2026年6月のテーマ

「紫式部関連本」

 

第三回は、

「紫式部は今日も憂鬱 令和言葉で読む『紫式部日記』」

堀越英美/紫式部 作、山本淳子 監修

株式会社 扶桑社 2023年発行

 

 

です。

 

古典の「紫式部日記」を口語訳した本です。

令和言葉…つまり今どきの言葉で口語訳してあるので読みやすいです。

 

前回の記事では「紫式部日記」のコミカライズ本をおすすめしましたが、そちらは内容をざっとまとめて作者の解釈入りで漫画仕立てにしてあるので、もともとの「紫式部日記」には書いてあるけれど漫画には描いていない部分というのも結構あるということが、この本を読めばわかります。

 

 

というのも、私は前回の本と今回の本を二冊同時に図書館で借りて、まさしく記事で書いている順に読んだのです。

 

「紫式部は今日も憂鬱」では前書きで紫式部の人物像や「紫式部日記」という書物についてざっと説明がされているのですが、それによると中宮彰子がお産で宿下がり(宮中は血の穢れを嫌うので実家に里帰りして出産する)することになり、彰子の父・道長からお産の記録を付けるように言われたことから「紫式部日記」を書き始めた…とありました。

それで納得。

「新編 人生はあはれなり…紫式部日記」で描かれていた古典「紫式部日記」の内容は、前半が彰子のお産~皇子誕生後の祝賀行事の数々の有様をかなり細かく描写するもので、後半が宮中行事や女房づとめの暮らしぶりについて(気の合う同僚、そうでない同僚とのこもごも)や自分の失敗談に自己嫌悪の気持ちなど…と、全体としてみればとりとめがないわりに前半の皇子誕生のお祝いのくだりがすごくたくさん書いてある感じでした。

 

口語訳本の「紫式部は今日も憂鬱」でもその配分はほとんど一緒で、彰子のお産の記録のために書き始めたものが途中から自分の日記になっていったようだと想像できます。

 

前回の本との違いは、文章で読むと漫画で描いてあるのとは違ってディテールがかなり細かく説明されているので、行事の細かなところまでわかるというところです。

例えば、皇子誕生から三日目や五日目に祝いの宴が催されたときの記述では、普段はお食事を運ぶのは采女(うねめ)という下働きの女官だが、見栄えのいい若い女房が担当することになり、前髪を上げたヘアスタイルをさせられたことや、これでは顔がはっきり見えてしまうと彼女たちが嘆いていたというようなこと。

盛大な祝宴の行事におしゃれをしている同僚女房達の衣や裳裾のデザインの描写もこまごまと書かれています。

 

女性の衣装の図解やお産の場となった土御門邸の平面図などのほか、場面ごとにイラストがたくさん入っていて、文章に書かれている描写をイメージするのを助けてくれます。

また、当時には常識とされていていちいち本文に書いていないこと(物の名前、行事の名前など。男性は特に名前ではなく役職名で書かれている人がたくさんいます)もたくさんありますが、解説がちゃんと入っているので何言ってるのかわからないということはないです。

 

令和言葉ということでとてもくだけた文章になっているので、気軽に読めるところがいいし、後半の女房勤めのあれこれだけでなく、前半の出産や産後の行事の描写においても紫式部の感想がたくさん入っているのが面白いです。

誰々の衣装がかわいい、酔っぱらった公卿の振る舞いが見苦しい、苦手な同僚と同じ牛車に乗り合わせることになり気が沈んだ…等々、ちょっとした気持ちを読めると紫式部という人物のことが見えてくるようです。

文章に人柄が出るとはよく聞きますが、「紫式部日記」の文章(口語訳だけど)を読むと紫式部ってネガティブ思考強めな人だったんだなあ…って自分で実感できます。

 

"内容を大まかにざっくり解説!"みたいな文章はとても便利だけど、書き手(原典の内容をざっくりまとめてくれた人)の考えが反映されているということを忘れてはいけないと思います。自分の考えではなくどっかの誰かの考えを借りているということを意識せずに信じ込むのはちょっと良くないんじゃないかと思うのです。

一方で、書き手の解釈を知るのが面白いですし、概要をとらえるのにはすごくいい。他の書き手のものと読み比べもしやすいのでそこがいいなと思います。

 

「紫式部は今日も憂鬱」でも、口語訳をした作者が原文から感じ取ったものが文章に含まれていることはもちろんありますが、紫式部本人の文章を訳しているのだから、元々の文章の持つ雰囲気も伝わってくると思います。

つまり、ある程度は元々の文章の雰囲気をダイレクトに受け取ることもできてるんじゃないかなー…と。

 

そういう意味で、前回におすすめした本とは別の、読んでみる価値がある本だと思います。

可愛らしいイラストも入っていますし、装丁もちょっと漫画っぽくて手に取りやすいです。

おすすめいたします。(*^▽^*)

2026年6月のテーマ

「紫式部関連本」

 

第二回は、

「新編 人生はあはれなり…紫式部日記」

小迎裕美子/紫式部 作、赤間恵都子 監修

株式会社KADOKAWA 2023年発行

 

 

です。

 

2015年に刊行された「人生あはれなり…紫式部日記」に加筆修正を加えた新版だそうです。

 

2015年版はこちら。

私は2015年版を読まずに新編の方で読んだので、加筆修正部分がどこかはわかりません。

 

2024年に大河ドラマの主人公が紫式部だった頃に、この本はテレビで紹介されていました。

紫式部の著作として残っている「紫式部日記」の内容を作者の解釈も加えつつギュッと凝縮してコミカライズ仕立てにされています。コミカライズ作品なのでとても読みやすくて内容もわかりやすかったです。

 

「紫式部日記」の内容といえば、当時の女性文筆家三人(赤染衛門・清少納言・和泉式部)を批評した部分が有名で、清少納言を酷評していることから二人は仲が悪かったといわれていることくらいしか私は知りませんでした。

でもそんな話は書かれていることのごくごく一部にすぎません。

この作品は「紫式部日記」に書かれている様々な事柄から、紫式部の人柄や女房仕えの生活について知ることができるようになっていました。

漫画には、実際に「紫式部日記」に書かれていること以外に清少納言と紫式部の生育環境の違いや清少納言が仕えた定子のサロンと紫式部が仕えた彰子のサロンの雰囲気の違いなども解説してあって、二人の性格の違いについてもイメージがつかみやすかったりしました。

 

現代の会社勤めの女性が職場での悩みを書き綴るみたいな雰囲気で、平安時代の職業婦人・紫式部の日記がアレンジされているといえばいいでしょうか。

例えば仲良しの女房仲間・小少将の君と、二人の房(女房のための部屋を仕切って作られているプライベート空間)の間の仕切りを取り払って二人で一部屋にして使っていたら雇い主の彰子の父・道長が覗いてきて、「二人で一部屋なんてお互いに知らされていない恋人が訪ねてきたら不便だろう」なんてセクハラ発言をしてきたけど「私たちはお互いに隠してることはないので…」と返答した…という話。この本では、本心では「変な奴が気軽に入ってこれないようにけん制になって願ったりかなったりだわ。」みたいな解釈になっていて、立場が上の人(上司)からのセクハラ発言をかわすエピソードになっています。

こういった現代風の解釈が平安時代の出来事を身近に感じられて興味をそそられる要因かなと思います。

 

作者の作品は、「紫式部日記」だけではなくて、実は第一作目が「枕草子」で清少納言のことを書いていらっしゃいます。

そして、さっき調べたら第三弾なのかな?「更級日記」菅原孝標の女(むすめ)のことも書いていらっしゃるようです。

 

 

 

よ、読みたい!

 

古典にあんまり興味なかったな…という方にも気軽に読んでいただけると思いますし、そこから平安時代の日記や物語へと興味が広がっていくきっかけにもなるかと思います。おすすめいたします。(*^▽^*)

2026年6月のテーマ

「紫式部関連本」

 

第一回は、

「源氏物語はいかに創られたか 

 伏流する紫式部のヒューマニズムを読み解く」

柴井博四郎 作

信濃毎日新聞社 2024年発行

 

 

です。

 

本の佇まいに惹かれてパラ読みしてみれば、目次には"「死んでお詫びをするか、仏の声を聞くか」の物語"とか"エラスムスの自然科学的ヒューマニズム"などの章立てが並んでいました。

今まで目にしたことがある「源氏物語」について書かれた本たちとはアプローチが全然違う気がして読んでみたという流れです。

 

ちょっと学術書っぽいというか、論文みたいな感じだなー(偏見)と思っていたら、著者の柴井博四郎さんは、バイオテクノロジーの研究者で研究所の所長や大学教授などのお仕事をされていた方でした。

著作もこの本以外では生物学関連のものばかり。

文学ではなくて生物が専門の学者である著者がなぜ「源氏物語」について書こうと思ったのか興味がありました。

 

「源氏物語」は日本最古の長編小説ともいわれ、平安時代の王朝文学の傑作…なので、大勢の研究者の方々が様々な角度から研究されている作品だと思っていますが、なぜだか女性研究者が多い印象です。(あくまで一般向けに研究に関する著作を出されている方に限っての印象です。本屋さんや図書館の書棚の著者名を見ての話。)

内容的にはロマンス小説といえますし、光源氏が主人公とはいえ登場人物の大半は女性で、恋愛のお話。

その物語の中から当時の貴族階級の恋愛事情だったり、宮廷生活だったり、何を良しとして何を良しとしないのか…当時の価値観が浮かび上がってきたりして興味深い。

 

ただ、「源氏物語はいかに創られたか」に関していうと、平安時代の慣習や時代背景みたいなものは最小限考慮するという程度で、作者は常に登場人物たちの行動を注視し、紫式部はどのような意図でそうさせたのかという分析を試みているように感じます。

乱暴な言い方をすれば、光源氏は自らの恋愛で周囲の人たちを苦しめるような行動をいくつもとっているどうしようもない人物だということを彼の行動から説明して、オブラートに包んではいるものの紫式部もそれは意識して書いていたのでは?という視点で「源氏物語」を読み解いているのです。

 

この本を読むと…

 

・平安時代の男女の恋愛は男性に主導権があって、結婚の形態も通い婚という緩やかなもの。

・女性は待っているだけで男性が通ってこなくなれば恋愛関係がなくなったも同然。

・女性の立場の弱さ、男性によって振り回される様が「源氏物語」にはこれでもかと書かれている。

 

…のに、男性主人公目線で書かれていることや、その主人公がどんな女性でも魅力的に感じてしまうほどの美貌の持ち主で身分も高い貴公子であるということで"光源氏の行いを批判的に書いているわけではない"と煙幕を張ってあるようにも感じられるのです。

 

作者は紫式部が平安時代に当時の女性の社会的立場や差別的な扱いに怒りを感じていたのではないかと分析し、ヒューマニズムについて考察を巡らせてゆきます。

 

私はこれまで、古典文学などはその時代の慣例や価値観というものがあった中で書かれているので、内容や言葉遣いなどで現代では不適切だと思うところがあるのは価値観の違いで仕方ない部分もあるし、その作品が生き残って名作とされているにはそれ相応の理由があるので何でもかんでも現代の正論でぶった切ってそれを根拠に批判するのはよろしくない、作品が真に伝えようとしている大事なことを読み取ることが大事だと考えていました。

書かれた時代の社会の中での問題や人々の思いを理解するには、当時の倫理観や社会の価値観をいったん受け入れることが必要だと思っていたからです。

 

今もその考えは基本としてありますが、この「源氏物語はいかに創られたか」を読んだことで少し考えが変わりました。柴井先生の考えるとおり、紫式部は貴族社会の男性優位性に内心では怒りを感じていたかもしれない。その場合、当時の社会で批判を浴びないよう細心の注意を払って物語の中に自分の本音を忍ばせたのかもしれません。そうであれば、隠されたことこそが作者が伝えたかったことであり、読み取るべきことでしょう。そしてそのためには現代のヒューマニズムの考え方でみることが必要…。

 

古典文学でも、作者が当時の社会的価値観に違和感を持っている人物だった…というのは十分ありうることだと思います。その時代において、新しい考え、人とは違う何かを持っていたからこそ、作品が輝いたのかもしれない。

そういう視点が今までの私にはありませんでした。

できれば、現代作品でも古典作品でも作者の意図に気付ける読み手になりたいものです。

 

もう一つ、この本を読んでいて気になったことを書いておきたいと思います。

それは、「源氏物語」に登場する男性たちの行いを批判的な目で検証している作者が男性だということです。

恋愛においてあたりまえのように女性の尊厳を踏みにじる行動をとる男性を批判し、女性の悲しみや苦悩に心を寄せてくれている作者が、同じ悲しみが分かるはずの女性ではないのです。

ジェンダーの話にするのはどうかと思いますが、男性の良くない行いを同じ男性が批判するのって、できる人はそれほど多くない気がします。男性からすれば良くないと気づいていなかったりするし、なぜ良くないのかも腑に落ちないかもしれません。メタな視点が必要なのかも。(女性についても同じことが言えると思います。同性批判それ自体が叩かれることもある気がする。)

「源氏物語」の研究関連本を私がそれほど読んでいないからかもしれませんが、ここまで手厳しい光源氏批判が書かれているものは今のところ記憶にありません。(強いて言うなら、川原泉さんの漫画「笑うミカエル」で主人公三人が提出していた「源氏物語」のレポートが光源氏批判のオンパレードだったくらいかな。)

そのため、この本のアプローチにガツンと衝撃を食らったわけなのでした。

「源氏物語」に詳しい方、紫式部に興味がある方だけでなく、女性差別やヒューマニズムについて考えてみたい方にも読んでいただきたいです。おすすめいたします。(*^▽^*)

 

 

五月の閑話休題です。

 

2026年5月のテーマ

「シャーロック・ホームズ関連本」

 

でおすすめしてまいりました。

 

今月挙げたホームズ物のパスティーシュは三冊ですけれど、シャーロック・ホームズのパスティーシュは世にたくさんあると思います。それらの中でたまたま私の目に留まって読んだ中から記事になった本がくだんの三冊というだけで、「もっと面白いホームズ物あるよ!」と思われた方もいらっしゃるでしょう。

今はホームズ関連の本がマイブームではなくなったので一旦離れますが、またそのうちブームが来るだろうなー…そして読む作品を見つけるのはたやすいだろうなー…と予感しております。

でも…もうちょっとポアロマープルのパスティーシュもあったっていいのに…(と、いつもの愚痴です。)。

 

えー、ポアロのパスティーシュについて考えていたからというわけではないのですが…タイトルの話とまいりましょう。

「ドラマ『カササギ殺人事件』を観た話」です。

これとポアロと何の関係があるんだとお思いの方もいらっしゃると思いますが、おいおいわかってくると思いますのでしばしお待ちあれ。

まず、「カササギ殺人事件」というアンソニー・ホロヴィッツ作のミステリー小説がありまして、本屋さんの海外ミステリーの棚に行きますと出版から数年経った今でもよく平積みしてあるベストセラー作品なのです。

前々から気になってはいたのですが、その時読んでいる本が海外ミステリーというジャンルから離れていたりとタイミングが合わず、読んだことがありませんでした。

ところが、つい最近夫が配信でドラマになっているものをみつけて観ようと言い出しまして、前知識ゼロでドラマ版を観ることになりました。

 

お話のあらすじは、敏腕編集者スーザンが担当するベストセラー探偵小説"アティカス・ピュント"シリーズ最新作の原稿が出版社に送られてきたものの、肝心の最終章がない!そのうえ作者が亡くなってしまい、ミステリーの結末は闇の中…。これでは本が出せない!ということでスーザンは最終章を探します。その過程で誰かが最終章を抜き取ったのでは…?と疑いを持ち始め、ミステリーは小説の中だけでなく現実世界の作家死亡事故にまで及んでいくのでした。

 

始まってすぐに、オープニングの雰囲気がなんとなくポアロっぽい(デビット・スーシェ主演のポアロのドラマのオープニングのエッセンスを感じる)ということで夫と意見が一致。

さらに、小説世界の名探偵アティカス・ピュントがなんかポアロっぽい。

キャラクターとしては全然似ていないんだけど、イギリスの小さな村を舞台にしたミステリーに登場する外国人探偵。小説のお話も時代設定もなんかクリスティーっぽい。たぶん意識してそうしてるんだろうなーと思いました。

決定的だったのが、最終章が見つからなかった場合の対策として、別の作家に最終章を書いてもらおうという話が持ち上がった時に、候補として挙がった作家の名前がソフィー・ハナさん!

以前にブログでも紹介したクリスティー財団公認のポアロ物のパスティーシュを書いてらっしゃる作家さんです。(もちろんご自身もミステリー作家です。)

こりゃ確信犯だな、と思いましたね。

クリスティーへのオマージュがここかしこにちりばめられているのを感じました。

 

 

 

また、ドラマの進行が、現実世界のミステリーと小説の中のミステリーが交互に語られる形になっていて、二つの謎は全く別物なんだけど、なんとなく繋がっているような不思議な感じでした。スーザンは時々アティカス・ピュントと対話しているし…。

 

ドラマの演出を除いてみてもミステリーとしてよくできていて、文句なしに面白かったです。

ここで気になるのが、実際の小説の中でもクリスティーへのオマージュがちりばめられているのだろうか?という点です。

というわけで、すぐにではないですがぜひとも小説の方を読んでみなくては。この作品の読書リストでの優先順位がぐんと上がりました。

 

最後にもう一つ。本屋さんで平積みされているのを観た時から、アンソニー・ホロヴィッツってどっかで見たか聞いたかして知ってる名前なんだよなー…たぶんテレビ関係で…。と思い、この度調べてみたら、脚本家の方で、「刑事フォイル」「名探偵ポワロ」も担当されていた方でした。がっつり観てたドラマやった…。

 

というわけで、期せずしてポアロ関連?クリスティー関連?のエッセンスを摂取できた!というお話でした。

 

さて、来月のテーマにまいりましょう。

 

2026年6月のテーマ

「紫式部関連本」

 

でおすすめしてまいりたいと思います。

なんでシャーロックホームズから紫式部なのか…。

自分でもよくわかりませんが、興味の赴くままに本を借りていたら、ホームズの次は紫式部関連の本をまとめて見つけてしまい、収拾がつかなくなりまして…。

ご興味ありましたら覗いていただけると嬉しいです。(*^▽^*)

 

 

 

2026年5月のテーマ

「シャーロック・ホームズ関連本」

 

第三回は、

「シャーロック・ホームズの凱旋」

森見登美彦 作

中央公論新社 2024年発行

 

 

です。

 

作者の森見登美彦さんのことは本屋さんなどで名前を目にして知っている程度で、これまでに作品を読んだことは一度もありませんでした。「有頂天家族」とか「ペンギン・ハイウェイ」など映像化された作品のCMを観たことはありますが、こちらもきちんと観たことがなく、どういう作品を書かれる作家さんなのか全く知らないで手に取った一作目が「シャーロック・ホームズの凱旋」でした。作者についてはなにも語れませんが、まずはあらすじを。

 

ヴィクトリア朝京都、寺町通221Bに探偵事務所をかまえるシャーロック・ホームズは洛中洛外に名をはせた名探偵。ワトソンが書いたホームズ譚は雑誌"ストランド・マガジン"に掲載され、ホームズのもとには依頼人が殺到しています。

ところが、ホームズがスランプに陥り事件の捜査もままならない状態に…。

結婚して診療所を開いているワトソンは何とか友人に立ち直ってもらいたいと願うのですが、なかなかそううまくはいきません。ホームズの大スランプは周囲の人たちにも影響を及ぼしていくのですが…。

 

私がこの本を初めて見たのは、出版直後に本屋さんで。

以前記事に書いた、

「辮髪(べんぱつ)のシャーロック・ホームズ 

 神探福邇(しんたんフーアル)の事件簿」

を読んだ後でまだ記憶も新しい頃のことでした。

 

 

ちょうど原典のホームズと同時代の香港を舞台に、香港版シャーロック・ホームズを描いたパスティーシュを読んだ印象が強烈に残っていたので、同じような京都版ホームズ物なんだろうなーと思いこんでしまったのですが、これが全然違いました。

 

まず、"ヴィクトリア朝京都"とあるように、ただ同時代の日本の京都というだけでなく、ヴィクトリア女王が統べる日本(京都)が舞台なんです。

地理的には19世紀末の京都だけど、登場する人物たちはホームズやワトソンだけでなくみんなイギリス人。

原典に登場するキャラクターたちが目白押し。

ホームズもワトソンもレストレード警部も…みんなどこか原典とは違う。

スランプに陥ったホームズは癇癪をおこしたりくよくよしたり、レストレード警部はちょっと調子がいい感じがするし、モリアーティ教授アイリーン・アドラーメアリ・モースタンたちも原典とは違う背景・性格を持っています。

原典とは違うキャラクターづけをしたホームズ譚の登場人物たちを動かして、独自の物語が進んでいくわけですが、原典のホームズ譚の事件へも言及があって、それも内容が近かったり違っていたり…。

ホームズ物に関しては、原典との違いを楽しんで読めると自負していた私も、読めば読むほど「?」となってしまい、途中から原典と比較することをやめてこの物語に身を任せることにしました。

そもそも比較してはいけなかったのです。

 

ホームズ物なんだからミステリーには違いないんですが、怪しげな占い師が登場したり、解明されていない旧家の伝説が絡んできたりとオカルト?SF?ファンタジー?なテイストにも翻弄されて、「これが最後にはどうすっきり解決するんかな?」と"予測できない"面白さを味わうことができました。

 

今月おすすめした作品の中では断トツに原典からはかけ離れた作品になっていますが、"ホームズ物の登場人物を使った独自のミステリー"かと思いきや、それだけでもないという…。

個人的にはファンタジーだと解釈しています。(架空の世界・ヴィクトリア朝京都なわけですし。)

あと、ホームズ物に詳しくなくても楽しめる作品だと思います。

 

それから、記事を書くために検索して今知ったんですが、この作品は

"2025年 第47回日本シャーロック・ホームズ大賞"受賞作品なんですって。

 

シャーロキアンの方たちにも支持されているってことでしょうかね。いや、賞の選定者がシャーロキアンかどうかは知りませんが…。アメリカのアガサ賞はコージーミステリーを対象としていますし、日本のアガサ・クリスティー賞はクリスティーの系譜を受け継ぐミステリー作品の新人作家発掘を目的としているそうな。

 

読書家の方であれば、"先の予測ができない"面白さを味わえる本は意外と少ないという感覚があるんじゃないかと思います。(経験値が高い人ほど結末を予想する能力が発達していると思います。)

そういう方にこそ、読んでいただきたい作品です。おすすめいたします。(*^▽^*)