Un poisson rouge -90ページ目

一度きり。

泣いても笑っても、
人生は一度きり。

この毎日歩いている道は、
永遠に続く道ではなく、
いつか、向こうの世界へと、続いて行く道なのだ。

刻一刻と、時は過ぎ、
人と出会えば、必ず別れがやってくる。それも、事実なのだ。

だから私は、人と出会うことに痛みを伴う。

人と出会うと、別れはやってくるから。

また、会えるじゃん。

そういう風に、あまり重く考えずに、思えばいいのかもしれないけれど。

私はとても怖がりなので、
人と出会い、別れる、
そういった、痛みを伴う思いを、あまり沢山したくない、
と思ってしまうことがある。

もう、痛みから逃れて、
独りどこかに隠遁でもするのが良いのかもしれない、
などと、思ってしまうことがある。






全ては、消えてしまうかもしれない。

だけれど、
このブログにも何度か書いているように、
私は、
誰かが死ぬということは、
その人の肉体は、目の前から、物理的には見えなくなってしまうかもしれないけれど、
でも、本当に、
心の中では、いつでも、鮮明にその人の姿や声や思い出を、
描くことができるから、
だからそれは、死んでしまって終わり、なんてことでは全然なくて、
ずっとその人が生きたことは、生きている人の中に、
残っていくことなのだと思っている。

だから、死ぬって、何かな、て、ときどき、思う。

その人がいなくなっても、心の中で、対話することができる。

出会った人の、ことばや想いや声や、届けてくれた沢山のことは、
わたしの血肉となって、今、わたしが存在し、生きているのだと思うと、
わたしは、もはや、わたしだけのわたしでは、ない。



人生は、一度きり。


やっぱり、

沢山の人と、
出会わなくちゃな。

そんな風に思う。

偏見

降り注がれる偏見なんて、蹴っ飛ばしてしまえっ!

否定しないこと。

思うに、

否定から、何かは生まれない。

創造は、肯定から始まる、と、思う。

ただ、
肯定することは、思うほど簡単ではないのも、事実だと思う。

気付くと、否定をしている。
ネガティブな意見を持ってしまう。

それは、人の持つ、恐れや、不安や、疑いが、
そうさせるのだと思う。

しかし、それを乗り越える方法は、きっとあると、思う。

肯定から生まれる、創造の道。

世界を感じ、受け入れる。

様々なものが、同時に存在しているのが、世界であるということを、
感じることで、肯定感は生まれると思う。

右から左まで、それもあれば、これもある。
そのことがこの世の中を、多彩で不思議で、面白くて愛らしく、美しい場所にしている。

そう思うと、生きる活力が湧いてくるように思う。

何より、楽しい。

肯定してみよう。