暴力性と排他性について。
人間の持つ、暴力性と排他性に関心がある。
物理的暴力だけではなく、
それぞれの人の心の中にある、それ。
人は、暴力性と排他性無しには、生きられないのであろうか。
それを持たずに済む道があるのだろうか。
他者と、自分の中に、暴力性と排他性の気持ちが芽生える瞬間に気付いたとき、
このような感情を克服して生きていくには、いかにすべきか、ということを
考えたくなった。
また、支配と被支配、従属と被従属、
こういった、関係性にも関心がある。
支配するとはどういうことか。
支配されるとは、どういうことか。
従属させられるのか、従属するのか。
これは暴力性と排他性にも繋がる要素だと思う。
暴力性と排他性というのは、哀しく、かつ困難なテーマだと思うけれど、
それを追求することは、真実であるような気がする。
物理的暴力だけではなく、
それぞれの人の心の中にある、それ。
人は、暴力性と排他性無しには、生きられないのであろうか。
それを持たずに済む道があるのだろうか。
他者と、自分の中に、暴力性と排他性の気持ちが芽生える瞬間に気付いたとき、
このような感情を克服して生きていくには、いかにすべきか、ということを
考えたくなった。
また、支配と被支配、従属と被従属、
こういった、関係性にも関心がある。
支配するとはどういうことか。
支配されるとは、どういうことか。
従属させられるのか、従属するのか。
これは暴力性と排他性にも繋がる要素だと思う。
暴力性と排他性というのは、哀しく、かつ困難なテーマだと思うけれど、
それを追求することは、真実であるような気がする。
実践あるのみ語学つれづれ。
あー…英語ってこんなに難しいものだったかしら。。。
段階が進むに連れて、会話の内容が、複雑に、また、より自然な英語を話すように求められる。
ネイティヴの先生の速さと勢いにたじろいでいる場合ではない。
多分きっと、日本という環境の中にいると、たとえ学校で英語を習っていたとしても、英語の文章に触れていたり聞いていたりしたとしても、それらを実践の場で、外国の人と会話をするというアウトプットの機会は、そのような仕事をしている人でもない限り21世紀の今であっても滅多に無いように思う。それなので、英語ネイティヴの先生のナチュラルスピードは本当に速く聞こえるし、今まで全く知らなかった、でも、英語ネイティヴの人にとってはごく日常的な表現がよく出てくる。
知れば知る程、自分が今まで所謂、本当にカタコトの英語を喋っていたのだろうな、、、と気付く。
日本語ネイティヴでない人が、日本語を習いたてのときに話している日本語を想像すれば、それは容易く気付くことができたはずだというのに、ねえ。考えてみれば、当たり前ですよね。実践していなければ、それを使いこなすには至らない、それは言語でなくても言えることだと思います。
実践あるのみ。頑張ろう。頭には、フランス語も勉強しなきゃ、というささやきが・・・汗
きゃあー。
語学の勉強はずっと好きであったし、苦ではなかった。そして、得意な方だとも思っていた。
しかし、こと会話となると、そうは問屋が卸さない、というか、
今まで、会話を中心に学んだことが、あまり無かったという事実が露呈。。
大学の語学の授業はあったけれど、語学の授業と言えども他のクラスメイト何人もと一緒に勉強していた。英語を話す機会が全く無かったわけではもちろん無いけれど、こんなに集中的に、正面切って話をすることはなかったかもしれない、と気付く。
制限時間内に、いかに先生と沢山会話するか。
いかに聞き取り、いかに質問し、いかに自分で発するか。
まさに1分1秒たりとも無駄に出来ない状況。。。壮絶な集中バトルが、ついに今日、幕を切った感じがした。。先生も、もう半年以上通っている私に対して、甘くはないのだ、と悟った。最初からハイスピードで何の配慮もない感じでベラベラと話しかけられ若干腰が引けたが、引けている場合ではないのだ。そのスピードに果敢にしがみつき、カウンターを食らわさねばならない(?)。負けてられるかーーーっ!(何の闘いだ。)
日本人同士であれば、言葉を尽くさなくても伝わることが、
当たり前だけれど、本当に言葉を尽くさなければ伝わらない。
それは英語という言語の持つ特徴や、その言語の持つ文化的背景も大いに関係しているかもしれない。
主体をはっきりさせること。理由を述べること、など。
空気は、無い(に等しいと、思う)。言葉があるだけ。
それはどういう意味か。何故そう思うか。何が?どこで?誰と?どのように??
How are you?と聞かれて、何の気なしにI'm fineと答えたら、
それは
① I'm lying
② I don't want to talk
というニュアンスであって、英語ネイティヴにとって、良い、という返答の意味にはならない(=あまり元気ではない、という意味になる)、と言われた。
I'm goodならOKと。
え、そうなの、知らなかった~~~。汗汗汗
と、いうようなことは、これからも色々と出てくるのだろう、、、と思いました。
語学は、少し麻薬のような作用があるような気がする。
やればやる程、迷宮入りし、その深い世界にずぶずぶとはまっていく。
自分の話していることは、相手にどんな風に聞こえているのか、どの表現が適切なのか。
もっとコミュニケーションしたい→勉強が要る→知る→もっとコミュニケーションしたい→勉強が要る→ 以下ループ。。。
勉強すると、もっともっと勉強したくなる。勉強すべきことが増えていく。
麻薬的、語学。(キケン!)
こうなったら頑張ります。。。
ふ、フランス語もっ。。。
う、ウォロフ語もっ。。。(Wolf-English/English-Wolf Dictionaryだけ、とりいそぎ購入しました)
段階が進むに連れて、会話の内容が、複雑に、また、より自然な英語を話すように求められる。
ネイティヴの先生の速さと勢いにたじろいでいる場合ではない。
多分きっと、日本という環境の中にいると、たとえ学校で英語を習っていたとしても、英語の文章に触れていたり聞いていたりしたとしても、それらを実践の場で、外国の人と会話をするというアウトプットの機会は、そのような仕事をしている人でもない限り21世紀の今であっても滅多に無いように思う。それなので、英語ネイティヴの先生のナチュラルスピードは本当に速く聞こえるし、今まで全く知らなかった、でも、英語ネイティヴの人にとってはごく日常的な表現がよく出てくる。
知れば知る程、自分が今まで所謂、本当にカタコトの英語を喋っていたのだろうな、、、と気付く。
日本語ネイティヴでない人が、日本語を習いたてのときに話している日本語を想像すれば、それは容易く気付くことができたはずだというのに、ねえ。考えてみれば、当たり前ですよね。実践していなければ、それを使いこなすには至らない、それは言語でなくても言えることだと思います。
実践あるのみ。頑張ろう。頭には、フランス語も勉強しなきゃ、というささやきが・・・汗
きゃあー。
語学の勉強はずっと好きであったし、苦ではなかった。そして、得意な方だとも思っていた。
しかし、こと会話となると、そうは問屋が卸さない、というか、
今まで、会話を中心に学んだことが、あまり無かったという事実が露呈。。
大学の語学の授業はあったけれど、語学の授業と言えども他のクラスメイト何人もと一緒に勉強していた。英語を話す機会が全く無かったわけではもちろん無いけれど、こんなに集中的に、正面切って話をすることはなかったかもしれない、と気付く。
制限時間内に、いかに先生と沢山会話するか。
いかに聞き取り、いかに質問し、いかに自分で発するか。
まさに1分1秒たりとも無駄に出来ない状況。。。壮絶な集中バトルが、ついに今日、幕を切った感じがした。。先生も、もう半年以上通っている私に対して、甘くはないのだ、と悟った。最初からハイスピードで何の配慮もない感じでベラベラと話しかけられ若干腰が引けたが、引けている場合ではないのだ。そのスピードに果敢にしがみつき、カウンターを食らわさねばならない(?)。負けてられるかーーーっ!(何の闘いだ。)
日本人同士であれば、言葉を尽くさなくても伝わることが、
当たり前だけれど、本当に言葉を尽くさなければ伝わらない。
それは英語という言語の持つ特徴や、その言語の持つ文化的背景も大いに関係しているかもしれない。
主体をはっきりさせること。理由を述べること、など。
空気は、無い(に等しいと、思う)。言葉があるだけ。
それはどういう意味か。何故そう思うか。何が?どこで?誰と?どのように??
How are you?と聞かれて、何の気なしにI'm fineと答えたら、
それは
① I'm lying
② I don't want to talk
というニュアンスであって、英語ネイティヴにとって、良い、という返答の意味にはならない(=あまり元気ではない、という意味になる)、と言われた。
I'm goodならOKと。
え、そうなの、知らなかった~~~。汗汗汗
と、いうようなことは、これからも色々と出てくるのだろう、、、と思いました。
語学は、少し麻薬のような作用があるような気がする。
やればやる程、迷宮入りし、その深い世界にずぶずぶとはまっていく。
自分の話していることは、相手にどんな風に聞こえているのか、どの表現が適切なのか。
もっとコミュニケーションしたい→勉強が要る→知る→もっとコミュニケーションしたい→勉強が要る→ 以下ループ。。。
勉強すると、もっともっと勉強したくなる。勉強すべきことが増えていく。
麻薬的、語学。(キケン!)
こうなったら頑張ります。。。
ふ、フランス語もっ。。。
う、ウォロフ語もっ。。。(Wolf-English/English-Wolf Dictionaryだけ、とりいそぎ購入しました)
Luck
今日、必要があって、教習所に行って、
手続きを済ませた帰り、駅に向かって歩く、雨上がりの道すがら、ふと思ったことがありました。
決して、近道であったなんて言えないけれど、
沢山の遠回りをしてしまったけれど、
それでも、
高校生のときに憧れのレベルで描いていた「夢」に
昔より、ずっとずっと、近くまで来たんだ、ということ。
その頃は、どうすれば、その文字通りの「夢」に辿り着けるのか、
漠然としかイメージすることが出来なかった。
将来は、国際協力がしたいな、と、
その頃の自分が心に描いた夢の情景は、
どうしてだったか、
自分が、中東の女性に関わるような、活動をする情景だった。
中東の、厳しい環境の中でも力強く生きる、
美しい民族衣装を着た女性と、自分が、関わるような、情景。
様々な媒体から得た情報や知識が、
中東の女性に関わる、というイメージに、集約されたのかな、と思う。
また、単純に、自分の母国である日本から、距離的には遠く離れたヨーロッパやアメリカよりも、
中東の方が、もっと「異国」で自分にとって未知の場所であるような気がしていた。
入ってくる情報の量から言っても、それはあながち間違っていなかったのではないかと思う。
そして、自分の知らない世界は、
報道で伝えられるような、様々な困難が、彼らの生活を襲っていたとしても、
たくましく生きている人びとは、強く、美しいのではないか、という漠然としたイメージと、憧れのようなものも、あった。
高校生の頃の、純粋な、憧れの気持ち。
そう、あれは、「憧れ」であった。
国際協力というものの持つ複雑さ、難しさといったことは、
見えていない頃の、単純な「憧れ」の気持ち。
そして、それを突き詰めると、
世界と関わりたい、という、気持ちだったのだと思う。
技術的なことなど、勿論何も持っていなかった、高校生の頃。
クラスメイトの友だちに、そのことを話したら、
「国際公務員とか、向いてそうだね」と言われた。
その友だちの言葉から、
知識は全く無かったけれど、
そっかあ、私は国際公務員のような職業が良いのかもしれない、
と、考え、折に触れて、たとえば受験勉強の英作文の練習なんかでも、
その仕事の中身も、よく知っていたわけではなかったけれど、将来は、国際機関で働きたい、
と、書いたりしていた。
世界と関わることを望んだ、あの頃の私。
それから、
遠回りも沢山したけれど、
少しずつ少しずつ、本を読んだり、ボランティアをしたり、講演会を聞いたり、実際に海外に行ったり、色々な人に出会って、国際協力や、その世界について、あの頃より沢山のことを知るようになって、
そして、その上で、今やっと、スタートラインに立つことができたのかな、と、思います。
私がずっと、あの頃の心に灯った火を、消すことなく今まで来れたのは、
なんというか本当に、神様のような大いなる、見えない何かに導いてもらったからではないかと、そんな風に思う。
そうじゃなければ、途中で、違う道に逸れていたかもしれない。
けれど、生きているというのは、本当に、有り難く、不思議なことで、
自分が、人類が始まったと言われる大陸に行くことになって、
しかも、あの頃の憧れであった、国際機関にかかわる事業に、触れる機会を与えてもらえるなんて。
不思議なご縁に、心から感謝をしたい。
そして、また沢山勉強をして、
初心に還って、
準備をして、まっさらな心持ちで、臨みたいな、と思っています。
Thank you so much.
手続きを済ませた帰り、駅に向かって歩く、雨上がりの道すがら、ふと思ったことがありました。
決して、近道であったなんて言えないけれど、
沢山の遠回りをしてしまったけれど、
それでも、
高校生のときに憧れのレベルで描いていた「夢」に
昔より、ずっとずっと、近くまで来たんだ、ということ。
その頃は、どうすれば、その文字通りの「夢」に辿り着けるのか、
漠然としかイメージすることが出来なかった。
将来は、国際協力がしたいな、と、
その頃の自分が心に描いた夢の情景は、
どうしてだったか、
自分が、中東の女性に関わるような、活動をする情景だった。
中東の、厳しい環境の中でも力強く生きる、
美しい民族衣装を着た女性と、自分が、関わるような、情景。
様々な媒体から得た情報や知識が、
中東の女性に関わる、というイメージに、集約されたのかな、と思う。
また、単純に、自分の母国である日本から、距離的には遠く離れたヨーロッパやアメリカよりも、
中東の方が、もっと「異国」で自分にとって未知の場所であるような気がしていた。
入ってくる情報の量から言っても、それはあながち間違っていなかったのではないかと思う。
そして、自分の知らない世界は、
報道で伝えられるような、様々な困難が、彼らの生活を襲っていたとしても、
たくましく生きている人びとは、強く、美しいのではないか、という漠然としたイメージと、憧れのようなものも、あった。
高校生の頃の、純粋な、憧れの気持ち。
そう、あれは、「憧れ」であった。
国際協力というものの持つ複雑さ、難しさといったことは、
見えていない頃の、単純な「憧れ」の気持ち。
そして、それを突き詰めると、
世界と関わりたい、という、気持ちだったのだと思う。
技術的なことなど、勿論何も持っていなかった、高校生の頃。
クラスメイトの友だちに、そのことを話したら、
「国際公務員とか、向いてそうだね」と言われた。
その友だちの言葉から、
知識は全く無かったけれど、
そっかあ、私は国際公務員のような職業が良いのかもしれない、
と、考え、折に触れて、たとえば受験勉強の英作文の練習なんかでも、
その仕事の中身も、よく知っていたわけではなかったけれど、将来は、国際機関で働きたい、
と、書いたりしていた。
世界と関わることを望んだ、あの頃の私。
それから、
遠回りも沢山したけれど、
少しずつ少しずつ、本を読んだり、ボランティアをしたり、講演会を聞いたり、実際に海外に行ったり、色々な人に出会って、国際協力や、その世界について、あの頃より沢山のことを知るようになって、
そして、その上で、今やっと、スタートラインに立つことができたのかな、と、思います。
私がずっと、あの頃の心に灯った火を、消すことなく今まで来れたのは、
なんというか本当に、神様のような大いなる、見えない何かに導いてもらったからではないかと、そんな風に思う。
そうじゃなければ、途中で、違う道に逸れていたかもしれない。
けれど、生きているというのは、本当に、有り難く、不思議なことで、
自分が、人類が始まったと言われる大陸に行くことになって、
しかも、あの頃の憧れであった、国際機関にかかわる事業に、触れる機会を与えてもらえるなんて。
不思議なご縁に、心から感謝をしたい。
そして、また沢山勉強をして、
初心に還って、
準備をして、まっさらな心持ちで、臨みたいな、と思っています。
Thank you so much.