Un poisson rouge -46ページ目

金曜日。

日付またいでしまいました。。。

 

イスラム教徒が大多数を占めているセネガルは、イスラム教徒の人たちにとっての祝日にあたる金曜の午後からお休みの雰囲気です。今日は学校菜園の作業後、久しぶりに友人の家を訪ねましたが、今日はぶつ切れの停電が何度もあり、友人の家ではテレビが映らなくなったりしていました。そこで彼女はタブレットを持って来て、その中に保存してあるセネガルで人気の歌手の動画や、彼女が好きな海外ドラマを見せてくれました。海外ドラマは多分もともと英語のものですが、フランス語吹き替えになっていて、彼女に、全部理解出来るの?と聞いたら、出来るよ、と言っていて、フランス語が公用語であるセネガルであっても、フランス語を解さない人も当然いる中で、彼女は普段からも頭脳明晰な感じで、流石だなあ、と思いました。ドラマなので見ていると展開は分かるのですが、私は会話の内容は3割も理解出来なかったように、思いました。。
 

それにしても、ここ数日乾季の涼しさがちょっと飛んでしまったかのような暑さがぶり返しています。。日本はもうすっかり冬なのだろうな。

暑い太陽光のもと、友人(女性)が青空の下カッコいいサングラスをかけていた姿を思い出しました。さすがお洒落好きなセネガルの人たち。

明日は土曜、洗濯デー。

師走、アフリカ、砂の土地にて思う。

今年も師走。月日は過ぎて行く。

 

セネガルの人に、あなたのミッションは何年なの?と聞かれて、2年間だよ、と答えると、短いよ、5年や6年いたら良い、残ったら良い、と言われたりする。

ここは日本より時間がゆっくりと流れて行く感じがあるので、そういう意味では、2年は短いのかもしれない。ひとつひとつの物事、たとえば家事ひとつとっても、洗濯物が手洗いだったり、商店はあるけれど、無論コンビニやスーパーはないので、時間が無いと思っても、ご飯を調理したり調達するのにも時間がかかったりする。挨拶も長いので(笑)、そういった諸々を全て時間の考慮に入れて生活する必要があって、意外と時間はあるようでないのかもしれない。

 

でも、日本の、特に都会にあるような利便性が無い分、

物事を感得するためには良い環境なのではないか、とも思う。

 

そして今思ったけれど、

勿論、日本でずっと生活してきた私は、日本に帰ったらこれをしたいなあ、あれをしたいなあ、と、色々やりたいことはある。たとえば、温泉に入るとか、映画館で映画を見るとか、買い物するとか、本屋に行くとか、カツ丼やケーキやお寿司を食べるとか。笑。

 

けれど、自分の生まれ育ってきた環境、文化とは全く異なる中で生活出来るというのは、すごく発見が多くて、刺激的である。最初の頃の、異空間にワープしてきたような感覚は、何とも言えないものがあった。セネガルの人の普通のご家庭にお邪魔してテレビを見ても、大体ウォロフ語かフランス語の番組がほとんどで、グローバル化が叫ばれて久しい21世紀でも、英語すら無いんだ!と。それこそ全く日本には無い環境だなあ、と思った。とても遠い所までやって来た感じがした。

 

私はここに来る前、遠くへ行きたいな、と思っていた。

ぶっちゃけ、中南米を希望していたんだけれど(学生のとき第二外国語でスペイン語を勉強したこともあって。。)、ご縁あってアフリカに来た。でも、日本から遠い所、という意味で、私の希望は叶えられた。遠い所に来られて、アフリカに来られて、セネガルに来られて、とても感謝している。

 

先日、フランス語の検定試験のために北の町に行って、泊まったホテルは、「星の王子様」の作者のサン=テグジュペリが、郵便飛行士をしていた時代、その当時の郵便飛行士の人たちが寄宿した建物を改装したらしいホテルだった。サン=テグジュペリもここを訪れていたという話しを耳にしたことがある。ホテルの中にはその当時のパイロットや飛行機の写真や絵が飾ってあった。無論植民地の頃の遺産な訳だけれど、異国に対する、少し憧れにも似たような気持ちって、その頃の人たちも持っていたのではないか、と、私は思う。ウォロフ語でホテルのスタッフと会話を交わす東洋人のひとりの女は、お客の西洋人には奇異に写ったかもしれないが(笑)、そんなことを思いながらまだ夜が明けない中、植民地時代に造られた橋を眺めながら、朝食を食べた。

 

年が明けたらあと残り半年。きっとあっという間だ。

出来ることは小さな、小さなことかもしれないけれど、

益々ここにいる時間を大切にしながら、セネガルの人たちともっと深く深くかかわっていきたい。

 

 

歩く道。

何度か書いているけれど、やっぱり夜が好きです。

 

世界の淵へ落ちていきそうな暗がり。

勿論、昼があるから夜があるのであって、光が無ければ影もない。その逆もまた同じ。

夜が何故好きかというと、落ち着くからです。昼の喧噪が静まり、辺りが暗くなって行く。交感神経から副交感神経に切り替わるような感覚。

昔は昼のほうが好きだったときもあった。夜は寂しいと思っていた。年齢なのだろうか、今は夜が落ち着く。セネガルでは特に昼の太陽光がとても強いので、夜の暗がりとのコントラストが、良いと思う。(電灯も少ないので。)

 

ビヨンセをエンドレスで流しながら書いています。笑。

踊りも歌も完璧なディーバ。もはや人間離れしている。やっぱり凄すぎる。

 

今日歩いていたら小さい男の子たちが、近所の学校でやらせてもらった石けんでの手洗い講習のときに見せた手の洗い方の仕草を見せてきて、ちょっと嬉しくなった。ちゃんと印象に残って覚えていてくれたなら、有り難いです。

 

もっと突き抜けないとな、と思う今日この頃。努力努力努力。それ以外に道は無い、ですよね。

 

今日配属先の人に、昨日フランス語の試験があって、すっごく難しかったんだ、という話をしたら、

厳しいことは良いことだ、何でもそうだ、人生はそういうもの。それは良いことだよ。

というようなことを言っていた。確かに、簡単な道は無い。何かをしようと思うならば、いつも困難はあるもの。けれどそれすら良いものだ、と言える境地はすごいと思う。達観している気がする。彼は配偶者と子どもがこの町から2時間くらいかかる別の町に住んでいて、毎週末帰っている。大変な生活だ。いつも真面目に仕事に取り組んでいる。尊敬です。冗談で、二番目(の妻)になりなよ、と言われるけれど(笑)、一番だけが良いから、と返している。笑。

 

生きていることは、生かされているということ。

きっとそう。

だから毎日を楽しみながら、歩いたほうが良いんだと思う。

自分にできることを精一杯しながら。

そうすればきっと道は拓かれていく。自ずと。

だからもっともっと、頑張らないといけないな。

 

明日も。