コンサルの人の話で「常にバリュー出していかないと」なんてことをよく耳にします。意識の高い(ウザい)人だと「君、バリュー出してる?」なんてことをしょっちゅう聞いてきます。

バリューって一体何なんでしょう。よく言われるのは「会議で発言しないやつはバリューがない」ということです。

しかし、思慮が浅かったり、コンテクストを読んでいない発言は却って場を混乱させてしまいます。

例えば、今日の夕飯について話し合っていて、中華にしようとほぼ決まりかけたところに、「私が一週間前に食べたフランス料理が最高においしかった」なんて言ったら「なんだこいつ」と思われるでしょう。簡単な例なので一目瞭然ですが、少し難しい話になるとこれと同様のことが容易に起きます。

コンサルの世界は個人の能力が求められるので少し違うのかも知れませんが、普通の会社では個人個人に与えられた役割があります。その役割を大幅に逸脱することは、一旦完結しているシステムを壊すということです。ブレークスルーが必要な時には求められる能力ですが、いつもこれをやっていたのでは身が持ちません。

何か改革を行っている時でない限り、与えられた仕事を全うするということがその会社にとって一番のバリューじゃないでしょうか。会議で部長、課長、係長、一般社員がいたとしたら、課長が仕切り、係長が具体案を提示し、一般社員が議事録を取り、部長が決定する。この役割さえしっかり行えば、物事は至ってスムーズです。

あとは、与えられた仕事を前回のエントリにある8:2の法則を使って無駄なくこなすことが、一従業員として求められていることだと思います。
私は会社ですごく暇を持て余しています。会社にいる半分以上の時間は、MBAの勉強や起業の妄想をしています。

一方で、会社の人たちはいつも「忙しい、忙しい」と言っています。確かにいつも夜遅くまで残って余裕はなさそうです。ひどい人は毎週のように休日出勤です。もちろんプライベートが充実するわけもなく、話していても面白みがありません。

彼らは一体何が忙しいのでしょうか。思いつく限りの原因を挙げてみました。

1.終わりのない残業
日本人の悪い癖ですが、長く仕事をしている人ほど、頑張っているという評価を受ける風潮があります。私もボーナスの自己評価に「効率的な業務」と書いたら、「これは消した方がいい」と上司に忠告されました。そんな人に限って終わる時間も決めずにダラダラと仕事をしています。終わりの概念を喪失してしまっているのです。

2.長い会議
終わりのないシリーズの例です。会議は「何かを決める」ためのものです。決めることがはっきりしていれば、30分もあれば十分です。逆にそれ以上の集中は続くものではありません。1時間も2時間もやって何も決まらない会議って何でしょう。報告のための会議なんてものもありますが、これだけ情報技術が発達しているのですから、全部メールでやってもらいたいです。

3.意味・価値のない作業
8:2の法則というものがありますが、本当に価値のある仕事は全体の2割程度です。残りの8割は付随的なものか、完全に無駄なものです。「価値がある」というのは、お客にとってという意味で、社内の誰かのではありません。社内に奉仕しても付加価値はありませんので。また、ルーティーン的な仕事も付加価値は微々たるものです。大体はExcelやシステムで置き換えられます。

4.上記のどれでもない場合
本当に仕事が多すぎて仕方がないということもあるでしょう。それはもう個人ではなく会社の問題です。

僕はこれらの要素を徹底的に排除することにしています。

・帰る時間は7時と決める(定時は5時ですが、そこそこ残業代は欲しい)。
・人に呼ばれた会議は可能な限り出ない、出る場合は最初から核心に迫る。
・仕事は取捨選択して、どうしても必要なものは早く終わらせるように全力を尽くす。そうでないものはやらない方向に持って行くのに全力を尽くす。
・ルーティーンとなっている情報収集の仕事はGoogleアラートとRSSで一瞬です。会社のおじさんはこういう機能すら知らないIT音痴ばかりなので、完全にアービトラージできます。

もちろん、ただサボっていればいいというわけではありません。しかし、価値のある2割に集中すればいいのです。そうすれば普通の人の半分の時間で平均以上の成果を出せ、人生も充実するでしょう。
今日で2013年度が終了しました。ふと思い立って年間の出社日数と休日の日数を比べてみると、興味深いことに気づきました。

年間日数 365日
営業日 245日(67%)
公休日 120日(33%)
年休日 24日(7%)
出社日 221日(61%)
休日 144日(39%)

なんと、年間の4割は休日だったのです。今年度は新婚旅行こそありましたが、それでも年休は全然消化しきれていません。

年間の6割しか行っていない会社のことに一喜一憂しているのは馬鹿馬鹿しくないですか。それよりも、会社に行っていない4割をどれだけ充実させるかのほうが余程大事だと思うのです。

いくら仕事を頑張っても、結局は誰かにやらされているに過ぎません。一方で、残りの4割は自分の好きなように使えます。好きなことをやった方が生産性が高いのは言うまでもありません。

仕事が暇なのを思い悩んでいましたが、そんな考えも吹き飛びました。私の場合、6割会社員であると同時に、4割は学生兼起業家の卵なのです。いっそのこと学生兼起業家をメイン、会社員をサブと考えることにしました。

そうしたら、俄然勉強と起業準備に身が入り、どんどん新たなアイデアが湧いてくるようになりました。「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったものです。

思えば、学生時代も好きな部活のために学校に行っていました。その方が楽しく過ごせましたし、学業も部活もそこそこの成績を残すことができました。

これからは仕事は二の次で考えつつ、吸収できるものは吸収するというスタンスでいこうと思います。
たまには青臭い話でも。

他人に不満が出るのは自分が相手と同じレベルだからである。自分が相手より高いレベルであれば、下の人間の言うことなどどうでもよく、不満も溜まらない。

他人に不満があるなら、相手より自分のレベルを高めなければならない。そのためにはひたすら自己修練に努めるべきである。

不満を抱いていた相手がどうでも良くなったとき、自分のレベルは上がっている。そのときは集団から離れ、より上の集団をに移らなければならない。そこなら自分をより高いレベルに引き上げてくれるだろう。

これはマラソンに似ている。自分の実力より低いレベルの集団にいたら、実力以下の結果しか出せない。逆に自分より少し上の集団についていれば、自分の実力以上の結果が出せることがある。

自分の実力を高めると同時に、自分より上の人の力を借りることが必要だ。
2015年度にも上場すると言われている日本郵政であるが、投資に値するほど魅力のある企業なのだろうか。先日発表された中期経営計画を見ても、投資ばかりがクローズアップされ、どのようにして利益に繋がるかは全く見えない。目標に据えた純利益3,500億円に至っては昨年度と比較しても減益となる数字である。

日本郵政の実態は巨大な金融機関である。昨年度純利益5,627億円のうち3,739億円が銀行、910億円が保険による利益である。資産においても292兆円のうち199兆円が銀行、90兆円が保険のものである。

銀行・保険のどちらにしても、大部分は個人からお金を預かり、運用することで利益を上げている。運用の大部分は国債である。預金金利が国債金利より低い以上、何も考えなくても利益が上がるモデルなのだ。

逆に言うと、運用部分で国債以上の利回りを上げられれば、収支は大幅に改善される。そのため、ゆうちょ銀行は企業向けの貸出を新規事業として金融庁に申請している。

しかし、これまで企業向け融資なんて全くしたことのない人にいきなりやらせたところでうまくいくはずがない。そうでなくても銀行は過去に融資の焦げ付きから多大な損失を計上し、税金による支援を受け続けて来た。おまけに、空前の金余りと投資需要不足から、貸出利息は低下を続けている。

ゆうちょ銀行ほど図体が大きくなると、小手先の技術ではびくとも動かない。意味のある変化を生み出そうと思えば、システム全体を変えていかなければならない。

そこで私が着目するのは個人カードローンビジネスである。個人ローンは企業向けと比較しても圧倒的に利回りが高い。現在スルガ銀行のカードローンを取り扱っているようだが、これだけ預金をジャブジャブに持っている銀行が、なぜ地方の小銀行のローンの代理店にならなければならないのか、理解に苦しむ。

個人向けのローンはいちいち細かい審査をしていたらコストがいくらあっても足りない。第一、ゆうちょ銀行にそんな能力はない。

しかし、そこを逆手に取るのである。審査は基本的な勤務先や年収とブラックリストのチェックのみにする。また1件あたりの金額は大きくしない。小口であれば1件の貸し倒れのダメージは微々たるものになる。また、全国の郵便局店舗網を使って件数を稼げばリスク分散ができる。金融の常識だが、件数を多くすればするほどリスクは下がるのである。

カードローンが難しいのであれば、クレジットカードのキャッシングでもいい。50万円の貸出を2万の郵便局で1局平均500万円ずつでも取れれば、1,000億円の貸出、利息10%で100億円の収益である。貸出残高は積み上がって行くものだから、収益もどんどん増えていく。

「困ったときに、近くの郵便局ですぐに借りれる」ということにすれば、生活に密着するという日本郵政のモットーにも合う。サラ金と違い、半国営企業がやるということであれば安心感もある。

何かの拍子に関係者がこのブログを読むことを願うばかりである。