2025年12月のテーマ
「クリスマスにはクリスティーを!」
第二回は、
「スリーピング・マーダー」
アガサ・クリスティー 作、綾川梓 訳、
早川クリスティー文庫、2004年発行
です。
言わずと知れた、ミス・マープル物の最終作。
1976年に刊行されましたが、書かれたのは第二次世界大戦中の1943年です。
戦時中に、自分が死んだ後家族が生活に困らないようにと、ポアロ物の最終作「カーテン」と同様に作家の死後に出版する契約がされていた作品です。
作家として脂が乗りきっていた時期に執筆されていたこともあり、名作ぞろいのミス・マープル物の中でも屈指の名作といっていいでしょう。
まずはあらすじから…。
英国で新婚生活をスタートさせることにした若妻グエンダは、夫が到着するまでの間に新居を準備する計画に邁進します。ディルマスでみつけた理想の家で新生活を送るうちに、彼女はこの家をよく知っているような奇妙な感覚に取りつかれます。ある日ミス・マープルの甥のレイモンド夫妻に招かれて一緒に演劇を見に行った折、劇中のセリフを聞いてグエンダは失神してしまいます。介抱したミス・マープルが聞いたところによると、グエンダは彼女の家の中で行われた殺人を目撃したことを不意に思い出したというのでした。夫のジャイルズとともに記憶の奥の殺人事件を解き明かそうとするグエンダ。ミス・マープルが二人を手助けします。
この作品は、回想の中の殺人事件をミス・マープルが解き明かすというものですが、なにせ殺人事件の目撃者本人が忘れていた事件なので、記憶は曖昧、事件の詳細も前後関係もよくわからない。そのうえ、現場になった地域では、そのころ殺人事件が起きていた記録がないときていて、事件の存在そのものが疑われる状態です。
しかしながら、グエンダとジャイルズはちょっとした冒険とばかりに事件の真相を調べ始めます。
ミス・マープルはそんな若夫婦に、忘れられた殺人を掘り返すのは危険だとたしなめます。眠れる殺人者を起こすのはとても危険なことなのだと。
タイトルの「スリーピング・マーダー」は作品の本質をついている、とても優れたタイトルだと思います。
前回おすすめした「五匹の子豚」も過去の殺人を扱ったものでしたが、「スリーピング・マーダー」では過去の殺人が現在を生きる主人公にも危険を及ぼすような事件に発展するスリリングな展開になっています。
記憶の中では殺人があったけれども、現実では殺人は起きた形跡がない。グエンダの夢か妄想という可能性もなくはない。
人の狂気が根底に流れているような気もして、心理サスペンス的なお話にもなっているところは、ちょっと「魔術の殺人」にも通づるものがあるような気がします。(「魔術の殺人」についてはまだ書いたことがないですね。またそのうちに。)
また、クリスティー晩年のミス・マープル物では、時代の移り変わりにより田舎の生活の在り方が大きく変わって、初期のころとは作風も変わってきています。ミス・マープルがロンドンのホテルで国際的な事件にぶち当たったり(「バートラム・ホテルにて」)、カリブ海に旅行したり(「カリブ海の秘密」)と、"小さな田舎町で静かに生活していながら悪について何でも知っているおばあちゃん"の枠を壊した作品になってきます。
でも、「スリーピング・マーダー」は書かれた時期が大戦中なので、なんというか、昔懐かしいミス・マープルがみられるのです。年齢的衰えも感じません。
若者たちに助言を与え、そっと見守り、ちょっとした会話から情報を得て事件を解決へと導く。「動く指」や「パディントン発4時50分」の頃を彷彿とするミス・マープルです。
順番バラバラに読んでいるとそんなに気にならないですが、シリーズを順に読んでいると、ミス・マープルの変化に気が付きます。体力の衰えをもろともしない頭脳の冴えをみるのも楽しいですが、シリーズ最終作に元気いっぱい、頭脳キレッキレのミス・マープルに再会するのは喜びひとしおです。
この作品はとても人気のある作品なので、映像化も何度かされています。
よければ、そちらも併せて楽しんでみてはいかがでしょうか。
ミス・マープル物の最後にして名作、おすすめいたします。(*^▽^*)










