今も | Un poisson rouge

今も

テレビのニュースで、今日でJR福知山線の脱線事故から6年と言っていた。

長男を事故で亡くした母親が「たくさん夢があったのに…」と言っていた。


時は過ぎていくし、色んなことが起こるから、ひとつひとつの事故や事件は、日常の中で記憶から薄らいでいってしまう。

ニュースの中の、緊迫した東北や福島の様子は、普通に仕事して一日を終えて帰宅して、朝が来て出勤して…という今の自分の日常からはかけ離れているように感じる。まるで別の世界のよう。
防護服を着て現場に入る人たち。でもそれは現実だし、原発は予断を許さない状況だ。

自分の日常と、その映像の間にある差に愕然とする。


だからこそニュースを見ると、急に胸が締め付けられる。まだ今も非日常を過ごし、家族の行方もわからなかったり、住みなれた土地に帰ることもできない人たちがたくさんいるという事実。
今も必死に現場で闘う人たち。


東北の地震や津波でも、たくさんの夢があったかもしれない多くの命が失われた。



せめて忘れないで、心に留めていたい。
目をそらさないでいられるように。


思考を止めるのに十分な日常。
考えないでいようと思えばそれはいとも簡単にできる。
それは自分にとっては簡単にできて、楽なこと。
でも、同時に怖くもある。


考えることが一体何の役に立つのかはわからない。
そんなのただの自己満足と言われればそれまでだし、考えたところで何かが変わるわけじゃない。

だけど何ができるのだろう。考えてみても、できることなんて全然ないような気がする。



忘れないこと、目を向けておくこと、か。

それから、「これから」を見ること。






どうか、


安らかに。