、一緒に怒ってくれるのがありがたかった。
 
今もそうなんだけど、私はなるべくおたくと関わらないように現場に通っている。
いや、驚くでしょ、飲み会幹事マンの私が。
朝現場に行ったら、物販列の先頭から順番に声かけてっちゃうような、一緒にご飯食べる人が多すぎて、
どこの店にも入れなくて適当に買ってきて外で食べるような付き合い方してきたのに。
高校生のころからどこかしらのおたくコミュニティに入れてもらってきたが、
ここは平均年齢が若いこともあってか、女のイヤなとこ煮詰めたような雰囲気がある。
ちゃんと通うようになって整理券とか並ぶようになるとよく分かる。
関わらないことが自衛の手段だと思う。
だって関わりきれない。面倒見きれない。どうにもやりきれない気持ちになることも多かった。
そんな中で、連発する現場で警戒心解いて話せる友達が増えたことで、だいぶ居づらさが緩和された。
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〈12月〉
慢性的なしんどさと「楽しい」と「大好き」の瞬間最大風速に揺さぶられながら、
リリイベは21日の発売へ向けてクライマックスに突入した。
12月は12日間現場へ行ったようだ。
1日に複数回イベントがある日も多いので、現場数にすると21。多いか少ないか考えない。
 
発売が数日後に迫る頃、選抜メンバーが次々に体調不良で倒れだした。
それなりに並走しているから分かる。そりゃ、これしんどいで。
トウキョウのけんぱとたかくん以外は、数はそれぞれだがみんなイベントを休む日があった。
というかたかくんは体調が悪くなったのが遅くて(本人はずっと否定してる)
発売にだだかぶりし、休めないまま強行突破するしかなかったという印象。
 
明らかに見てわかる状態だったのが発売2日前の19日のイオン大高。
パンパンの顔面は蒼白。ふらふらで、いつ倒れても驚かない足取りでステージに立っていた。
平日夜のイベントで集客も少なかったが、もうそれしかできないのであらん限りの声でコールした。
ラストの定番曲「Chance for Change」通称チャンフォーという曲があるのだが、超絶イケメン◯◯~!というコールがある。
私はこれがあんまり好きじゃないのでいつもスンとして手拍子しているのだが、今日だけはありったけの想いを込めて叫んだ。
届いたかどうか分からないが、叫んだ瞬間、天を仰いで顔を隠しステージの反対側まで走って行く推しの姿が見えた。
都合の良いように解釈すれば、死ぬ間際に見る走馬灯に是非入れたい1シーンである。
 
発売日当日。デイリーの発表も待っている。
順位は特典会の途中でトウキョウと電話をつなぎ社長の電話で発表され、デイリー1位が伝えられた。
発表前、1回目の接触で「今日おれが泣くと思ったやろ。泣かないぞ」と言ってたが、発表後にループすると、
握手の途中で黙り込み、しゃくりあげたかと思うと、とうとう泣き出した。思った以上にヒンヒン泣くので
「わかったから。まだウィークリーもあるから頑張るんだよ?」
とまるでオカンのような受け答えをしてしまった。
私もこの日、研究生のイベントで初めて涙した。
 
ウィークリーが反映される25日まで、最後のリリイベを走り続けた。
たぶん私にとっては体調不良からのデイリー1位が最大の盛り上がりで、そこから先は達観した感じで楽しんだ。
いや、これランナーズハイじゃないの? 
そしてドドンコリリイベフルマラソンはゴールしても1日も休むことなく、冬フェスドドンコサミットへ突入。
26日名古屋公演、30日大阪公演と走って今年を終えた。
 
その間、ウィークリーの発表があり5万7996枚で3位。
目標だった5位以内を十二分にクリアする結果だった。
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こんな感じで私の2016年は終わった。
会えなくなった人がたくさんいた年だったが、その分スマホのアルバムには去年までいなかったたくさんの顔がある。
おたくは一生の友達じゃないかもしれない。
それでも確かにこの1年は、おたくと一緒に泣いたり笑ったり、フードコートでうどん食ったり、
同じ風呂釜入って雑魚寝したり、ガストやサイゼで延々会議したり、テレビ塔の池の周り強制散歩したり、
仮装に目覚めて準備に忙しかった365日でできている。
 
願わくば、100日くらいにしていただけるとありがたい。むり。

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前回は2016年の1~7月を振り返りました。ホントおたくしかしてなくて絶望しました。

後半を書き出したら8月が鬼長くなったので8月だけでアップします。

 

〈8月〉
カレンダーの4週目を見る度、ため息が出た。

23日(火)は研究生の夏ツアーファイナル@渋谷で、26日(金)はカスタマイZのラストライブ。

そしてその前日はたかくん(ボイメン研究生・清水天規)の誕生日でスタジオライブがある。

土曜すら休みではない社会人が1週間のうち平日3日も休めるのだろうか。

解散第一報の放心状態から抜け出して、カレンダーを開いて再び放心し、上司に泣きついた。


「わたし8月の最終週もう会社来ません!!」

 

何が起こったのかだいたい察知した上司は言った。

 

「とりあえずタイムカードだけ押しに来てくれよ……」

 

結果的に1日も有給を使わず、休日出勤をやりくりして全14現場(遠征3回)に出向いた。


ずっと応援してきたカスタマイZの解散ライブと、その活動がない間に通い詰めた新しい推しの生誕ライブが1日違い。

重ならなくて良かったが、それにしてもなんという巡り合わせ。

間違いなく2016年のハイライトはこの2日間。盆と正月がいっぺんに来たとはこのことか。
と、その前にボイメン研究生の夏ツアーについて触れておきたい。

 

7月28日原宿アストロホールを皮切りに、大阪ジャニス、名古屋ダイヤモンドホール、渋谷WWWを回るこのツアーでは、メンバーの人気投票が行われていた。

上位5人が12月に発売するメジャー流通シングルのメイン曲を歌うというもので、投票はツアーの入場客1人が1票を投じる。

いわゆる48系列の総選挙のように複数買いで票数を増すことができないシビアなもので、会場ごとに前回の投票結果が発表された。

自分の推しが5人に入るかどうかも重要だったが、私にとっては裏テーマがあった。

この人気投票に乗らなければならない、という思いがあった。

おたくの勝手な妄想ではあるが、推しと苦楽を共にし、泣いたり笑ったりすることはヲタ活の醍醐味。

ここで思いっきり感情移入できなければ、今以上に熱を注ぐことは難しいだろう、と考えていた。

 

ところが、肝心の推しであるたかくんは人気投票の実施が発表され、投票が始まっても一向にその事実に触れなかった。

他のメンバーがブログで思いを綴る中、たかくんのブログには投票の「と」の字も出てこない。

ツアー初日の所信表明コーナーでも「僕に投票してください」というような趣旨の言葉は聞けなかった。

複雑な思いは想像の域を出ないが、私はずっとそれが歯がゆかった。

5月のミュージカル公演のとき、本番が近づくにつれて精神的に追い込まれているのでは?と思うことが増えた。

千秋楽では舞台の上で自分の足で立っていられないほど大号泣していたこともあり、メンタルに負荷がかかる人気投票だけに、ちょっと心配だった。
けど、どんなに暑い日も長袖の学ランを羽織ってチラシを手に街角に立ち続け、メンバーからファンの名前を呼べない独自ルールの中で工夫して認知を伝える彼が、多くのファンに投票してもらって誰が文句を言おう。

私は正直1位になるとは思ってなかったが、無神経にも特典会や手紙などで「人気投票頑張って」「1位になれ」と言い続けた。

 

ツアー2日目の大阪(8月1日)で初日・原宿の投票結果が発表された。

たかくんは頼我くん奏くんの2トップを抑えて2位。

驚きとほっとした反面、私はその発表を友達の背中に手を当てながら聞いていた。

一緒に見ていた友達が推しの順位を聞いた途端、静かに肩を震わせたからだ。

掛ける言葉も見つからず、無言でその背中に手を当てながら、改めて人気投票の残酷さを感じた。

 

続く名古屋で発表された大阪の投票結果は1位。

泣き崩れそうになる姿が忘れられない。

歯を食いしばって泣かないよう、何度も自分の頬を叩いていた。

ライブ後の特典会、私の自作した紫バージョンのツアーTシャツを見て、たかくんは

「なんなん……」とかすれた声で言った。

「泣きそうになってない!?大丈夫!?」と茶化すと拗ねたみたいに「大丈夫……」と返す。

「1位になっても良いと思うよ」と伝えると、「1位になる。頑張ります」と強く答えた。

人気投票実施が発表されてから約2カ月、やっと聞けた「1位になる」だった。

 

8月23日ツアーファイナル。

さすがに最大キャパで地元の名古屋での投票結果は頼我くん、奏くんの2トップが譲らず、たかくんは3位。

結果発表直後の所信表明コーナーでは、初めて「今まで1位になれるようなことはなかった。でも今回は1位になりたい」(当時のメモが残ってなかったので曖昧な記憶から)と、はっきり口にした。

その表情は心なしか肩の力が抜け、晴れ晴れしているように思えた。

 

だが困ったことに、この頃からしばらく特典会で笑ってもらえなくなる。

アゴに梅干しをつくり、ハの字眉毛の下は瞳がウルウルの写真やチェキしか撮れない。

ご本人も「全然いい顔できんかった…」と申告してくださるので受け入れるしかない。

個人的Xデーが近づくと共に、写真やチェキを入れるアルバムには半泣きコレクションが増えていった。

 

8月25日、たかくん19歳の誕生日。

スタジオライブの1公演目はなんとか頑張って最前センター(この日は頼我くん奏くんがいなかったので0ズレ)に入った。

意外にも周りに紫のペンライトはおらず、義務が果たせて良かったと胸を撫で下ろした。

ライブは誕生日らしいサプライズもあり、たかくんがメンバーに愛されているのが伝わってきてハートウォーミングだった。

特典会のチェキ撮影は5枚連続。誕生日に半泣きチェキ5枚も撮りたくない。

そこでずっと考えていた作戦「途中でたかくんが喜びそうな、ちょっとエッチなひみつを教える」を実行。

手元には、①半泣き②半泣き③めっちゃ笑顔④めっちゃ笑顔⑤めっちゃ笑顔のチェキ。

それからはもう半泣きコレクションが増えていない。

2部の話は省略するが、私はこの日とても幸せな気分だった。

けれど、明日をどうやって迎えていいか分からないまま、急降下に向けて感情のジェットコースターがコトコトと上がっていくのを為す術もなく感じていた。

 

8月26日、カスタマイZ解散ラストライブ。

何度も乗った東海道本線普通電車にひとり乗って東京・品川ステラボールを目指した。

4連番の整理番号はほぼケツ番で、ホントに今までなんだったんだろうと泣きたくなる。

もう最後だし好き勝手やってやろうと、開場前にリフトやヲタ芸の練習をした。

とにかく写真をたくさん撮った。

一緒に芝生を走り回ったり、雨でずぶ濡れになったり、路上でケーキを奪い合った仲間。

勢ぞろいするのはこれが最後だから。

この日撮った写真をあとで送ってもらったら、あまりにも幸せそうな顔で笑っていて涙が出た。

 

会場に入っていつもの顔を見つけて合流した。

後ろのほうはかなりスペースがあったので、開演まで会場を回って、さほど前でもない微妙な位置にいる知ったおたくたちに声をかけて集めた。

ライブは最初からアホみたいにずっと泣きながら、声を枯らして暴れた。

途中でドリンク蹴っ飛ばして紛失して喉が渇いて死ぬかと思った。

ここで死ぬわけにはいかないので、そのへんにあった知らんおたくのドリンクを勝手に飲んだ。オアシス。

もうやりたかったこと全部やってやろうと、モッシュもしたしサークルも回った。

まあ、サークルは今までもあったけど。人生で初めてリフトしてもらった。

それぞれの推しのパートがくる度に、初めてとは思えない連携プレイでおたくを持ち上げていく。

結果的に途中で会場スタッフに注意されたので止めたが、リフトめちゃめちゃ気持ちよくて上げてもらって本当に良かった。

ずっと一緒に見てきた推し被りと同時に上げてもらえたのが嬉しかった。

 

ライブが楽しかった。

どうしてこんなに楽しいことが今日で終わってしまうんだろうって、全然理解したくなかった。

でも、最後をライブで終わってくれて良かった。

「居場所奪ってごめんな」には、ただただうなずくばかりだけど。

何度も肺気胸が再発して2回も手術したHAMAくん。

それが直接の原因だとは思ってないけど、結果的にはボーカルを欠いて回るリリースイベントが3シーズン続き、外部イベントへの出演をキャンセルした事実がある。

見通しが立たない活動で、若さと才能と美しさにあふれた4人の若者の時間が、これ以上止まったままにならずに済む。

それが解散することの唯一の希望だと言い聞かせた。

 

あとでナタリーに上がった記事が、スタダアイドルのライブとは思えない描写で綴られており、どう考えても後方ゴリラ集団の大暴れを見ていたとしか思えなくて、笑った。

特典会はなかった。それが良かったのか悪かったのか分からない。

ただ一言、直接「今までありがとう」と伝えたかったと心に残る。

男性アイドル(?)を推したのはカスタマイZが、GOROくんが初めてだった。

もし今後、GOROくんが俳優・栗原吾郎として活動したとしても、もう二度と私が好きだったカスタマイZのGOROくんには会えない。

カスタマイZとカスタマイZとが大好きな人たちと過ごした日々の楽しさは忘れることがないだろう。

リリイベという名の週末仮装大会、海辺のステージ、全員最前の山中湖、雨のたまプラ、50人飲み解…。

カスタマイZがつないでくれた人たちとは、今も何かにつけて会っている。

本当に楽しくて仲良くて、おたくが“いい人”でいやすい現場だった。

そうゆう空気感をつくれたグループだったこと、私はずっと自慢したい。

 

ありがとう。大好きでした。

2年と少しの初恋を、ありがとうございました。
 


テーマ:

どうもみなさん、お久しぶりです。約半年ぶりに更新します。

一度書かなくなるとダメなもんですね。

いかん、このままでは2016年に私の身に何があったのか、将来思い出せなくなってしまう。

というわけで、自分のための備忘録としてこの1年を書き起こすことにしました。

 

2016年も残り半月ほど。

しかし、今追いかけているグループのメジャー流通シングルの発売が控えているので、

まだ全然2016年が終わろうという気配がない。

この1年をログライン的にまとめればこうなる。

 

カスタマイZ復活を待ちつつも、どこか諦め始めていたとき、新しい推しに出会う。

カスタマイZは解散し、事実上ボイメン研究生の単推しになり、わりと地獄のように

イベントに足を運ぶようになる。

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〈1月〉
元旦。新年の晴れやかさとはほど遠い気分で、おたく(40代?男性)と熱田神宮に初詣に行き、

参道近くの飲み屋をハシゴするという残念な年明けを迎えた。

本現場のカスタマイZは次の予定が一切出ないまま、私の推しであるGOROくんの

二十歳の誕生日&成人式が近づいていた。

 

GOROくんの誕生日は1月12日。もうこの時点で何も発表されないということは、

生誕や成人を祝うチャンスがないことくらい薄々分かっていた。

それでも、もしかしたら…という気持ちが捨てられない。

私は仕事の関係で毎年必ず、地元の成人式に行かなければならない。

ずっとずっと、GOROくんの生誕イベントと地元の成人式が被るのではないかと不安に思っていた。

お願い、どうか別の日になって…と願った日々もむなしく、来る日も来る日も何も発表されなかった。

推しの二十歳の誕生日のため、多少なりとも蓄えていた。

いつしか、財布を開く度「もしかしたら生誕があるかもしれない。それなのにお金を使ってしまった」と

必要のない罪悪感がつきまとうようになり、この頃はどこにも行く気がしなかったし、

何をやっても楽しくなかった。

 

現場で会ったら渡そうと、おたくに宛てて書いた年賀状が手元に残ったまま、1月も半ばを過ぎた。
やっと現場初めができたのが1月16日。

中部国際空港(セントレア)で行われたBOYS AND MEN研究生のイベントだった。

これがまさか転機になるとは思ってなかった。

2015年の夏頃から、誘われて何も予定がないときは、ちょいちょいボイメン研究生の現場に

足を運んでいた。

名古屋の男性アイドルグループ「BOYS AND MEN」の弟分。

そこそこ現場を重ね、気が向いたらその時々で違うメンバーの接触に行ったりもしたが、

推しができないのでいまいちハマりきらずにいた。

 

久しぶりの現場、しかも過疎現場におたく仲間が大集合。

生誕の悲しみなど忘れて汗だくになって騒ぎ散らかし、空港グルメで腹を満たして大満足。

接触も安いし(2Sチェキ1000円)、昨年末のZepp公演やその日のライブで印象に残った

清水天規(たかのり)くん(以下:たかくん)の券を買ってみた。

新メンバーだしどんなもんじゃい、という羽根のように軽い気持ちで、短い列に並んだ。

その日は、ああ、いい子だな~くらいだったのだが、次の日も同じイベントがあって

なんやかんや釣られて再び行ったのがあかんかった。

 

前日のブログに嬉しいと書いてあったので「名前コールめっちゃ叫んだよ」と伝える。

たかくんは、「嬉しい。ぼくの推しじゃない人も名前呼んでくれてホントに…」と、

現在のキャラクターからは考えられないほど弱々しく言葉少なに答えた。

待て待て待て。

私は確かにキミの推しではないけれど、大前提として研究生が好きだという気持ちがあってだな、

その研究生が好きという気持ちには私だけでなくきっと多くのファンも

「みんなが好き」という前提があるだろうが(1月時点での印象)。

と思った私は言わんでいいのに「私研究生に推しいないから。だから次もしっかり見とくから」と、

謎の推しいません宣言をしてセントレアを後にした。

 

自分の推しじゃない人がいるなんて、なんて悲しいことを言うんだろう。

いや、そんなアイドルに対してさらに「推しいない」と言うのもどうかしている。

私はタンスからたかくんのメンバーカラーである紫のTシャツを探し出し、

1週間と経たずにまた、長いとはいえない列に並んだ。

 

自分の推しがいない(少ない)と思っているアイドルを推してみたら喜ばれた。

推したい人に誕生日も成人式も「おめでとう」と言えなかったおたくの前に、

推してもいいアイドルが現れた。

私の中の需要と供給が満たされ、暗い気持ちが少し晴れた。

その後、カスタマイZは7月に解散を発表するのだが、薄々予感していた解散を突きつけられたときより、

私は年末から1月にかけてのほうがずっとしんどかった。

やっと生誕も成人式も諦めてバースデーカードと、

誕生日プレゼントの「Someday to S.S.A Happy 20th Birthday GORO」と刻印した爪ヤスリを

事務所宛てに郵送した。

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〈2・3月〉
カスタマイZへのフラストレーションを抱えながらも、だいぶ割り切れたので

近場で遊ぶことにした。舞台も見たし、男性アイドル以外のライブも見に行った。

こと男性アイドルに関しては名古屋を拠点にどんどん新グループが誕生してきていて、

「ハッシュタグ」の前身BOYS STYLE CAFE(ボイカフェ)や

EBiDAN名古屋(えびなご)を見つつ、ボイメン研究生とMAG!C☆PRINCE(マジプリ)を

なんとなく平等に行く、というKSDD生活を極め、結局毎週どこかの現場にいた。

 

地方おたくの良いところでもあるのだが、推しグループが違っても“地元”っていう共通点で知り合えて、

一緒に現場行ったりできる。

EBiDANの弟分ユニットが集まるイベントに合わせて行きつけのドルヲタ居酒屋

「力雅」で女ヲタク約30人が集った「力雅女祭り」を開いたのも3月。

地元といいつつ関東や関西の女ヲタも来てくれ、初対面のおたくもいるというのに

知らんおたくの誕生日祝いにも参加してくれ、3つのバースデーケーキをむさぼり食った。

みんなで深夜のスーパー銭湯に行き、裸で推しの可愛さを語って夜を明かし、

翌日そのまま連れ立ってボイメン研究生を見に行った。

なんかそうゆうの、ずっと続けばいいのになって思ってる。

核だったカスタマイZ現場を失った今、余計に強くそう思う。

 

そのカスタマイZが遂に再始動。

4thシングル&1stアルバムが4月27日に発売されると発表された(3月12日)。

今までの楽曲を網羅したまるで“まとめ”のようなアルバムは、

6月か7月でレコード会社との契約が切れることを予感せざるを得なかった。

現体制の再結成直後から続くWEBラジオ「ハジメマシタ」も終了し、リリイベ期間も半分平日の

わずか6カ所(結果的に1カ所は地震の影響でなくなったので5カ所)。

単純に喜べない材料がそろってはいたが、それでもカスタマイZに会える喜びは、

何物にも代え難いほど嬉しかった。

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〈4・5月〉
現場バランスからマジプリが消えた。

カスタマイZのリリイベを控えながらも、研究生の比重が高まっていったためだ。

私の経験だが、めっちゃ行けば良かった現場に行けない、行かない選択をした後悔があると急激に

ハマっていく。

それが4月11日にあったボイメンショップ&カフェのたかくん1日店長で、

ここを境に行けるイベントに行くのではなく、イベントは基本的に全部行く、という

スタンスに変わっていく。

 

アイドルとの接触が得意なタイプではないけど、現場数も多く、

たかくんのサービス精神にも助けられて特典会に行くのが楽しみになった。

長々話を聞いたあと「今の全部ウソ!」って言われたり、シャツのボタン開けて胸元見せてきたり、

握手しながら「ぷにぷに~~」と言って手を揉んでくるやりたい放題っぷりが可愛らしかったし、

前回話した内容やブログのコメントで書いたことを覚えてくれていて会話に出してくれる

営業努力の細やかさに感心したし、とても嬉しかった。

芸歴が長く弟体質っぽいたかくんが、年下の多い研究生の中で自分のポジションを探っていく姿も

応援したいと思えた。

 

一方で忘れさられたと思われていたGOROくんが声優を務めたアニメ「クラゲの食堂」のDVDが発売(3月9日)。

4月17日に新宿でイベントが行われた。

やっと「あけましておめでとう」と「誕生日おめでとう」を伝えられた。

 

そして、最後のリリイベが始まった。5カ所のうち3カ所へ行った。

発売日の4月27日は名古屋で、また力雅に集まって再会を喜び、寿司を食ってDVDを見た。

ファイナルではHIROKIくんが「楽しい夏をお過ごしくださいね」と発言。

やっと活動が再開し、カスタマイZと楽しい夏を過ごす気マンマンだったおたくをざわつかせる。

リリイベ終了後のメンバーのブログでも、この先しばらくまた何もないことが伝わってきた。

思い返せばきっとあの頃にはもう、この先続けていくのかどうかって話が出ててもおかしくない時期だと思う。

やっと会えて喜ぶ私たちの姿を見て、どんな気持ちでいたのかな。

最終決断をするとき、思い止まってくれる材料になれなかったのかな、とか考えると今でも涙が出るほど悲しい。

けど、少なくともリリイベを終えた時点で私は、メンバーがチームZ(ファンの総称)のことを

すごく好きでいてくれるんだなって思うことができた。

活動の場がなくて歯がゆい思いをしているのはメンバーも一緒なんだなと思えた。

だから、暗い気持ちにならずに、またやるよって言ってくれる日を安心して待っていよう、待てる、と思った。

私は最後の特典会でGOROくんに「コックリさん、コックリさん、次いつ会えますか」と聞いた。

コックリさんは何も答えなかった。正直者だな、キミは。

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〈6・7月〉
6月は順調に研究生に通った。

改めて、カスタマイZが何もない間、いらん恨みを溜めずに済んだのは

研究生現場があったからだと思う。感謝感謝。

なんか重要なトピックスあったっけ? 忘れてたら教えてください。

 

そして7月11日。

カスタマイZ8月26日のラストライブを最後に解散すると発表された。

 

私がそのお知らせを見たのは、名古屋の仕事先から会社へ戻る電車の中だった。

少しずつ、あるかもしれない未来として覚悟を固めてきたことではあっても、

いざ現実となると受け入れ難かった。電車の中でボロボロに泣いて不審者極まりなかった。

 

冗談交じりで「解散が発表されたら2時間以内にアスナル金山に集まろうな」

なんて話していた。

その日、仕事が終わって再び名古屋に戻り、何度も現場を共にしたおたくと約束通りアスナルのベンチに座った。

そこでメソメソするかと思いきや、不思議とバカバカしい話しかしなくて、ミスドに場所を移して笑い転げて帰った。

その間にも電話くれたりツイッターで心配してくれたり、名古屋にいると知って「送って行こうか?」と連絡をくれたり。

おたくって本当にありがたいなと思った。

 

研究生現場ものんびりしていられない。

夏ツアーと名古屋港イオン内に設けられたスタジオでの定期公演が始まった。

ニューシングル「バッシャーン!!!」も発売され、悲しんでいるヒマなどないほど現場があった。

とにかく現場行ってライブ見てチェキ撮るの繰り返し。

加えて夏ツアーでは人気投票を行い、上位5人でメジャー流通シングルを歌うことが決まっている。

当初おたくの予想では、たかくんは当落ライン。

私はカスタマイZの解散を前に、何やってんだろうと思われやしないかと複雑な気持ちを抱えつつ、

他現場のおたく友達に投票してもらうべくツアーに誘いまくっていた。
 

つづく


テーマ:

真利子監督、商業映画デビューの一報を知ったのは松江哲明監督のツイートでした。

 

 

確認して見ると2015年5月。ちょうど1年ほど前。

「桐島、部活やめるってよ」の喜安浩平さんとの共同脚本だというのも知って期待に胸を膨らませたわけだけど、まさかこんなネクストブレイクの回転寿司みたいなキャストの作品になるなんて。

DISH//のTAKUMIくんこと北村匠海くんの出演もあり、EBiDAN界隈でも見に行く人が多く一体どんな感想を持ったのか気になるけど、この手の映画を見に普段足を運ばないであろう小さな映画館に出掛けてくれること自体が嬉しくもあるのです。

 

 

【ディストラクション・ベイビーズ】

監督:真利子哲也

脚本:真利子哲也/喜安浩平

出演

柳楽優弥:芦原泰良、菅田将暉:北原裕也、小松菜奈:那奈、村上虹郎:芦原将太、池松壮亮:三浦慎吾、北村匠海:健児、三浦誠己:河野淳平、でんでん:近藤和雄

 

◆ストーリー◆

ケンカばかりしている泰良は、ある日ふと弟・将太の前から姿を消し、強い相手を求めてストリートファイトさながら獣のように繁華街を彷徨うようになる。

泰良を見つけた裕也は「おもしろいことをしよう」と声を掛け、行動を共にするようになる。

通り魔のように人を襲い、車を強奪し、女を誘拐ー。

報道が過熱し警察が動き出す中、暴れだした狂気が行き着く場所は……。

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私が真利子監督を知ったのは2011年にテアトル新宿で「NINIFUNI」を見たのが最初。

当時、ももクロのヲタクだったのでブレイク前(諸説あり)のももいろクローバーが出演していることに興味を持ったのでした。

おもしろいかおもしろくないかでいったらおもしろい。

好みか好みじゃないかでいえば、好みじゃない。そんな印象を持ちました。

その後、「311仙台短篇映画祭映画制作プロジェクト作品『明日』」で短編を見ました。

2本とも、じっとカメラが構えてられる人だなあと思いました。

映る対象と距離を取って、映像の中に流れる一生の時間と向き合うような、ずっとこの時間が続いて終わらないんじゃないかと感じる映像を撮る人って印象です。

 

それは今回の「ディストラクション・ベイビーズ」でハイコントラストな俳優と今までにない高いカメラで撮ってそうな商業映画でも変わらずでした。

とにかく暴力シーンが多いのですが、ある意味で派手さがない。

アクション映画のようなスカッとした快感はなく、ベチッと拳が相手の肉そしてその下の骨にぶつかる音が生生しく響き、繰り返されます。

 

後半、車を奪ってどんどん状況が悪化していくのですが、一向に物語がすごーく盛り上がって転がっていくわけでもなく、派手に解決するわけでもない。

 

これいつまで続くんじゃい! と、5年前(!)に「NINIFUNI」を見たときとまったく同じ心持ちになりました。

 

圧巻なのは主演の柳楽優弥。

「闇金ウシジマくん Part2」で頭のおかしい男を演じたときにもっとこうゆうの見たい!と思ったやつ!

これこれこれこれ! 私こうゆう柳楽優弥が見たかったんですよ!

食べたり歩いたり話したりするように人を傷めつける泰良。

思考回路全く理解できない、1ミリも感情移入できないのに圧倒的存在感と説得力。

すごい、すごいわ、柳楽優弥。

 

この怪優・柳楽優弥を柱に、菅田将暉、小松菜奈、村上虹郎とネクストブレイク俳優が輝く。

まずこれだけの新星を松山市に集めて真利子監督に撮らせたのがスゴイ。

誰がどうやってこんな素晴らしい舞台を用意したの。すごい。こわい。

 

というわけで、もう映像としてものすごいことが起こっているので、そこだけで見ても損はないと思います。

気持よくならないかもしれませんけど、とにかくすごいんですよ。

 

一方で、物語としてどう感じたかみたいな話なんですが、警察もっと頑張ってと思いました。

まあ、警察が冒頭から頑張ったら全然話が進まないので置いておいて。

裕也クズですねえ~、泰良が強いやつにしか向かっていかないのに対して、あいつ弱いやつしか殴りませんからね。

泰良の上着着てからの調子こきっぷり。まさに虎の威を借る狐!!

 

どのキャラクターも平凡な部分があると共に、暴力的な一面が曝け出される。

そこにきっかけはあれど理由はない。

刹那的で衝動的な爆発であるのが良い。

若者たちの衝動と古くから伝わる伝統行事である喧嘩御輿との対比もいい。

 

誰にでも条件が揃ってスイッチが押された瞬間に狂気が走り出すのだと。

薄皮1枚下の怪物が、ヒリヒリと存在を誇示してくるようでした。

 

EBiDANヲタクがどんな感想を持ったのか、誰かに会ったら聞いてみたい。

でも、きっと映画見慣れてない人は困ってるんじゃないかな、なんと言ったらいいのか。

すげえ、びっくりした、でいいと思うんだけど。

 

■2016 RECORD■
 ライブ……39 舞台……5  映画……8 その他イベント……6

※未レビュー追加

5/18ボイメン研究生ラジオ収録

5/21ボイメン研究生テレビ塔

5/27ボイメン研究生頼我くん1日店長

 

 

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