尊敬の念。
自分の父親に対して、恐らく初めてかな、という
私の抱いた、尊敬の念。
祖父が懸命に営んできた家業であった河岸の乾物屋を長男(私の伯父)が継ぎ、
比較的、自由を享受できる立場であったでろう、次男である私の父の、若かりし日。
今日、新聞を読もうと、駅のコンビニで帰りに買った東京新聞の夕刊に、青年海外協力隊への応募件数の減少を伝える記事が載っていた。
東日本大震災のボランティアへの人材の移行、不景気による影響、等がその要因として考えられることを記事は示唆していた。
親にそのことを話し、今は不景気だから、帰国後の進路のことを考えると踏み出し辛くなっちゃうのかも、というような話題になった。
私の父親は、青年海外協力隊という制度が設立されて間もない頃の隊員であった。
父曰く、協力隊というものに対して、その当時、今のような知名度は無かった、という。
そこで、私は父親に、派遣から帰った後のことを考えて、不安になったりはしなかったのか、という質問をした。
それに対して父親は、
「(就職していた)会社に、もし受かったら辞めます、と予め言っておいた。」と答えた。
そして「学生時代にインドとか行っていたから、(その現状を目の当たりにした後で、それに比べたら)別に自分が日本に帰った後の食いぶちについての心配なんて湧かなかった。」と言っていた。
(家には何故か「1969 アフガニスタン」と書かれた、汚いずた袋のようなものを持ちサンダルで佇む謎の日本人が写った写真がある…)
それにしても、どうにかなるだろ精神が、完全に垣間見える。笑。
結局、父親は就職して3ヶ月で会社を辞し、モロッコへ、造園関連の職種で派遣された。
完璧に、考えるより行動派の父親、そしてそれ故の、「もっと、論理的、客観的に、考えろよ!!」とツッコミを入れたくなる瞬間が多々ありすぎ、常に対立(?)してきた父親。
若い頃からはちゃめちゃであったことは何となく知っていたが、それにしても、まあよくそんな勇気があったものだ、と思った。
しかしながら、その、呆れる程の潔さ、というか、ストレートさに、恐らく今までの人生で初めてと言って良いと思うのだが、父親に対して尊敬の念を抱いた。
客観性を欠く偏った意見、そして他者に対して聞く耳を持たない姿勢は、本当に直した方が良いと思うし、私とはまず政治的意見が全く合わない父親だが笑、
父には父の、道筋があったのだな、と思ったのであった。
ちなみに父親は、帰国後、同じ会社に再就職する気は無く、アフリカに行く仕事を見つけていたそうだが、(本人曰く)母親(私の祖母)が心配するだろうと気遣い、アフリカ行きを辞めようとしていたところ、元の会社の社長に戻って来いよと拾われたらしい。。そしてその後、バブル景気に突入していく波もあったであろう「良き」時代の中で、アメリカ南部はブラック音楽の都でもあるニューオリンズ近郊に、会社のお金で留学させてもらったそうな。。。ハハン。
(本人曰く「その後たっぷり稼いでやったんだから」)
その割に、父親の英語は、アメリカで何を学んできたんだ、という位、文法も何もあったもんじゃないと思うんですが。(きっと遊学していたのでしょう。)
私の抱いた、尊敬の念。
祖父が懸命に営んできた家業であった河岸の乾物屋を長男(私の伯父)が継ぎ、
比較的、自由を享受できる立場であったでろう、次男である私の父の、若かりし日。
今日、新聞を読もうと、駅のコンビニで帰りに買った東京新聞の夕刊に、青年海外協力隊への応募件数の減少を伝える記事が載っていた。
東日本大震災のボランティアへの人材の移行、不景気による影響、等がその要因として考えられることを記事は示唆していた。
親にそのことを話し、今は不景気だから、帰国後の進路のことを考えると踏み出し辛くなっちゃうのかも、というような話題になった。
私の父親は、青年海外協力隊という制度が設立されて間もない頃の隊員であった。
父曰く、協力隊というものに対して、その当時、今のような知名度は無かった、という。
そこで、私は父親に、派遣から帰った後のことを考えて、不安になったりはしなかったのか、という質問をした。
それに対して父親は、
「(就職していた)会社に、もし受かったら辞めます、と予め言っておいた。」と答えた。
そして「学生時代にインドとか行っていたから、(その現状を目の当たりにした後で、それに比べたら)別に自分が日本に帰った後の食いぶちについての心配なんて湧かなかった。」と言っていた。
(家には何故か「1969 アフガニスタン」と書かれた、汚いずた袋のようなものを持ちサンダルで佇む謎の日本人が写った写真がある…)
それにしても、どうにかなるだろ精神が、完全に垣間見える。笑。
結局、父親は就職して3ヶ月で会社を辞し、モロッコへ、造園関連の職種で派遣された。
完璧に、考えるより行動派の父親、そしてそれ故の、「もっと、論理的、客観的に、考えろよ!!」とツッコミを入れたくなる瞬間が多々ありすぎ、常に対立(?)してきた父親。
若い頃からはちゃめちゃであったことは何となく知っていたが、それにしても、まあよくそんな勇気があったものだ、と思った。
しかしながら、その、呆れる程の潔さ、というか、ストレートさに、恐らく今までの人生で初めてと言って良いと思うのだが、父親に対して尊敬の念を抱いた。
客観性を欠く偏った意見、そして他者に対して聞く耳を持たない姿勢は、本当に直した方が良いと思うし、私とはまず政治的意見が全く合わない父親だが笑、
父には父の、道筋があったのだな、と思ったのであった。
ちなみに父親は、帰国後、同じ会社に再就職する気は無く、アフリカに行く仕事を見つけていたそうだが、(本人曰く)母親(私の祖母)が心配するだろうと気遣い、アフリカ行きを辞めようとしていたところ、元の会社の社長に戻って来いよと拾われたらしい。。そしてその後、バブル景気に突入していく波もあったであろう「良き」時代の中で、アメリカ南部はブラック音楽の都でもあるニューオリンズ近郊に、会社のお金で留学させてもらったそうな。。。ハハン。
(本人曰く「その後たっぷり稼いでやったんだから」)
その割に、父親の英語は、アメリカで何を学んできたんだ、という位、文法も何もあったもんじゃないと思うんですが。(きっと遊学していたのでしょう。)
No beauty of Lotus flower without mud.
人の幸せそうな顔を見ていられることは、とても幸せなことなんだと最近よく思う。
自分が幸せなときっていつだろう、と考えると、
幸せそうな人を見ているときであるなあ、と。
泥水が無ければ蓮の花は育たない、とは、
Podcastで聞いたお坊さんが言っていたことばであるけれど、
辛いことや苦しいことや、美しいとはいえない影の部分があってこその、蓮の花の美しさ。
最終的に、その人が幸せであるならば、そう、
影も何もかも、全て包み込んで、幸せならばそれで良し、なのだと思うのです。
自分が幸せなときっていつだろう、と考えると、
幸せそうな人を見ているときであるなあ、と。
泥水が無ければ蓮の花は育たない、とは、
Podcastで聞いたお坊さんが言っていたことばであるけれど、
辛いことや苦しいことや、美しいとはいえない影の部分があってこその、蓮の花の美しさ。
最終的に、その人が幸せであるならば、そう、
影も何もかも、全て包み込んで、幸せならばそれで良し、なのだと思うのです。
諸行無常
情のコントロール。
これがとても自分にとって重要、と思う。
自分は、とても情に流されやすい。
情に流される、というより、支配されてしまう、と言った方が良いかもしれない程、だと、
自分では思っている。
だから、意識的に、情の動きをコントロールするということが、結構重要なのだ。
抑えきれないときもあるのだけれど。。
最近は、少し、その術を身につけられてきたように思う。
今でもまだたまに、情の流れに覆われて、目の前が見えなくなりそうなことはあるけれど…
苦しいときに、色々な本を読んだ。
仏教や禅に関する本は、特に自分にとって助けとなる考え方を教えてくれた。
「全ての物事は、永遠ではなく、夢や幻のようなもの」
「諸行無常」
仏教の基本にある考え方は、言ってみればとてもさっぱりしていると私は思う。
ドライなのだ。
でも、それと同時にとてもロジカルで、考えてみれば、全てはいつか消えて無くなる、という事実を、淡々とその思想の根底に据えている、ということなんだなあ、と理解した。
その考え方は、自分を救い出してくれた。
常なるものは無い、と考えれば、
本当に大切なものは、自ずと見えてくるようにも思う。
本当に大切なものに、心を向けていたい。
消えて無くなる時間だからこそ、今。
これがとても自分にとって重要、と思う。
自分は、とても情に流されやすい。
情に流される、というより、支配されてしまう、と言った方が良いかもしれない程、だと、
自分では思っている。
だから、意識的に、情の動きをコントロールするということが、結構重要なのだ。
抑えきれないときもあるのだけれど。。
最近は、少し、その術を身につけられてきたように思う。
今でもまだたまに、情の流れに覆われて、目の前が見えなくなりそうなことはあるけれど…
苦しいときに、色々な本を読んだ。
仏教や禅に関する本は、特に自分にとって助けとなる考え方を教えてくれた。
「全ての物事は、永遠ではなく、夢や幻のようなもの」
「諸行無常」
仏教の基本にある考え方は、言ってみればとてもさっぱりしていると私は思う。
ドライなのだ。
でも、それと同時にとてもロジカルで、考えてみれば、全てはいつか消えて無くなる、という事実を、淡々とその思想の根底に据えている、ということなんだなあ、と理解した。
その考え方は、自分を救い出してくれた。
常なるものは無い、と考えれば、
本当に大切なものは、自ずと見えてくるようにも思う。
本当に大切なものに、心を向けていたい。
消えて無くなる時間だからこそ、今。