Un poisson rouge -132ページ目

またも偶然。

ベルギーのGent(ゲント/ヘント)という街を訪れたときに、聖バーフ大聖堂という教会で、『神秘の子羊』という絵を見た。フランドル地方の美術として、歴史的に有名なものらしく、ガイドブックにも必ずといって良い程登場するもののようだが、私は実際に行ってみるまで知らなかった。本物を見る事ができたのは、とてもラッキーであったように感じる。中世に描かれた作品であるけれど、現在も色鮮やかで、修復をされながら、大切に保存されているようであった。
題名にもあるように、神秘的な空気感に溢れた、キリスト教世界を表現した、大きな絵。

私は現在、洋書を扱う仕事をしており、大学等に書籍を販売するのだが、各営業員は、それぞれ受け持つお客さんの注文品を管理し、納品もする。

昨日、入荷してきた注文品の本を何気なく開いたら、先述の『神秘の子羊』が載っていた。
普段よく目にする絵、というわけではないので、それはそれは驚いた。
ああ、何か来ている。。。と私は(勝手に)思ったのであった。

偶然は、必然、と言ったりもするけれど、
ときどき、考えられないくらいの確率で、そういう不思議なことが起きるような気がする。

不思議に、どきどきとする感覚。。

全てはつながっているのかなあ、と、考えたり。。。

感覚的な話だけれど。。。

それが何を意味するか、までは全く分からないけれど、
何か意味があるように思えてしまう。。

『アルケミスト』を思い出した。

偶然は、必然なのだろうか。

坂口安吾

昨晩、途中まで、『白痴』に収められた7編の中のひとつを読み、
ああ、読まなければよかった…、と、思いがけず、そのような印象が残るほどに、強烈だったのであるが、
そんな余韻を残すくせに、妙に、最も落胆した者の傍らに寄り添うような、そして慰めさえするような、
人間の持つ享楽的、退廃的、動物的衝動の暗部を描き出す坂口安吾は、
やはり表現者として巨人なのだろう、と思った。

人間らしさ。

昨晩、夏に参加したドキュメンタリー写真のワークショップで出会った人に会って飲みながら話をした。

氏いわく、本当は、自然が好きだし、自分が生まれたところで、自給自足的な暮らしをして、自分の傷つかない、自分で完結したような暮らしがしたいような心境だけれど、
3.11、この間の選挙、そして福島の子どもに会って、社会にかかわり、この社会をどうにかしなければいけない、という風に思ったそうだ。

私たちの世代で、原発の問題を含め、変えられるものを変えていかないと、と。

私も、今は過渡期なのだと認識していたけれど、
やはり若い世代の投票率が低い、という結果にはショックを受けた。
過渡期にさえなっていないのかもしれない、と。

いきなり全てを変えるのではなく、
自分でもできることを少しでも実践していく、ということが本当に大切だと思う。
日常の忙しさの中で、最近そういうことを真剣に考えていなかったな、と、反省した。。

やはり、ものを考える時間は、とても大切だ。
考えて実践して。
どんなに時間が無くても、それは疎かにしてはいけないものだと思う。



話は少し変わるけれど、
非常に短期間ながらもベルギーに行って、感覚的に思ったのは、
良い意味でマニュアル社会ではない、ということ。

駅の切符売り場で長蛇の列ができていたところで、
売り場の人は全く急ぐ様子は無いのだけれど笑、(そもそも人が足りないのかもしれないけれど、)
よくよく見たら、ひとりひとりに対して、割と丁寧に対応しているのだ。ひとりひとりに「ボンジュール」と声をかけて、切符を買う人の顔を見て。

ハンバーガーショップに入って会計をしようとしているところ、隣で何故か店員さんと喋りながら立っていた身長180cm以上はありそうなアフリカ系の人に話しかけられ、「怖がらないで、僕はピース&ラヴの男だよ」と言われ、何故かわたしのハンバーガー代を払ってくれたり。。笑 
ブリュッセルを案内するよと言われたけれど、ごめんね予定があって、と言ってお断りしてしまったけれど。。

でもそういうナンパのお兄さんも、何か愛らしかった。


人間らしさ。

私たちの世代に問われていることは、人間らしさなのかなあ、と考えたりする。
抽象的で曖昧だからこそ、まもっていくのは難しいことなのかもしれない。
だからこそとても大切なものだと思う。


ぶらさがるのは、意外と簡単なのだと思う。

でも、そうではなく、
人の創造性を、どうやって疎かにしないで生きていくことができるか、というのはいつも考えなければならない、という風に思う。