THOUSAND WINDS -362ページ目

夢の中で仕事みたいな事をしてる

目が覚めてからも夢の中の事を考えていたりします。
つまり夢の中で考えていたことの続きを、
起きてからも考えてみたりする。でももうそれは
夢の中の話だから、いくら考えても仕方ないんだけどね。
何で夢の中にまで仕事がでしゃばってくるのだろうか。
そんなに追い込まれているはずないのに。
自分でも楽させてもらっているみたいに考えていたのに、
どこか無理があるのだろうか。
いつぞやのくそ忙しい時ならともかく、
最近のこととなれば心あたりが全くない。
それに代わって、以前見てた変てこな夢が見なくなってしまった。
夢としか言いようのないみたいな奇抜な夢がなくなって、
現実と区別のつかないみたいな夢ばかり見る。
よく夢占いがどうたら言いますけれども、私は信じてません。
以前猫みたいになったあれはどう説明したらいいんだか、
何かビルの中のラビリンスみたいなところに迷い込んだ時、
学校みたいなところで学生に戻って、
何か分からない授業を受けていた時、
これも猫みたいに、人さまの家の屋根の上を
誰かに追われて逃げるように飛び回っていた時、
あんな夢いちいち、解説できるわけがない。
夢は何の意味もなくただのお戯れでしかないと
そうでも思わないと
これまで見たけったいな夢に
惑わされてしまいますにゃ

過去の日記帳をネタにしてた

約20年前の日記が大量に見つかって、以前ネタとしてかなり重宝していました。
そのブログも今では影形すら残っていませんが。
日記の方は全部残っていて、あまり整理出来ていないまま片付けてしまったから、
また有用なところを探さないといけない。
何せネタを集めることに必死な時期がありましたから、
そうでもしないと年末の忙しい時期に、休みの日とは言えども、
一日10件以上もの書き込みを一つのブログに集中させるのは難しかったはず。
もうそんなあほなことはしませんけどね。
何かにとりつかれているかのように、前々のやつではむきになっていたから。
でも今さらながら話は変わるものの、アクセス解析は偉大ですね。
あれの結果一つで、ブログへの熱意が即座に氷点下まで下がってしまう。
あんだけ書いたのに、全然読まれてへんやないけと、
事実を悟ったらもうそのブログ、無期限休会状態に陥ります。
ここはめったなことじゃ、アクセス解析も出来ないしやりかたもよおわからへんし。
おかげでしょうもないことでざせつを覚えることもない。
たぶんさっき書いたやつ、つまり過去の日記帳をわざわざ使ってまでして、
記事を量産する気はもう起きないでしょうね。

折りたたみ自転車へのあこがれ

今も抱いていますから。
バイクにも乗っているものですけれども、
折りたたみ自転車へは密かな思いいれがあります。
特にプジョーとかジャガーみたいな、
自動車メーカーのブランドの付いたようなやつに
あこがれがあります。作ってる所は違うけどね。
電車に乗り込んで遠くまで出かけて行って、
そこで駅を出てすぐに、折りたたみかさをさすみたいに、
一瞬で折りたたんだ自転車が元通りになって、
そのまま乗車してどこかへふらっと出かけられるみたいな。
それとかどこか山の峠みたいなところで、
下からわざわざこいで登って来るのは大変。
だからと、一日何本もないみたいな山間部走るバスに乗り、
峠の一番上のあたりまで行ってそこで降りて自転車を戻して、
スキーのリフトよろしくそこからダウンヒルを楽しむ。
きっと恐怖のひとときとなるんでしょうね。折りたたみ自転車だし。
タイヤが小さいのがどうも気にはなります。
スピードは出ないだろうし、それ以前に
私の体重を支えきれるかどうか。
何か安物の折りたたみ自転車見に行ったら、
体重制限が○○kgとなっていました。あえて伏字。
どうなんだろ、私でも大丈夫なんだろうか。
ボーダー下回っているには違いないのです

哲学と宗教の違い

どっちも同じ穴のむじな?
結局のところ、信じているものが違うだけみたいな感じ。
神さまと言うものが理性でとらえきれないので、
どうしても哲学の方での神さまははぐらかされてしまう。
神さまってこんなんですよと、自信持って言えない。
それが宗教だとさも分かったかのように自信持って言っているように見える。
たいしたものだ、やっぱり宗教やってる人は違うね。
神さまがどんなものかちゃんと分かっているなんて。
しょせんは人の受け売り、それを何千年もただ繰り返しているだけ。
自分で判断したことがない。ただ真に受けてるだけ。
だからと言って宗教を非難したり馬鹿にしているわけではないけどね。
哲学にしたところで、一体何が哲学によって「解明」したのか、
それをはっきりとしてもらいたい。
ギリシャ哲学から数えても2000年ちょっと、その間に
科学みたいに何か人に役に立ったようなことが
哲学から生み出されたかを教えて欲しいものです。
そう言う意味では宗教がどれだけ幼稚くさく感じられても、
それは役に立って来たといえなくもない。
私はどちらかと言うと自分で考える方を選んでしまうので、
人から聞いた事をうのみにして信じる方じゃない。

スピリチュアルと宗教の違い

団体の規模の問題とか、所属することを求められないとか、
もっぱら書店で売ってる本に依存しているとか、
分かる人には分かるけれども、分からない人とか
そんなの好きじゃない人には、宗教以上に毛嫌いされる、
そんなのがスピリチュアルかなと思ってみたり。
宗教ってのはたいがい団体さんがやってるから、
みんなと同じものを信仰している安心感みたいなのがありまして、
それが案外われわれ弱い人の助けとなるみたいですが、
それがスピリチュアルの場合たいてい個人個人の選択の問題で、
どれを選ぶかも全部自分に託されるところを持っています。
親がどこかの宗教に入っていたから、それだけで
子供も同じ宗教に所属、みたいな安易さはありません。
私の見たところでは、全般には程度が低いみたいに見えます。
トンデモ本と大差のないのが多くて、特に
天使を扱ったものが読むに耐えないようなのが多い。
エンジェルカードとかのやつですがね、私も持っていますが。
ご利益主義的な本も多いし、何しか本を売らないと商売が成り立たないので、
本もきばつなものが多い。まあ入会みたいな面倒でちょっと怖いみたいな
条件を求められることがないから、あっちふらふらこっちふらふらしてる。