続けること
続けること。
忍耐力。
今年の目標。今年に限らず人生の目標かもしれません。
私は、ぐるぐると考え、そして、ころころと変わる。
それが自分の首を絞めていると思う。
それが、余計な辛さを生んでいるのではないか、という、ひとつの仮説に到達しました。
根っこを求めているような気がします。精神的な根っこを。
最近思うのが、ひとつのことを続けることで、見えてくる世界があるのではないかということ。
ひとつのことを長く続けてみて初めてわかることがあるのではないか。
続けていくことで、心の安定が生まれるのではないか。
そんな風に思います。
何より、ひとつのことを長く長く続け、その道をよく知った人のことばは力強いと思う。
その境地でしか、発し得ないことばと確信のようなものがあると思う。
もちろん、だれしも、迷い続けてはいるのだと思うのですが。
「継続は力なり」
本当にそうなのだろうと思います。
そして、私に足りない力だと思います。
大学4年のとき、出版社でバイトをしていました。
微々たる就活しかしなかった私は、進路を決めかねていました。出版社もそのひとつでした。
中途採用の募集を見つけ、ダメ元で電話し、バイトさせて下さいと頼み、履歴書を送ったら、奇跡的に雇ってもらえたのでした。
そこで週4日働かせてもらいました。
でも、色々考えた末、バイトを辞めることにしました。3カ月間でした。
辞めるとき、社長と話していたときに言われたこと。「「石の上にも三年」て言うからね。」
今、その言葉を思い出しています。
そうなのだろうなあ。「石の上にも三年」なのだ。
何か言う前に、考える前に、まず、続けてみようかな、と思います。
もちろん、気乗りしないことで、はじめからこれはやめるだろうと、踏んでいることはやらない方が良いと思いますが。。
でも、どんなことでも、ひとつのことを続けていけば、きっとその道のプロになると思います。
そして、続けていくことは、ひとつの自信になるのかもしれないと思います。
こんなこと書いて、全然継続する力つかなかったらあれですが…笑
でも、そんな風に思います。
忍耐力。
今年の目標。今年に限らず人生の目標かもしれません。
私は、ぐるぐると考え、そして、ころころと変わる。
それが自分の首を絞めていると思う。
それが、余計な辛さを生んでいるのではないか、という、ひとつの仮説に到達しました。
根っこを求めているような気がします。精神的な根っこを。
最近思うのが、ひとつのことを続けることで、見えてくる世界があるのではないかということ。
ひとつのことを長く続けてみて初めてわかることがあるのではないか。
続けていくことで、心の安定が生まれるのではないか。
そんな風に思います。
何より、ひとつのことを長く長く続け、その道をよく知った人のことばは力強いと思う。
その境地でしか、発し得ないことばと確信のようなものがあると思う。
もちろん、だれしも、迷い続けてはいるのだと思うのですが。
「継続は力なり」
本当にそうなのだろうと思います。
そして、私に足りない力だと思います。
大学4年のとき、出版社でバイトをしていました。
微々たる就活しかしなかった私は、進路を決めかねていました。出版社もそのひとつでした。
中途採用の募集を見つけ、ダメ元で電話し、バイトさせて下さいと頼み、履歴書を送ったら、奇跡的に雇ってもらえたのでした。
そこで週4日働かせてもらいました。
でも、色々考えた末、バイトを辞めることにしました。3カ月間でした。
辞めるとき、社長と話していたときに言われたこと。「「石の上にも三年」て言うからね。」
今、その言葉を思い出しています。
そうなのだろうなあ。「石の上にも三年」なのだ。
何か言う前に、考える前に、まず、続けてみようかな、と思います。
もちろん、気乗りしないことで、はじめからこれはやめるだろうと、踏んでいることはやらない方が良いと思いますが。。
でも、どんなことでも、ひとつのことを続けていけば、きっとその道のプロになると思います。
そして、続けていくことは、ひとつの自信になるのかもしれないと思います。
こんなこと書いて、全然継続する力つかなかったらあれですが…笑
でも、そんな風に思います。
ご挨拶
皆さま
2010年、大変お世話になりました。
途中からブログを全くサボってしまったのですが、今年は少しずつ再開しようかなあと思います。
本当に、生きてるだけでまるもうけとはよく言ったものだと思います。
そう、生きてるだけで、まるもうけなんだなあと、そんな風に思います。
ありがとうございます。
感謝です。
2011年も、どうぞよろしくお願いいたします。
2010年、大変お世話になりました。
途中からブログを全くサボってしまったのですが、今年は少しずつ再開しようかなあと思います。
本当に、生きてるだけでまるもうけとはよく言ったものだと思います。
そう、生きてるだけで、まるもうけなんだなあと、そんな風に思います。
ありがとうございます。
感謝です。
2011年も、どうぞよろしくお願いいたします。
老いていくということ。
私の祖父母は父方も母方も既に他界してしまったため、敬老の日はお仏壇に手を合わせることしかできなかったのだが、3年前に亡くなった母方のおばあちゃんのおばが、ホームで暮らしている。
私から見ればおばあちゃんのおばなのだけれど、おばあちゃんが「おばちゃん」と呼んでいたので、私も家族もその人を「おばちゃん」と呼んでいる。
おばあちゃんとおばちゃんは、実の姪っ子とおばの関係なのだれど年齢が近かったので、とても仲が良かった。江戸っ子の二人はよく一緒に浅草や深川に出かけていた。背が小さくてよく歩く元気な二人のおばあちゃんは、お寺の住職さんに「金さん銀さんみたいですね」とか言われたりしていた。
おばちゃんはよくうちにも来て、私が小さいときは皆で一緒にトランプをしたりしていた。勝負がとても強くて、ゲームやトランプをやると必ずと言っていいほどおばちゃんが勝つのがかっこよかった。いつもにこにこしていて笑い上戸のおばちゃん。「ひ」の発音が「し」になっていた生粋の江戸っ子のおばちゃん。本を読んだりニュースを見たりするのが好きで、ものをよく知っていたおばちゃん。
今日、車で家から1時間ちょっとくらいのところにあるおばちゃんのホームに行ってきた。
おばちゃんは会うとすぐに、いつものおばちゃんのにこにことした笑顔で手を振ってくれた。
今はもう大分歳をとって、色々なことがわからないしあまり話すこともできないのだけれど、にこにこした顔を見ていると、昔のおばちゃんと何にも変わらない。
年老いて、色々なことが昔のようにできなくなっても、人の笑顔というのはすごい力を持っていると思う。
おばちゃんと仲良しだった私のおばあちゃんは、晩年うちのすぐ近くにひとりで住んでいた。認知症を患ってからはデーサービスに通ったりヘルパーさんが来てくれたりしていたけれど、独りでは危ないこともあったので、母や私は代わりばんこに泊まりに行ったりしていた。
いろいろなことが分からないというのは、一番辛いのは本人だと思う。自分で自分がうまくコントロールできない様子を見ているのは辛かったし、泣いたりうわごとのようなことを言ったりして感情の起伏が激しくなっていた。向き合うこちらも結構な覚悟が必要だった。
人は年老いていくと子どもに戻っていく、ということを聞いたことがある。
最晩年のおばあちゃんは、病院に入って、色々なことがもうほとんどわからなくて、体も自由がきかなくなっていた。耳元で大きな声で話しかけたり、握手したりしてコミュニケーションをとっていた。コミュニケーションの方法がとても原始的なものとなっていたのだった。
でも、ほとんど表情が変わらないようになっても、何かを伝えようとしているのはわかる。がらがら声でおばあちゃんはよく看護師さんや私に、「ありがとー」と言っていた。
おばちゃんも、今はあまり喋ることができないけれど、何かを伝えようとしているのはわかった。
口元に耳を近付けると、「しばらくね」と、言っていた。
帰り際には「気をつけてね」って。
今日のおばちゃんはとてもすっきりとした顔つきに見えた。
老いていく、というのは自然の現象。
老いていくことが、子どもに戻っていく、ということに似ているという考えは、何となくわかる気がする。
とても、シンプルになっていく。
そんな気がする。
おばちゃんの表情に、生まれたてのたまごのような温もりを感じた。
私から見ればおばあちゃんのおばなのだけれど、おばあちゃんが「おばちゃん」と呼んでいたので、私も家族もその人を「おばちゃん」と呼んでいる。
おばあちゃんとおばちゃんは、実の姪っ子とおばの関係なのだれど年齢が近かったので、とても仲が良かった。江戸っ子の二人はよく一緒に浅草や深川に出かけていた。背が小さくてよく歩く元気な二人のおばあちゃんは、お寺の住職さんに「金さん銀さんみたいですね」とか言われたりしていた。
おばちゃんはよくうちにも来て、私が小さいときは皆で一緒にトランプをしたりしていた。勝負がとても強くて、ゲームやトランプをやると必ずと言っていいほどおばちゃんが勝つのがかっこよかった。いつもにこにこしていて笑い上戸のおばちゃん。「ひ」の発音が「し」になっていた生粋の江戸っ子のおばちゃん。本を読んだりニュースを見たりするのが好きで、ものをよく知っていたおばちゃん。
今日、車で家から1時間ちょっとくらいのところにあるおばちゃんのホームに行ってきた。
おばちゃんは会うとすぐに、いつものおばちゃんのにこにことした笑顔で手を振ってくれた。
今はもう大分歳をとって、色々なことがわからないしあまり話すこともできないのだけれど、にこにこした顔を見ていると、昔のおばちゃんと何にも変わらない。
年老いて、色々なことが昔のようにできなくなっても、人の笑顔というのはすごい力を持っていると思う。
おばちゃんと仲良しだった私のおばあちゃんは、晩年うちのすぐ近くにひとりで住んでいた。認知症を患ってからはデーサービスに通ったりヘルパーさんが来てくれたりしていたけれど、独りでは危ないこともあったので、母や私は代わりばんこに泊まりに行ったりしていた。
いろいろなことが分からないというのは、一番辛いのは本人だと思う。自分で自分がうまくコントロールできない様子を見ているのは辛かったし、泣いたりうわごとのようなことを言ったりして感情の起伏が激しくなっていた。向き合うこちらも結構な覚悟が必要だった。
人は年老いていくと子どもに戻っていく、ということを聞いたことがある。
最晩年のおばあちゃんは、病院に入って、色々なことがもうほとんどわからなくて、体も自由がきかなくなっていた。耳元で大きな声で話しかけたり、握手したりしてコミュニケーションをとっていた。コミュニケーションの方法がとても原始的なものとなっていたのだった。
でも、ほとんど表情が変わらないようになっても、何かを伝えようとしているのはわかる。がらがら声でおばあちゃんはよく看護師さんや私に、「ありがとー」と言っていた。
おばちゃんも、今はあまり喋ることができないけれど、何かを伝えようとしているのはわかった。
口元に耳を近付けると、「しばらくね」と、言っていた。
帰り際には「気をつけてね」って。
今日のおばちゃんはとてもすっきりとした顔つきに見えた。
老いていく、というのは自然の現象。
老いていくことが、子どもに戻っていく、ということに似ているという考えは、何となくわかる気がする。
とても、シンプルになっていく。
そんな気がする。
おばちゃんの表情に、生まれたてのたまごのような温もりを感じた。