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登場人物
梅崎:ヤクザ上がりの刑事
月本:軍属くずれの女スナイパー
灰野:元テロリストの特殊部隊員
弓沢:提督になるはずだった海賊
絵上:謎の四人のひとり
筆木:謎の四人のひとり
彩川:謎の四人のひとり
虹田:謎の四人のひとり
森下:絵上の右腕
山伏:森下の仲間
日高:人妻
中尉:マチルダ中尉のそっくりさん
ジーノ:謎の刺客
モルグ:謎の頂上者、ジーノの上司
ユーリ:謎の隠居、モルグの元上司
爺:ジーノのヨイショ役、通称タマ爺
ティーノ:金髪ニューハーフ
ジェイ:モルグの側近、金満参謀
オズマ:モルグ派遣軍の指揮官
セメント:オズマの副官
筆木はカフェでカフェオレを飲みながら、
梅崎に話していた。
筆木「私が一体どこの誰なのか...」
梅崎「......」
筆木「そんなことはどうでもいいことだ」
梅崎「......」
筆木「腕利きと評判の梅崎刑事が...」
梅崎「......」
筆木「重要なオーダーを請け負う」
梅崎「......」
筆木「たったそれだけのことなんだ」
梅崎「......」
二人は初対面だ。
筆木「教育総監が暗殺された」
梅崎「......」
筆木「これから犯人を捜し出して欲しい」
梅崎「......」
筆木「ただし極秘にだ」
梅崎「......」
梅崎はカレーランチセットを頬張りながら、
筆木の言葉を聞いていた。
筆木「教育総監は現在、再生治療を受けている」
梅崎「......」
筆木「再生途中で再び殺される恐れもある」
梅崎「......」
筆木「厳重に護衛はついているものの...」
梅崎「......」
筆木「暗殺者の素性が皆目わからない今...」
梅崎「......」
筆木「護衛側は不利な状況といわざるを得ない」
梅崎「......」
梅崎はガツガツとカレーを食べている。
文字通りガツガツと音を立てながら。
筆木「梅崎刑事、ひとりのパートナーと組んで...」
梅崎「......」
筆木「今回は働いてもらいたい」
梅崎「......」
筆木「フリーの雇われスナイパーなんだが...」
梅崎「......」
筆木「腕は確かだ」
梅崎「......」
二人の間に位置するテーブルの上には、
筆木によって、砂糖が厚く蒔かれてあった。
直径にして約20センチの円形に。
筆木「いまでこそ殺し屋稼業だが...」
梅崎「......」
筆木「彼女はかつて優秀な軍人だった」
梅崎「彼女?」
梅崎はカレーを食べる動作を止め、
筆木の方をやっと向いた。
とその時、
テーブルの真ん中に蒔いてあった砂糖から、
むくむくとひとつの造形が立ち上がってきた。
それはやがて、
10センチ大のミッキーマウスに形を整えた。
筆木「嗅ぎつけられたか」
梅崎「......」
筆木「ここに邪魔者が近づくと...」
梅崎「......」
筆木「砂糖がミッキーになるようにしておいた」
梅崎「......」
筆木「用件は以上だ」
梅崎「......」
筆木「それじゃあ、頼んだよ」
梅崎「......」
カレーランチセットを食べ終えた梅崎は、
コップの水を一気に飲み干した。
筆木「おっと、このミッキーは放っておけないな」
梅崎「......」
筆木は右手でコブシを作った。
そしてさらに、
テーブルの中央の砂糖でできたミッキーマウスを、
頭の上から振り下ろしたコブシで、潰した。
カフェの店外の少し遠くのどこかで、
絶叫が聞こえた。
梅崎は月本が運転する車に乗っていた。
運転しながら月本が話しかける。
月本「あんたって、元ヤクザ?」
梅崎「ははは、そうだよ」
月本「なんで刑事になったの?」
梅崎「認められて雇われた」
月本「ボスはそれを許した?」
梅崎「ボスの方が先に課長に採用されたんだ」
月本「え?」
梅崎「腐った高官の処分を下請けした見返りさ」
月本「ああ、あるね、そういうの」
小麦色で端整な顔立ちの月本は、
真っ黒でズングリした梅崎に話を続けた。
月本「私と組む意味、わかってる?」
梅崎「意味?」
月本「公職のあんたがフリーの私と組む意味よ」
梅崎「どういうことだよ?」
どの角度から見ても美形の月本が、
ギャグマンガのキャラのような梅崎に問うた。
月本「私は誰にでも雇われる」
梅崎「......」
月本「高い金を出されればね」
梅崎「......」
月本「アウトローも狩るし公職者も狩る」
梅崎「......」
月本「スパイも狩るし何だって狩る」
梅崎「......」
モデルのようにスタイルのよい月本は、
背の低い寸胴型の梅崎を一瞥した。
梅崎「わははは!」
月本「......」
梅崎「はっきりいえよ」
月本「......」
梅崎「これはヤバイ仕事だってことだろ?」
月本「......」
梅崎は大きく笑い飛ばした。
月本はずっと冷たい表情をしている。
梅崎「で、おネェちゃんよ」
月本「......」
梅崎「いまこの車、どこに向かってんの?」
月本「......」
月本の運転は上手いが荒い。
梅崎は時折舌を噛みそうになる。
月本「再生病院」
梅崎「教育総監の死体がある?」
月本「そう」
梅崎「何しに?」
月本が急ハンドルを切った。
助手席の梅崎は頭をドア側のガラスに打った。
梅崎「いって~!」
月本「うるさいわよ」
梅崎「あのよ~! ネェちゃん!」
月本「......」
月本は再びハンドルを回した。
梅崎の頭は、今度は運転席の月本の方に振られた。
そこには月本の肘が待っていた。
鈍い音が響いた。
月本「あのね、私はネェちゃんじゃないから」
梅崎「ううう...」
月本「お姉様、わかった?」
梅崎「くっそ~」
笑い上戸の梅崎の顔からは笑顔が消えていた。
月本は話題を戻した。
月本「なぜ教育総監が狙われたかわかる?」
梅崎「ん?」
月本「総監がどういう連中を育てていたかを考えれば...」
梅崎「......」
月本「おのずと答えは出るね」
梅崎「......」
梅崎の顔が締まった。
梅崎「総監が育てていたのは...」
月本「......」
梅崎「新しい世代の若い軍事要員だったはず」
月本「......」
梅崎「つまり総監を狙ったのは...」
月本「......」
梅崎「戦力整備を妨害する目的なわけで...」
月本「......」
梅崎「これはつまり...」
ここで月本が口を挟んだ。
月本「そう、もうすぐまた戦争」
梅崎「......」
月本「短い平和だったね」
梅崎「......」
月本は車を停めた。
坂の上にそびえる再生病院が見える。
月本「専門分野は思念検索なんだって?」
梅崎「ああ」
月本は梅崎を物珍しそうに眺めた。
月本「たとえば数百人が集まってて...」
梅崎「......」
月本「その中の一人が私を殺そうとしてたなら...」
梅崎「......」
月本「そのたった一人を索敵できる?」
梅崎「うん、できる」
月本は新しいオモチャを手に入れたような、
楽しそうな顔をしている。
月本「もちろん尾行も得意よね?」
梅崎「当たり前だろ」
月本「検索した標的をそのまま尾行するんだ?」
梅崎「必要ならもちろんそうする」
月本はアイデア商品を見るような目付きで、
梅崎を見つめた。
月本「使えるね、これは」
梅崎「ほお、そうかい」
月本「刑事になってよかったじゃない」
梅崎「あ?」
月本「ヤクザより向いてるよ」
梅崎「大きなお世話だ!」
停車中の車内で、
梅崎はクシャクシャと頭を掻きむしった。
月本「あんたはここで車から降りてね」
梅崎「ん?」
月本「ここからは別行動」
梅崎「んん?」
教育総監の死体を再生中の病院の近くで、
これから月本がいったい何を始めるつもりなのか、
梅崎は必死に探ろうとした。
しかしそれよりも、
月本の言葉の方が早かった。
月本「再生病院の周囲の不特定多数の中から...」
梅崎「......」
月本「え? 俺たち以外の誰がそんなことを!」
梅崎「......」
月本「っていう思念をこれから検索してもらうから」
梅崎「?」
月本「あらかじめ待ち受けてなさいね」
梅崎「??」
月本は薄笑いを浮かべていた。
月本「それじゃ、ここで降りて」
梅崎「なにぃ~?」
月本「降りなさい!」
梅崎「わわ!」
梅崎は車外に放り出された。
再生病院から見下ろされる坂の下には、
多くの民間医療所が林立し、
ちょっとした門前医療街を形成していた。
その医療街の中の広い街路の歩道に、
梅崎は立っていた。
モグモグとホットドッグを食べながら。
梅崎「え? 俺たち以外の誰がそんなことを!」
ブツブツと呟いている梅崎に、
真剣な雰囲気は特にない。
梅崎「って思念を検索しろっていってたよな」
ホットドッグを口一杯に頬張りながら、
梅崎は道行く人々を眺めた。
医療街は、何がしか体を病んでいる者で溢れていた。
梅崎「あのクソネェちゃん、何してやがるんだ」
月本は車から梅崎を降ろしたあと、
ひとりでどこかへ消えてしまっていた。
梅崎「かぁ~、このホットドッグうめぇわ!」
好物を食べている梅崎は顔面が崩れていた。
とその時、
どこかすぐ近くで突如、
鼓膜を破るかのような狂おしい爆裂音が轟いた。
しかも繰り返し連発している。
梅崎「おわ~っ! なんだ~っ!」
梅崎の立っている道の数十メートル先で、
かなり大柄な男が両手を前方に突き出しつつ、
その両手の手掌から、激しく砲撃を放っていた。
教育総監を再生中のはずの、
坂の上の再生病院を目掛けて。
梅崎「おいおい、とんでもねぇ砲撃厨だな」
梅崎はホットドッグの最後の一口を、
すばやく口に押し込んだ。
梅崎「あれは...再生病院を破壊するつもりか!」
砲撃者の意図を察知した梅崎は、
思わず青ざめた。
砲撃は正確に再生病院に向かっていたが、
建物の直前で跳ね返されていた。
見えない防壁に弾かれるかのように。
大きな街路に立って連弾で砲撃中の大柄な男に、
上空の複数の点から射撃が開始された。
空からの十字放火だが、空中の射撃者の姿は見えない。
梅崎「防御サイドの反撃か」
梅崎は建物の陰に身を隠しながら、
数十メートル先の攻防を観察していた。
十数カ所に及ぶであろう空からの多くの反撃は、
大柄な砲撃者に命中はしていたのだが、
その男は微動だにしなかった。しかも無傷。
梅崎「あれは...どうみても生身じゃねぇ...」
梅崎はとっさに判断できた。
梅崎「ありゃ汎用人型戦車だ...しかもほぼ実物大の...」
大柄な人間の形状をした鉄壁の戦車の中に、
きっと誰かが入っている、そう梅崎は直感した。
梅崎「あ! 月本か!」
梅崎がそう閃いた次の瞬間、梅崎の脳内で、
あらかじめ先行予約していた検索思念が感知された。
え? 俺たち以外の誰がそんなことを!
そのように心中で思ってしまった者がひとりだけ、
この医療街に潜んでいることを梅崎は知った。
両手から連発して砲撃していた男は、
一瞬にして消えた。
空からの十字放火も止んだ。
梅崎「逃げたか」
医療街は何もなかったかのように、
再び往来に人が通い始めた。
梅崎「これから鬼ゴッコか、がんばれよ」
月本の健闘を軽く祈りつつ、
梅崎はキョロキョロと辺りを見回した。
梅崎「さて」
梅崎はふと思いついたように、
街路に面したラーメン屋に入っていった。
何気にカウンターに座る。
梅崎「チャーシューメン」
座るなりすぐに、
梅崎はラーメン屋の店員に注文した。
「デラックスバーガーひとつ」
ラーメン屋の店員は梅崎に答えた。
二人のやり取りは全く噛み合っていない。
デラックスバーガーひとつ?
ああ、ハンバーガー屋にいるわけね、
梅崎はひとりで納得している。
店内にはテレビが据え付けてあった。
ちょうどニュース番組が流れている途中で、
ニュースキャスターが淡々と話している。
「あのカメハメ波野郎はどこの誰なんだ、
俺たち以外の誰があんなことをしやがったんだ、
どういうことだ、全然わからん、なぜだ、
標的は教育総監なのか、それとも別の人物か、
狙いは何だ、誰の差し金だ、わからねぇ...」
テレビ画面の中のキャスターは、
ニュースとは何ら関係のない独白を始めた。
フンフン、と梅崎は頷いている。
しばらくして注文したチャーシューメンが、
梅崎の座っている席に届けられた。
カウンターの隣の席の男に梅崎は声を掛ける。
梅崎「ああ、ちょっと、割り箸」
手を隣に伸ばして梅崎は割り箸を取ろうとした。
隣の男は梅崎に声を返した。
「納得できねぇ、これは調べる必要があるな」
それを聞いた梅崎は、再びフムフムと頷いた。
割り箸を割った梅崎は、
胡椒をかけてからチャーシューメンを食べ始めた。
その直後、
梅崎の斜め後ろのテーブルに座っていたオバサンの、
携帯電話が鳴った。
「ああ、俺だ、ちょっと妙な事態になった、
少し調べてからまた後で連絡する、じゃあな」
オバサンは男言葉で固い口調で話した。
梅崎はチャーシューメンを食べながらそれを聞いた。
梅崎がまばたきをした一瞬、
情景が変わった。
梅崎の周囲はラーメン屋ではなかった。
いつの間にか別の店になっていた。
梅崎はテーブル席に座っている。
食べかけのチャーシューメンはそのままだ。
テーブルの向かい席には、
ハンバーガーを右手に持った男がいた。
男「てめぇ、俺を尾行してやがったな」
梅崎がキョロキョロと周りを見てみると、
どうやらハンバーガー屋のようだと理解できた。
男「面倒だからここに来てもらった」
男は梅崎を睨んでいる。
梅崎も男を見つめた。
男「ただで済むと思うなよ、このタコ!」
二人は食べかけのまま睨み合った。
男「どうした、かかって来いよ」
梅崎「......」
二人とも不動の体勢のままだ。
梅崎「お前こそ先にかかって来い」
男「......」
数分、時間が流れた。
梅崎「お前、カウンター屋だろう?」
男「......」
二人の食べかけの食べ物もそのままだ。
男「お前もな」
梅崎「......」
二人とも動くに動けない。
男「......」
梅崎「......」
二人がいるのはハンバーガー屋の二階だ。
ひとりの少女が階段を上がって二階に現れた。
少女は二人に近づいていった。
少女「そこまでよ」
少女は何気なく立ち止まり、
男に対して声を響かせた。
その時すでに少女は、
右手の人差し指を男の顔に向けていた。
男「子供じゃないな、中に入ってるのは誰だ?」
男は梅崎を睨んだまま、少女に言葉を返した。
梅崎と男はまだ互いに動けない。
梅崎「ネェちゃんか? 遅いぞ」
梅崎も男を睨んだままだ。
チャーシューメンは既に伸びてしまっている。
男「その右手の人差し指は何だ?」
少女「......」
男「俺を撃つ気か?」
少女「......」
少女は右手の人差し指を、
ずっと男の顔に向けている。
男「俺には当たらんぞ、やってみな」
少女「へぇ~、随分と自信があるみたいね」
男「俺を撃っても当たらない、絶対にだ」
少女「じゃあ、あんたを撃つのはやめとく」
少女は右手の人差し指を、
いきなり梅崎の胸に向けた。
梅崎の胸部の真ん中に、
無音のままポッカリと穴が空いた。
梅崎は、驚きの余り、
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
男がハンバーガーを手にしたままドサッと倒れた。
顔面が蒼白になっている。
男「バカな...俺は撃たれてない...何故だ...」
床に倒れたまま男は呻いた。
その後、動かなくなった。
梅崎「これが噂の...」
少女「......」
梅崎「実効移植ってヤツか?」
少女「......」
梅崎「諜報の連中から聞いたことあるぞ」
少女「......」
梅崎「お前がその使い手だったとはな」
梅崎は穴の空いた胸を手で押さえた。
梅崎「テメェ、俺を躊躇なく撃ちやがったな」
少女「うふふ」
梅崎「この胸、どうしてくれるんだ」
少女「派手に失恋したみたいでカッコいいわよ」
梅崎「ふざけんな!」
ここで二人は黙ってしまった。
少女の眉間に赤い円形の印が現れたからだ。
まるでレーザー・ポインターを当てられたように。
少女の動きが止まった。
梅崎「おいっ、ネェちゃん!」
少女は返事をしない。ピクリともしない。
ふと、梅崎は気配を感じて後ろを振り返った。
そこには、
腰の曲がった老婆が杖をついて立っていた。
老婆「そっちはもう機能停止してる」
梅崎「え?」
老婆「ターミネーターみたいなのに追われてるの」
梅崎「タ、ターミネーター?」
老婆はタメ息をついた。
老婆「たぶん絵上の直属、しつこいからね」
梅崎「絵上?」
老婆「あんた知らないの?」
梅崎「ああ、知らん」
老婆は消えた。声だけを残して。
少女は微動だにしないままだ。
老婆「私に撃たれたことを感謝しなさい」
梅崎「誰がするか!」
老婆「きっと私の仲間とは判定されないから」
梅崎「ああん?」
老婆「さっき男が電話してた相手、捕捉してる?」
梅崎「当ったりめぇだろ!」
老婆「逃がさないでね」
老婆の声が聞こえなくなった後、
伸びきったチャーシューメンを物欲しそうに眺め、
梅崎はおもむろに店を出た。
ジーノ登場である。
ジーノ「これがカラオケというものなのか」
爺「その通りでございます、ジーノ様」
ジーノは腹心の爺に向かって、
感想をこぼしていた。
ジーノ「こんな狭いところで歌うのか」
爺「仰せの通りでございます、ジーノ様」
ジーノと爺はカラオケボックスの中で、
タバコの煙に身を包みながら座っている。
ジーノ「おい、そこの女、俺の隣に来い」
爺「こら、そこの娘、早うせんか!」
カラオケボックスの中には、
ジーノと爺のほかに十人近い女性がいた。
みんな若い。
女性たちは順番にマイクで歌っていた。
まるで寿司詰めのように、
広くはないカラオケボックスでひしめきながら。
ジーノ「む、むぅ...」
爺「ジーノ様...もしや...」
ジーノは何の脈絡もなく、
いきなり頭を抱えて呻きだした。
ジーノ「浮かんだ、浮かんだぞ!」
爺「ジーノ様!」
ジーノ「これから俺は極めて重要なことを告げる」
爺「さすがでございます、ジーノ様」
ジーノ「いいか、聞け!」
爺「ええい、皆の者、拝聴せんか!」
女性たちは、一切の動きを止め、
ジーノを黙って注視した。
ジーノ「2006年の8月、危機が訪れる!」
爺「......」
ジーノ「誰もこの艱難から逃げることはできない!」
爺「......」
ジーノ「心せよ! 天地を揺るがす異変が生じるのだ!」
爺「......」
一同、氷結した。
少し間を置いてから、
爺がボソボソと小声で沈黙を破った。
爺「恐れながらジーノ様...」
ジーノ「......」
爺「いま現在、2007年の7月でございます...」
ジーノ「......」
ジーノは顔を土気色にしつつ固まった。
あたかも死後硬直のようだった。
およそ30秒後、ジーノは我に返った。
ジーノ「爺! 俺の真意がわからんのか!」
爺「ははっ、申し訳ありません!」
ジーノ「俺がいいたいことはこうだ!」
爺「ははっ!」
ジーノ「2006年の8月から本来なら...」
爺「......」
ジーノ「未曾有の危機が発生していたかもしれないと...」
爺「......」
ジーノ「俺はいっておるのだ!」
爺「ははっ!」
爺は平伏した。
女性たちはマネキンのように不動のままだ。
ジーノ「いまこの2007年の7月に至るまで...」
爺「......」
ジーノ「何も起こらずに済んでいるのは...」
爺「......」
ジーノ「ひとえに私の力によるものだ!」
爺「ははっ!」
ジーノ「わかるか!」
爺「ジーノ様、仰せの通りでございます!」
女性たちは皆、心得ていた。
このような時は何も口に出してはいけない。
動いてもいけない。表情ひとつ変えてもいけない。
いつものことだ。


