いやないやないやないやな
前の会社に出向く予定が
悩みと悲しみのすべてはお金の事であると
ひたひたとその時間はやって来る
もう悲しい以外の感情などない
しばらく立ち直れない模様につき先にお断り
スード
途中経過
いつかは期待できること
やはりわたしには玉々は
ないほうがいいと
使わないんだったら
とればいいと
勝手になくなってしまうのなら
そのまま消えてしまうことを望む
中途半端な状態を観測し
それがなくなる方向へ動いているなら
おとなしくなくなるの
待つしかない
やっぱり股に玉がない状態って
わたしには快適としか
感じられなかったから
仕事と人生の終わりの時期に
考えることじゃないが
一大事をどう過ぎ去らせられるか
悩みと悲しみのすべてはお金の事であると
ひたひたとその時間はやって来る
もう悲しい以外の感情などない
しばらく立ち直れない模様につき先にお断り
スード
途中経過
いつかは期待できること
やはりわたしには玉々は
ないほうがいいと
使わないんだったら
とればいいと
勝手になくなってしまうのなら
そのまま消えてしまうことを望む
中途半端な状態を観測し
それがなくなる方向へ動いているなら
おとなしくなくなるの
待つしかない
やっぱり股に玉がない状態って
わたしには快適としか
感じられなかったから
仕事と人生の終わりの時期に
考えることじゃないが
一大事をどう過ぎ去らせられるか
般若心経における観想
世界は空である。
世界は移り変わる。
ひとつとてとどまらない。
確かなものなどない。
相互に関連している。
ただあるものはもの同士の関係だけだ。
人が人であるのはたまたま人の体を構成する分子が人の形を取って結び付いているから。
元は原子しかなかった。
原子すらなかった。
トップクオークすらなかった。
超弦すらなかった。
混沌しかなかった。
秩序が生まれた。
何者がそれを行ったのか知らない。
何もなかった空間に何かが出来た。
何かがある事が人によって知覚される。
人がそれを感じればそれはあるとされた。
世界に一体何があるかは分からない。
何が知覚されるか、何が理解出来るか、
それだけしか言えない。
人が認識出来る範囲のもの、
それが世界の全てだ。
世界があるかないか、世界の捉え方は
人の能力に限定される。
ゆえになんびとたりとも、
この世界の本当の姿を知らない。
この世界は空なのか。
ただ人が捉え感じ理解したものが
世界でしかないのか。
我々も我々自身を世界の一部として認識する。
我々が世界から分かたれ、人の形をしているのは、
ただ縁起による
観想はじめ
世界は移り変わる。
ひとつとてとどまらない。
確かなものなどない。
相互に関連している。
ただあるものはもの同士の関係だけだ。
人が人であるのはたまたま人の体を構成する分子が人の形を取って結び付いているから。
元は原子しかなかった。
原子すらなかった。
トップクオークすらなかった。
超弦すらなかった。
混沌しかなかった。
秩序が生まれた。
何者がそれを行ったのか知らない。
何もなかった空間に何かが出来た。
何かがある事が人によって知覚される。
人がそれを感じればそれはあるとされた。
世界に一体何があるかは分からない。
何が知覚されるか、何が理解出来るか、
それだけしか言えない。
人が認識出来る範囲のもの、
それが世界の全てだ。
世界があるかないか、世界の捉え方は
人の能力に限定される。
ゆえになんびとたりとも、
この世界の本当の姿を知らない。
この世界は空なのか。
ただ人が捉え感じ理解したものが
世界でしかないのか。
我々も我々自身を世界の一部として認識する。
我々が世界から分かたれ、人の形をしているのは、
ただ縁起による
観想はじめ
あじゃり(7)
人生には、その時々の自分の置かれている環境、世の中の動向、いろんなことがあると思いますけど、自分の足元を現実は現実としてとらえながら、一方で将来の自分をずーっと長い目で、十年二十年と先を見て、自分をどう成長させていくかと思いながら生きるようにすると、ひとつの道が見えてくるんだと思いますね
いまの自分の目でしかものを見られなかったものを、自分の外から客観的に自分を眺めてみて、自分はどういうふうに進んでいくかという視点を持てということでしょう
年齢的にみても、~になっているのだから、ここいらで、背筋にくさびを入れて、今後のことを大局的に考えて、これからの人生をどう生きていくか考えたらどうです。
でもぼくはなぜか礼拝をしていると気持ちが落ち着いて気分もよくなって
あんたは今までろくな生活をしていないようだ
なんだ、頭が狂ってないじゃないか
心が洗われるような気がして、なんか下界の世界とちがうなあと思いましたね
体験したことは、自分の体に染み込んでいるから忘れないんですよ
人間は環境によって、心持ちが変わっちゃうからね
苦しいときには心が成長する
いまの自分の目でしかものを見られなかったものを、自分の外から客観的に自分を眺めてみて、自分はどういうふうに進んでいくかという視点を持てということでしょう
年齢的にみても、~になっているのだから、ここいらで、背筋にくさびを入れて、今後のことを大局的に考えて、これからの人生をどう生きていくか考えたらどうです。
でもぼくはなぜか礼拝をしていると気持ちが落ち着いて気分もよくなって
あんたは今までろくな生活をしていないようだ
なんだ、頭が狂ってないじゃないか
心が洗われるような気がして、なんか下界の世界とちがうなあと思いましたね
体験したことは、自分の体に染み込んでいるから忘れないんですよ
人間は環境によって、心持ちが変わっちゃうからね
苦しいときには心が成長する
あじゃり(6)
後になってみると、無駄だと思ったことが無駄じゃなくて、結果的にはよかったってことがあるんですよね
過去にいろいろあったことが、今になっていきているなあということがわかる
いや、人生って無駄なことはないなあ
いろいろな苦難を乗り越えたからこそ
やはり、苦しい行をしたからこそ、そういう教えを持つことができたのじゃないかと思いますね
人間はたいしたことないよなあと思い知らされます
人間のやっていることですから、どうしたって葛藤があるわけです
始めてしまえば、つらいとか苦しいとか考えていられない。ただ決められたことを、無我夢中でお勤めをさせてもらっております
もうだめだという時、自分を超える自分が出てくる。姿かたちは見えないが、心の中に。もしかしたらそれが仏様の存在じゃないかと思います。
「私はこれでいきます」っていったん決心したら、途中でもってやめることはできない。
人生って、なにがきっかけになるかわからないですよ。
過去にいろいろあったことが、今になっていきているなあということがわかる
いや、人生って無駄なことはないなあ
いろいろな苦難を乗り越えたからこそ
やはり、苦しい行をしたからこそ、そういう教えを持つことができたのじゃないかと思いますね
人間はたいしたことないよなあと思い知らされます
人間のやっていることですから、どうしたって葛藤があるわけです
始めてしまえば、つらいとか苦しいとか考えていられない。ただ決められたことを、無我夢中でお勤めをさせてもらっております
もうだめだという時、自分を超える自分が出てくる。姿かたちは見えないが、心の中に。もしかしたらそれが仏様の存在じゃないかと思います。
「私はこれでいきます」っていったん決心したら、途中でもってやめることはできない。
人生って、なにがきっかけになるかわからないですよ。