2026年1月のテーマ

「『しゃばけ』まつり」

 

第二回は、

「えどさがし」(しゃばけ外伝)

畠中恵 作、

新潮文庫、2014年発行

 

 

です。

 

「しゃばけ」シリーズ初の外伝で、文庫オリジナルです。

外伝なので、若だんな以外のキャラクターが主人公のお話が5編入っています。

 

・佐助が長崎屋に来る前の話

・利根川に住む河童の大親分禰々子(ねねこ)の話

・妖封じで有名な高僧・寛朝(かんちょう)の話

・岡っ引き・日限り(ひぎり)の親分のおかみさんの話

・明治時代が舞台の仁吉のお話

 

「しゃばけ」シリーズは基本的に短編集なんですが、第八弾の「ころころろ」あたりから、短編が積み重なって一冊で大きな一つのまとまりという構成になっていることが多いです。

シリーズのほかの作品でも若だんな以外が主人公のお話はありますが、若だんなが主人公のお話がないというのは「えどさがし」が初めてです。

 

で、なんでこの外伝がおすすめなのかという話ですが、タイトルになっている短編「えどさがし」が、ファンにとってはすごく気になる一作だと思うからです。

「えどさがし」は、明治時代が舞台のお話で、仁吉(京橋と名乗っています)が事件に巻き込まれてしまうミステリー仕立ての一編。

明治時代ということは、本編の時代からだいぶ時間の経過があるわけで、若だんなも最早この世にはいないはず…。

そんな時代を生きる仁吉は一体何をしているのか、長崎屋に集っていた妖の面々は一体どこで何をしているのか…。

気にならないファンはいないはずです。

というわけで、「しゃばけ」シリーズを未読の方は、一番最初に読むのはやめたほうがいいです。

シリーズをある程度読んでからの方が絶対に楽しめるので、もったいないです。

できれば前回おすすめした「ゆんでめて」あたりまでは読んでからの方が楽しいでしょう。

 

 

 

私はこのお話を読み始めた当初、寂しくてたまらなくて、あまり読みたいお話だとは思えませんでした。

長崎屋の離れで若だんなと妖たちがワイワイやっているいつもの光景がもうない…と思うと、本編のいつもの光景が一種の楽園のように思えてきたのです。

だけど、明治の世になって近代化の名のもとに街並みも人々の暮らしも一変している社会で、妖たちがどんな風に生きているのか知りたい気持ちが強かったし、お話自体も悲しく寂しいものではありませんでした。

このお話は、本編では決して味わえない一編だと思います。

 

また、他のお話もそれぞれに味わい深くて、私としては「親分のおかみさん」で描かれた日限りの親分のおかみさんのお話がお気に入りです。

日限りの親分のおかみさんは「ひなこまち」(この外伝が出る直前の文庫本の本編)以前の本編では全く登場したことがなく、親分を描写する際に"病弱なおかみさんがいる"という説明が入っているくらいのものでした。

日限りの親分は長崎屋に出入りしている岡っ引きで、特に有能というわけではないですが親切で人のいい頼れる親分さんです。寝付いてばかりの若だんなに外のニュースを持ってくるのは大抵この人。

お茶とお菓子をたんまり食べておしゃべりして帰っていく親分に、仁吉が金子(きんす)と共に「おかみさんへ」と言って団子と薬を渡しています。

今まで謎に包まれていた親分のおかみさんが主人公のこの一編は、江戸の長屋暮らしの様子が垣間見えて興味深いですし、病がちで寝込んでばかりいるおかみさんの胸の内には現代を生きる私たちにも共感できる部分がたくさんあったりします。意外にミステリー仕立てなお話なのも面白い。

 

あと、河童の大親分・禰々子のお話もよかったなあ。かっこいいんですよね。禰々子河童が。

このお話は、歴史上の出来事を知っているとなお面白いかも。

 

というわけで、本編もいいんだけどこの外伝は味わい深い一冊です。おすすめいたします。(*^▽^*)

2026年1月のテーマ

「『しゃばけ』まつり」

 

第一回は、

「ゆんでめて」(しゃばけ9)

畠中恵 作、

新潮文庫、2012年発行

 

 

 

 

です。

 

Pickの上二つが文庫本、下二つが単行本です。

私は文庫本で集めていますが、単行本の装丁もかわいらしくて好きです。

 

タイトルの「ゆんでめて」は漢字で書くと"弓手"・"馬手"

意味としては、"弓手"が「弓を持つほうの手。左側。」で、"馬手"が「馬の手綱をとるほうの手。右側。」となります。馬上で弓をひく"騎射"に由来する言葉です。現在も弓道で使われている言葉だとか。

 

今回は概要も含めどこまで書こうか悩んでいます。

読んでから、おっ、と思ってほしいから。

 

江戸日本橋の大店、長崎屋の若だんな・一太郎はたいそう病弱で外歩きもままならない。そんな若だんなには頼りになる二人の兄や・仁吉佐助がついていますが、実は二人とも正体は妖。祖母のおぎんが病弱な孫の守役に二人をつけてくれたのです。妖が見える若だんなのもとには気のいい妖たちが集まってきて、長崎屋の離れはいつも賑わっています。

病弱な若だんなが兄や二人と共に久しぶりの外出をした際、ひょんなことから本来行く道と反対の道に曲がってしまったところから物語が始まり、いつものシリーズとはちょっと違った展開になっていきます。

 

この物語は、第八弾までの「しゃばけ」シリーズを読んできた読者にとっては、これまでのシリーズ作品とは違う、いろんな感情を呼び起こす特別な一冊だと私は思います。

 

その理由の一つが、若だんなのいる離れにおいてある屏風の付喪神・屏風のぞきが行方不明になってしまい、若だんなが悲しみに暮れるという、ファンにとってはびっくり仰天のお話になっていることです。

シリーズの最初からずっと登場している屏風のぞきは、鳴家(やなり)とともに「しゃばけ」シリーズにはなくてはならない妖の一人です。普通の妖たちが恐れるくらい強い妖である仁吉や佐助にも減らず口を聞いては時々とっちめられる、若だんなが生まれる前から長崎屋にいる古株の妖で、粋な着こなしの男性の姿をしています。

仁吉や佐助と違い、若だんなとは"友達"なのです。

そんな彼がいなくなってしまうというのは、若だんなでなくとも、シリーズの読者なら心配でたまらなくなる人続出でしょう。(少なくとも私はそうでした。)

私にとって「しゃばけ」は読んでいて気持ちがポカポカするような作品なんですが、その一因は若だんなと妖たちのやり取りの面白さだったり、困りごとを解決するときの若だんなの前向きな気持ちが伝わってきたりすることなんです。

若だんなが悲しんでいる姿というのは、私としても悲しいし寂しい。そういう気持ちになることが、これまでのシリーズ作品と違うところでした。

 

もう一つ、この本が特別だと思う理由は、物語の構成が非常に面白い。

読んでいるときはなんでこうなっているのかと不思議に思っていましたが、それでいて、最後にピタッとはまるようになっています。詳しくは言及しませんが、その構成のためかこの作品はSFっぽいとも評されています。

文庫版の解説は大森望さんが書かれていて、私の場合、読んでいる間に感じていた不思議な気持ちが解説までたどり着いてやっと腑に落ちた気がしました。(そうか、SFなんだ。というきもち。)

ただ、ミステリー好きの私としては、クリスティーのとある作品のこともちょっとだけ思い出しました。

(ネタバレに通じるといけないので、作品名は申しません。…似てるといえなくもない…かな?程度なのでかえって混乱させてしまうかもしれないし…。)

 

ちなみに、大森望さんとは、海外の名作SFをたくさん翻訳されているSF界の翻訳第一人者です。翻訳のお仕事だけされているのではないようですが、私にとってはSFの大翻訳家という認識です。浅くてすみません…。

以前におすすめしたことがある、コニー・ウィリス作品や、「三体」シリーズの翻訳家の一人でもあります。

要するに、SFに詳しくない私でも知っている大作の翻訳をされている方で、コニー・ウィリス作品を読んでいる私にとってはなじみのある翻訳家さんというわけです。

 

 

 

 

 

 

話がだいぶ横に逸れましたが、「ゆんでめて」はこれまでの「しゃばけ」シリーズとは一味違うこと尽くしの作品です。

もちろん、シリーズを通しての「しゃばけ」らしさはしっかりとあります。

それにしても斬新な作品であることは間違いありません。

個人的には、シリーズ第8弾の「ころころろ」を読んでから「ゆんでめて」を読んでほしいです。

(「ころころろ」も個人的に印象深くて推しな作品です。)

いつもとは違う「しゃばけ」ワールドが覗ける一冊です。おすすめいたします。(*^▽^*)

 

 

 

 

 

 

 

 

十二月の閑話休題です。

 

2025年12月のテーマ

「クリスマスにはクリスティーを!」

 

でおすすめしてまいりました。

 

お気づきの方も多くいらっしゃると思いますが、今回のチョイスは"回想の殺人事件"がテーマの作品たちです。

「スリーピング・マーダー」のように、過去の殺人事件と現在の事件につながりが…というミステリーは割とたくさんあります。それこそテレビの二時間推理ドラマでも。ただ、私の感覚では"現在の事件を調べていくうちに原因が過去の事件にあった"という展開になるものが多いように思います。

"失われた記憶から過去の事件を掘り起こしていく"という展開の「スリーピング・マーダー」はクリスティーの話運びのうまさも相まって知らず知らずのうちに読み進めてしまう面白さです。

実は、"回想の殺人事件"物としてリストアップしていた作品がもう一つあったのですが、別の視点でクローズアップしたい作品だったので今回は外しました。

いずれまた、書きたいと思います。

 

さて、タイトルの「読書で測るメンタルの状況」のお話にまいりましょう。

12月に入ってから、小さいながらもいろいろなことが重なりましてメンタルが沈みがちでして、その度に読書に集中できるか、読みたい本があるかなどを自分に問いかけてきました。

昨年から一年間、勉強を重ねてきたとある検定で最後の難関試験を受けるにあたりさすがにプレッシャーがすごくあったんですが、読書が順調に進んでいたので、試験自体は集中して受けられそうだな…とか。

昨年末の同じころに試験と重なるように手足がえらいかぶれて皮膚科に通っていたんですが、今年も試験直前に蕁麻疹がでて皮膚科へ行く羽目になりました。待合室で本を読みながら、デジャヴだなーと…。

試験が終わって余裕ができたはずなんだけど、読書時間はあまり増えず、疲れが出たかなー…とか。

なぜかちょっとしたことでひどく落ち込んで、本を開いても同じページをいつまでも読んでいたりだとか。

私的には、メンタルが不調だと本の世界に没頭できなくなってしまうので、読書以外の趣味に夢中!もしくはめちゃ忙しくて読書時間が取れない!という場合を除いて、読書の進み具合は心の健康のバロメーターなのです。

 

まあ、読んでいる本の内容がその時の心の具合とあっているかどうかにもよりますが。

例えば、ちょっと心が弱っているときには、厳しい世界で主人公が苦境に立たされている物語を読むのは気が進まなくてお休みしちゃったりしますし、ちょっと内容についてしっかり考えたいような本を読むにはタイミングが悪いです。

今月は、終盤にかけて気分が落ちてきたので、読書にも集中できなくなってきて、ちょっとまずい気がしました。

 

今までにも、元気が出る本だとか、癒される本だとか、安心する本だとか、いろいろ助けてもらった経験がありまして、そういう本は、大体"今はこの本がどうしても読みたい"という気持ちになってこちらが求めた本なのです。

ところがなんでだか求める本が内から出てこないので、なんだか薬を処方するみたいに心に効く本を探すみたいになりまして。

 

こういうときって、読んだことある本の方が内容や作者の書く文章の性格を知っている分、今の気分に合ったものを選びやすいのでいつもはそうしているのですが、今月はちょっと前にあるシリーズの本(未読)を大量買いしたのを中心に据えて今もせっせと読んでいます。

 

他の本もちょこちょこ読んでいますが、気分が徐々に下がってきてるな…と自覚してからもその某シリーズの本は外してない。

それはこのシリーズに癒し効果があると信じている、というか知っているから。

買ってきた本はみんな未読だけど、シリーズ自体は前から知ってるし、何冊かはすでに持っていたから。

そう、それは10月の閑話休題で話題にした「しゃばけ」シリーズです。

アニメを観ているうちに続きが読みたくなって、古本屋さんで大量買いしちゃいました。

 

 

私はシリーズ第5弾「うそうそ」までしか読んでおらず、ちょっと調べたら読んだことない本の方が読んだことある数の二倍くらいになってて、これは年末読む本に困らんわいとホクホクで買い集めました。

「しゃばけ」シリーズを読んでいる間に、なんやかんやで徐々にメンタルが落ちてったわけですが、この作品は読むのをやめたくならなかったし、他の本に切り替えようという気になりませんでした。

作品全体に漂う癒しのオーラというか、ほんわかした雰囲気というか…とにかくそういうものに包まれた世界で悲喜こもごもの物語が繰り広げられるので、私にとっては居心地の良い作品だったのです。

限られた時間で読み進めているのでまだまだ刊行されている分全部を読んだわけではありませんが、ちょっと気持ちも浮上してきた中、「しゃばけ」の世界で年末年始さらに癒されたいと思います。

 

さて、来月のテーマですが、

 

2026年1月のテーマ

「『しゃばけ』まつり」

 

でおすすめしたいと思います。

 

先ほどまでの話と関連しますが、シリーズの作品を読み進めていく中で、一冊の本として物語の構成に工夫が凝らされていて感心する本があったり、ほろりとくる話、滑稽な話…キャラクターが増えて「しゃばけ」の世界はどんどん広がっていっていることに気づきまして、もっと紹介したくなってしまいました。

そもそも、「しゃばけ」シリーズの本のタイトルって、「うそうそ」「ひなこまち」「すえずえ」…ってな具合で、読んでみればタイトルの意味が分かるんだけど、まったく知らない状態ではタイトルから内容を類推しにくいのです。

それはそれでいいんだけど、私の中で"これ!この本がおすすめなのよ!"っていうものもありますので、たくさんのシリーズ作品の中からそういったものをおすすめしたいと思います。

お正月明けに時代小説について書くのも私的にはタイムリーな気がしたりして。

時代小説に興味がある方もない方も気が向いたら覗いていただければ幸いです。

それではよいお年を<(_ _)>

 

 

 

 

2025年12月のテーマ

「クリスマスにはクリスティーを!」

 

第三回は、

「象は忘れない」

アガサ・クリスティー 作、中村能三 訳、

早川クリスティー文庫、2003年発行

 

 

です。

 

「カーテン」を除いて最後に執筆されたポアロ作品です。

ポアロの最終作「カーテン」は先週の記事に書いた「スリーピング・マーダー」と同じく戦時中に書かれ、作者の死後出版する契約になっていた作品です。

「象は忘れない」は1972年刊行。実質上、最後に書かれたポアロ物長編というわけです。

 

さてあらすじは…。

推理小説家のミセス・オリヴァが珍しく出席した昼食会で見ず知らずの婦人から奇妙な問いをぶつけられます。名づけ子の一人シリヤが近々その夫人の息子と結婚することになりそうで、ついては十数年前に起きたシリヤの両親の心中事件に関して、父が母を殺して自殺したのか、母が父を殺して自殺したのか、知りたいとのこと。

ミセス・オリヴァはポアロに相談し、彼女自身も"象は忘れない"との諺どおりに過去のことを知る人たちを訪ねて情報を集めるのでした。目撃者のいない過去の事件の真相をポアロが推理します。

 

作者が高齢になってから書かれた長いシリーズの最後の作品ということで、登場人物も年齢が書かれていないにもかかわらず年を取った感じが伝わってきます。

ポアロに関しては、第一作目時点でそんなに若くなかったこともあり、これ以前の作品でも高齢化を感じさせる描写がいろいろとありました。(髭を染め粉で黒くしているのではと勘繰る若者がでてきたり、依頼に来た若い娘に「あまりにも年を取りすぎている」と帰られてしまったり、なじみの警察関係者がすでに引退していたり…。)

私が気になるのは、ミセス・オリヴァの方です。

スポーツカーを運転し、リンゴをいつも持ち歩いてかじっていた彼女が、昼食会では歯の心配をしたり、欲しい資料が見つからなくてイライラしたり(挙句の果てに秘書に八つ当たり)と、これまでの作品とはちょっと様子が違っています。

この数年前(1966年)に刊行された「第三の女」ではそこまで年齢を感じることはなかったので、作者の分身ともいわれているアリアドニ・オリヴァ夫人の描写の変化には作者の体調の変化などを感じずにはいられません。

 

それはさておき、この作品では、"過去を知る人々から聞き取りをするのがオリヴァ夫人"というところがミソです。

ポアロシリーズを読んだことある方で、アリアドニ・オリヴァ夫人というキャラクターをご存じの方ならばお判りいただけると思いますが、この方は、アイデア豊富な連想ゲーム体質で、会話があっちこっち飛んでいくのが常なのです。また、直感を働かせて推理するタイプで、直感に合わせて事件の筋をいくつも考えついてしまう根っからの創作者です。

その彼女がお手上げ状態の事件の調査をポアロに持ち込んで、情報収集のためにいろんな人の話を聞きに回るわけです。

ポアロやミス・マープルみたいに、会話の中で違和感に気づいたり、特定の欲しい情報を引き出すような質問を繰り出したりはできないのです。

そのうえ、聞き取りされる人たちも事件に直接かかわっている人ではなく、ぼんやりした記憶の中から心中した夫妻に関連ありそうな話を思い出して語っていくわけで、聞く人聞く人みんなちょっとずつ違う話をするので、オリヴァ夫人はいつもの創作の才能が発揮できていません。(混乱したのかも。)

 

事件の当事者から当時の話をポアロが聞き取って情報をより分ける「五匹の子豚」や、過去の事件の目撃者である主人公が記憶を取り戻す過程で自身も事件に巻き込まれていく「スリーピング・マーダー」とはこれまた形を変えた"回想の事件"を解決に導く過程がみられるのが「象は忘れない」です。

前述の二作品に比べて、"信頼できる事実"よりも"不確かな記憶や噂話"が圧倒的に多いなかから、当時の状況を再構築するお話になっています。それゆえ、パズル的な謎解き要素はないですが、反対に叙情的な作品だと感じます。

夫妻の心中現場が崖ということもあり、一昔前のテレビの二時間ミステリーみたいなイメージが私の中にあったせいかもしれませんが…。

 

ミステリーといえばミステリーなんだけど、トリックや犯人を鮮やかに解き明かすって作品ではないので、ポアロ物の中でも地味な作品だと思います。

その分、知らないという方もいらっしゃるでしょうし、初読の確率は他のクリスティー作品に比べて多くなるのではないかと思います。

クリスティーがポアロ物として最後に執筆したこの作品、おすすめいたします。(*^▽^*)

2025年12月のテーマ

「クリスマスにはクリスティーを!」

 

第二回は、

「スリーピング・マーダー」

アガサ・クリスティー 作、綾川梓 訳、

早川クリスティー文庫、2004年発行

 

です。

 

言わずと知れた、ミス・マープル物の最終作。

1976年に刊行されましたが、書かれたのは第二次世界大戦中の1943年です。

戦時中に、自分が死んだ後家族が生活に困らないようにと、ポアロ物の最終作「カーテン」と同様に作家の死後に出版する契約がされていた作品です。

作家として脂が乗りきっていた時期に執筆されていたこともあり、名作ぞろいのミス・マープル物の中でも屈指の名作といっていいでしょう。

 

まずはあらすじから…。

英国で新婚生活をスタートさせることにした若妻グエンダは、夫が到着するまでの間に新居を準備する計画に邁進します。ディルマスでみつけた理想の家で新生活を送るうちに、彼女はこの家をよく知っているような奇妙な感覚に取りつかれます。ある日ミス・マープルの甥のレイモンド夫妻に招かれて一緒に演劇を見に行った折、劇中のセリフを聞いてグエンダは失神してしまいます。介抱したミス・マープルが聞いたところによると、グエンダは彼女の家の中で行われた殺人を目撃したことを不意に思い出したというのでした。夫のジャイルズとともに記憶の奥の殺人事件を解き明かそうとするグエンダ。ミス・マープルが二人を手助けします。

 

この作品は、回想の中の殺人事件をミス・マープルが解き明かすというものですが、なにせ殺人事件の目撃者本人が忘れていた事件なので、記憶は曖昧、事件の詳細も前後関係もよくわからない。そのうえ、現場になった地域では、そのころ殺人事件が起きていた記録がないときていて、事件の存在そのものが疑われる状態です。

しかしながら、グエンダとジャイルズはちょっとした冒険とばかりに事件の真相を調べ始めます。

ミス・マープルはそんな若夫婦に、忘れられた殺人を掘り返すのは危険だとたしなめます。眠れる殺人者を起こすのはとても危険なことなのだと。

タイトルの「スリーピング・マーダー」は作品の本質をついている、とても優れたタイトルだと思います。

 

前回おすすめした「五匹の子豚」も過去の殺人を扱ったものでしたが、「スリーピング・マーダー」では過去の殺人が現在を生きる主人公にも危険を及ぼすような事件に発展するスリリングな展開になっています。

記憶の中では殺人があったけれども、現実では殺人は起きた形跡がない。グエンダの夢か妄想という可能性もなくはない。

人の狂気が根底に流れているような気もして、心理サスペンス的なお話にもなっているところは、ちょっと「魔術の殺人」にも通づるものがあるような気がします。(「魔術の殺人」についてはまだ書いたことがないですね。またそのうちに。)

 

 

また、クリスティー晩年のミス・マープル物では、時代の移り変わりにより田舎の生活の在り方が大きく変わって、初期のころとは作風も変わってきています。ミス・マープルがロンドンのホテルで国際的な事件にぶち当たったり(「バートラム・ホテルにて」)、カリブ海に旅行したり(「カリブ海の秘密」)と、"小さな田舎町で静かに生活していながら悪について何でも知っているおばあちゃん"の枠を壊した作品になってきます。

 

 

 

でも、「スリーピング・マーダー」は書かれた時期が大戦中なので、なんというか、昔懐かしいミス・マープルがみられるのです。年齢的衰えも感じません。

若者たちに助言を与え、そっと見守り、ちょっとした会話から情報を得て事件を解決へと導く。「動く指」「パディントン発4時50分」の頃を彷彿とするミス・マープルです。

 

 

 

順番バラバラに読んでいるとそんなに気にならないですが、シリーズを順に読んでいると、ミス・マープルの変化に気が付きます。体力の衰えをもろともしない頭脳の冴えをみるのも楽しいですが、シリーズ最終作に元気いっぱい、頭脳キレッキレのミス・マープルに再会するのは喜びひとしおです。

 

この作品はとても人気のある作品なので、映像化も何度かされています。

よければ、そちらも併せて楽しんでみてはいかがでしょうか。

ミス・マープル物の最後にして名作、おすすめいたします。(*^▽^*)