どこからが異端だ
うちは正当なキリスト教信仰です。
などと言う、教会のHPとかを見てると、
一体どこまでがキリスト教で、
どこからがカルトなのかが分からなくなる。
統一教会だのモルモンだのものみの塔だの・・・
私は主の息吹を間近に感じる事が出来る。
ツイッターで目にしたツイートは、後者に属する団体の信者のもの。
もう無理なんじゃないだろうかとは思う。
つまり静止点を探している。
キリスト教において、今のようにバラバラに、
無数に分裂する前の、
恐らく聖書だけがそれを伝えてると信じられている所の、
まだキリスト教の教会により、改ざんを受ける前の、
キリスト教ですらない、
ある一人のユダヤ教のラビにより、語られたはずの
現存するどんな宗教にも属さないような、
神の言葉かも知れないものへ、
戻る事は何人たりとも許されてはいないかも知れない。
カルトと呼ばれている所にいる人の、
主の息吹を感じるとの告白を、
私は信じたい。
などと言う、教会のHPとかを見てると、
一体どこまでがキリスト教で、
どこからがカルトなのかが分からなくなる。
統一教会だのモルモンだのものみの塔だの・・・
私は主の息吹を間近に感じる事が出来る。
ツイッターで目にしたツイートは、後者に属する団体の信者のもの。
もう無理なんじゃないだろうかとは思う。
つまり静止点を探している。
キリスト教において、今のようにバラバラに、
無数に分裂する前の、
恐らく聖書だけがそれを伝えてると信じられている所の、
まだキリスト教の教会により、改ざんを受ける前の、
キリスト教ですらない、
ある一人のユダヤ教のラビにより、語られたはずの
現存するどんな宗教にも属さないような、
神の言葉かも知れないものへ、
戻る事は何人たりとも許されてはいないかも知れない。
カルトと呼ばれている所にいる人の、
主の息吹を感じるとの告白を、
私は信じたい。
再び静止点について
とある魔術の禁書目録ですか、あれの中のインデックスがお気に入り。
彼女は設定ではイギリス清教のシスター、どことなく現実の世界の英国国教会に関係するみたいに見える。
私が聖公会なものだから何か親しみを覚える。
式典とかの中身がほとんどカトリックと違わないのに、
わざわざ切り分けられて、プロテスタント側に属している。
何かあのインデックス、特にコミック版で見てると、
ああうちの教派ってこんなんだなって思いたくなる。
何て言うか、静止点だからと思う。
ひたすら無垢な感じで、
全く天然な物に一切手を加えられてないみたいな、
何も知らないみたいな、愚かしいみたいな、
何ものにも染まらず、毒されてもいないみたいな
純粋な信仰そのものが、静止点。
カトリックとしてこれまで歴史の波にさらされて、
あちこち教会の都合のいいように解釈が加えられ、
にっちもさっちもいかなくなった、がんじがらめの教義じゃなくて
ただ今あるままにいるみたいな、
Let It Be.
遺されたものだけを使い、
分からない事は分からないままにして、
受け継いで来たものを守っていく。
静止点
私は聖公会的なアプローチ好きなので
今のままとどまろうと思ってる。
彼女は設定ではイギリス清教のシスター、どことなく現実の世界の英国国教会に関係するみたいに見える。
私が聖公会なものだから何か親しみを覚える。
式典とかの中身がほとんどカトリックと違わないのに、
わざわざ切り分けられて、プロテスタント側に属している。
何かあのインデックス、特にコミック版で見てると、
ああうちの教派ってこんなんだなって思いたくなる。
何て言うか、静止点だからと思う。
ひたすら無垢な感じで、
全く天然な物に一切手を加えられてないみたいな、
何も知らないみたいな、愚かしいみたいな、
何ものにも染まらず、毒されてもいないみたいな
純粋な信仰そのものが、静止点。
カトリックとしてこれまで歴史の波にさらされて、
あちこち教会の都合のいいように解釈が加えられ、
にっちもさっちもいかなくなった、がんじがらめの教義じゃなくて
ただ今あるままにいるみたいな、
Let It Be.
遺されたものだけを使い、
分からない事は分からないままにして、
受け継いで来たものを守っていく。
静止点
私は聖公会的なアプローチ好きなので
今のままとどまろうと思ってる。
アンチキリスト
ニーチェのアンチキリストと言う本の意訳本を持っている。
キリスト教の信者の価値観の逆転について手厳しい批判が載せられている本。
実は私もなんちゃってクリスチャンとして、それ読むと
虫酸が走る、不愉快で仕方がない。
強い者、権力のある者にこそ価値があるわけで、
弱い者、搾取される側の者は淘汰されるしかないと言う、
古代ローマ帝国的な思想にのめり込んだニーチェ。
ただ客にこんな悪本があるからこそ、
ニーチェが嫌いにはなれないと言うのもあるのだが。
彼は人が言いにくかった事を堂々と指摘した。
キリスト教の出来た経緯や当時ヨーロッパを席巻していたキリスト教的な思想の
毒を言い当てたように見えてならない。
禅キリスト教の誕生と言う本に出ていた、
最近ヨーロッパでの若者の教会離れについて。
あの宗教はもはや若い人をひきつける魅力はないのだろうか。
ニーチェの極端な読みはどうかと思うが、
キリスト教の厭世的な思想、来世願望的な思想は
ついにはニヒリズムに陥る危険をはらんでいる。
現実に足を置いてその上で生きなければならないのだが、
今生きている恵みを捨てて、死んで復活した後に望みを抱くような信仰は
この世界を退廃させるだけ。
それは解る、わかるのだが、
やはり今の世の中にある権力のヒエラルキーを
全面的に肯定する思想に
たまらなく不快な感じを受ける。
弱き者の立場として。
キリスト教の信者の価値観の逆転について手厳しい批判が載せられている本。
実は私もなんちゃってクリスチャンとして、それ読むと
虫酸が走る、不愉快で仕方がない。
強い者、権力のある者にこそ価値があるわけで、
弱い者、搾取される側の者は淘汰されるしかないと言う、
古代ローマ帝国的な思想にのめり込んだニーチェ。
ただ客にこんな悪本があるからこそ、
ニーチェが嫌いにはなれないと言うのもあるのだが。
彼は人が言いにくかった事を堂々と指摘した。
キリスト教の出来た経緯や当時ヨーロッパを席巻していたキリスト教的な思想の
毒を言い当てたように見えてならない。
禅キリスト教の誕生と言う本に出ていた、
最近ヨーロッパでの若者の教会離れについて。
あの宗教はもはや若い人をひきつける魅力はないのだろうか。
ニーチェの極端な読みはどうかと思うが、
キリスト教の厭世的な思想、来世願望的な思想は
ついにはニヒリズムに陥る危険をはらんでいる。
現実に足を置いてその上で生きなければならないのだが、
今生きている恵みを捨てて、死んで復活した後に望みを抱くような信仰は
この世界を退廃させるだけ。
それは解る、わかるのだが、
やはり今の世の中にある権力のヒエラルキーを
全面的に肯定する思想に
たまらなく不快な感じを受ける。
弱き者の立場として。
歎異抄
歎異抄の関西弁版と言うわけ分からん本買って来た。
少し読むと分かるのは、これがあまりにも
キリスト教のパウロ文書に似てると言う事。
ただ信仰だけ、行為によって救われるのではない。
なむあみだぶつをただ唱えるだけの信仰と、
イエスキリストが神により復活された事を信じるならあなたは救われると言う信仰との共通点は多い。
なぜこんな場所も時代も離れた所に、
似た信仰が現れたのか。
カトリックの宣教師が日本に来た時にこの浄土真宗の事を知って驚いたらしい。
一体どうやってこんなプロテスタント的な宗教が
かの地に誕生したのか。
つまり
突き詰めていけば自然とそこに流れ着く
宗教の終着点のような気がしている。
カトリックがまだ何か自らを聖人のように清く正しく美しくしようと
努力を重ねようとする信仰に見えるのに、
永久に発展途上なままのプロテスタントが、
私には清く映るのはこうした余計な努力を行わなくなったからに思われる。
人がこねくり回した、難解な神学なんかが果たして人を救うのか。
全ての人を救うような宗教は、
もっと単純なのではないのか。
救いは自力では解決しない
全て他人任せ、神の
みこころのままに・・・
少し読むと分かるのは、これがあまりにも
キリスト教のパウロ文書に似てると言う事。
ただ信仰だけ、行為によって救われるのではない。
なむあみだぶつをただ唱えるだけの信仰と、
イエスキリストが神により復活された事を信じるならあなたは救われると言う信仰との共通点は多い。
なぜこんな場所も時代も離れた所に、
似た信仰が現れたのか。
カトリックの宣教師が日本に来た時にこの浄土真宗の事を知って驚いたらしい。
一体どうやってこんなプロテスタント的な宗教が
かの地に誕生したのか。
つまり
突き詰めていけば自然とそこに流れ着く
宗教の終着点のような気がしている。
カトリックがまだ何か自らを聖人のように清く正しく美しくしようと
努力を重ねようとする信仰に見えるのに、
永久に発展途上なままのプロテスタントが、
私には清く映るのはこうした余計な努力を行わなくなったからに思われる。
人がこねくり回した、難解な神学なんかが果たして人を救うのか。
全ての人を救うような宗教は、
もっと単純なのではないのか。
救いは自力では解決しない
全て他人任せ、神の
みこころのままに・・・
レギオン
永遠の生命などいるのか。
聖書の話で申し訳ない。
ゲネサネかどこか忘れた、墓場で霊に取り付かれた男が徘徊していて、イエスに祓ってもらっている場面にて。
「わたしたちはレギオンです。大勢いるから」と
取り付いた悪霊が自白する。
それで豚に乗り移らせてもらって、
大量の豚の集団自殺を招く。
墓場にいた悪霊は、「死」に失敗した霊ではなかったか。
だから一度肉体を失った者は、二度と死ねない。
だから霊になった時それに気づいたがもう手遅れだった。
だから「連れ」を探して取り付き、もう一度一緒に死んでくれる事を望んだんじゃないか。
結局それは豚に取り付いた事によって、その豚もろとも崖から墜落死した事によって叶えられた。
ゲド戦記だけでなく、他のマンガなどでも
永遠の生命を欲しがる者が出て来る。
そんな、同じ姿のままで何千年も生きていたいか。
一度手に入れた膨大な知識を失う事を恐れてか。
自分が無になると言った事は果たして体験出来るだろうか。
もしも死んでも自分と言う者はなくならないのだったらどうするのか。
何とかして一度完全にリセットしたくならないだろうか。
死が怖い理由は沢山あるが、一番多いのは自分と言う者がこの世からいなくなってしまう事だろう。
でも本当に初めから自分なんてものはいるのか。
今はこんなところで、あまり深入りしてもなんだし。
聖書の話で申し訳ない。
ゲネサネかどこか忘れた、墓場で霊に取り付かれた男が徘徊していて、イエスに祓ってもらっている場面にて。
「わたしたちはレギオンです。大勢いるから」と
取り付いた悪霊が自白する。
それで豚に乗り移らせてもらって、
大量の豚の集団自殺を招く。
墓場にいた悪霊は、「死」に失敗した霊ではなかったか。
だから一度肉体を失った者は、二度と死ねない。
だから霊になった時それに気づいたがもう手遅れだった。
だから「連れ」を探して取り付き、もう一度一緒に死んでくれる事を望んだんじゃないか。
結局それは豚に取り付いた事によって、その豚もろとも崖から墜落死した事によって叶えられた。
ゲド戦記だけでなく、他のマンガなどでも
永遠の生命を欲しがる者が出て来る。
そんな、同じ姿のままで何千年も生きていたいか。
一度手に入れた膨大な知識を失う事を恐れてか。
自分が無になると言った事は果たして体験出来るだろうか。
もしも死んでも自分と言う者はなくならないのだったらどうするのか。
何とかして一度完全にリセットしたくならないだろうか。
死が怖い理由は沢山あるが、一番多いのは自分と言う者がこの世からいなくなってしまう事だろう。
でも本当に初めから自分なんてものはいるのか。
今はこんなところで、あまり深入りしてもなんだし。