おたるつ

おたるつ

モノホンのおたくにジャンルは関係ねえはずだ!
ってわけで、おたくのるつぼ。略しておたるつ

コロナが明けたかといえばまだまだなご時世だが、“推し活”業界では感染対策をしつつ、オフラインのふれあい(特典会など)も復活してきた。


わたしは特典会に渾身のネタを仕込んだり、思いついた悪ふざけで遊んでしまう。
オフラインの撮影会なら衣装やポーズ(またはポーズの解釈)、オンラインならサインの宛名やメッセージなど。
推しにすら「おもしろいよね。いろいろ考えてくれるのなんで?」と特典会芸人の不可思議な行動を疑問視されている。それはそう。


ぶっちゃけ恥ずかしい。恥ずかしいけどブチ楽しい。
 

仲間内にも一体どうしてそんなおもしろいことを思いつくんだ!? という人が多くいて、その境地に至った経緯はそれぞれだと思う。
個人的にそろそろリリイベシーズン(CD発売に向けて行う最大3カ月+4日続く予約・購入会・リリースイベント)を迎えることもあり、
どうしてこうなってしまったのかを振り返りたい。


■ 隣に立つのが無理だった

とんでもなく顔のいい推しに出会った。
それまでの現場にはほぼなかった“接触”(握手会や撮影会などのふれあい)がある。
無理。
とにかく顔面が芸術作品で、容姿も年齢も市場価値の低い自分が隣に並ぶのが苦行だった。
撮ったツーショを見ても同じ人間だとは思えない。

この美しい推しが人間とするならば? わたし…え、豚? 
しかも全然しゃべれない。何を言っていいかわからない。何を言っても恥ずかしい。
若くて美しかったら「○○くんダイスキ〜」と言いながら隣でハートがつくれるのだろうか。
いやそれ本当にちょっとマジで無理なんですけど。
でも写真が撮りたい。近くで顔が見たい。

今日もかっこよかったです楽しかったですと伝えたい。


そうした機会を何度か経て、わたしは豚ではなく牧場主になった。



 

いやー、ウケた。笑顔の写真が撮れた。
設定を汲んで表情をつくってくれ、楽しそうでおもしろい写真を見返してはニコニコした。
こうして、ネタに走ることでイケメンと写真を撮る恥ずかしさを別の方向にぶん投げることに成功した。

話せない問題も何かしら用意してくことで推しサイドから話してくれることも多くなり、回数を重ねていくうちに多少話せるようになっていった。

だんだん周りに変な人が増え、特典会芸人たちはイベントを週末仮装大会と呼んで楽しんだ。
環境の変化で太ってしまっていたわたしは、イケメンと変な写真を撮っているうちに自然に7キロやせた。
推しよ、豚から人間に戻してくれてありがとう。


■ おのれのスマホに宝物はあるか

前述の推しがいたグループは解散し、新たな現場に通っていた。
そこはイベントがめちゃくちゃ多い。

全部なんてとても行けないが、平均すると週3はイベントに行った。
仕事を定時で上がって駅までの車の中か、どこかのトイレで服を着替える。

仮装などしている暇はない(たまにしてたけど)。


推しの衣装は基本的に変わらない。立ち位置も一緒。表情指定もNG。

ポーズはピースかハートの2種類。
これに変化を持たせようというのは、推しサイドに多大なる工夫を強いていると思う。


だがしかし、おたくはおたくの写真を査定する。
ツーショの距離が遠いから嫌われてる、近ければ寄り過ぎキモイ、テンプレ顔、顔背けられてる、文句言ってかわいい顔させてる。
そして枚数マウント。
これ現場変わってもどこにでもいて、人の写真にあーだこーだ言う。

軽蔑と憤怒を込めて「画像警察」と呼んでいる。
画像警察に何か言われるのが嫌でSNSに画像上げるのやめちゃうと、

「誰これかっこいい」「楽しそう」「わたしも行ってみたい」ってなるチャンスがなくなる。

画像警察は営業妨害ですよ。
本当にNGな写真なら運営が言うからおたくが言わなくていいんですよ。
 

話がそれた。
リリイベに入れば衣装が変わったり日替わりポーズが追加される。

けど直前で準備できなかったり、そもそも毎日イベントがある。1日に何回もある。

体も心も財布も行くだけで精一杯だった。
もうツーショの顔とかどうでもいい。同じ同じ同じ。推しもわたしも疲れてる。
CDを予約して推しの隣に立ち、写真を撮って帰るロボット同然。


そんな頃、初めて行く土地へ遠征があった。

そこで出会ったひとりの女子高生が、特典会への考えを変えてくれた。

会場で声を掛けたのは、引き取りに来れない僻地で数枚買うCDの送料が惜しかったから。
よし、この予約用紙を地元の人にもらってもらおうと、女子高生に声を掛けた。


「これもしよかったら一緒に引き取って友達にあげてもらえませんか」
「え、いいんですか!? CDもらっちゃっていいんですか!? 学校で配ります!」


まぶしい。
女子高生は田舎の最低時給700円くらいのバイト代を貯めて買った(妄想)1枚の特典券を握りしめて(完全に妄想)

生まれて初めて生で見た憧れのアイドルとツーショットを撮った(本当の話)。


キャーキャー言いながら戻ってきて、撮った写真を見せてくれた。


メンバーのなんてことない表情。疲れさえ見える。

もっといい顔してあげればいいのにと思った。
なんならピントも甘くて、女子高生が画面が割れたiPhoneで拡大したアイドルの顔は

ぼんやりしていた。
あとで話したら、その場にいた友達数人は同じことを思っていた。


ところが、女子高生は

「もうっ…、宝物にします!!」

と言って、iPhoneを胸に抱きしめた。


ガツンときた。
わたしのスマホに何百とある推しとの写真。
その中に宝物は何枚あるだろうか。
こんなに大事に思える1枚があるだろうか。


仲間内の誰かが撮った写真があれだったら、なんてことない1枚になったと思う。
「遠くまで来たんだからもっといい顔しろよ」と文句を言ったかもしれない。
でもあの女子高生にとっては宝物なのだ。
「あれ泣きそうになったんだけど」
「わたしも。いや、ちょっと泣いたし」
「もっと1枚1枚大事にしよう」

次の会場へ向かう道中だったか、友達とそんな話をした。


■ 全部宝物にしたい

どうしたら1枚1枚を宝物にできるのだろうか。
特典列に並ぶ立場のおたくが悩むのだから、並ばれるほうに「1回1回大事にしてほしい」と

期待するのはさらに難しいだろう。
こちらが思いを込めるだけでは「わたしのXXXX円なんだと思ってんの!?」と空回りすることもあったし、推しも撮影スタッフもその1枚撮る瞬間と前後数十秒に数千円が発生している自覚はいちいちないだろう。
じゃあ何をどう提供してもらったら金額に見合った価値が生まれるのかって、払ってるこっちが聞かれても分からない。
写真を撮る特典に関しては最低限、ピントは合わせてほしいが。

結局、自分が最大限楽しめるように、その機会を無駄にしないように準備することを選んだ。
ライブが終わってから列に並んでいる間、伝えたいことをメモに入力して覚える。
何かひとつ、その日良かったところを伝えようと思って見るライブは集中力も上がっていい。
電話系特典会はカンニングができる。
話したいことをメモに書いて見ながら話し、時間配分を見るためストップウォッチも使う。
ビデオ通話系なら背景も飾るし、服も選ぶし、文字を書いて見せるスケッチブックも作った。
思いついたポーズや、友達の特典会の写真でいいと思ったものはスマホにメモする。
ポーズは撮る前に練習する。
ネットサイン会の宛名も暇な時に検索したり、思いついたらすぐにメモ。

ネットサインて、普通にやったら絶対おもしろくない。そうゆうものだと思っている。
サインがもらえて名前を呼んでもらえてうれしいのは最初だけで、サインは何個もいらない。
サインするものが変わる場合は複数あってもいいかな。
接触がある推し活というのはコミュニケーションのゲームだから、相互コミュニケーションができなければ意味がないのだ。
幸い、今参加しているのは宛名が10文字まで指定できるから10文字めいっぱい使って考える。
それでメンバーが笑ってくれたり、コメントしやすかったらそれでいい。うれしい。

何人かの推しを見送ってなお、わたしはまだ特典会で写真を撮っている。
先日、推しにある特典会で撮った写真が狙い通り以上の出来で大満足だったいう話をした。
「どうゆう写真撮りたいかすぐ分かったもん!」と自慢げだった。


これが初めてツーショ撮った時6枚全部同じ顔してた人物…!?
あの時は「新規じゃなかったら病んでた!」と言いながらスマホをぶん投げた。

嘘です。スマホは投げてません。


推しはわたしの謎の全力投球を「なんで?」と聞きつつも、フルスイングで応えてくれる。
ちょっと構えているのを感じたり、何か言わないと!という顔をしている時もあって、申し訳なさも少しある。
わたしなりに推しのことを考えて、お題や伝え方を研究しているので許してほしい。頑張る。

特典会でふざけるのって、ただただ迷惑かけてるだけの場合もあるから修業が必要よね…。

気を付けて修業に励みたいと思います。


そして願わくば、推しやメンバーにも特典会を楽しんでもらいたい。

「こんなことやるためにやってるんじゃない」と思うこともあると思う。

わたしは特典会が好きで楽しいけど、推しは本当はやりたくないんじゃないかという不安は見に覚えがある人も少なくないだろう。

笑ってほしい。楽しんでほしい。一緒に楽しいひとときを思い出にしたい。

推されている今を喜んでいてほしい。

一緒に宝物をつくりたい。

ちゃんと今、わたしのスマホは宝物であふれている。
そんでもって、あの女子高生が宝物だと抱きしめたように、推しがあちこちの写真フォルダで誰かの宝物になったらいいなと思っている。

残念ながら今の現場では特典会で撮った写真をSNSに上げることができない。
しかし友達に見せれば口をそろえて「名画」と言う。
ぜひね、名画を撮って宝物にしていただきたいんですよ。
ネットサインも宛名10文字漢字OKで抽選しません。時間かけて全員やりますよ。
そんな機会を最後に紹介して、この壮大なステマブログを締めたいと思います。

7月20日 浅草の人力車男子ユニット「東京力車」新曲
三波春夫×ヒャダインによる新歌謡ポップス第2弾!!

「Sole!~おまんた囃子~」

 

リリイベ情報はこちらに随時更新されていくはず。

 

レコード会社はリリイベ以外あんまり更新してくれないから公式もチェックしてください
※かといって公式にすべての情報が載ってるわけではないから気をつけて!


最新情報を追うならTwitterがいいですね!

https://twitter.com/tokyorickshaw1
 

 

ええ大人になってから着付け教室に通い始めたのですが、

特になんの目標もなくダラダラしていたら、ついに資格を取るように仰せつかりました。

金だけ払えばいいのかと思っていたら、テストと作文がありました。

400字詰め手書き原稿用紙と向き合って書いた作文をここにデジタル化して残しておきます。

 

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「着物がようけ出てきた」

母が祖母の持ち物から見つけた“箪笥の肥やし”が、私が着付けを習うきっかけだった。

祖母の着物姿は見たことがないが、母や叔母は着物が入ったたとう紙を開けながら

「お正月に着とったね」「これ私に作ってくれたのだわ」と記憶をたどる。

 

やっと着られるようになり、度々、介護施設に見せに行った。

「この着物覚えとる?」と聞くと、認知症の祖母はにこにこしながら「わからん」と答えた。

 

祖母の葬儀は着物の喪服で出席した。

紋からすると少なくとも曾祖母以前の年代物。

丈が短くて、着るのはひと苦労だった。

昔の人は小さいんだなあ。

和やかな雰囲気の葬儀も、お別れが近づくと涙があふれ

拭ったティッシュを丸めて袖に入れた。

 

おや、何か入っている。

 

取り出すとそれは、黄色く変色したゴワゴワのちり紙。

何十年前も同じように泣いたのかあ。

入れっぱなしのずぼらさに血縁を実感した。

 

着物は家族の記憶が宿る。

きっとこれからも、祖母や母の新しい思い出を知るだろう。

まるで着るタイムマシンのように。

 

浅草にある寄席「木馬亭」へ足を運ぶのは3度目。

いずれも劇団「浅草21世紀」の喜劇を見るのが目的だった。

推しグループが歌のステージに出るから、というのもあるが、昨年初めて見て以来

体全部を使うパワフルな役者さんたちと、爆笑の中にある優しさや温かさに心つかまれとりこになった。

 

毎回、物語はいたってシンプルで分かりやすい。

そこにガンガン笑いを詰め込み、アドリブで変化をつけてくるのだが、

今回は登場人物たちの動機づけがあまりに素晴らしく、ガッツリ感情移入。

2公演見て2公演とも大笑いのち最後は泣いてしまった。

 

今日で観劇から5日経っているのにまだ頭の中で「あれがよかったよなあ~」と

ひとりごちるので、いっそ書き出しておくことにした。

 

タイトルは「てんてこ舞い物語」。あんまり内容と関係なかった。

父親の7回忌に久しぶりに東京から実家に帰った長男のケンイチと次男のユウジロウは、

それぞれの活躍を母に自慢するが、田舎で暮らす妹のミカには冷たい態度をとる。

そこへケンイチを訪ねて男がやって来る。男の正体は借金取り。

東京で成功しているというのは嘘で、ケンイチは豪農だった父の遺産で借金を工面しようと考えていた。

次男のユウジロウも金に困っていることを明かすが、母は父の遺産はないと2人を突き放す。

そんな兄2人に手を差し伸べたのはミカ。

地道に貯めた花嫁貯金を「きょうだいが幸せになるなら」と快く差し出す。

きょうだい仲もよくなりそうでめでたしめでたし。

 

という話なのだが、いや、全然よくない。

兄2人勝手すぎだし、ミカお金とられてかわいそうすぎる。

途中までなんでミカにこんな冷たいんだよ、納得いかね~と思って見ていた。

ところがこれが兄嫁・コミチがうまい役どころになっていて、不仲の理由や納得いかないポイントで

うまいこと質問したり怒ったりしてくれる。

きょうだいたちがいない時を見計らい、母に尋ねる。

 

コミチ「どうしてミカさんをいじめるようなことをするのでしょう」

わたし(本当だよ、全然納得いかね~わ!)

母「父がミカをかわいがったから」

わたし(な、なんと……)

この3きょうだいの不仲の背景には、強烈な田舎あるあるがあったのかー!!

きょうだいの垣間見える背景をくみとると、言動・行動への動機付けが素晴らしくて唸ってしまう。

それはそうなりますわ!! 納得!!と。

 

ここからはわたしの脳が想像したことです。

 

じいやもいるほど豪農だった3きょうだいの家。

跡継ぎとしてきっと、長男ケンイチは父に厳しく育てられたのだろう。

そして次男ユウジロウ。何かと長男と比べられることも多かったのではないだろうか。

跡継ぎじゃない、でも劣っているわけじゃない。

ユウジロウがそんなふうに感じていたなら、東京で出世した輝かしい自分を見せようと

兄と張り合うように嘘を重ねてしまうのも納得がいく。

 

妹ばかりかわいがる父への反発もあり、家を出たケンイチではあるが

“よくできた跡取り息子”という期待を受けての上京だったと想像する。

亡き父は「東京へ勉強しに行かせている」などと自慢げに周囲に話したかもしれない。

「東京へ行ったんだってね、すごいねえ」「さすがアダチさんとこの跡取りだねえ」なんて

田舎に帰ってくるたび言われたら、本当のことが言えずに見栄を張ってしまう気持ちも分かる。

 

わたしは田舎から進学を機に上京し、その後なんやかんや都落ちして来た身なのだが

田舎における「東京へ行った」パワーはものすごい。

誰が広めているんだかよく知らない人にまで「東京の大学へ行ったんでしょ、すごいわ~」と言われ

田舎で働こうと履歴書持って面接へ行けば「東京で働いてた人はうちじゃ物足りないんじゃないの」と

言われる。

ケンイチの嫌味な物言いも、うまくいかなさ必死に隠して“東京から帰ってきた長男”でいようとする

ものだとしたらいじらしい。

 

そしてミカ。亡き父は末娘がかわいかった。

ミカはお嫁さんになることに憧れ、それが幸せだと信じている。

これが育った環境に影響しているとしたら、ミカはこんなふうに言われて育ったのではないか。

「ミカはいつかお嫁さんになって、この家を出ていくのよ」

長男が家を継ぎ、他のきょうだいは家を出ていく。女は嫁に行く。THE田舎。

父はいずれ出て行ってしまうミカを、自分のもとにいる間は…と、ことさらかわいがったのかもしれない。

 

そんな思いを知る由もないケンイチには、自分に厳しく妹に甘い不平等な父親だと感じただろう。

ミカに対して「おまえは関係ない」と言い切れるのも、この家はいずれおれのものだが

おまえはこの家の者じゃなくなるだろう、という意識があってこそな気がする。

東京に出てもマインドは田舎者なんだよな、ケンイチ…。

 

しかしせつないのが、兄2人が「俺の実家は豪農だZE~」を誇りにし、遺産をあてにしているのに

冒頭のミカは「お嬢様なんて、今は普通の農村だよ」と言う。

田舎に残ったミカだけが、実家の状況を的確につかんでいる。

そうそうそうそう、田舎にいないと分かんないことってあるよね~~~~!!!!

と、ここでもまた田舎あるあるが発動してもだえた。

 

ユウジロウが「お金がなくて結婚できない」と言うのに対し、花嫁貯金を渡したミカが

式は家で、花嫁衣装は貸衣装にすると軽々と決めていくのも地に足がついた強さがあっていい。

それを恋人のカンイチが「地味婚にするんだね!」とあっさり受け入れたのが気持ちよかった。

田舎で生きると決めた2人が、実は一番、家とか田舎って呪いから解放されている。

そう気づいた時、なんて清々しいハッピーエンドだろうと思って感動した。

 

さらに救いがある。

父が遺した土地を売って残ったお金で、母は家を直したと言う。

なんのために家を直したのだろう。

老いていく自分のためにバリアフリーにした? もともと家が古くて直す必要があった?

いや、ミカが出ていく前提なら、老い先短い自分がひとり住む家を遺産を使ってまで

長く住めるようにしないのでは…。

 

母(両親)は兄2人の嘘を見抜いていたのではないか。

家を直したのは、2人が戻ってきてもいいように、という親心じゃないだろうか。

あんたたち…お母ちゃんとお父ちゃんにようお礼言うんやで!!!(あんた誰)

もうこれ涙が止まりませんよ。

 

喜劇で笑いがメインではあるんだけど、屋台骨となる筋がこれだけテーマを持っていて

セリフひとつひとつ全部繋がっていて重要なこと言っていて、す、すごい。

物語を説明するセリフは決して多くはないからさらにすごい。

こりゃもうどれだけアドリブ盛っても、おもしろメイクしてきても根っこが揺るぎないですわ。

本に凄まじい力がある。マジすげえ、浅草21世紀。

 

毎回、役者さんたちに圧倒されて見終わると「筋トレしよ…」って思うんですけど

わたくし今回、リストウェイト買いました。

手首につける重りですね。消費カロリーアップと上半身の筋肉を付けようと思いまして…。

パワーのもらい方が独特で申し訳ないんですけど、負けらんねえ~となりました。

 

欲を言えば今回、新型コロナ感染状況から昨年大病を患った大上座長が断腸の思いでお休みに。

見たかった…! この役がもともとこうでああでそうでしょ、うわ~座長いるバージョンだったら

どんないじり方するんだろ~見たい~~キーッ!!コロナのバカ!!

頭の中では座長いるバージョンの妄想公演が同時上演ですよ。

借金取りとケンイチのシーン全然違っただろうなあ…いじくり倒される借金取りも見たかった!!

そんなわけでまた見に行きたいと思います。

まだログインできました当ブログ。

ついに映画の感想もサボり出した当ブログ。

先日、浅草で見てきた喜劇がおもしろく、いろいろ考えたので書いておきます。

 

とはいえ、なぜ浅草? という部分にブログで触れたことがないわけで、簡単にこの2年くらい(なげえよ)のことを。

1年と少々前に推しがグループを脱退したわけですが、さらにその少し前、新しいコンテンツに出合った。

これをどうしても見に行きたい。しかし、そんなにあっさり推し変できない。

人間関係やら外堀もガッチガチである。以前、他界(推すのやめること)しようとして失敗し、思わぬところに迷惑をかけた実績もある。5月のハワイイベントも申し込んでいる。

そこで愛する外堀を回り「来なくなることはない。でもハワイが終わったら6月から軸足を移させてほしい。どうしても見に行きたいグループがある」と根回しした。

 

6月を見据えて月イチペースで通いだした矢先、コロナでライブがすべてなくなった。

次のライブでツーショ撮って「推します」って言おうと思ってたのに(涙)。

いや、そんなことを言っている場合ではない。コロナ禍の推しを支えないと。

配信だ!ネットサインだ!生電話だ!ハワイもなくなった!

なくなったのはハワイだけではない。

6月に推しが脱退した。

コロナがなかったらハワイ終わって脱退発表だったのか…。

未来のない思い出づくりに大金持ってかれるとこだった。ハワイなくなってよかった〜!

 

そうか~推しもわたしも、いつからかお互いずっと「6月…」と思っていたのか。

どこでシンクロしとんねん。

どうりで身が入ってないイベントが多…いや、そんなことを言っている場合ではない。

脱退した推しを支え(以下略)。

おかげで予定より遅れてしまったが、無事に軸足は動いた。

その軸足の拠点は浅草にあり、今回「木馬亭」という寄席で「浅草21世紀」という劇団の公演に出演するというので足を運んだ。

(ここでやっと最初に戻り)というわけで、浅草で喜劇を見てきた。

 

まず、木馬亭ってなに…? 亭ってつく箱行ったことない。

1970年に開館した130席ほどの小劇場で、浪曲や軽演劇(大衆相手の風刺喜劇)を上演するという。「浅草21世紀」という劇団(でいいの?)が毎月喜劇の公演を行っているという。

これがわたしが行った10月公演のポスター。

 

 

知らん…。ひとりも知らん…。すごいおじいちゃんおるけど…。謎すぎる…。

なんとなく、お年寄り向けのコンテンツ、前時代的なものなのかなと思い浅草に向かった。

 

▲普通のL版写真が貼ってあって味わい深い。位置がバラバラで気になる

 

メインの喜劇の前に踊りやマジックショー、漫談、歌がある。

幕が開いて最初は踊り? 着物姿の厚塗りの女性が扇を手に踊っている。

と、思ったら女装した男性が出てきて爆笑をかっさらい、優雅に踊っていた女性は途端に鋭いツッコミ役となった。

最初こそ「年上の人が体を張っているのを年若い者が笑っていいのか」と抵抗があったものの…笑った。だっておもしろいものはおもしろいんだもの。

最初に感じたこれ、今回わたしのテーマになった。

 

▲笑っていいのか一瞬悩んだ破壊的なビジュアルの女装(撮可です)

 

続いてケンコウ奉仕さんによる健康漫談。健康…漫談? とは…

ケンコウ奉仕と兼好法師がかかってることに気づくまで数日かかった。

完全にお年寄り向けコンテンツのにおいがする…。

舞台に出てきたのは80過ぎてそうなおじいちゃんだった。この方がケンコウ奉仕!!

何が驚くってケンコウ奉仕さんの姿勢と声の張り。

おじいちゃん上から吊るされてない? と、見上げるほどしゃんとした佇まい。

大きくはないのに静かに響くよく通る声、スルスル出てくる言葉たち。

 

▲ケンコウ奉仕さん。こんなきれいにまっすぐ立ってるおじいちゃんそういない

 

ケンコウ奉仕さんの存在がまさに健康そのもの。これは話を聞く気になる。

クスッと笑える話や雑学に健康ネタを織り交ぜた漫談。おもしろい。

「お年寄りの話は長くてつまらない。聞いてあげてる」という漠然とした固定観念があったことに気付かされた。

「お年寄りが健康の話をする」なんて、おもしろいわけないじゃんって決めつけてた。

なんともったいない姿勢で挑んでいたんだろう。

ケンコウ奉仕さん、わたしの中で話がおもしろい人ランキングの最高齢更新した。

おもしろい話を巧くする技を見た。

そんでもって、その姿を見て「歳を重ねても健康でいたい…!」と純粋に尊敬した。

 

お目当てだった歌のステージはすっ飛ばして、メインの喜劇の話。

今回は「喜劇・浅草忍法帖~ニンジャリンピックがやってきた!」と題して、木馬流と雷流の忍者が大会で対決するストーリー。その影に大会委員長・バッカの暗殺計画が進行するが思わぬ裏切りが発覚して…というもの。

 

わたしはお笑いがあんまり得意じゃない。

容姿のことをいじられたり、ひどい目にあったり、痛い思いをしたり、だまされたりするのって笑っていいの…? という気持ちがあって、つられて笑ってしまうと嫌悪感。

とはいえ、推しメンが罰ゲームするのはおもしろくってしょうがないから“人を笑う自分”と対峙するのが嫌なんでしょうな。

 

けれど「浅草21世紀」の喜劇は、大ベテランの方が年齢をいじられても、女性が容姿を笑いにしても、すごく素直に大笑いできた。

一瞬「ババア」になってもちゃんとご本人の意識がゆるぎなく女性だし、周りもババア扱いするのはその一瞬だけ。

大ベテランが「すぐ永眠する」と言われても、全然きかない強さがある。

芸人さん?役者さん?一人ひとりが強くて、笑いに優しさがある。

容姿や年齢、体型を武器にしてない安心感があって、心から笑えた。

そういったことをいじる笑いも少なく感じた。あっても何度もやらない。これは好きだな。

 

おじいちゃんと呼んでよさそうなお年頃の、ツルツルの頭頂部を備えた方がいた。

頭にバナナ、両耳のあたりに糸でドーナツを吊るしていた。

衝撃的だった。

 

▲バナナのカーブと頭蓋骨のカーブが完全に一体化。どうゆうことだ

 

わけがわからない。

ツルッパゲのおじいちゃんの頭にバナナとドーナツがついている。

出てくるだけで笑わずにはいられない。

わたしは頭にバナナとドーナツをつけた人間を初めて見たのだけれど、これをおじいちゃんな年齢の方が思い付いてやっていると思うとだんだん悔しくなってきた。おもしろすぎる。

 

▲あまりにも爆笑しながら写真撮ってたら撮りやすいようにこっち向いてくれた。好き…

 

全然お年寄り向けじゃなかった!

舞台でのおもしろさに年齢は関係ない。違うな、舞台そのものに年齢が関係ない。

 

実は先月見たあるイベントからずっともやもや考えていたことがある。

何組かの歌手が歌うもので、その中で20代の女性歌手が歌った恋愛ソングが男女ともアグレッシブに色気を出してく内容だった。今どきこんな恋愛あるんか!? と驚いた。

会場をよく見ると、その方のファン層は熟年世代の男性が多いようで、なるほどこういう恋愛模様は、“オジサンウケ”がいいのかもしれない。

 

もし、自分の好きなアーティストや発信者が、自分がカテゴライズされた層に向けて表現活動をしていたら…嫌だ。

わたしがおばさんにカテゴライズされて(正真正銘おばさんなのだが)、おばさんってこうゆうのが好きだよね〜ってされる。

そりゃ、ターゲットをしっかり想定することが必要だし、個に届くことが大切だけれど、それは誰にでも届く可能性と両立できないのだろうか。

アーティストや発信者が「そうだな」と思えることを発信してほしい。

こっちに合わせてもらうのはなんか違う。

こちらも受け手として多種多様な表現作品を楽しめるようにアップデートしていきたい。

 

しかし、浅草21世紀の喜劇は老若男女きっと誰にでも届く。

ちゃんと“みんな”を見ている。

 

わたしは「お年寄り向けなんじゃないの」という予見を恥じたし、「上の世代がやることは古くておもしろくない」という思い込みを持っていたことを大反省した。

出演者の方々のような元気な大人になりたいと思い、筋トレしようと思った。単純か。

まだまだ知らないエンタメやディープな世界があるもんだ。

普通にスマホいじって暮らしていたら絶対出合わないものに巡り合わせてくれるから、今推してるグループっておもしろい。いろんな場所についていきたい。

 

ちなみに木馬亭のディープさの一端をお話しすると、出演のお知らせが出ても開場時間や席など詳しいことがひとつも分からなかった。

あまりに謎すぎて事前に問い合わせた。

これまた電話がつながらず、おじいちゃんの家みたいなとこに転送されて「もしも~し」とのんびり丁寧に対応してもらって癒やされた。

 

当日は開場の30分くらい前に行ったら誰もいなかった。え、自由席なのに。

並ばなくていいって言われたけど、なんとなく数人来てできた列に並び、結局常連ぽい人は列に関係なく最初に入っていった。

これがこの村のルール…!!

おたくはすぐ列に並んでしまうし並ぶと安心してしまうね!!

周りをしっかり見ていこっと。

 

12月にも推しグループが木馬亭に出演する。

しかも今度は喜劇に出るという。

あの優しくて強くて温かい笑いに推しが直接触れるの、うれしいなあ。

今からとってもワクワクしている。

 

初体験にとっては未知すぎてかなり勇気のいる場所だと思うが、間違いなく笑顔で出てこれるから安心してほしい。

チケットも2300円(当日2800円)でお求めやすく、これで2時間30分笑える。コスパ最強。

 

場内で甘栗(500円)を売っていたので記念に買ったら、中に入っているおみくじで次回チケット500円引きが当たった。

おいおい、甘栗実質無料じゃん。

どれだけわたしの心をホッカホカにする気だ浅草21世紀。

 

▲甘栗は皮付きだが切れ目があって食べやすい。おいしかった

 

というわけで、木馬亭と浅草21世紀おすすめです!

 

ついにシリーズ完結を迎えた映画「るろうに剣心」。

当ブログでは“打ちにいく”映画として楽しんでまいりましたが、完結作はそこまででもありませんでした。

おかげで全然キーボードが進まず、困っております。

※打ちにいく…よくないと薄々分かっている映画をあえて見に行く遊び

 

 

【るろうに剣心 最終章 The Beginning】

 

監督/脚本:大友啓史
原作:和月伸宏
アクション監督:谷垣健治

キャスト

佐藤健=緋村剣心、有村架純=雪代巴、高橋一生=桂小五郎、村上虹郎=沖田総司
安藤政信=高杉晋作、北村一輝=辰巳

 

作品データ

2021年製作/137分/G/日本
配給:ワーナー・ブラザース映画

 

◆ストーリー◆

“不殺(ころさず)”を誓った流浪人・緋村剣心の過去。

人斬り抜刀斎として狂剣を奮っていた幕末京都で、剣心は雪代巴と出会い、心の安らぎを知る。

巴はかつて剣心に殺された婚約者の復讐を誓った間者だったが、夫婦として束の間の穏やかな日々を過ごす中、剣心を愛していく。

幕府側の闇の組織が迫り、巴は愛する男を助けようと決意する。

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最終章でありながら、剣心の過去を描くエピソード0となる本作。

アニメではOVA「追憶編」がここにあたり、テレビ放送とは違う絵柄でこの重い重い話を表現して話題になりました。と言いつつ、これだけ未鑑賞なんですよね。

 

今回は脇を固めるキャスト陣が印象深かった。

高橋一生の桂小五郎、村上虹郎の沖田総司、北村一輝の辰巳。

それぞれこのキャラクターを演じることを誇りに思っていそうな熱演であり、はまり役でした。

特に虹郎沖田。浅黒でひらめ顔。そっちできたか!

これで1本撮ってくれと思うほど、ひとつの完成した沖田総司像だったんじゃないでしょうか。

 

 

女性キャスト陣どうなのよ問題は今までも触れてきましたが、やっぱり巴は他にいたんじゃないか…。

剣心と結ばれるシーンでは佐藤健の顔が小さすぎるがゆえに、有村架純の顔がめちゃくちゃ大きく見えてしまい、宇宙規模の他人事ながらかわいそうやな…と思いました。

佐藤健あれだけ顔が小さいと恋人役をやれる女優さんがいなくなってしまうのでは。

 

アクションが見どころでもある映画るろ剣シリーズでしたが、だんだんと超人化していき剣劇、殺陣というより町が破壊されるパニック映画みが強くなっていました。

ところが、今作は池田屋の2階が崩壊した程度で刀を使ったアクションがしっかり見られました。

剣心VS沖田の殺陣シーン、震えるほど見事でした。

作品全体の雰囲気も、最後に時代劇に戻ってきたなあという印象を受けました。

挑戦作という位置づけで原作に向かい合い、成功していた無印を思い出させました。

 

 

なぜエピソード0である追憶編を最後に持ってきたのかなと疑問に思っていました。

しかし、最後にきちんと時代劇映画をつくった、とすれば物語の流れというよりどんな映画をつくったかという視点では納得のいく完結。

白と黒の水墨画のような画づくりに、足されていく色彩にもこだわりが見えました。

 

と、ここまでがよかった点。

キャストの配役と熱演(有村架純をのぞく)、時代劇としてのアクション、映画としてのシリーズ構成。

 

ただやっぱり、るろ剣映画の思わしくないところはしっかり継承されていました。

登場人物のモチベーションがよくわからん。

特に今回、最大の敵だった闇乃武。

なに闇乃武って。

部活か?

これちゃんとした徳川の部活なんですか?

 

部長の北村一輝さんめっちゃかっこよくてさすが顔の大きい男は時代劇向き! と喜びましたが、部員の皆さんの命軽すぎません? 部長!

るろ剣映画、少年マンガっぽさの削り方が謎なんですよ。

部員たちが1人1人捨て身で剣心の五感を奪っていくの、あれでわかりますか?

なぜ部員たちは命がけで剣心と戦ったのか、それともアスレチックの事故で死んだのか。

よくわかんないけど廃部になりました。

 

そしてこれはもともと原作でもあんまり納得できてなかったんですけど、なんで巴出てきた…?

映画はさらに、なんで出てきた感増し増し。

見守ってたら剣心勝てたのにしゃしゃり出てきた結果斬られたようにしか見えず、

おまえは薫か!?

この世界の女は出しゃばってきて剣心に苦労をかけずにはいられないのか?

と、問いただしたくなりました。

 

出しゃばってきて斬られたあげく、頬に傷つけたでしょう。

あれ、女の欲だとしたら許せないんですけど。

剣心童貞卒業した翌日にその相手を殺してしまうだけでも相当トラウマなのに、自分の存在を頬に傷で残すって、どんだけトラウマ植え付ける気…?

この先の剣心の人生をなんだと思ってんの…ドン引きですわ…。

 

五感を奪われた剣心が香のにおいで巴だと気づくのもなんでなくしたんですかね。

縁居合わせてました?

惨殺現場を目撃するところ、描いてほしかったです。

縁役の荒木飛羽くん、危うげな眼差しがゾクゾクするすごくいい感じだったので、もっと見たかった。

明神弥彦役も何気に毎回いい雰囲気の役者さんが出ていて、るろ剣映画の少年役は要チェック。

 

今回も佐藤健ファンの妹と見に行ったんですが、妹は2回目鑑賞する目的があって、その取り組みがなかなかおもしろかった。

映画の上映を見ながら専用アプリを起動し、イヤホンでオーディオコメンタリーを聴きながら見るんです。

監督と佐藤健と一緒に映画を見るような。

DVD特典とかにありそうですが、アプリはダウンロードするだけですからね。

それでも複数回、映画館に足を運んで同じ映画を見る理由になる。

これは今後、他でもやるでしょうし中身も広がりそうで期待のツールです。

 

ああ、物足りない。

最後の最後にして、そんなに悪くなかったしそんなに良くもなかった。

これで終わりなのか、いや、もう全然終わっていいと思うけど。

う~~~~ん、中途半端。

 

◆これまでの感想ブログ◆

◆るろうに剣心【映画レビュー】

◆るろうに剣心 京都大火編【映画レビュー】~薫殿、足手まといでござる。

◆るろうに剣心 伝説の最期編【映画レビュー】薫よく見ろよ、剣心全然無事じゃねえぞ。

◆るろうに剣心 最終章The Final【映画レビュー】〜一番強い建物はどれだ!?建物天下一武道会

 

 

 

 

 

「ばしゃ馬さんとビッグマウス」「麦子さんと」「ヒメノア~ル」……
吉田作品はどれも好きなのだけど、完全に好きのK点越える映画が爆誕してしまった。

【BLUE ブルー】

監督/脚本/殺陣指導:吉田恵輔
キャスト
松山ケンイチ=瓜田信人、木村文乃=天野千佳、柄本時生=楢崎剛、東出昌大=小川一樹

 

作品データ

2021年製作/107分/G/日本
配給:ファントム・フィルム


〈ストーリー〉
瓜田はボクシングへの愛は人一倍だが、才能がなく負けっぱなし。
一方、瓜田がボクシングへと誘った小川はチャンピオン目前まで迫るが、脳の病気が発覚する。
2人が所属するボクシングジムへ入った“ヘタレ”の楢崎は、瓜田に見守られ少しずつボクシングに夢中になっていく。
しかし、小川がチャンピオンベルトを手にした試合を最後に、瓜田は姿を消す。
残された小川と楢崎は瓜田の面影を胸に、それぞれ次のリングに上がっていく。

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なんでも30年ものボクシング経験がある吉田監督が長年温めてきた脚本だそうで、その脚本に惚れ込み、とんでもない肉体改造を下手瓜田を演じたのが松山ケンイチさん。
納得!

ボクシングシーンはセリフやナレーション、音楽が入らない(あるシーンをのぞいては)。
主人公や主要人物(感情移入サイド)より対戦相手の顔がよく見えるのも臨場感がありました。
物語は派手なシーンや展開があるわけでもなく、淡々としているのに映像にはずっと熱がある。
映画の底のほうにずっと熱っぽさがある。
爆発するように派手な熱さじゃなくて、抑えても滲み出てきてしまうような熱。
今まで吉田監督作品でこんなふうに感じたことはなくて、心持っていかれました。

熱いボクシング映画、青春群像劇ー…なのだけど、そこに勝利の気持ちよさはない。
それどころか、友情も恋愛も、エンターテイメントとして簡単に気持ちよくさせてくるれものは何もない。

主人公・負けっぱなしのボクサー・瓜田をはじめとした3人のボクサー。
この3人のキャラクターがめちゃくちゃいい。

 



「だって瓜田さん負けてるじゃないですか」
後輩に傷をえぐられるような言葉を向けられても、瓜田は「うん、そうだね」と反論しない。
「大阪まで応援に来なくてよかったでしょ」と敗戦報告をする。
しかし、決して悔しくないわけではなく、ひとり拳を膝に打ち付ける姿を千佳が目撃する。
瓜田は後半で小川と千佳に心情を吐露するまで、本当の気持ちを話すセリフがほとんどない。
心から発するのは「バランスいいよ」「コンパクトに!」などボクシングを通して仲間に掛ける言葉だけ。
それなのに、松山ケンイチときたら無言でめちゃくちゃ語る。
表情はもちろん、動作、佇まい、もう立ってるだけでめちゃくちゃ語りかけてくる。
瓜田大好き不可避!!

映画公開前にお騒がせしてしまった東出昌大ですけど、やっぱあのでかくて抜けた感じ。
存在感が最大の演技みたいなの、東出昌大しかいないと思うんですよ。
脳の病気のせいで物忘れをしたり、ろれつが回らなかったり、怒りっぽくなってしまうけど、

強くてかっこいい小川。
東出昌大こうしたら最高なんじゃないか選手権ぶっちぎり1位。小川。
マジで人間の家が狭すぎる。東出昌大最高。
でも映画では、小川のこの先が本当心配になる展開でしたね…最後まで。
いや、東出昌大のこの先も心配ですけども……。

 



瓜田と小川、この2人の話にしなかったのが本当にいいと思うんですよ。
ゲーセンでバイトして中学生に注意して逆ギレされたのをきっかけにボクシング始めた楢崎。
エピソードやキャラクターがコミカルなうえ、情けなさや恥ずかしさをバンバン出してくれる。
こちらを笑わせながらも等身大の存在でいてくれて、それでいて家族背景がさみしいとことか、純粋にボクシングにハマっていくとことか、魅力たっぷりの人物。

これも好き不可避案件です。

我慢ならずダダ泣きしてしまったのは、小川の初の防衛戦の前座で行われた楢崎の試合。
瓜田が姿を消した後、ほんの少しボクサーらしさを増した楢崎が、瓜田が負けた最後の相手に挑みます。
この試合シーンまで、試合中のモノローグや回想は確かなかったと思います。
そこまで吉田監督こだわりの純粋でリアルな試合シーンが続くから、楢崎が瓜田を思い出す場面が鮮烈です。
瓜田の言葉を思い出し、劣勢を覆しにかかる楢崎。



瓜田自身はボクシングで結果を残すことはできなかった。
けど、「格好だけでいい」という楢崎をバカにすることなく教え、練習に付き合い、

アドバイスを送り、ボクシングを愛した瓜田の日々。
その日々が楢崎の中に生きていて、奮起の種になる。

自分がダメだったとしても、誰かの何かになっている。
それって全然ダメなんかじゃない!
ダメだけど! 

ダメじゃないんだ~~~~~!!!!!!

と、自分のダメさに救いを見出して泣いちゃいましたね。
そのあとももう1回、ラストシーンの瓜田に泣かされます。
称賛されるようなことができなくても、結果がついてこなくても、

ずっと好きでいてもいいんだよ、と明るく背中を押してくれるような瓜田の姿でした。

ボクシングのこと全然知らなくて、青コーナーが挑戦者だということも初めて知りました。
しかもそれはメインの試合で、前座は関係ないということも。
挑戦者かどうかすら関係なくても、ずっと青コーナーだった瓜田。
“負けっぱなし”の意味が変わっちゃうよ。

ほんと、めちゃくちゃいい映画です。
おすすめです!!!

 

 

 

 

 

張り切って公開翌日の舞台挨拶中継回を見に行ったのに、とんと書くのが遅くなってしまいました。

いつからなのか妹が“たけるの女”になっていました。

舞台挨拶があると知り「たける絶対見たい」と、初日に有給をとっていたにも関わらず2日連続観賞を決意。

しかし、その日は土曜。まだ幼児含む子2人連れての映画館はかなりキツイ。

そこで補助員として選ばれたのがわたしでした。

たけるの女はるろ剣の説明を熱心にしてくれました。

おい、わたしは原作全巻未だに本棚にある全作劇場観賞の連載アニメリアタイおたくだぞ?

 

舞台挨拶始まって早々4歳児が「ままうんこ」と言い出し、たけるの女肝心なところ見られず。

それほど印象に残るような話はありませんでしたが、この次の日から緊急事態宣言で東京・大阪の映画館が休業することが決まっており、最後に「僕たちは映画館でいつでも待っています」(ニュアンス)という言葉があってじ〜んとしました。

ちなみに4歳児、無事にお腹がスッキリしたあと映画を楽しみ「たちぇる、あしはやいね」と谷垣仕込みのアクションを堪能したご様子でした。

 

【るろうに剣心 最終章The Final】

監督/脚本:大友啓史
原作:和月伸宏
アクション監督:谷垣健治

キャスト
緋村剣心=佐藤健、
雪代縁=新田真剣佑、
神谷薫=武井咲、
相楽左之助=青木崇高、
四乃森蒼紫=伊勢谷友介


巻町操=土屋太鳳、
明神弥彦=大西利空、
鯨皮兵庫=阿部進之介、
乙和瓢湖=柳俊太郎、
乾天門=丞威、
八ツ目無名異=成田瑛基


 

作品データ 

2021年製作/138分/G/日本
配給:ワーナー・ブラザース映画

 

〈ストーリー〉

幕末の京都で人斬りとして名を馳せるが、殺さずの誓いをたて市井の人たちのために剣を振るう緋村剣心は、自らの手にかけた妻の弟・縁と再会する。

姉を惨殺された復讐に燃える縁は、剣心の大切な人や場所を襲うことで追い込んでいく。

 

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2012年に実写映画第1作が公開され、「京都大火編」「伝説の最期編」(ともに14年)に続くシリーズ完結編の前編。

いや、伝説の最期編の後に完結編がくるんかい。

当ブログでは無印ベタぼめ、志々雄編大ブーイングでした。

 

過去のるろ剣映画レビュー記事はこちら。

◆るろうに剣心【映画レビュー】

◆るろうに剣心 京都大火編【映画レビュー】~薫殿、足手まといでござる。

◆るろうに剣心 伝説の最期編【映画レビュー】薫よく見ろよ、剣心全然無事じゃねえぞ。

 

今回は原作でいう「人誅編」。

シリーズ最初に外印と戌亥番神使っちゃってるのでそのへんどうするかと思ったら、戌亥番神が乾天門という代打に変わって外印はなし。

志々雄編で十本刀がダイジェストでしかなかったように今回も同志たちの出番ほぼ皆無だったんですが、外印がいないことで重要なエピソードがなくなったのは改悪じゃないですかね。

鯨波役の阿部進之介さん、「クローズZEROⅡ」の川西がよくて(最近見返してた)楽しみだったのに見せ場なくて残念。

八ツ目と御庭番衆の戦いなんて、陰VS陰で語るべきいい話なのに伊勢谷友介の諸事情であっさり葬られたし…笑った。

回想で出てきた巴の婚約者・清里が最初の映画と同じ窪田正孝さんだったのはうれしかった。

 

まあ今回もよくなかったです。

 

観賞後に過去の自分のレビューを読み返しましたが、不満点はまったく同じでした。

「武井咲、高橋メアリージュンも土屋太鳳ちゃんもだいたい同系統の顔なのでもったいなかった」って言ってるのに(知らんがな)有村架純の追加投入これはもうなにごと?

よくこれだけ同じ輪郭にキョトンとした目のぷっくりした唇の女がいたもんだよ。

似てる、全員似てるんだよ!!

今作では「柵を破壊して大喜び、もはやウザイだけの左之助」がさらに役に立たないどころか全身を使って壁を破壊。

そんでこれ。

過去記事からの引用ですが「剣心がイマイチ葛藤していないこともあって、テーマが伝わってこない。残念だ。」

これなんです。

 

今作も剣心の心に何が起こり、何に葛藤し、どんな解決をしたのか、まったく描かれません。

何しろ人誅編で最大の葛藤であった薫が殺され、働きたくないでござる状態になるエピソードがまるまるないのですから。

縁がズタ袋担いで剣心のもとに現れたとき、外印がいないから自分で薫の屍人形持ってきたのかな? と思いきや

中身が刀狩りの張だったのなんのフェイント? 笑うとこ?

なので、人斬りだった過去にはそれなりに折り合いをつけて今を生きる剣心に過去を引きずった縁がやっかむ、みたいな中身のうす〜〜〜い話になっちゃった。

 

途中、忘れかけていた原作を思い出し、うっわ、これまたこの後薫さらわれんのかよ…

もはやお家芸じゃん、薫殿勘弁してほしいでござる…と

映画化するたびにさらわれる薫に苛立ちを募らせました。

 

ほとんどスタントを使わない派手派手アクションが売りの本作。確かにアクションはすごい。

すごいんだけど、すごすぎて時代劇の殺陣っぽさがなくなってしまってました。

超人VS超人! そして町がめちゃくちゃに壊れる。

京都大火も結構な被害甚大で、これは阻止したとは言えんだろう…と思いましたが今回ももう大災害。

赤べこも壊れたし、署長の家も前川道場も壊れたし、もう町が粉塵と化してる。

関東大震災って明治でしたっけ?? ばりに剣心への個人的な恨みにしては破壊対象が広すぎる。

勝負がつくより建物が壊れるほうが早い。

 

剣心と縁のバトルで庭にある洒落た小屋みたいなのが最終的に倒れるんですが、これが強い。

小屋強い。

縁はほとんどこの小屋と戦っていたといってもいい。

そこで気が付きました。

 

そうかこの映画、

どの建物が一番強いか決める話だったんだ…!!

 

縁が小屋に勝った時には声を出して笑いました。

すごい! 強かった! 小屋!!

 

あとでたけるの女に聞いたところ、「真剣佑は小屋を倒すために戦ってた」というようなエピソードがあったらしい。

やっぱり縁の本当に戦うべき相手は剣心でも呉黒星でもない。

小屋だったんだ。

 

みなさん、もう

るろうに剣心のことは忘れてください。

どの建物が強いのか、それだけ考えて見るとめちゃくちゃおもしろい映画です。

ネタバレすると小屋が一番強いです。

おすすめです!!!!!

 

剣心となぜか突然現れた宗次郎が背中を預けて共闘するシーンはとってもよかったです。

それにしても次の「最終章 The Beginning」で追憶編やって終わりって、辛気臭…いや、希望がなくないですか。

一体どんな完結を迎えるのか楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見たかったんですよ〜この映画!!
昨年11月に公開され、各所でほめにほめられていたんですが、見逃したまま。
地元の映画館で再上映されていたのでやっと観賞!

 



【佐々木、イン、マイマイン】
監督:内山拓也
脚本:内山拓也、細川岳
キャスト
石井悠二=藤原季節、佐々木=細川岳、ユキ=萩原みのり、多田=遊屋慎太郎、木村=森優作、一ノ瀬=小西桜子、苗村=河合優実、吉村=井口理、佐々木正和=鈴木卓爾、須藤=村上虹郎

作品データ
2020年製作/119分/G/日本

◆ストーリー◆
俳優を目指して上京した悠二は、芽が出ないまま20代後半にさしかかる。
別れたが同棲を続けるユキへの気持ちも曖昧にしたまま、何もかも中途半端な生活を送っていた。
高校時代の友人・多田と再会したことから、クラスのお調子者でカリスマ的存在だった佐々木の存在を思い出す。
悠二は稽古中の舞台と佐々木との思い出を重ねていくうちに、自分自身を振り返り変化を感じるようになる。
しかし、数年ぶりの着信で再会した佐々木は思い出の佐々木とは違っていた。
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青春時代に出会った印象的な人物を思い出すー。
「横道世之介」(沖田修一監督/2013年)を引き合いに出されることが多いようですが、わたしは「青の帰り道」(藤井道人監督/2018年)を思い出しました。
田舎道を2人乗り自転車で数人で駆け抜けるビジュアルが印象的だったので余計に。
高校時代の友人グループと、時間が経ってキーマンが迎える結末の基本構造がより近い。

内山拓也監督は20代で、本作が劇場長編デビュー作だそう。
主人公・悠二が30を前に焦燥感と頭を覗かせ始めた諦観の間で揺れるのが、ひりひりするほどリアルでした。
可能性と万能感でまぶしかった高校時代の見え方と、30を前にしてまだ何者にもなれていない自分への焦りとのコントラストがキワッキワで素晴らしかったです。

この映画、引き込まれる仕掛けは多々あるものの、最大の魅力は登場人物たちのリアルな佇まい。
絶対どこかにいる、探したらいる、町で見かけたら話しかけちゃいそう。
特に「ゾッキ」で目を引いた森優作さん。
うっわ、また出てる。またこのリアル感。なんなのこの人。
日本人全員、誰もがこの人に似てる知り合いいるでしょ。
いるだけでこうゆう人生歩んできましたって役ごとに醸し出してて、なんの説明もいらない、なんだあの森優作という俳優は。

 



物語は大人になった悠二と、高校時代の佐々木との日々が交互に描かれる構成。
各キャストは現在と高校時代と同じだが、風貌も明らかに大人と高校生で、非常に分かりやすい。混乱がない!スムーズ!「ゾッキ」と大違い!

佐々木という人物は、お調子者で仲間内でカリスマのような存在でありながら、一方で唯一の家族である父親が家に帰らず、不安定で寄る辺ない生活を送っていました。
孤独や諦めを抱えながら、佐々木は「俳優になれ」「好きにやれよ」と背中を押してくれたのでした。
その思い出が現在の悠二を奮い立たせます。
“佐々木、イン、悠二マイン”の佐々木です。

 



この“悠二マイン”な佐々木、抗いきれない問題の前に人生を諦めていた佐々木が、大切な友人の中に残りたかった自分だと思うと切なくてたまらない。
ふざけ、服を脱いで踊り、笑い飛ばし、かっこ悪くても気にしない。
誰かの中に残るなら「バカなやつ」。
でも、それが佐々木の望むことでもあるのが、ちょっと驚くラストシーンのアンサーに繋がると思いました。

ラストシーンの他にも、感情があふれたときの演出が素晴らしかった。
溜めて溜めて、うわあああああああ!!!!! ってなるまでがニクイ。
ラスト手前、悠二が木村の赤ちゃんを抱いて泣きむせぶところからすごい。
赤ちゃんを抱いて、赤ちゃんが泣き出してしまって、悠二も泣く。
よく奥さん赤ちゃん取り上げないなと思うほど長い。
だから悠二が泣くとこで、こっちも溜めてたものが「うわあああああああ!!!!!」ってあふれかえる。


そして喪服姿の悠二がもくもくと歩くシーン。
これ高校時代に自転車で佐々木たちと駆け抜けた道なんですが、進行方向がその時と逆なんですよ。
過去と!現在の!対比!! 悠二の決意!!
うわあああああああ!!!!!


要所、要所で鳴り響く荒いドラムの音楽!!!
ラストシーンは……
うわあああああああ!!!!!

この衝動、発露。
いつでも出せるもんじゃないんじゃないかと。
アラサーから振り返る青春時代を同世代の監督が描くからこそ出るパワー。
しかと、浴びました。

でもですね、本当に細かい仕掛けも丁寧でキマってます。
ポスタービジュアルがどのシーンかわかった時、声が漏れますよ。
冒頭のシーンもちゃんとラストに向けてのものでしたし。
バッティングセンターどっからにおわせてんだよ。
またこれ、4人がそれぞれ20代後半のありうる選択肢でそれぞれなのもいいんですよね。

ああ、ユキもです。そりゃ別れるよ、アンタ。


ユキとのやりとりも、ひとつひとつ悠二が思っていることが表情、行動、指先にまで現れてたまらんかったですね。いつまでもマフラーしてんじゃないよ悠二(涙)。
流しを片付け出すシーンが好きでした。

佐々木と同じように、わたしの中にも忘れ得ぬ人が思い出にあり、またわたしも誰かの忘れ得ぬひとりなのかもしれません。
キラキラと輝いていたり、何気なかったやりとりを思い出して元気になったり、誰かの毎日をほんの少し支えているのかもしれません。
それはとても幸せなことだなあ。
今を生きるわたしが、そのイン誰かマインのわたしと違ってたとしても。
幸せなことであるのに変わりはない。

おすすめの映画です。
あ、このひとKing Gnuの井口理に似てるなあ〜と思ったら本物でした。
短編がまた同じ映画館で上映予定なので楽しみです。

 

 

 

 

 

愛知県蒲郡市が撮影に全面協力していることもあって、わが地元・僻地でもPRや上映が盛んな本作。
よく行くミニシアターにも監督を務めた山田孝之、斎藤工、竹中直人が舞台挨拶に来たのだから驚きだ。え、マジで? あの廃墟みたいなビルに?(失礼)(お世話になってます)
ということで見てまいりました。

 



【ゾッキ】
監督:竹中直人、山田孝之、齊藤工
原作:大橋裕之
脚本:倉持裕
企画:竹中直人
プロデューサー:伊藤主税、山田孝之、川端基夫、川原伸一
音楽監督:Chara
キャスト:前島りょうこ=吉岡里帆、伊藤=鈴木福、旅人=満島真之介、若い女=柳ゆり菜、松原京子=南沙良、道場の師範代=安藤政信、定男=ピエール瀧、牧田=森優作、伴くん=九条ジョー、本田=木竜麻生、足立の女房=倖田來未、父=竹原ピストル、マサル=潤浩、幽霊のような女=松井玲奈、二十代のマサル=渡辺佑太朗、祖父=石坂浩二、藤村=松田龍平、ヤスさん=國村隼、板垣李光人

 

2020年 113分 日本

◆ストーリー◆
海辺の田舎町に暮らすのは、離婚して実家に戻ったりょうこ、ママチャリであてのない旅に出る藤村、藤村の住むボロアパートの隣にはレンタルビデオ屋でアルバイトをする青年ー…。
それぞれ胸に小さな秘密を抱え、ときどき過去を思い出す。
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本作最大の注目ポイントは、竹中直人、山田孝之、斎藤工という役者3人がメガホンをとっていること。
3人の人脈を駆使して集まったキャスト陣も豪華な顔ぶれです。
失礼ながら「コロナで時間あったから実現したのかな〜」と思い、あとから調べたらコロナ禍直前にクランクアップ。
と、思うと、これだけのキャストが出てくるのは改めてすごい。

監督3人とあって、オムニバス形式かと思えばもう少し複雑。
いくつかの短編がぼんやりと重なり、また現れる複雑な構成でした。
ある町を舞台に、それぞれのストーリーで主人公となる人たちがそれぞれに暮らしている。
そのエピソードと暮らしぶりに派手な展開はなく、はっきりとした起承転結はないと言っていいかと。
ぼんやり混ざりあった感じをたぶん目指していたのだろうし、そこはすごく成功してると思いました。
8割行間、みたいな、並べたとこまでが映画、みたいな、とりあえず涙と感動はないです。

原作は漫画家の大橋裕之さんの同名短編集とのこと。
「超能力研究部の3人」の人だそうで、なるほど! あの変な感じは大橋裕之さんの持ち味なのかと納得。
この「超能力研究部の3人」は乃木坂46の秋元真夏、生田絵梨花、橋本奈々未が主演した山下敦弘監督の作品なんですが、
フェイクドキュメンタリーになっていてめちゃくちゃおもしろい。
残念ながら円盤化されてなくてメイキング映像しか世に残ってないんですよね。

そんな大橋風味をなんとなく理解したところで「ゾッキ」に戻ります。
キャスト陣が豪華、と何度も言いますが、これ演技最高なんですよ。
演技というと違うなあ、佇まいが良すぎる。
特に松田龍平。
ママチャリを漕ぐ松田龍平、最高にいい。
完全にオッサンの松田龍平が、カコーカコーと漕ぐママチャリのペダルの音が最高にいい。
え、松田龍平、ママチャリ漕ぐの異様に上手じゃない?
演出もあって、藤村(松田龍平)は過去に自転車競技で名を馳せた男なのではないかとドキドキしてたらなんもなかったです。

そうゆう映画です。なんかあるのかと思ったらなんもない。
松田龍平を主人公とした話は山田孝之監督パートだそう。
この2人の関係だから出せた独特の空気感があるんでしょう。と何かで読みました。

 



ぼんやりと折り重なる各エピソードの中で、異彩を放つのが九条ジョー演じる判くんとその友人牧田(森優作)の物語。
判くんが牧田がでっちあげた架空の姉に真剣に恋をするという話なのだが、判くんがとにかく変。
変通り越して怖い。んだけど、これはこれで愛着を持ってしまうというか…。
本作全体にそうなのですが、各エピソードだけでなく時間軸の切り替えがよくわからない。
過去の話になったとき、誰の過去の話だかわかりづらい。
藤村の過去の話なんて完全に別のパートの話だと思ってました。
これキャスト陣がみんなボリュームあるから余計わかりづらいんだと思います。
そういった、わからんなあ〜が続く中でこの「判くん」が一番わかりやすかった。

ここは斎藤工監督パート。
監督としてどんなんなのかなっていうのは、斎藤工が一番興味ありました。すごい映画ヲタクだし変態だし。
インタビューを読むと、カット割をひたすらやっていたそうで、確かに印象的なカットいくつもありました。
過去で印象的な出来事があった場面と同じカメラ位置から現在軸を撮ったカットが、2人の間に流れた時間と変化を感じさせました。
光や水を使ったメリハリのある映像も美しい。カーテンの中のカットきらめきがまぶしくて好きでした。

映像づくりに一番こだわりが感じられたのは斎藤工監督パートでしたし、どんなものを美しいと思うのか伝わってきました。

斎藤工監督作は次も見る候補だなと思いました。

 



竹中直人監督パートはね、もうすぐどこだか分かりましたよ。
そしてヤダ味がすごい。そう、開始早々牛乳を噴き出したところですね。
なにあれ…あんなことで牛乳噴き出す? ていうか、牛乳噴き出す?
竹中直人がやりたいことを実現したであろう演出が繰り出されるたびに、うわあ、これ絶対竹中直人〜〜ぞわ〜〜となりました。

なんなの、あの冒頭のダサいカット割。こっちが牛乳噴き出すわ。

竹中直人だけじゃないけど、下ネタがいちいちしょうもないのもヤダ味を募らせました。
エロ本を拾うとか、おならが止まらないと言って女子をからかうとか、メモに「まんこ」って書くのとか…。
それ、それじゃなくてもよくない…? どこに厚みを持たせたそれ…
下ネタ嫌いじゃない、むしろ好きですけど、本作はしょうもないの下ネタで喜んでる感じがあんまり好きじゃなかったです。

ぼんやりと折り重なる感じがいい、のはわかるけどちょっとぼんやりしすぎじゃないでしょうか。
もうちょっと整理つけて、各エピソードの落としどころ、深みがあってもぼんやりの良さは失われないのでは。
エンドロールの読後感としてぼんやりさせてほしかった。
え、それなに? どうゆうこと? さっきのどうなったの? 今の誰!? で、疲れました。

ともあれ、役者さんの撮った映画が新鮮だったこと、エンドロールで各エピソードの監督が分かるのと、豪華キャスト陣で気づけなかった人に「あれが!?」となるのは楽しい。特に倖田來未。

ピエール瀧の復帰第一仕事がこれかと思うと、使われ方がおもしろすぎます。


まあ、映画たくさん見る人以外にはおすすめしないかな。

 

 

 

 

 

 

この映画が公開されてからというもの、劇場へ行っては間違いなく被弾してくるフォロワーたち。
どうしたんだそのダメージは!! 一体何があったんだ!!
いろんな人に見てこいと言われたので見てきました。



【花束みたいな恋をした】
監督:土井裕泰


脚本:坂元裕二


音楽:大友良英

キャスト
山音麦=菅田将暉、八谷絹=有村架純 他


作品データ
2021年 日本 124分



〈ストーリー〉

大学生の麦と絹は終電を逃したことで出会い、同じ好きな音楽や映画で意気投合。
惹かれ合い、恋人となる。卒業後、フリーターをしながら同棲生活を送る2人だったが、就職を機に少しずつすれ違っていく。
普通のカップルの出会いから別れを描く。
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「東京ラブストーリー」をはじめ、「Woman」「最高の離婚」「問題のあるレストラン」「カルテット」など、連ドラの名手・坂元裕二さんが脚本。
監督は土井裕泰さん。こちらもドラマ出身の監督で代表作だと「愛していると言ってくれ」「ビューティフルライフ」「逃げるは恥だが役に立つ」などなど。映画も「いま、会いにゆきます」とか「涙そうそう」とか。
「カルテット」が土井&坂元コンビのドラマだったりします(途中までしか見てないけど)。
このコンビで長編映画。これは期待しかないわけで、見る前から「あ、死ぬな?」って感じします。

ご多分に漏れず、わたくしもドカンと被弾してまいりました。
前半は当事者性の話、後半は映像演出の話をしよかな。

物語は調布を中心とした京王線沿線。

私も長いこと沿線に住んでいたので、映し出される風景を懐かしいなあ、なんて見てました。
2人が同棲に選んだのは、多摩川が一望できる部屋。
駅からは徒歩30分だけど、それすらも2人にはいとおしい時間。
近くには夫婦でやってる小さなパン屋さんがあって、焼きそばパンがおいしいの。

ん…?

待って。
完全に見たことある、その景色。


確かに調布駅から歩くと30分だけど、京王多摩川駅なら10分しな…住んでた。
わたしそこ住んでた。
大学出てから当時の彼と住んでたマンションから徒歩数分ンンン!! ここ!!

そう、あった、あったわ、パン屋。
確かに調布駅から歩いてくるとあるわ、フランダースというパン屋が。

 


観賞後、ストリートビューで探したところ速攻で麦と絹のマンション(アパート?)を見つけました。

 


やってること同じすぎかよ…こわ。
X年前、近所のマンションの一室でまったく同じ言い合いをしたわ。

 



完全にただの私の話なんですけど、当時付き合っていた彼は出会った時はグラフィックデザインやってたんですよ。
麦でしょ?
んで、デザイン業に限界感じて広告代理店に転職して営業としてバリバリ働き出すんですよ。
麦じゃん。そして絹の親じゃん。
一方、私は美大で映画作ってて、制作会社にもちょこっとお世話になっててサブカルまみれ。
んでいろいろあって、麦や絹のように全然関係ない一般企業に就職。
まだ並行してテレビ局に出入りしてて、麦のように最初は二足のわらじで頑張ろうと思ってたんですよ。

でも無理なんだって、ちゃんと働こうとしたら二足のわらじとか無理なんだって。
だよね!!!麦くん!!!
創作表現でうまくいかなかったことって、営業成績と労働時間とお給料って分かりやすいものさしで案外癒やされちゃう。
何枚描いても、出来がよくても、小銭になってくイラスト描き続けるより、残業代もらったほうが癒やされる一面ある。
でも何か柔らかい部分は殺していかなきゃいけないから、パスドラしかできなくなるんだよね!!!
そしてその価値観がインストールされた人は「やりたいことをやる」に対してとても厳しいんだって!!
だよね!!!絹ちゃん!!!
覚えがある、覚えがありすぎるぞ。

麦であり絹であり、おれだ〜〜〜!!!

これは完全に私の話…!! 
って、共感するポイントは違えど、学生から社会人になっていく期間や恋愛が恋愛のままじゃいられなくなっていく過程には誰しも思い出す過去があるのでは。
見た人が当事者になっちゃうのがこの映画のすごいとこです。

この映画の構造として、別れの原因はこれでしたというのがはっきり描かれない。
ウマイね、ニクイね、坂元脚本。
すでに当事者として取り込まれている観賞者は自分か親しい友人のことのように考えてしまう。
だから、観賞後の感想で結構、別れなくてもよかった派と別れるしかない派が話しているのをよく見かけました。
私も「そりゃあそうなるしかないんだって」とか言ってました。
「そんなはっきり原因あったら別れないんだって、4年も同棲してたら…」
これね、映画の感想話してるように見えて、自分の恋愛経験を話していて怖いんですよね。
すでにさっきぶちまけたし…。

映像演出にもニクイところがたくさんあって、麦と絹の画面の中での位置関係が計算されていて素晴らしい。
絹が転職を切り出すシーンの床に座る絹と、椅子に座る麦。
絹は麦に養われているわけでもない、養われていたとしても、自分のことを下でに出てお願いする関係ではなかったはず。
労働環境によって2人の意識が変わり、2人の関係にも変化が見えたシーンでした。

最高に脳天ゆさぶられたのはラストのファミレス。
別れを心に決めていた2人が話し合うシーンですが、最初は右に麦、左に絹の位置関係にカメラがあります。
しかし、麦が結婚を切り出すタイミングで逆側(画面に左に麦がくる)からパン!とアップになるのです。
イマジナリーラインを超えています。
イマジナリーラインというのは、空間にいる人物を結ぶ線のこと。
位置関係が混乱するため、通常イマジナリーラインを超えないように撮るのが基本です。

もちろん問題のシーンも、禁じ手的にイマジナリーラインを超えるのではなく、ものすご〜〜く丁寧に前2カットくらい使って麦のアップのカットまでいきました。
丁寧にバレないようにカットを割って、イマジナリーラインを超えるのを気づかせずにバン!と超える違和感のショット。
何を言い出してんだ麦!!! 違う!!! そうじゃない!!!
と、なるのに効果的すぎます。

さらにその奥の空間に、出会った頃を彷彿とさせるカップルを配置。
2人がそのカップルを見る方向が“過去”だとするなら、最初にカメラがあった位置が“現在”もしくは“未来”となります。
〈未来〉           〈過去〉
最初のカメラ位置→麦と絹の位置→若いカップルの位置
と、それぞれの位置が時間を象徴しているのであれば、イマジナリーラインを超えた麦のカットは、時間の流れに逆行しています。
時間は抗いきれない、どうしようもなく流れていくもの。
麦のプロポーズがかなわないことが強調される素晴らしい演出でした。
もしかして違ったら申し訳ありませんが、絹をとらえるカメラ位置は基本、未来位置(仮説)からだった印象です。
これが余計に2人の距離が、もういかんともしがたいと煽り散らかしていました。
素晴らしい…。

 



清原果耶ちゃん天才的にかわいかったですね。

言うまでもありませんが、大友良英さんの音楽ブラボー。

 

まだまだヒットを続ける本作。
これほど無意識に自分の話をさせられてしまう映画はまれです。
だから感想を話したくなり、見に行く人が増えるのでしょう。
しかしながら老婆心。
現在進行中の未婚カップルは一緒に見に行くことをおすすめしません。
「ブルー・バレンタイン」よりおすすめしません。
とってもおすすめの映画です!