THOUSAND WINDS -223ページ目

携帯電話のメモリカードをちょっとだけ増やした

1GBのメモリカードを買って来てこれまでの512MBのものと入れ換えた。
あまり違いはないみたいだが、
意外とケータイでもメモリを食うように思えたので。
最近休みの日が週末直前まで予定が立てられなくて、
いきなり当日徹夜とかがあるから、
いきなりカレンダー通り休めてもまるで計画が盛り込めてない。
だから今はしょうがないのだが、
以前なら秋頃にはカメラを持ち歩いて、
あちこち撮影小旅行にも出かけたのだった。
デジタル一眼レフも買ったもののさっぱり出番がなくて、
会社の旅行用に買ったものだが、
今年はあの新型インフルのせいで中止になってしまった。
前置きが長くなってしまったが、
この今使ってるケータイでも
なぜかかなりそれなりに
しょぼいデジカメ代わりに使えるみたいで、
今回メモリを増量したのもそのつもりで、
たかだか10万画素程度の画像ファイルなら
一体何千枚入るか知らないけれど、
突然のシャッターチャンスで
果たしてこの肌身離さず
連れ歩いてる、このケータイで
何か写せないかと期待している。

いつぞやの太公望

まだ近所の貯水池でバス釣りが出来ていた頃の話。
当時かなりバス釣りにこっていて、その家からチャリンコで5分とかからないリザーバー、
町中の小さな「ダム」に出かけていた。
私らが力まかせで沖合いの方まで遠くにルアーを飛ばしてる間に、
どっかのおじいさんが岸近くに釣り針を垂れて餌釣りをしていた。
バケツ2つには魚が一杯入っていた。
どうやらブルーギルと言うやつを釣ってるらしい。
偏光レンズ付きのサングラスを持っていて、それ使って水中を覗いてみると
おじいさんの糸のあたりにわんさか、寺の境内のハトみたいに
ブルーギルがたかってて、
次々と釣られていった。
私の方はまるでボウズ、さっぱり釣れなかったが、
そのおじいさん、帰る前にその二つのバケツ、池にぶちまけて
釣った魚を逃がしてやっていた。
本気でそれってただの餌付けでは?釣りじゃなくって、
そう思った次第。
今日たまたまそこを通りかかり、釣りをしている人を見かけたので思い出した。

レクティオ・ディヴィナの続き

単語だけ知っててその内容をあまり知らない。
聖書を読んでその言葉を覚えて黙想を行う意味、かも知れない。
案外そこらへんいい加減。
それで今日キリスト教専門書店でいいのを買ってきた。
「覚えるための聖書」と言う小冊子で、
聖書の中から切り出された言葉を、
新共同訳、口語訳、新改訳、英語版(NSV)と併せて載せている。
だから出先でいちいち複数の聖書を広げなくても、
それぞれの訳の違いが味わえて、おすすめ。
よくそんな複数の翻訳の違いなんか見比べても意味がないと言われるが、
それぞれの聖書訳した人の都合とか思想みたいなのが
現れていて興味深いし、
どうしてもメジャーな聖書の訳だけに頼って聖書理解してしまいがち、
時おりこの訳どうかなみたいなので
教会の牧師さんもそのまま説教に利用されていたりもする。
私は複数の訳を見比べて、
レクティオ・ディヴィナ、
それが一般的じゃなくても
自分勝手にしてみている。
解説書に載ってないみたいな
ある意味異端な発想がわいてきても
それはむしろ向こうからの語りであるみたいに思えなくない。

違う物からの視線と言う事で

前のブログでは一人もくもくと書いていたから、
あまり気付かなかったのだが、
こちらに戻って来て何か人目に付く所に書いてみて思ったのは、
やはり私は人と違う事書いてる。
一般的にここのブログ上で書かれている事と何かずれている
ような気がする。
あいかわらず文章は下手なままでそれでも
私の持ち分はこの自分でも訳の分からない自分から出た言葉、
これがどの位オリジナルしてるかはこのブログがそれを示している。
あまり気付かなかったが私のここは少し変わってるだろうか。
最初いつまでも長居するわけじゃなくたまたま通りかかったみたいなスタンスだったのが
結構長くいとどまっている。
私に普通と言うものが分かっていないので
自分で思ってる所のものが
正しいのか、どこがどうおかしいのかが
判断つかない。
たぶん色々あるうちで私が実感するのは
人は普通誰か別の人の事を
人の話題を書きたがるように見える。
私は無意識にあまり人についての事は書かない。
また人と動物とかとの境界線をあまり明確につけない。
人もどちらかと言うと動物だし。
そんな多分頭がおかしな人らしいのが私だとすると
そんなのが書いたような文は
きっとここじゃないと読めないかも知れません。
さっきも書いた事、あのイエスも言わなかったみたいな
理解不可能な戯言
私にだって一つや二つは吐けそうな気もしてる。
それが必ずしも福音みたいな言葉じゃなくたって
彼のそれみたいな
たとえ理解出来た所で何の役にも立たない言葉であるかも知れず。
同じく人の外から眺めた感想なれば。
おっと。

眠る前に考えよう


今後について
まさかここまで大きくなれるとは
夢にも思わなかったのだし。
まだタイトル通りの歌のスレがない状態で、
元々目指していたものが、これまでで実現していたか
考えよう。
さまざまな考え方の人がここに集まって来たのだが、
特定の人の為にかたよったみたいな内容にはするまいとは思ったのだった。
つまりここにはまだ教会へは行った事ないような人も、
キリスト教って何か良さそうだけどちょっと教会行ってみるのも、
抵抗あるなと言う人も
気軽に参加出来るみたいな場所にしておきたいのです。
よく見たらあちこちキリスト教系のぐるっぽ多くなってますが、
どことなくマニアックでなかなかメンバーが発言しにくくなってるみたいだし。
ここ一応管理してる事になっている私としては、
ある意味ここだけは
しきいのおもいきし低い
専門的な内容よりは
入門したい人のささやかな
道しるべのような役割を
果たしたいのです。