日々はこうして過ぎて行く。
この間知り合って仲良くなった韓国のボランティア(KOICA)の子とやりとりをしているのだけれど彼女は何だかとっても可愛くてきゅんとする。片言のフランス語が私たちの共通言語。私のブロークン仏語を受け入れてくれて有り難い。彼女は私より日本のドラマや映画に精通している気がする。韓国のボランティアの子たちはすごく元気があって明るい。そして、お酒が強い。笑。比にならないくらい、強い。美味しいマッコリ飲みたいなあ。
今日は村に行った。行くときに乗った最初の車、ボロボロで今にも路上で解体しちゃってもおかしくないような感じで、日本だったらとうの昔に廃車にされているようなモノだった。いつものことなのであまり何とも思わなかったのだけれど、エンジンがうまくかかっていなかった。そしてようやく動き出したと思ったら低速で、そして、停止。ボンネットを開けて運転手が何かをいじっていた(これもよく見られる光景)のだけれど、結局直らなかったようで、お客は全員降りるよう促され車を乗り換えた。セネガルで車に乗るときは、色々な意味でヒヤヒヤすることも多い。事故も多いし、車自体、そこここを修理して何とか保っているような感じなので、フロントガラスにバリバリにヒビが入っていたり、日本では有り得ないけれどスピードメーターが動いている車が稀であったりする。
村の学校で手洗い講習をして、帰るときにヒッチハイクで車をつかまえた。止まってくれて乗せてもらったのは良かったけれど、100メートルくらい走った所で、その車も停止。故障だった。運転手さんは頑張って直そうとしていたけれどなかなか難しかったようで、後ろから来た様子を見ていた車の人が、「乗る?」と声をかけてくれた。(有料ですが。)最初に乗せてくれた人たちに礼とお詫びをし、その車に乗って自分の町まで帰ってきた。
夕方過ぎ、友人で病院の前でフルーツを売っている女性のところに行った。彼女は先日、結婚をしたのだけれど、結婚の儀式に私は行くことが出来なかった。後日お詫びしたけれど、結婚の儀式があってから、彼女はお洒落してとっても素敵になった気がする。可愛い!何だか、誰かがお洒落して可愛くなるのを見るというのは、心が潤うなあ、と思った。
最近朝晩が大分冷え込むようになってきて長袖を着たりしている。
気づけば今年も残り2週間・・・。ちょっと信じ難い。
日々は確実に、過ぎて行く。
暑さも寒さも砂の風も、馬のたなびく尻尾も、ウォロフ語やフランス語がうまく喋れなくてする悔しい思いも、全て吞み込んで。
明日は自分の町の女性団体の人とジャム作りをする予定。
うまくできますように。
復旧と再開。
家のネットが1週間弱断絶してしまっておりました。
あの日、夜に一瞬の停電があり、そこからネットが使えなくなり、故障かなと思って、ネットの会社の人を呼んで家に来てみてもらったりしたのですが、何故か復旧せず、ガンモというこちらのイスラム教のお祭りを日曜にはさんで、月曜は祝日状態、今日、同任地隊員の家のガルディアン(警備員)で親しくしてもらっているセネガル人青年と一緒に改めてネットを契約している会社の事務所に行ったり、お客様センターのようなところに電話をしたりしてもらったりすると、私が支払いを行っていない、ということを言われました…。え、請求書きてない・・・と思ったのですが、ガルディアンの友人いわく、「請求書が来る来ないに関わらず、支払わないとすぐ切られるから気をつけたほうが良いよ」とのこと。以前、水道も請求書が来ないな、、、と思っていたらいきなりその日までに支払わなければいけない請求書が来たり、数値が間違っていて高額な請求が来たりと、インフラ関係は色々あります・・・。そしてコネ社会なのでその会社等の有力者にうまく取り入れば早く事が進んだり、逆にそれに失敗するといつまでも待たなければいけないことになったりするので、上手にやらなければいけなかったりします。。しかも外国人で女性だと余計にそうであるように残念ながら感じます。。だからガルディアンの友人には本当に感謝しています。セネガルの人と一緒に行かないとまともに取り合ってもらえなかったりもするのです。。なんというか、、こういうとき、政治的な匂いを感じざるを得ません・・・涙。
この間色々なことがありました。
韓国人ボランティアの子たちと、同任地隊員の家で一緒に飲んだり。楽しかったです。なんとキムチを持って来てくれて・・・!スーパー美味しかったです。
ネットが無いというのは色々と不便なこともあるのですが、必然的にネットを必要としない作業をすることになるので、逆にそれには集中できたように思います。でも、そもそもネットがある方が有り難いことなわけで、これは想定内のこと、と思いました。
ネットが切れている間ノートに色々と書き綴ったりしていました。
また、改めて書こうと思います。
今、色々と思い出した、日常のあれこれ。
この間、市場に行ったら、大きなトラックが売り物として地面に広げて置いてあった野菜のオクラに気づかずそれをタイヤで踏みつぶして通っていったこと。。それを見ていたセネガルの人はOh・・・という感じだった割にはさして大事と思っていなさそうな様子だったこと。。(なんて寛大・・・!)道端に置いてあるタイヤから人間の足が出ている・・・!と思ったら子どもがタイヤに足をのせてその中でぐうぐう眠っていたこと。。 ガンモというお祭りでマラブー(こちらのイスラム社会の権力者のような人)に友人と一緒にお祈りをしてもらったこと。
また、日々のことや色々を、書き綴っていけたらな、と、思います。
常識の変遷。
世界は面白いところだ、と、セネガルにいて思う。
何もかもが、日本の中の常識とは逸している。
自分自身も、何が常識なんだろうか、と、自分の中の常識という概念が揺らぐ。
自分が前に住んでいた世界と、私は結構違う場所までやって来たように思う。
自分の中の世界観の枠組みが広がってしまったので、もう元には戻れないような気がする。日本にいた自分の持っていた物事に対する尺度や、感覚が、自分でも気づかないうちに変遷を遂げているような気もする。
今日は、縁で知った自分の任地の女性団体の会合に少しだけ顔を出した。
女性たちが50〜60人くらい集まっていて、それだけで既に凄い迫力があった。
セネガル女性たちは、凄く強い。
学校菜園をしている学校のたまたま近くだったので、その後学校菜園の様子を確認しに行ったのだが、近くなのに方向音痴を爆発させて道に迷った。
さんさんと降り注ぐ太陽光の中、ずぼずぼと足を取られる砂地を歩いて、結構疲れた。思えば、セネガルの人たちは体力があるけれど、この暑い場所で余計な体力を消耗しないよう、工夫して暮らしている、とも思う。
本当に、ともすると死を予感するほど暑い午後3時くらいの時間帯は、外に出歩いている人はほとんどいない。あの時間帯に外を出歩くなんて自殺行為だと皆分かっている。
ここにいると、木陰というものの有り難みが身にしみる。
ロバも、建物の壁際の影になっている部分に寄りかかって、暑さをしのいでいたりするので、その光景は可愛らしい。
人が何を優先し、何を工夫し、何をモットーとして、生きているのか。
これからもそれは、いつも注意していたいな、と思う。