Un poisson rouge -47ページ目

難あり検定試験と、交流の日。

1日空いてしまった・・・ ここでエクスキューズ(言い訳)です。笑。

フランス語の検定試験のために、私の任地から1時間半程の距離にあるNdar(Sant-Louis、サンルイ)という町に1泊して行っておりました。試験は朝8時集合で、ホテルをとって前日入りしました。結果的には、分かってはおりましたがやはり非常に難しく、全く途方にくれてしまいましたが、、、スピーキングの待ち時間に、日本人ボランティアの他、韓国のボランティア(KOICA)の人やアメリカのボランティア(Peace Corps)の人、モーリタニアとベナンからの人でサンルイの大学に通っている人と雑談しながら交流出来たので、それは良しとしようと思います。外にあるテーブルに皆で腰掛けていたのですが、フランス語と英語と韓国語と日本語とウォロフ語とプラール語が聞こえて来るという。多国籍、多言語とはまさにこういう状況だと思いました。韓国の若い子たちは日本のドラマや映画に精通していて、流行に疎い私なんかよりよっぽど詳しいのではないかと思いました!

待ち時間も含めるとほぼ半日を費やした試験、終わった後は予定していた通りサンルイの隊員が働くVillage Artisanal(手工芸職人の村の意)に行き、オーダーさせてもらっていたセネガル布を施したサンダルを受け取り、他の隊員とともに職人さんの店舗を見ていました。

 

神経を使う一日でしたが交流も充実した日で良かったです。

フランス語の難しさを改めて痛感したので、分かってはいたけれど、

もっとちゃんと勉強しないと駄目だな、と、思いました。

通過した気はしないので、もう一度勉強し直して受検する気持ちでおります。

私の内向性を吹っ飛ばす、セネガルの人びと(と神様)。

私は、自分で思う自分の性格として、

内気だと思う。

放っておくと、気づいたら私の意識は外ではなく内へ向いている。何故だかは分からないけれど、小さい頃から、絵を描いたりするのが好きだったし、兄がいたので、兄や兄の友だち、それから自分の友だちと遊ぶことももちろんあったけれど、本質的には空想のようなことが好きだった。社会性というものは先天的な部分と後天的な部分があるのだろうか。幼稚園や学校に行くようになってからは、当然「社会」に馴染み、そこで生活していかなければならないので、「そういう自分」も自然と形成されたように思う。

しかし、今こうして異国で一人暮らしをしていると、小さい頃の内向的な自分を思い出す。そして、勿論大人になって社会性はある程度はあるので、そういう自分に切り替えることは可能なのだが、根本的な所での内向性は変わっていないということを感じる。そして私は、交遊関係や物事の捉え方も、広く浅くよりは、狭く深いほうを好んでいるような気もする。

小さな世界で生きているのかもしれない。それが良いか悪いかは別として。しかし私は社交的な自分を装うことはできるけれども、本当の意味で社交的ではないと思うので、そういう人に憧れる。人は無いものねだりなのかもしれないけれど。

思考を深めていくときは、静かで深い海の底を目指して潜って行くような感覚がして、心地良い。読書も、文を書くことも、同様に。自分でも何だか暗いし変わっていると思うけれど(笑)、そういう自分を否定してもあまり良くないのかな、とも思う。しかし、もっとそれを磨く必要があると思う。変わっている部分があるならば、それは磨いて、社会に何らかの形で関わり、還元できるような形にすることが一番良いのだと思う。

 

何故こんな性格の私が、底抜けに明るい光と、明るい人たちに満ちたこのアフリカはセネガルに来たのだろう、などと考えることがある。神様はそんな私を見ていて、こいつはもっと外向きに、生きる上でのタフさを身につける必要がある、ヘナヘナしてるんじゃない、と、私のお尻を蹴っ飛ばしたのだろうか。(笑)というか、そもそも、30にもなって内向き云々言っている場合ではないのかもしれないけれど。。。

 

と、ここまで書いて外に出た途端、話しかけられたセネガルの人のテンションの高さに即刻直面し、私の書いたような浅はかな思考は一瞬のうちに吹っ飛ばされた。(笑)ここの人たちの持つパワーは、彼らは意識なんてしていないだろうけれど、それは何とも凄いものがある。まず、垣根というものが無い。人間に対して基本的に常に「ウェルカム」態勢である。さすがテランガ(セネガルのおもてなし文化を指す言葉)の国。即刻友だち。包容力。(しかし、他人や外国人ということは関係なしに、人間である限りにおいてウォロフ語で話してもオッケーと思っているのではないかと疑うくらいである。笑)フランスの植民地であった歴史はあれども、彼らのアイデンティティの強さはそれをもろともしなかったのではないだろうか、等と思う。あっけらかんとしているし、拍子抜けする程フレンドリーで明るく、思ったことをそのまま口にする。何ともダイナミックである。日本の常識や、価値観の前提を超越する出来事が頻発する。普通に歌を歌いながら歩いている人、初めて会った知らない人なのに「私の妻よ」と言ってくるおじさん、牛の群れで一時停止する車、砂にダイブして砂まみれになっている赤ちゃん、歩道の真ん中の砂の上にうつ伏せに倒れている人がいてどうしたのかと思っていたら「疲れて寝てるんだよ」と何事も無かったように言う馬車の運転手。16時に始まるはずの会議は当然のように17時半に始まること。求婚は日常茶飯事であり、一夫多妻制を許容しているという背景から、配偶者がいても「二番目にならないか?」と聞かれる。

神様はやはり私の内向性を見抜いていて、この国に私を連れ出したのであろうか、と思う。この国にはそもそも神様が日常に生きていらっしゃるので、その神様にいつも見られていてもおかしくないのかも、と、思う。

夜のひかり。

昼と夜の間や、夜と朝の間が、好きだ。

 

段々夜に変わっていく空のグラデーションは、美しい。

 

朝が向こうから顔をのぞかせていく様子は、神秘的な始まりを告げているような気がする。

 

 

 

 

夕日が落ちて行き、

夜へと模様替えしていく空と、喧噪の通りを眺めていた。

 

地面に絨毯を敷き、祈りを捧げる人びと。

 

連れ立ってどこかへと向かって歩いて行く人びと。

 

夜は人びとを包み込んで行く。平等に。

 

人は何を考えているのだろう。どこへ行こうとしているのだろう。

 

夜は世界のどこでも、同じ温度を持っているのかもしれない、等と思う。

 

病院の前で、果物を売っている友人。彼女がおもむろに料理用のボールの底をたたき出す。ここの人たちは皆、小さな頃からリズムの感覚というものを身につけているのだろうか。

 

今も遠くでモスクから流れる放送が聞こえる。

 

急に増設された通りの街灯の明かりは、仄かに、人びとが行き交う道を照らしていた。

 

その光は鮮明で、

 

問いかけるまでもなく、

夜の意味というものを、伝えているような気がした。