THOUSAND WINDS -363ページ目

キリスト教の特殊性

無学な私ごときにそんな大それたことが書けるか心配ですが、
乗りかかった船なので、タイトルをそう決めた以上は何か書かないといけないし。
ヒンズー教とか仏教も含めていいかも、神との合一みたいなのを
最終目的にしてたり、自分が仏そのものになるとか、神の一部だとか言う
そんな宗教の元型みたいなのが世界にはむしろ多いのですが。
どうもキリスト教がたどり着いたのはそんなありふれたやつじゃなかった。
神秘主義とかが案外そっち方向に流れるのですが、
私はそう言ったものはみなキリスト教的じゃないと
切捨てて来ました、ええ。
私の思うところのもの、それがカトリックなんかの教理と食い違うことは
承知の上で、ちょっと愚痴半分で書かせてもらえたらなと。
我々そのものは神とは違うし、神の子でもない。
聖書上にそんな表現が載っていたとしても、それはたとえでしかない。
字句のままの意味では決して無い。人間は神さまとは違う種類のもの。
ただなぜか分からないのだけれども、
イエスキリストという人を誰かがこさえたように見える。
イエスという実在の人物はいたし、聖書に書いてあるみたいに
十字架につけられてお亡くなりになったものと思われる。

朝ちょっとだけトイレに寄る

見える世界が変わる。
人がすいている。
ほんの数分遅れただけで、
日常ががらっと変わってしまう。
でもそんな時にはひたすら、
遅刻しないかどうかそればっかりが気になる。
人身事故なんかで電車が遅れた時も、
いつでもそうなんだが、遅刻の心配が
頭から離れない。そんなに何分かの違いで、
朝9時にたどり着けなかったことが
問題視されないといけないものなのかどうか。
バブルはなやかなりし時には、
フレックスタイムみたいなのがあって、
あれのゆるゆるな状態の時だと、
まず遅刻なんてものはありえない。
だからその頃延滞なんてものが無かった。
それ以前に今くらいに
人身事故とかで電車が遅れたりすることは
ずっと少なかった。なぜなんだろう。
とにかく途中の駅で降りることは最近ではまれで、
覚えているだけでも半年以上前だと思うが、
そんな時いつもと違う行動パターンを取っている
自分が何かほこらしげで、
日頃から何かおかしいと感じているような事から
解き放たれたような錯覚を覚える。
でもじきにそわそわしてきて、
会社に遅れるむねの電話をしたりする。
電車が遅れたりするのは、私のせいじゃないからね。
心の中でいつもそう言い訳を繰り返したりする

ただ時事用語だけのブログ

町のどこかで見かけた、
レンタルショーケース。
ブログってしょせんは
ネット上のそれじゃないのかと
ひそかに思ったりする。
何もしなくても、
広告付きのブログをめいめいが公開しているのは事実。
アフィリエイトもおぼろげながら知ってはいるものの、
私には縁の無い代物です。
わざわざアクセス者を稼ぐ為に、
時事ネタなど検索エンジンから
ヒットされやすいようなネタを集めて、
それだけのためのブログをこさえる。
一体どれ位稼ぐ事が出来るものなのか定かじゃありませんが、
何だか空しくなってきそうです。
そんなものの為だけに、
ブログなんてものがあるのか
なんてね。
あちこちやたらとブログの上で
ニュースが見れたから、
何でだろうと思っていた。
最近のニュースから自動的に
ブログ記事を投稿するサイトまであるらしい。
そんなものまで自動化されると、
本気でブログが嫌になってきますにゃ。

確かトロンと言う小説

ある章だけ悪者が一人称で書かれていた。
主人公とか、主人公の味方側のキャラクターで、
一人称なんてのは見た事があるけど、
悪者の一人称は珍しいです。
案外斬新でした。詳しい内容は忘れましたが、
何かおのれの欲望みたいなのを、
うまい事正当化していたりして、
ちっとも悪びてるような所が無い。
でも悪人の頭の中をのぞき込んだりするようなのは、
小説でも珍しい事なんですが、
人間の醜さみたいなものより、
案外同情の余地を残している所があって、
興味深いものがあります。
つまりはいいもんと悪いもんとの違い、
紙一重でしかないのではなかろうかみたいな。
たまたま今善人のなりをしているけれど、
同じ思考パターンのまま、
悪いものが出てくる危険をはらんでいる、
そんな気がします。
話は変わるけど、
また小説みたいなのを書きたくなりました

紙も水もある国に生まれて

これが当たり前のように感じています。
布団のわきにティッシュの箱を置き、
なくなればまた買ってくればいいみたいに。
ちょっと手が汚れたら、
一枚二枚引っ張って手をぬぐっては捨ててしまう。
水も蛇口の所に行って、
ちょっとひねるといつも水が必ず出てくる。
そのまま口をつけて飲んでも、
衛生上なんの気遣いもいらない。
そんなのが当たり前じゃない国が、
地球上の至る所にあると言うのに、
低所得層にいながらも、日本にいるだけで、
いくつかのサービスを当然のものとして
享受する事が出来ます。
でもティッシュの箱一つ作る為に、
いくらの原木が必要なのか。
再生紙と言えども、再処理工場でエネルギーがいるから、
火力発電所ならばどれだけの
石油を消耗するのだろうか。
水にしても水道の無い所、
飲料水はみなミネラルウォータを
買わなくちゃ行けない地域が
一杯存在してます。
日本がどれだけ恵まれているか、
そのうちいつかは今当たり前なものが、
当たり前でなくなったりするかも知れなくて、
今のうち何か手を打つ事が
出来ないものかと考えたり