うーん…
最近、仕事で母校に行くことになった。週に2回くらいは行く。
母校に行って、顔なじみの先生や、お世話になった先生に、ご挨拶をする。
わたしの仕事は営業だから、先生には仕事上のお客さんとして接することになる。
でも、少しもやっとする。
知っている先生の元へ行ってご挨拶したら、少しだけ、なんとなくいつもと違うような感じがした。
ほとんどマンツーマンで接する機会のない先生だったから、わたしの顔はもしかしたら覚えていらっしゃらなかったのかもしれない。けれど、やはりわたしはもう学生じゃなく、会社の人、なんだなあと、当たり前だけれど思った。
知っている。その先生の授業を受け、書かれた本も読んだので、その先生がどういう人か。
全て知っているわけではないけれど、知っている。
仕事って、難しい。やっぱり「商売相手」になるというのは、難しい。
最近ちょっとそう思う。
考えすぎる必要はないのかもしれないけれど、少し、葛藤している。。。
母校に行って、顔なじみの先生や、お世話になった先生に、ご挨拶をする。
わたしの仕事は営業だから、先生には仕事上のお客さんとして接することになる。
でも、少しもやっとする。
知っている先生の元へ行ってご挨拶したら、少しだけ、なんとなくいつもと違うような感じがした。
ほとんどマンツーマンで接する機会のない先生だったから、わたしの顔はもしかしたら覚えていらっしゃらなかったのかもしれない。けれど、やはりわたしはもう学生じゃなく、会社の人、なんだなあと、当たり前だけれど思った。
知っている。その先生の授業を受け、書かれた本も読んだので、その先生がどういう人か。
全て知っているわけではないけれど、知っている。
仕事って、難しい。やっぱり「商売相手」になるというのは、難しい。
最近ちょっとそう思う。
考えすぎる必要はないのかもしれないけれど、少し、葛藤している。。。
上司のことば
父親くらい歳の離れた上司は、結構毒舌だったりして笑、コミュニケーションが難しいと思うこともあるけれど、
営業先に行くまでの車中、またお昼を食べながら話をする中で、はたらいたり、生きていく上で、とても大切ではないかと思うことばをもらった。
「自分に投資することも大切だと思うよ」
本を扱い、研究者と接する仕事では、活字に触れること、広範囲の知識を持っておくことが良いというような話の流れの中で、自分への投資は大切なんだと、教えてくれた上司。
そうだなあ、と思った。
知的欲求を全開にして、色々なものに興味関心を持っておくことが大切と思う。
それから、別の上司は、
「営業では、色々な人に接するから、自分と合わない、嫌だなあと感じる人もいるのは、仕方がない。
だけれど、そういうのは接する人に見えてしまうから、その人の良いと思うところ、良いなと思う面を探して、そこを見るようにするといい。そうすると、相手に対して「嫌だな」オーラが出ないようになってくるんだ。」
自身の経験から、このようなことを話してくれた。
考えてみれば、当たり前のことかもしれないけれど、でもこれって、私はとても大切なことだなと思う。
どんな人だって、その人を知れば、きっと簡単には憎めないはずだって思うから。
これからもよくよく聞き耳を立てておくと、色々とすてきなことばをいただけるかもしれない。
営業先に行くまでの車中、またお昼を食べながら話をする中で、はたらいたり、生きていく上で、とても大切ではないかと思うことばをもらった。
「自分に投資することも大切だと思うよ」
本を扱い、研究者と接する仕事では、活字に触れること、広範囲の知識を持っておくことが良いというような話の流れの中で、自分への投資は大切なんだと、教えてくれた上司。
そうだなあ、と思った。
知的欲求を全開にして、色々なものに興味関心を持っておくことが大切と思う。
それから、別の上司は、
「営業では、色々な人に接するから、自分と合わない、嫌だなあと感じる人もいるのは、仕方がない。
だけれど、そういうのは接する人に見えてしまうから、その人の良いと思うところ、良いなと思う面を探して、そこを見るようにするといい。そうすると、相手に対して「嫌だな」オーラが出ないようになってくるんだ。」
自身の経験から、このようなことを話してくれた。
考えてみれば、当たり前のことかもしれないけれど、でもこれって、私はとても大切なことだなと思う。
どんな人だって、その人を知れば、きっと簡単には憎めないはずだって思うから。
これからもよくよく聞き耳を立てておくと、色々とすてきなことばをいただけるかもしれない。
今も
テレビのニュースで、今日でJR福知山線の脱線事故から6年と言っていた。
長男を事故で亡くした母親が「たくさん夢があったのに…」と言っていた。
時は過ぎていくし、色んなことが起こるから、ひとつひとつの事故や事件は、日常の中で記憶から薄らいでいってしまう。
ニュースの中の、緊迫した東北や福島の様子は、普通に仕事して一日を終えて帰宅して、朝が来て出勤して…という今の自分の日常からはかけ離れているように感じる。まるで別の世界のよう。
防護服を着て現場に入る人たち。でもそれは現実だし、原発は予断を許さない状況だ。
自分の日常と、その映像の間にある差に愕然とする。
だからこそニュースを見ると、急に胸が締め付けられる。まだ今も非日常を過ごし、家族の行方もわからなかったり、住みなれた土地に帰ることもできない人たちがたくさんいるという事実。
今も必死に現場で闘う人たち。
東北の地震や津波でも、たくさんの夢があったかもしれない多くの命が失われた。
せめて忘れないで、心に留めていたい。
目をそらさないでいられるように。
思考を止めるのに十分な日常。
考えないでいようと思えばそれはいとも簡単にできる。
それは自分にとっては簡単にできて、楽なこと。
でも、同時に怖くもある。
考えることが一体何の役に立つのかはわからない。
そんなのただの自己満足と言われればそれまでだし、考えたところで何かが変わるわけじゃない。
だけど何ができるのだろう。考えてみても、できることなんて全然ないような気がする。
忘れないこと、目を向けておくこと、か。
それから、「これから」を見ること。
どうか、
安らかに。
長男を事故で亡くした母親が「たくさん夢があったのに…」と言っていた。
時は過ぎていくし、色んなことが起こるから、ひとつひとつの事故や事件は、日常の中で記憶から薄らいでいってしまう。
ニュースの中の、緊迫した東北や福島の様子は、普通に仕事して一日を終えて帰宅して、朝が来て出勤して…という今の自分の日常からはかけ離れているように感じる。まるで別の世界のよう。
防護服を着て現場に入る人たち。でもそれは現実だし、原発は予断を許さない状況だ。
自分の日常と、その映像の間にある差に愕然とする。
だからこそニュースを見ると、急に胸が締め付けられる。まだ今も非日常を過ごし、家族の行方もわからなかったり、住みなれた土地に帰ることもできない人たちがたくさんいるという事実。
今も必死に現場で闘う人たち。
東北の地震や津波でも、たくさんの夢があったかもしれない多くの命が失われた。
せめて忘れないで、心に留めていたい。
目をそらさないでいられるように。
思考を止めるのに十分な日常。
考えないでいようと思えばそれはいとも簡単にできる。
それは自分にとっては簡単にできて、楽なこと。
でも、同時に怖くもある。
考えることが一体何の役に立つのかはわからない。
そんなのただの自己満足と言われればそれまでだし、考えたところで何かが変わるわけじゃない。
だけど何ができるのだろう。考えてみても、できることなんて全然ないような気がする。
忘れないこと、目を向けておくこと、か。
それから、「これから」を見ること。
どうか、
安らかに。