THOUSAND WINDS -205ページ目

何となく失楽園

ミルトンの失楽園も第1巻だけは買って来て読んだことあります。
ルシフェルですか、悪魔の親玉が堕ちて、それから神と人間とに復讐を誓うみたいな内容。
光の天使を装ってエデンに侵入を果たすとか、
いかにも人間都合な発想、おっと。
門番何やっとるか、ええ?
すんませんぼけとりました。
色んな地上の対象物でその人なりに楽園と言うか楽しみ持ってると思いますが、さようなら。
いまだに分からんのはルシフェルさんどうして反逆したのだろうか。追従する多くの仲間引き連れて。
まあ空想話ですけどねあんなの。
天使が神を裏切れるはずがない。
悪魔の起源についてちょっと関心があります。
やはりどこかそれって安全弁なような気がしなくもない。
つまり人間の悪の根拠をそんな惑わすものを立てて、そいつのせいに出来れば何かいい具合みたいな。
人間そのものが悪霊の種である事を忘れている。
つまり悪霊は元人間であったと、人間の悪の部分だけ怨念となって残されたと。
だから生者に無差別に取りついて、人生をめちゃめちゃにしようとする。自分が不幸な死に方をしたから相手にも不幸になって欲しいみたいな。
でもほんとの悪魔ってそんな個人を呪ったりしないのだね。
つまり時によっちゃ人を助けたりする。
その事によって別の多くの正しい人間が苦しむようになったり、
神の威信に傷がついたりする場合。
個人の恨みじゃないしね、悪魔ってほんとの敵は神さまだろうし。

好きにやってちょうだい

人さまのぐるっぽ何か私が荒らしたみたいな罪悪感に囚われているようです。
自分のやつもしばらく様子見ます。
なかなか難しいもんだね。
ただブログもくもく書いてるわけにいかんのだな。
あせりすぎ?はあ
そんな感じですかあ。
私が立てた以上は責任持たないと、でもちょっとね。
別に書くようなことないけど
今後あちらどうなってくのか
心配。
いずれにせよ
もう私の手を離れたのは間違いないねっ
知らんぽ・・・o(^-^)o

サタンについて

思うに旧約聖書のヨブ記などに出て来るサタンはまだ悪魔じゃなくて神の使いのうちの一人のように見えます。
ただどうも神さまにとっては、顔なじみじゃない。
野良の御使いのような、おっと。
そんなのがいるのか。
でもって神が自分の部下みたいに気さくにサタンに命令を下す。
そしてサタンも自分の思うように事を運ぶ。
これだけ見てると神さまとサタンとはグルみたいに見える。
CLAMPのマンガでこばと?とか言うのが確かある。
主人公とおぼしき少女は可憐なんだが、相棒の犬がどう見ても狂犬か、化け物に見える。
何が言いたいかと言うと、人間の心にしても良心と、悪の心とが同居してる。
ある人はあらゆる人に好意的でやさしい、なのにある人にだけは冷たい態度を取るとか、
会社の中では重役か何かであろうが、
誰も見てない場所じゃ平気で橋の上から吸いがらを投げ捨てるとか。
霊はともかく人間は善も悪も同居してて当たり前。
サタンは元々神様の心の、闇の部分を象徴していたのではないのか。
つまりサタンの口にしゃべらせたが、それは実は神さま自身が抱いていた「疑惑」だったのではないか。
だからあくまで自分に忠実な「義人」のヨブを試そうと思った。
ただ神自らがそれを執り行えば身もふたもないから、
けがれ役を立てた。それがヨブ記のサタン。
何か福音書に出て来る、裏切り者ユダと重なるのだが、
それは使徒皆の持つ「不信感」ではなかったのか。
サタンの時と同じように、
ユダと言う架空の人物に
自分達の罪を押し付けたとか。
ユダの裏切り、とか言うフェーズを、思い出したように必死こいて旧約聖書読みあさってたら、見つけてどきってした。

ルーキアからルシファーへ

悪魔払いみたいな物騒なぐるっぽ立ち上げてると、
じゃあ悪魔ってどんなの?みたいな興味がわいてこなくもない。
先日本屋で見かけた詩集の中に出て来た「ルーキア」、
最初はイベリア半島南あたりで信仰されていた、
太陽の女神だったらしい。
それがキリスト教が入って来てからは、
ルキヘルとなり、後の「ルシファー」となったらしい。
昔ちょっとだけ悪魔の事書いてある本読んでて、
大昔は天使として、扱われていた物が、
後世になって、悪魔と呼ばれるようになったらしい。
そのへんの移り変わりを少し考えてみた。
つまりそれが悪魔かどうかは、人間が決定するのであって、
確かにそのカテゴリに入らない悪魔もいるだろうが、
異教の神が悪魔呼ばわりされてそのまま悪魔の名前となったり、
元は天使だった物が伝承の間になぜか悪魔呼ばわりを受け、
悪魔とされたりする例も
少なくないのではと思った次第。

なぜつながらない時があるか

家の中にいてもケータイがつながらない時がある。
回りで一杯使用してるからなんだなと思うと
真夜中でもかからなかったりする。
いくら何でも大晦日じゃあるまいし。
でもブログ見てたら真夜中で平気で投稿されていたり
まあ私なんかも眠れなければ
明け方に書いてるけど。
地下鉄で動いてる時など明らかに電波がつながらない時は
観念して目をつぶってやり過ごす私。
でも家の中にいてつながらないとは。
いざと言う時電話がかけられない事を意味するのだろうか。
複数のキャリアを持った方がいいのだろうか。
キャリアによってもつながりかたが違う。
まだNTTDoCoMoの方がこのへんじゃつながるかも知れない。
どうもケータイ依存症につき
どうもケータイが使えなくなると
どうも困る。