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干したサンマを焼いて大根おろしつける


今年も豊漁!旬の秋刀魚、どうやって食べますか?
ブログネタ:今年も豊漁!旬の秋刀魚、どうやって食べますか? 参加中



生のサンマは嫌い。
あのはらわたのあたりの何とも言えない
ぐにゅぐにゅした所が×
あれが好物だと言う人もいる。
私は干したものが食べたい。
骨も生のやつは固くて全部出さないといけない。
干しサンマだと大抵骨のまま食べられる。
干しサンマを網で焼いて、それを大根おろしとレモンたらしていただく。
コンロのグリルが壊れるまでは秋には良く食べていた。
最近コンロの調子がおかしく、焼き魚を食べていない。
地味ですいません。

旬の秋刀魚をフライパンで焼く
ミセス All About さんまレシピ集
All About 男の料理 「おいしいサンマの見分け方」

またゲーボか

いつまでも続ける気-W007.jpg

贈り物、自己犠牲、愛のルーン、無償の行為、安定・・・
明日こそ年貢の納め時と思っていたのだが。
当分何ひとついい事などないと思うのだが。
人まで巻き込むみたいな不幸状態に落ち込む。
せめて何かほどこしか、提供出来るものでもあればなあと
思わなくもない。
昨日の運勢も微妙に近かったけどあえて取り上げる程じゃない。
占いも案外適当、到底人の事を占えるまで至らない

好きな詩がある

好きな詩の文章と言うよりは好きな詩の感性みたいなものがある。
こんな感じの詩が書きたいとか言うあこがれのようなものがある。
詩は宗教以上のものだから、
言葉で書けない事を唯一表現出来る手段だから、
目が見えても見えず、耳があっても聞こえないように
する手段でもある。
私も何とか自分が愛すべき詩のスタイルをほり起こせればと思うのだが、
つい物語スタイルになってしまう。
散文詩と言うジャンルもあるにはあるが、
私が好きなのはもっと抽象的な詩。
ぐるっぽより導かれていくつか
好きな詩の感性に出会う事が出来ました。
私もそれなりに詩を書いてみたいと思う、意欲を与えてくれるみたいな。
こんなケータイ一台で、詩人になれるかどうか目下の所
修行の道程にある

フルートを続けて行く限りは

いつか臨時収入でも入れば
もっといいフルートを買うだろうか。
人が突然村松のPTPあたりをただでくれたとして、
今以上に無我夢中でフルートを吹きまくるだろうか。
今持ってるフルートが最高のお気に入りだとして、
果たして前みたいに毎日吹くだろうか。
私にはそうは思えない。
フルートのぐるっぽに入ってはみたものの何か周りの人とレベルが違うみたいな気がした。
だからまだ発言したりする事が出来ない。
私なんかほんとに単純な曲を吹いて喜んでる位でしかない。
ただ演奏テクニックはさっぱりなんだが、
フルートの音については少しうるさい。
だから単純な曲でも笛の音色がどうかにこだわる方だ。
それは自分でも歌を歌うから、常に自分の声色に気をつかっているから。
洋銀製のフルートでも場所が小礼拝堂みたいな場所だったら、
信じられないような音の響きをかなでる。
自分の部屋で吹くよりはるかに音色にナーバスになる。
演奏技術を磨く事よりは、単純でもいい音を聞きたい、
私のフルート観です。
共にフルートを吹き続ける限りは・・・

アシュターヴァクラ・ギーターを買う

インドの昔の教典らしい。
内容はまだ完全に読んでないが、全編詩で構成されている。
前から思ってたのは、宗教は詩でしか語れない事。
また詩は宗教を越えている事。
内容はともかくとして、立ち読みした所では他のスピリチュアルな本とは一線を画する感じがした。
何か既に悟ったような人が、それらの人の為に書いたような本。
キリスト教的では決してない。
ただキリスト教も色々あって、あのクェーカーあたりがどうも似ている。
何度かクェーカーの集会には集った事がある。
ただ何となく歌が絡みにくい感じがしたから行かなくなった。
近郊に集会がなかったのもある。
どちらかと言えば私の信仰するスタイルは、クェーカーに近い。
だからこのインドの聖典も何か好きであったりする。
バガヴァッド・ギーターも好き。
あの中のバクティのヨーガが、とてもキリスト教的だと思っている。
インドには世界中の大抵の宗教の原型が見つかる。
自分の教派はこんな風に解釈してるとか教えてるとか言うのはあまり好きではない。
どこに所属していようと
他の宗教の事を学ぶのは悪い事ではないと
私は考える。