Un poisson rouge -148ページ目

きれいな

純粋で、きれいな想いや、ことばや、視線や、生き方に触れたとき、
自分の汚さやだらしなさに、耐えられず、心臓が縮みそうな思いがする。

きれいなものの放つ光は眩しくて、ときに痛々しい程に鋭利で、見ていられない程に、強い光で訴えかける。

それを傷つけたくないんだけれど、取り扱いは難しい。

だから見たくない、というのが、多くの人の心情、なのかもしれないなどと思う。


正しさ、はないんだけれど、善悪を抜きにして、純粋さ、ピュア、というものは、存在するような気がするのだ。

何かを、強く、信じている、あるいは、想っていること。

きれいな、純粋な、もののもつ魔力は強い。それは、ときに怖ろしいほど。


「恐れ」とは「疑い」に通じていると思う。「疑い」がなければ、「恐れ」も自ずと消えていく、と。

もしそうならば、「疑い」がない=「信じている」ということは、「恐れ」もない、ということ。

「信じる者」は、やはり強い。善悪ではなく、力が、強い。

忘れがちなこと。

健康な身体があり、家族も健在している。

それだけで、一体どれだけ幸せなことか。


日常に、埋もれてしまって、忘れがちなことが、

どれだけ、尊いことか。



本当に、大変な人の、まぎれもない事実を知って、
不謹慎かもしれないけれど、
我が身を振り返って、
わたしは、そんな風に思う。



自分の、悩みなんて、砂粒みたいだ。


感謝して、精一杯、生きなければ。

自分にもできることが、あるんだから。

やさしく

やさしく生きるというのは、自分をちゃんと愛してこそ、だなあ、と思う。

今そういうことが書いてある本を読んだりしている。
個人的には、結構、自分をほんとうに愛してあげるというのは、難しいことのように思う。


自分が幸せでいることが、人を幸せな気持ちに、するんだろうなあ。
笑顔は人を幸せにするから。

ほんとうに。