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おおこれだこれだ


ブログをやってる目的は?
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似たような事を見かけたので。
私だってキリスト教を伝道してみたい。自分にそんな資格がないだけ。
だから人を導くなんて所までとてもじゃないが出来ない。
私に出来る事はほんのちょっとでも興味を持ってもらう事。
最終的にどこの教会へ行く事になろうと私は構わない。
教会へ行かずに終わってもいい。
うまく言えんのだが
あわんもんはどうしたってあわん、それは私が体験したこと。
無理強いしても返って拒まれる。
それにある意味そう言った人は縁がなかったのだろう。
せっかく縁が持てるかも知れない人がそのまま何も知らずに通り過ぎて行くとしたら忍びない。
だからほんとはぐるっぽも、なるべく初心者向けで敷居が低くなるみたいにしようと、
でも一人減った時には悲しかった。
今さらそれ言ってもどうにもならんが

ケータイでコンパイルしたくないか

さっきの続き。
昔リブレットを持ち歩いて、その中にC言語のコンパイラを入れて、
電車の中で立ちながら仕事のプログラムをコンパイルした事があった。
今じゃプログラムも肥大化して、またミニPCなんかも持っちゃいねえので、
外でコンパイルなんてのが出来ない。
そもそもかつてと違い、仕事のプログラムなんかを持ち出しなんか絶対出来ない。
個人の趣味のプログラムにしても、
外でコンパイルしたりする機会に恵まれる事はなくなった。
ケータイのゲーム、特にAUのはBREWとか言う規格に基づいているわけだが、
これがなかなか一筋縄にいかない。
ケータイの上でケータイに搭載されているCPU、ARMコア用のマシンコードを吐くような
コンパイラなど存在しない。
せめて昔懐かしの、BASICインタプリタ言語位が載っていて、
簡単なGUIでプログラムが組めるならいいのだが。
かつてはやったテトリス位なら昔真似て作ってみた事があるから、
これもかなわぬ夢、どうかケータイ単品でプログラムが組めるようにどうかして下さい、
お願いします。

ケータイ上でLZHを叩いてみたくないか

スマートフォンならもしかしたら可能かも知れない。
パソコンのプログラムでかつてLZHだったか忘れた、DOSプロンプト上で動く、
ファイル圧縮ソフトがあった。
普通の使い方はごく当たり前に、いらなくなったファイルを圧縮させて、バックアップする為だったんだが、
これはえらくマシンパワーを消耗する。
つまり簡易的なベンチマークテストになる。
初期の頃のWindowsマシンは、このDOSプロンプトにて圧縮ソフトなどを動かして、
さすがこのCPUはペン3(Pentium3)だなとか感慨にむせびいってた。
やがてグラフィックス性能まで競い出し、専用のベンチマークソフトやら、レンダリングソフトあたりがもてはやされた。
それらは全く実用には向かないが、ただの自己満足を得る為には必要だった。
最近のケータイ特にスマートフォンは、CPUのクロック数もいっときのデスクトップPCをも上回るようになって来ている。
ただ残念な事にそんなハイスペックなのが体感出来ていない。
なのでどうかお願い、ケータイにDOS窓つけて、LZHとかZIPとかの圧縮ソフト叩けるみたいなの
作ってくれたら何も文句なしにケータイ買い換えたっていい、
とひそかに思っている。
多分スマートフォンだったら何の問題もなく動くはずだけれども。

重力についての素朴な疑問

月の引力は地球の1/6らしい。お互いの引力で引っ張りあい、ロシュの限界を超えずにいられるのは、
月が地球の回りをある程度の速度で公転してるから。
不思議なのは自転周期と公転周期が同じである事。
だから月は地球に対し、常に表の面しか見せない。
また日食が観測される時に思う、
地球から見た太陽と月との見かけ上の大きさが同じでなおかつ軌道が同じ平面上を動いている。
だから太陽がすっぽりと月に隠れたり、金環食みたいに真ん中だけ隠れたり出来る。
この事もとても不思議だ。
それは置いとくとして、
月にも重力があるわけだが、
どんな物質にも重力はあるのだろうか。
宇宙空間のラグランジェポイント、そこは地球と月との重力が釣り合って、完全に無重力の状態になってる。
この宇宙空間に仮にかなり大量の比重の大きな物質をあてがったら、
例えば鉛とかいらなくなった劣化ウランとか(!)を、
宇宙に漂わせたら、それ自身にわずかばかりでも「引力」が発生するのだろうか。
宇宙塵位のサイズのものが、その投棄された重いものに、
引き寄せられていく、
みたいな実験は、全く価値がない事だろうか。
まだそんな実験、聞いた事はないが、
本当に地球の重力の発生する仕組みが、科学によって
解明してるのだろうか。

それは確かに閉鎖的ではあるけれども

クリスチャンホームに育ったわけではないので
私自身が体験したことはないが
ただ今七五三
近くの神社では七五三のお祝いをしてる。
そのわきを通り過ごして、教会へ。
教会に来る子供たちも神社とかに行くんだろうと思ったが、
前の司祭の時には教会で七五三の代わりの子供のお祝いを
教会の人全員で祝ってあげたりした。
つまり該当する家族が前に出て祭壇の前に並んで
どこにそんな式文があるんだか知らない祈祷書開けて
祝福の祈りを捧げてもらいました。
お隣りでは普通の七五三が、おっと居場所がばれてしまう、
子供連れが家族単位で宮司からお祝いを頂く。
どちらも一緒みたいだがさにあらず。
このへん閉鎖的と言われがちなプロテスタント教会みたいなんだが、
子供にしたらまんざらでもないかと。
あちらの教会がやたらと、子供を大事にする習慣が定着してるからか、
子供時代からここお世話になってたらなと、
ちょっとだけこいつら(子供たち!)がうらやましく見えた。
今の司祭でまだ見かけた記憶がない。