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仕事の目標を考えるにあたって、自分はどうも必要に駆られないとなかなか本腰を入れて動けないところがある。一方で、頑張ることで人生を充実させることができる。だとしたら、「必要を生み出す」ことが有効である。
「必要」とは目標である。つまり、ミッションである。会社としてのミッションはあるが、ここではどちらかというと個人としてのミッションだ。そう考えると、一つの可能性として浮かんだのは、「日本のバフェットになる」ということである。バフェットは、自分にとっていまだに憧れの存在であることは間違いない。
バフェットの何に惹かれているのか?その実績が素晴らしいということはもちろんだが、もっと重要なのは彼の言うことが本質を突いているからではないか。小手先のテクニックではなく、物事の本質を見極めて行動する。そのことによって彼は結果を残してきたのだ。
本質を突いているとはどういうことか。例えば、株価は価値に収束するということであり、価値は事業活動によってもたらさせるということである。価値をもたらす事業活動とは、長期にわたって利益を出し続けることであり、それを行える企業こそが素晴らしい企業ということになる。
株価の動きについても、今度は人間の動きの本質を突いている。人々は目の前のものにとらわれがちで、恐怖に際しては株を売るし、欲望に対しては買わずには居られない。だから、人々が楽観しているときには買うべしではないし、悲観しているときは積極的に買うべきなのだ。
それを行動として示し、世界に例を見ない成果をもたらしたことで、世界から賞賛されているのだ。そして、私も彼を賞賛する人間の一人である。
それでは、私は日本のバフェットになりたいのだろうか?彼の行動に共感し、本質に基づいた動きをしたいというところは間違いない。一方で、賞賛されたいかというと、そこは必ずしも欲求は高くない。ただ、本質を基づいて行動したことによって結果が残せたという事実が欲しいのだ。
それは必ずしも投資に限ったことではないだろう。YouTubeだってそうだ。YouTubeの原則は、人々が「見てよかった」と思えるものを作ることである。自分はそれができているだろうか?昨日のライブはその自信がないから、モヤモヤが残った。つまり、これが「こだわり」なのだ。
こだわりを追求するとこが、要するに人生ではないか。もちろん、経済的なことは重要だ。しかし、それが成り立ったら突き詰めるのはこだわりであり、それを事実として示したのが、事業の成果=利益ということになるのではないか。
数字を追うことに、どうしてもモヤモヤする
世の中には「売上を上げよう」「フォロワーを増やそう」「市場シェアを取ろう」と、やたらと数字を追いかける人が多い。でも、正直なところ、私はそこにあまりモチベーションを感じない。
数字を伸ばすこと自体が目的になってしまっていて、その先にある**「なぜ?」**が置き去りにされている気がしてしまうのだ。
もちろん、数字が全く無意味だとは思っていない。ただ、その数字に意味がなければ、私は動けないし続かない。むしろ、モヤモヤしてしまうのだ。
私のモチベーションは「自由」と「回避」にある
自分の内面をじっくり見つめてみると、私のモチベーションはどうやら2つの方向性に集約されるようだ。
① 自由の拡大
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新しい世界を見ること
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自分の選択肢が増えること
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興味を深堀りすること
こうしたことが起こると、私はとてもワクワクする。事業を通じて「新しい景色」が見えたり、他の人の考え方に触れて「知らなかった世界」が広がったりすると、それがモチベーションの源になる。
② ネガティブな未来の回避
もう一つの原動力は、「嫌なことが起こらないようにしたい」という思いだ。これは恐れや不安から来るものだけれど、決して悪いものではないと思っている。たとえば、
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経済的な不安を減らすための備え
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事業のリスク管理や先読み
など、最悪の事態を避けるための努力には、私はとても強い動機を感じる。
「売上アップ」に意味があるのは、それが自由や安心につながるとき
単に「売上を伸ばそう」と言われても、それが私には響かない。だけど、その売上が自分やチームの自由を広げてくれる、あるいは将来の不安を軽減してくれるとしたら、その数字には意味が生まれる。
結局のところ、私が求めているのは「自由」であり「安定」なのだと思う。
今、私が楽しいと感じるのは「視野が広がること」
最近、さまざまな人の考えに触れたり、新しい知識を得たりすることがとても楽しい。これも、突き詰めて考えると「自由の拡大」につながっている気がする。
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これまで見えていなかった選択肢が見えるようになる
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自分の世界が広がる感覚がある
こうした体験こそが、今の私のモチベーションになっている。
おわりに:数字を追うなら、「意味」を伴わせたい
数字そのものを否定するつもりはない。ただ、数字を追うなら、それに自分なりの意味や背景を与えてあげたい。そうでなければ、私は本当には動けないし、長続きもしない。
あなたにとって、「自由」とは何か?
あなたが避けたい「ネガティブな未来」はどんなものか?
そんな問いを立てながら、これからの行動や目標設定をしていけたら、もっと自分らしいモチベーションで動ける気がしている。
私は人生の目的について考えています。
人生の目的とは、「童貞を卒業すること」ではないかと考えました。つまり、自分は「あれをやったことがない」から、そこにコンプレックスがある。コンプレックスを解消するには、それを実際にやってみなければならない。そんな感覚です。
実際に童貞を卒業し、恋人を持ち、家族を持ち、子どもを持つという経験をしました。さらに、大学に入り、会社に就職し、自分で会社を作って社長になりました。一人で仕事をしていたところから、従業員を雇い、年商1億円を達成するまでになりました。
仕事では、YouTubeを始めたり、ラジオや動画に出演したり、本を執筆して著者の仲間入りをしたりもしました。知らないことを知るようになり、そこで何が起き、どんな気持ちになるのかを理解することが、私の人生にとってとても有意義であると感じました。
つまり、人生とは「やったことのないことをやること」だと理解しました。そして、それが自分にとって楽しいことだと思うのです。
一方で、例えばある程度お金持ちになり、「お金持ちの気持ち」を経験したとしても、そこからさらに上を目指そうという気持ちにはなりにくい。だいたいどうなるかが見えているからです。つまり、飽きてしまうのだと思います。
この中途半端さを以前は自分のマイナス点だと考えていましたが、要は好みの問題なので、そんなものではないかとも思うようになりました。そこに大きな喜びを感じられないだけです。
もちろん、山を登ることで見える世界もあるでしょう。これまで見えなかったものが見えるようになることも、きっとあるに違いありません。要は、かける労力と、得られる新しいものとの費用対効果というわけです。
もちろん、やってみないとわからないんですけどね。
いまは情報があふれているので、「これをするとこうなるんだろうな」ということがだいたい予想できるため、モチベーションが湧きにくい部分もあります。
一方で、周りを見渡すと「あれもこれもやってみたいな」という気持ちにもなれるのは事実です。
今、自分がやりたいと思っているのは、
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海外に住むこと
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YouTube登録者100万人を達成すること
これを達成することで、何ができるのかを知ってみたいと思っています。
岡田斗司夫の「評価経済」で語られているように、評価がたまるとやれることは大きく増える可能性があります。
プライベートでは、いろんな人と付き合うことでまた新しい世界が見えたりするのだろうと思っています。これも楽しみです。
逆に「この人から学ぶことは少ないだろうな」と思うと、わりとすぐに飽きてしまうのもまた事実です。
人生とは、いろんな可能性を知り、それぞれの「童貞」を卒業して法則を見いだしていくこと。
これを、私は自分の道にしたいと考えています。
僕は最近、「人に仕事を任せる」ということについて、ずっと悩んでいた。
「任せたほうがいい」「人を育てることが大事」——そんなことは頭では分かっている。
だけど現実は、なかなかうまくいかない。頼んでも伝わらなかったり、期待していたレベルに届かなかったり、結局手間も時間もかかってしまう。
最悪の場合、放っておくとクオリティがどんどん下がってしまい、後からがっかりするようなことになる。
そんな状況が続くと、ふと思ってしまう。
「自分は、他人のことを根本的に信用していないのかもしれない」と。
信じたいのに、信じきれない
もちろん、信じたくないわけじゃない。
むしろ、「任せたい」と思っているし、相手に成長してもらいたいとも願っている。
でも、期待した分だけ裏切られると、こちらのダメージも大きい。
一度はうまくいったとしても、しばらくすると元に戻っていたりする。
そんな時は、「せっかく育ってきたと思ったのに…」と虚しさを感じる。
そういう経験が積み重なると、「任せるって面倒だな」「だったら自分でやったほうが早い」と思ってしまう。
それでも、どこかで気づいていた。
**「このままでは自分も、組織も、大きなことはできない」**と。
解決のヒントは「任せることの本質」にあった
改めて、自分の中で整理してみた。
任せるということは、放っておくことじゃない。
関わり方を変えること。見守ること。支えること。責任を引き受ける覚悟を持つこと。
そして、人を育てるというのは、一度できたらそれで終わりではなく、波があって当然のプロセス。
最初はできなくても、何度も引き上げながら、その人なりのやり方で成長していけるように支える。
つまり、任せること自体が自分の修行でもある。
僕がやるべきこと
たくさん本を読み、考えた。
そして今、ようやく自分の中ではっきりした。
今の僕がやるべきことは、「人に任せることができる自分」になること。
それができれば、自分も、組織も、もっと大きな物事に挑戦できる。
自分の力を活かす場所も、仲間の力を引き出す場も、もっと広がっていく。
もちろん、まだ完璧にはできないし、これからも悩むだろう。
でも、ようやく覚悟が決まった。
任せるという挑戦を、面白がってみようと思う。