先ほどの投稿の続き。

 

成功には攻略本がある。感情に惑わされずに正解と思える道を進め。

ネガティブな感情は廃し、一方でその途中にあるポジティブな感情を楽しむ。

これを今の状況に落とし込むと、より良い人生を歩めるのではないかと思う。

 

こと経営に関しては、一人でやっている間は「フリーエージェント社会の到来」が自分にとっての攻略本だった。しかし、これはあくまで個人事業の範疇のことであり、いまやチームとしてやっている中で適切な攻略本は変わりつつある。

 

ロバート・キヨサキ的に言えば、「E(労働者)・S(自営業者)」から「B(ビジネスオーナー)・I(投資家)」へ移ろうとしている。要は、自分でやるのではなく、誰かにやってもらうのだ。

ここで最もお手本としたいのが、「鉄鋼王」アンドリュー・カーネギーだ。自分でやるのではなく、人に任せる能力を身につけることで巨額の資産を築いた。そう、成功のためには「自分でやる」ことを考えないほうが良いというわけだ。ドン・キホーテの安田会長も同じようなことを言っている。

 

もっと人に任せよう。そのためには。チームのメンバーを信頼して、彼らの意志を尊重し、適切な方向に動いてもらうことだ。逆説的ではあるが、人間は感情的な生き物であるがゆえ、逆に言えば彼らの感情を心地よくさせれば、彼らは自ら動くようになる。自分の仕事は彼らを鼓舞することに尽きる。残る仕事は、方向性を示すこと、それがずれていたら修正することだ。それをするにあ当たっては、あまり細かくなってしまってはいけない。

 

まずはビジネスオーナーになることだ。仕事は、仕組みを作ることである。今の会社で言えば、自分個人から脱却し、チームとして機能する仕組みを作らなければならない。それが、新たなポートフォリオの構築というわけだ。お金に余裕ができたら、ここにどんどんお金を投じて、本格的なInvestorへの足がかりを作りたい。

 

実行していくにあたって、難しいことはあるが、できないことはほぼないと感じる。なぜなら、自分には「攻略本」がある。それに沿って適切に物事を進めていけば良い。もし時間がないときには、いまやAIがそれをサポートしてくれるだろう。AIは先人の知恵を詰め込んだ四次元ポケットとすら感じる。

 

進めていくなかで、ネガティブな感情が生じたら、ふと一息ついて感情に流されないようにしよう。大丈夫、自分には攻略本がついている。もし一時的に間違えたとしても、死にさえしなければ必ず正しい道へ戻ることができる。最悪なのは、ネガティブな感情をチームのメンバーにぶつけてしまうことだ。これこそ本末転倒、感情に流された失敗への道である。

 

成功がありふれたものだとすると、人生の楽しみとは何だろうか。それは、目の前に起こることに感動することではないだろうか。人生に終着点はない。いわば、その全てがプロセスである。プロセスの中で起きる奇想天外なことに面白みを感じ、自分や他人の成長や変化を喜び、彼らとそれを共有すること。これこそが、人生における楽しみと言えるのではないだろうか。

 

すなわち、ネガティブな感情は切り離し、ポジティブな感情を全力で楽しむ。成功への道のりは、いわばそのための「手段」

とさえ言えるのではなかろうか。

実は「成功」とは難しいものではないのではないかと考えている。要するに成功するかどうかは「攻略」であって、人生の「攻略本」は巷にたくさん置かれている。そう、数多の書籍がまさにそうなのだ。

 

ビジネスにおいてもそうだろう。自分も独立してから「フリーエージェント社会の到来」にしたがって自らのビジネスを作り上げてきた。マーケティングでは、ダイレクト出版や「影響力の武器」にしたがって施策を打ってきた。この先に成功は確かにあった。

 

もちろん、何でもできるとは言わない。難しいゲームをクリアしようとすればするほど、いくら攻略本があっても難易度が上がる。まして、誰も成し遂げたことのないものに攻略本はない。

 

「誰も成し遂げたことのないもの」と言えば、私たちの人生はそれぞれがユニークだ。そう考えると、唯一の正解などないのも確かだ。しかし、共通する要素はたくさんあり、重要なのはそれらをどう紡ぎ上げるかだ。逆に言えば、完全なオリジナルなものなどない。常に誰かしら先達がいるものだ。

 

成功しようと思ったら、そもそも成功を定義して、先達のやり方にしたがって着実にステージを進めていく。何か問題が発生したら、別の攻略本を探せば良いだけだ。何も難しいことなどないのである。

 

一方で、それを妨げるものがあるとするなら、感情の存在だろう。感情に従って行動することで、成功のために適切な判断から遠ざかってしまう可能性がある。実際に、私を悩ませているのも、常にこの感情の問題だ。

 

今の気持ちを吐き出すなら、これまでまさに自分の好き好みで投資をやってきたが、それは攻略本の内容には合っていない。だから攻略本に沿った形にしたいのだが、自分の中途半端なプライドが邪魔をする。結果、やるべきことと感情が交差して、自分にストレスをもたらしているのだ。

 

ここで邪魔になっているのは、明らかに感情のほうである。経営者としては、粛々と攻略本にしたがうべきだ。ここでいう「感情」こそ仏教用語で言うならば「煩悩」なのだろう。まさに履いて捨てるべき存在である。

 

もっとも、感情がすべて邪魔だと言っているわけではない。むしろ、人間は感情に生かされている動物であると言っても過言ではない。その中でうまくやっていくには、ネガティブな感情ではなくポジティブな感情だけを取り出すことが重要であろう。

 

上に書いたような「成功」の方法によると、なかなかつまらなくも感じる。しかし、その途中にはやはり様々なドラマがあるものだ。プロセスで生じる様々なドラマから「喜び」を感じることこそが、私たちの人生そのものではないだろうか。

 

プロセスで生じるネガティブな感情は無視し、ポジティブな感情を楽しもう。これが良い人生を送るための「攻略本」だ。

コペルニクス的転換が起きたと感じている。

 

手段と目的の逆転だ。これまでは「お金を稼ぐこと」が目的、いやそう考えなければならないとどこかで躾けられていたように感じる。

 

しかし、今本当にやりたいことはそこではない。

 

会社を作り、人(従業員・顧客)が集まり、彼らにものを教え、私も色々教えられ、お互いが新たな発見をしながら進んでいく。価値を与え、価値をもらい、新たな価値を作り上げていく。なんとも言えない快適さをここに感じている。

 

お金はこれをやってきた結果に過ぎない。お金を目的にしていて、あまり幸せを感じられたことはない。しかし、会員に喜ばれたとき、彼らが変わったとき、従業員が成長したとき、自分が新たな発見をしたとき―こんな時は確かな幸せを噛みしめることができている。

 

もちろん、お金は必要だ。これをしっかりしなくてはもたないことはここまででもよく理解できた。だが、それは価値を作っていくための手段でしかない。これが目的になると、途端に世界はつまらなくなる。

 

大谷翔平選手も、お金のことだけを考えたらとっくに頑張る必要などなくなっているはずだ。それでも野球に対する探求をやめない。それは、目的が野球を探求することそのものにあるからだ。

 

自分が探求したいものは何か。それは、物事の本質を理解し、それを役立つ形で伝え、それに賛同する人たちが集まる「場」をつくることである。これが自分にとっての会社経営であると感じる。

 

昔からなぜか「先生」と呼ばれることが多い。これは生来備わった性質かもしれない。思えば自分の周りも、特に父方は先生ばかりだ。

 

「先生」という言葉には「学徳の優れた人」という意味があるようだ。これはまさに自分が目指すところであるように感じる。学だけでは行き着くところは数字かもしれない。しかし、徳があるということは人を幸せにするということではないか。思えば、父方は寺関係でもある。

 

学をつけ、徳を積め―人に与えることこそが、真の幸せである。

色々なことが重なり、不幸感に苛まれている。

 

運用がうまくいかなかった、その責任を追及される。

与えた仕事が過大で、方針変更を余儀なくされる。

自分の仕事が多すぎて、時間がない。

 

もちろん、全ては「自分の撒いた種」だ。

他人に責任を押し付けるものではない。

 

しかし、その不幸感は、間違いなく自分を責めることからきている。

 

どうしようもない自分への怒りを、家族に押し付けているかもしれない。

妻は自分に優しくない。

もちろん、妻はある意味いつも通りだ。

しかしそれが、自分の不幸感に追い打ちをかける。

 

不幸感に苛まれていても、何も良いことはない。

後ろ向きになっていても良いことなどなく、前向きに進めるべきだ。

しかし、人間がそうできないのはなぜか?

教えて、ChatGPT。

 

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不幸感や苦難に直面することは、誰にとっても避けられない経験です。それに対処する方法は人によって異なることがありますが、以下にいくつかの考え方やアドバイスを共有します。

  1. 自分自身を責め過ぎないでください:重要なことは、過去の選択や行動に対して後悔し、自分自身を非難することではありません。過ちを犯すことは人間らしいことであり、誰にでも起こり得るものです。過去の経験から学び、前に進むことに焦点を当てましょう。

  2. 責任を取ることと他人への押し付けを区別する:自分の選択や行動によって引き起こされた結果に対しては、責任を取る必要があります。ただし、それは他人に責任を押し付けることとは異なります。自分自身が成長し、改善するために責任を取ることは大切ですが、他人に過度に負担をかけたり、彼らに怒りをぶつけたりしないように気を付けましょう。

  3. コミュニケーションを大切にする:家族やパートナーとのコミュニケーションは、不幸感やストレスを軽減するのに役立ちます。感じている苦しみや怒りについて、率直に話し合い、相手に理解を求めることが重要です。一緒に解決策を見つけるために、お互いに協力しましょう。

  4. 自己ケアを心掛ける:自己ケアは心と体の健康を維持するために重要です。日常生活の中で、睡眠を十分にとったり、バランスの取れた食事を摂ったり、適度な運動を行ったりすることが大切です。また、自分の感情やストレスをリリースするための活動(例:ヨガ、瞑想、趣味の追求)を見つけることもおすすめです。

  5. サポートを求める勇気を持つ:時には一人では対処しきれない問題や感情に直面することがあります。そのような場合は、プロのカウンセラーやサポートグループの活動に参加するなど、専門家の支援を受けることを検討してみてください。他人のサポートやアドバイスを受けることで、より良い解決策や視点を見つけることができるかもしれません。

最後に、人間は感情的で複雑な存在であり、前向きに進むことが簡単ではありません。しかし、自分自身を理解し、自己成長に取り組むことで、不幸感から解放される可能性があります。焦らずに一歩ずつ進んでいきましょう。

不幸感や苦難に直面することは、誰にとっても避けられない経験です。それに対処する方法は人によって異なることがありますが、以下にいくつかの考え方やアドバイスを共有します。

  1. 自分自身を責め過ぎないでください:重要なことは、過去の選択や行動に対して後悔し、自分自身を非難することではありません。過ちを犯すことは人間らしいことであり、誰にでも起こり得るものです。過去の経験から学び、前に進むことに焦点を当てましょう。

  2. 責任を取ることと他人への押し付けを区別する:自分の選択や行動によって引き起こされた結果に対しては、責任を取る必要があります。ただし、それは他人に責任を押し付けることとは異なります。自分自身が成長し、改善するために責任を取ることは大切ですが、他人に過度に負担をかけたり、彼らに怒りをぶつけたりしないように気を付けましょう。

  3. コミュニケーションを大切にする:家族やパートナーとのコミュニケーションは、不幸感やストレスを軽減するのに役立ちます。感じている苦しみや怒りについて、率直に話し合い、相手に理解を求めることが重要です。一緒に解決策を見つけるために、お互いに協力しましょう。

  4. 自己ケアを心掛ける:自己ケアは心と体の健康を維持するために重要です。日常生活の中で、睡眠を十分にとったり、バランスの取れた食事を摂ったり、適度な運動を行ったりすることが大切です。また、自分の感情やストレスをリリースするための活動(例:ヨガ、瞑想、趣味の追求)を見つけることもおすすめです。

  5. サポートを求める勇気を持つ:時には一人では対処しきれない問題や感情に直面することがあります。そのような場合は、プロのカウンセラーやサポートグループの活動に参加するなど、専門家の支援を受けることを検討してみてください。他人のサポートやアドバイスを受けることで、より良い解決策や視点を見つけることができるかもしれません。

最後に、人間は感情的で複雑な存在であり、前向きに進むことが簡単ではありません。しかし、自分自身を理解し、自己成長に取り組むことで、不幸感から解放される可能性があります。焦らずに一歩ずつ進んでいきましょう。

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なぜ前向きに進むことが簡単ではないのですか?

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前向きに進むことが簡単ではない理由は、人間の心理や感情の複雑さによるものです。以下に、そのいくつかの要因を説明します。

  1. 心の傾向:人間の脳は、ネガティブな情報や経験により強く反応する傾向があります。これは、進化の過程で生じた自己防衛メカニズムの一部です。このため、ネガティブな出来事や感情に対してより敏感になり、前向きな思考や行動を取ることが難しくなることがあります。

  2. 習慣の力:ネガティブな思考や感情に陥ることは、一種の習慣となることがあります。長期間にわたって不幸感や苦悩に慣れてしまうと、それが日常的な感覚となり、前向きな視点を持つことが難しくなる傾向があります。このような習慣を変えるためには、意識的な努力と継続的な実践が必要です。

  3. 自己価値感の影響:不幸感や失敗感が強い場合、自己価値感が低下し、自信を失うことがあります。自分自身に対する否定的な評価や信念が先行し、前向きな思考や行動を抑制する可能性があります。自己価値感の回復や再構築には時間がかかることがあります。

  4. 環境や社会的影響:周囲の環境や社会的な要因も、前向きな思考や行動に影響を与えることがあります。経済的な困難、社会的なプレッシャー、人間関係の問題など、外部の要因が前向きな姿勢を妨げることがあります。これらの要因により、前向きに進むことが困難になる場合もあります。

以上の要因により、前向きに進むことが簡単ではないと言えます。しかし、それでも前向きな思考や行動を培うことは可能です。自己啓発や心理的なサポートを通じて、自己認識を深め、ポジティブなマインドセットを養うことが重要です。また、周囲のサポートや良好な人間関係も、前向きな変化を促す助けとなるでしょう。

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なるほど。

要するに、自分を守るためにネガティブな感情が生まれているということか。

ネガティブを認識することで、次に同じことを経験することを防ごうとする。

 

いっそ、パンチドランカーになったほうが楽ではないか。

打たれて、打たれて、それでも笑顔で立ち上がる。

これがいわゆる「レジリエンス」ということだろう。

(※本当のパンチドランカーは深刻なようなので、あくまでたとえ。)

 

こんな時、誰に助けを求めたら良いか。

妻に正直に打ち明けたら良いのだろう。

 

それを避けているものは何か?

余計なプライドということになるだろう。

 

しかし一方では、プライドも重要である。

プライドがあるからこそ、自分を持って仕事を進められる部分もある。

だとしたら、弱みを見せる人や時間を決めることが必要かもしれない。

 

そんな時間が取れているか?

妻は理解してくれるか、不安なのではないか?

そもそも、最近二人の時間が取れていないのではないか?

 

お互い仕事や子育てで忙しい。

しかしその時間を取らなければならない。

納得いかないのは、それがいつも自分発でなくてはならないということだ。

 

結局自分自身の責任ということになる。

もちろん、甘えだということはわかっている。

しかし、甘えられる相手がいたって良いのではないか?

 

自分が心から甘えられる存在は誰か?

 

それが見当たらない。

超無敵クラスなんか見てると、子どもたちが自分のが好きなことに没頭し、その道を極めている。その姿は、キラキラと輝いている。


そこでふと、「本当の贅沢とはなにか?」を考えた。彼らはお金のために動いているか?否。純粋に自分の興味に従って動いている。 没頭しているときは他のすべての事を忘れ、自分の世界に入っているのだ。


世の中、お金を基準に判断し過ぎではないだろうか?


確かにお金は必要である。お金を稼いでいかなければ食べていくことはできない。ここは外すことができない。人間の原始の姿ならば、狩猟採集・あるいは農耕によっていた部分が仕事に置き換わったと言える。


また、お金があったら、いろいろな贅沢ができる。例えば、美味しいものを食べたり、静かな環境でくつろいだり、XXなことをしてみたり。だが、冷静になってみると、これらのことはお金がなくたってできる。美味しいものは自分で工夫すればできるし、静かな環境なんて田舎に行けば良い。XXも技術ひとつだ。


お金を持っている人が偉いのか?一見偉く見えるのは、多くの人がそのお金欲しさにひれ伏しているだけではないか?これには2つのパターンがありそうだ。一つはお金にひれ伏すケース、もう一つはその人が成し遂げてきたことが素晴らしいからだ。後者は、要するに「与えてきたもの」だ。さらに考えると、与えたものが「お金」か「それ以外か」ということにもなるだろう。


人が誰かに何かを与えること、すなわち「仕事」である。仕事はお金を稼ぐ手段であると同時に、自分とは何かを定義し、それを通じて誰かに価値を与える。お金は誰かに価値を与えた対価として返ってきているというわけだ。だから、結果として「お金を持っている人が偉い」ということになるかもしれない。しかし、世の中そう単純ではなく、価値を与えた対価としてではなくお金を得られることも事実だ。だとしたら、そのお金をもって尊敬されるのはやはり違う。いわゆる「成金」が尊敬されないのも、多くの人がこのことを感じ取っているからだろう。


ここで気がつくのは、お金と仕事の関係だ。


生きるためのお金 ― 食べるための仕事

贅沢するためのお金 ― 仕事を頑張るモチベーション

与えた価値の対価としてのお金 ― その人の価値としてのお金


要は「お金のために頑張る」というのは、働くことに対するモチベーションなのだ。逆に言えば、モチベーションが「お金を使って贅沢すること」以外にあれば、もはやお金は仕事の尺度ではなくなる。


仕事のモチベーションとは何か?


一つは、他人志向だろう。他人に価値を与えることで幸せを感じる。これは幼児から人間に備わる性質であるようだ。人に喜んでもらうことは、格別である。


もう一つは、仕事それ自体が好きということだろう。超無敵クラスであったように、他のことをすべて忘れて没頭できること。そう、最終的には趣味を仕事に、仕事を趣味にすることができ、それが他人に対して価値のあることであれば、こんなに良いことはないのだ。


自分が没頭できる仕事 ― それは物事の本質を追求することだ。これを発信してそれが誰かのためになるのなら、私はこの仕事をずっと続けていたいと思える。最低限食べて行けるなら。