THOUSAND WINDS -161ページ目

何か書く間がなかったらしい

昨日は終電近く、しかもあほみたいに混雑してる。
きげんも悪かったらしい。
背中がもたれかけられる場所が取れなかったし。
モブロガーはなかなか時間が取れない。
案外書くことは山のようにある。
ただそれを消化する間がない。
このケータイがなければたぶん毎日更新は無理っぽい。
ある意味生命線ではある。
出張中もホテルのベッドの上で、いつもみたいにあおむきで
ケータイをいじくっていた。
ある意味ユビキタスの先取りなのかも知れない。
ブログ書きがもう一つの仕事だとすると、
この仕事時と場所を選ばない。
いっその事ケータイ上でプログラミングが出来ればなあと思ってしまう。
スマートフォンが一体どこまでパソコンなんだろうか。
買い換えたい気もするが、買ってからでは手遅れになってしまう。
今あるこのケータイと同等の事がまず出来なけりゃ、
ここのブログの更新が止まる。
まあそれでも構わないかなあと思わなくもない。
家に帰らないとパソコンメールが読めないと言う現状は
そのうち支障をきたす模様。
何%でもいいから私的には、ケータイで仕事が出来ればそれにこした事はない。
でもあまり期待してない

妄想癖な私って一体

あらかた忘れてしまったが
朝通勤途中歩きながらいつもみたく妄想に励んでいたら、
何か急に心の核に飛び込んで来たイメージがあって、
言葉につづる前段階で泣いてしまう事態に陥った。
こないだもどの記事か忘れたが、
記事書きながら枕元をぬらすみたいな事があった。
お話を書くと言うのは私の場合、言葉を使って描くスケッチに近い。
目の前で見えているみたいな
妄想を眺めながら
それをあとからお話に変換して書いてるみたいな所があるな。
それと最近じゃ顕著なのは、ほんの数単語から、書いてるうちに
勝手に妄想が広がって、収集がつかなくなる。
つまり当初予定してた話じゃなくなってしまう。
それはそれで後で読んで楽しいものだが、
なりゆきまかせで書くとどこか矛盾がそのままになったり
結局何が言いたいか分からなかったりする。
わがことながら、書き終わってから読み返して、びっくりな事すらある。
こんなの書いたっけ。
どうも時おり意識が飛ぶみたいに見える。
仕事でもつまらないミスばかりしでかしているし。

意味を求める頭

EXEファイルなどをうっかりテキストエディタで開いた時に、
まともに読めずに、何か文字化けだらけの意味のない文字の羅列として見えるのだが、
たまに "orz"とか"o(^-^)o"とか"(藁)"みたいな偶然の産物が(偶然?)見つかる時がある。
いくつかはプログラマのお茶目だろうが、ほんの偶然で意味のある単語を見つけた時は何だかうれしい。
ある意味人間の脳は常に世界に意味を求めたがる。
何か起こればそれが起こった原因をつきつめたいし、
今後そんな事が起きないように、改善したがる。
暗闇で壁の汚れみたいなもんに光が当たり、あたかも人の顔が浮かび上がったように感じて怖がるのも、
そうした本来無意味なものにまで、思い込みから意味をとらえようとしてしまう。
占いなんかにしても、血液型とか誕生日とか、そこから何らかの関連性を見つけて、
未来が予測出来ないかと考えたり、偶然サイコロをふった「卦」により、未来との関連性を求めようとする。
でもやはり世界はでたらめに動いていて、
どんな高名な科学者が申し立てようと、
神様がみな集まって、
すごろくゲームをしていないと言う
保証などどこにもない。
今の世界を見る限り、
案外正解かもと言わざるを得ない。

作られしは玩具

最近よくロボットの紹介をテレビで見かける。
あいきょうのある何か愛らしい動きをしたり、二足歩行したり、人に似せていたり、
表情までつけられるような
それぞれが中途半端な試作品。
ロボットとアンドロイドの違いは知らない。
でも私の所感としては、人に似せたようなロボットは、
研究用でしか開発されないだろう。
どんなロボットを作るにしても、莫大なコストがかかる。
たからそれは大抵が、そのコストを埋め合わせられるような、
人間にとって有益な物とならざるを得ない。
人間にただ似せて作られたようなものは、結局は人に出来る事しか出来ないのだから、
実用価値がない。
あるとするば研究用で、
「人とは何か」を探求する為のものに限定される。
鉄腕アトムにしても思ったのは、
あんな可愛いなりをしていながら、実際は
全身武器だらけ、どう見たって戦争の道具でしかない。
つまりただ人みたいな、では開発にGO!がおりない。
介護ロボットなんかだとある程度人間に似せても作られようが、
それでもあらかじめプリセットされたコマンドで動く機械人形に過ぎない。
つまりマンガとかで見かけるみたいな、萌え系のどじっ娘など、
誰が好き好んで作るだろうか。
最終兵器彼女みたいにする位しか、作る必然性が思い浮かばない。
何か夢も何もない話だったな

一つから沢山に

こないだ日本基督教団について書いた、あれ別に悪口を言ったつもりじゃなくて、
私が分からないのは
何でこんなに多くプロテスタントの教会は、教派に分かれているのだろうか。
これも前に書いた事だが、同じ教派でありながらも、
教会ごとに方針や考え方が違っていて、
みなそこの牧師さん次第と言う所がある。
だからある意味教派なんか、いらん、と思ってしまう。
プロテスタントと言う一つの集まりがあって、
そこにそれぞれの教会が属していて、
うちはメソジストで行こう、
うちはバプテストで、アナバプテストってのもあったな、
ルーテルで行くか、カルヴァンで行くかはご自由に、
福音派て言ってもそれぞれ似たような名前があり、
外部の者にはそれぞれどう違うのか分からない。
私はパウロにつく、私はアポロに、何かこんな記述あったな。
太古から人は何か集団を作って他と隔離されたいらしい。
何か意味でもあるのか。
どこをどう読んだらそんな分裂が起こり得るのか。
つまりは誰も真には聖書を理解していない事を
実証してはいないか。
真理とは何か。
だからそれぞれの教派ごとに、星の数程あるんじゃないの。
What! (何だって!)